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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第297話

 アマテラスに走った衝撃は言語にし難いものがあった。

 クォークオブフェイト対パーマネンス。

 この試合の勝者が最終的に彼らとぶつかることを考えれば、見ないなどという選択肢を選ぶことはない。

 じっくりと見て、どちらが来ても大丈夫なように態勢を整えておく。

 そんな心持ちだったのだが、それらは一瞬で吹き飛んでしまう。


「紗希さんの術式。……やっぱり、スタイルから怪しいと思ってましたけど」

「……昨年のあの人にも全然及んでいないが、それでも怖いな。あの結界に閉じ込められるとこちらは術式を使うのが、困難になる」

「大丈夫だと思います。術者、高島圭吾くんはまだ、自分だけの力であの領域にはいないと思います」

「万能系の、健輔の力があっての事という訳か。厄介な力だな」


 糸によるバトルスタイルは世界的には非常に珍しいものだが、天祥学園に限ってはそれほどでもない。

 昨年までアマテラスにいたスーパーエース『藤島紗希』が用いた戦闘スタイルの1つだからだ。

 扱いが難しい浸透系を戦闘用に上手く転換した戦い方は、賢者連合のバックス戦法とはまた違う形で戦い方の裾野を広げていた。

 彼女ほどに使いこなす者はいないが、糸使いというのは一定数は存在している。

 圭吾もその中の1人だとは思っていたのだが、紗希に迫るほどの完成度となれば話は変わってきた。

 

「術式『封魔領域』。また見ることになるとは……それも、敵としてね」

「でも、皇帝にはそれなりに効果的だと思います。高島くんへの負担も相応でしょうが、あれがあると通常の人形では手も足も出ません」


 浸透系は極めていくと他者の魔力に干渉が可能になり、最終的には魔素への干渉が可能になる系統である。

 これと創造系の能力を組み合わせて、一定範囲内の魔力を完全に無効化する術式が『封魔領域』だった。

 直接戦闘系の術式ではないが、凶悪さはお墨付きである。

 紗希が数多の魔導師を撃墜した原動力であり、代名詞とも言える技だった。

 最も、それ故に難易度も相当に高い。

 最低でも浸透系を極めた上で、創造系もサブでありながら極めておく必要がある。

 効果は抜群だが、道程が長すぎて紗希が引退すると同時に消えた技であった。

 それが、限定的な形とはいえ蘇っている。

 アマテラスとしては懐かしいと言うべきなのか、それとも怖いというべきか、よくわからない心境となっていた。


「恐るべきは万能系だな……。どんなトリックを使って、1年生をランカークラスまで押し上げているんだ」

「……私にもわかりません」


 仁の呻くような言葉に桜香も言葉がない。

 何かをやって、一時的とはいえ圭吾をランカークラス、それも部分的には紗希レベルまで押し上げているのだ。

 脅威という他なく、これが他の魔導師に適応されるとどうなるかなど、考えるまでもなかった。


「やはり、佐藤健輔は生かしておくわけにはいかないな。何をされるのかが、わからない」

「私が、必ず落とします」

「頼むよ、桜香くん」

「任せてください」


 健輔を打倒するには一切の小細工抜きで彼を瞬殺するのが最善の道だった。

 アマテラスにはそれを成せる者がいる。


「健輔さん、それがあなたの選んだ道ですか?」


 チームのために自分の全てを捧げる。

 悪くはないが、どこか健輔らしくない感じもした。

 しっくりとこない感覚を抱えながらも桜香は試合を見守る。

 何より、気になることがもう1つあった。

 この局面、おそらく決勝に至るのに最も大事な試合で何故か優香が出場していない。

 身内の贔屓目もあるのだろうが、優香の強さがパーマネンス戦で必要にならない場面などないだろう。

 出場させないメリットよりも明らかにデメリットの方が大きい。

 失礼ではあるが、妃里や隆志では代わりにならないのは明白だった。


「無意味に見えても、必ず意味がある。だったら、それは何?」


 優香という戦力を外してまでも妃里や隆志を投入した意味は何なのか。

 読み切れぬクォークオブフェイトの意図を桜香は探ろうとする。

 盤外でも戦いは行われていた。

 次を睨んでの策を前にして、桜香は何かを感じ取る。

 

「……私は、待ってますから。必ず――」


 誓約を胸に秘めて、少女は決着の時を待つ。

 後1時間程で必ず結果が出る。

 桜香はその時をただ待つのであった。






 葵がロイヤルガード1のオリバーと戦闘に入ってる間、残り6名のロイヤルガードを相手にするのは、妃里と隆志の2人になる。

 都合1人で相手にする人数は3。

 おまけに相手は守りのエキスパート。

 2人は戦闘経験豊富なベテラン魔導師だが、攻撃力に長けた存在かと言われると微妙なところである。

 妃里は一応火力型だが、世界大会ではそもそもの技量が不足していた。

 特化型の圭吾や剛志、後衛不足のために出場が多い和哉などと違い、人数も多い前衛。

 この大会では出番がなかった2人。

 何故、彼女らが此処にいるのか。

 その理由は、簡単だった。


「剣よ、いきなさい!」

 

 創造されるのは剣群。

 3名のロイヤルガードを翻弄する技は天祥学園で知らぬ者がいない魔導師の技だった。

 『明星のかけら』――橘立夏。

 妃里とも関係の深い友人の技。

 1対多なども念頭に置いた技術の術式は、守りのエキスパートを以ってしても容易には対処出来ない。

 妃里と対峙するロイヤルガードは慌てて散開する。

 それこそが彼女の狙いだと気付かないで。


「そっちだけに集中して、大丈夫かしら? 私、結構いろいろと出来るのよ」

「なっ……! いつの間に!?」


 刀身に集まる大量の魔力。

 優香が使う『蒼い閃光』の前段階、魔力を込めた斬撃が敵に放たれる。

 射程距離こそ短いが、魔導砲撃に匹敵する火力が唸りを上げた。

 

「いきなさい!」

「くそっ!」


 バランスを崩す形になったが、回避には成功する。


「だから、1つのことだけに集中していいのかしら? 食べちゃうわよ? 私」

「しまっ――!」


 体勢が崩れた敵の魔導師に容赦なく剣の軍勢が襲い掛かる。

 相手側の1人がすかさずカバーに入ったため、ダメージはない。

 しかし、一連の攻防でハッキリとしたことがある。

 この戦場を制圧しているのは、間違いなく妃里だった。


「ふぅ、ちょっと慣れないけど、やるわね健輔」


 敵を見据えて、構えを取る。

 妃里の強みであり、弱点と呼べるのは器用貧乏であることだった。

 創造系についても意図的に特化した要素を持たせず、同時に収束系も中途半端。

 彼女がこのような特性を持ったのは、チームのためであった。

 人数が少ないクォークオブフェイトでは、特化型の魔導師が多いと不利な戦場なども出てきてしまう。

 それを補うための汎用型であり、便利屋が彼女の役目だった。

 今年に入って、健輔にその役割を奪われたため、実質的に役割を失っていたのだが、ここに来て再度彼女は対皇帝用として投入される。


「……あんまり気分が良くない面もあったけど、はぁ、気を使われるとはね。人の成長って早いのね」


 健輔に面白くない気持ちを抱いたのは、ポジションを奪われたのもある。

 実力主義の世界でそんな事は不毛だとわかっていた。

 それでも抑えられないものもあったのだ。

 しっかりと見抜かれた上に気を使わせるという無様さだったが、その分は試合での活躍で返すべきだろう。


「ここが私の最後の花道。全力でいくわ。今までの全て、あなたたちで受け止められるかしら?」

「愚問だ。我らも皇帝の近衛。最強を守ってきた誇りがある!」

「だったら、ちょうど良いわよね? 全力でやりましょう!!」

「来い、全ての攻撃を受け止めてやろう!」

「やれるかしら!!」


 オレンジの魔力が深い色合いに変わっていく。

 9人分の力を結集して、全てに分配する決戦術式。

 健輔の奥の手の中の奥の手は中途半端な強化ではすまない。

 全体がオレンジ色の輝きに包まれるのを見たロイヤルガードは流石に驚愕を抑えられなかった。

 圧力すらも感じる魔力の噴出。

 多彩な魔導の中でもそんな現象を起こすものは1つしかない。


「魔力固有化、だと……。バカな、そんなことがあり得るはずがない」

「だったら、嘘だと思ってれば良いわよ! 最強程度で、私たちに勝てると思わないでよね!」

「グぉ!? 重い、この魔力は」

「はああああッ!」


 噴き出す魔力に飽かして、妃里は正面から一気呵成に攻めていく。

 周囲のガードがフォローに回ってくるが、今の妃里には遅く、同時に弱い。


「1つ、貰ったッ!」


 オレンジの魔力が敵を飲み込み、天に光を昇らせる。

 予想もしていなかったであろう急激な能力の上昇。

 隙を生むのに十分なインパクトを持っていた。

 パーマネンスは創造と想像が肝となるチームだ。

 皇帝は必ず敵のデータを頭に叩きこんでいる。

 同じようにロイヤルガードたちもそのデータには目を通しているだろう。

 だからこそ、妃里が固有化など使えるはずがないと思っている。

 思い込みの外からの奇襲。

 効果は見ればわかる通りだった。

 パーマネンスは早々に1人を失う。

 ベテランに必要な能力が組み合わさった。

 そんな存在をなんと呼んでいるのか。

 ――エース、と人は呼ぶのであった。


「残り2人、さあ、一気に行くわよ!」


 チームを支える魔導師に必要な能力が合わさり、この試合に参加する全ての魔導師がエース級になる。

 形は違えど、皇帝の空間展開と同じ領域の力。

 そして、もう1人。

 チームを支える魔導師の眠れる力が目覚める。


「妃里がやったか。ならば、俺も続こうか」


 守りの魔導師を前にして、近藤隆志が高速戦闘を仕掛ける。

 身体・創造系の魔導師は機動力に優れているが、攻撃力に劣る魔導師が多い。

 優香のように番外能力を持たない隆志もまた、その例から漏れてはいなかった。

 しかし、それも健輔の補助が無ければ、の話である。

 今の彼に器用貧乏などという言葉は通用しない。

 身体系と収束系を極めた葵が自在な固有化を発動可能にしたように、創造系にも恩恵がある。

 自分の体内に限定した空間展開の発動。

 隆志の願望を投射した空間が拓かれる。


「術式展開『レッドスター』」


 彼の魔力光とはまったく違う赤い光が漏れ出してくる。

 赤き星。

 隆志が知る人物でそんな形容がされるのはたった1人しか存在していない。

 彼の妹――チームのリーダー、近藤真由美を指している。

 彼の中にある複雑な思い。

 既に昇華されてはいるが、抱えたものと新たに生まれたものはなくならない。

 かつての嫉妬と、今の矜持のために、己の恥を晒してでも勝利する。


「妹に嫉妬した醜い想いの成れの果てだが……力にはなる。後輩のためにも、ここで1つ晒しておこうと思ってな」


 隆志の錬度では真由美に成れる程の力はない。

 力はないが、彼が必要とするだけの火力は十分に手に入った。

 割り切った合理性。

 これもまた、隆志の強みであろう。

 隆志は確かに、アマテラスの二宮亜希や後輩たる優香と似た願望を持っていた。

 既に踏み越えたにも関わらず、彼がそれを晒したのは、チームのためであり同時に優香のためでもある。

 隆志は同じような悩みを持つ少女に背中で語っているのだ。

 お前が持つ願望など、誰もが当たり前のように持つものだ、と。

 勝利のために、そしてさらに先を見据えて男は行動する。

 今までも、これからも変わらない誇りが隆志の胸にあった。


「悪いが、今日の俺は負ける気がしない。妹のためにも、ここで潰させてもらう。――ああ、前座程度に掛ける時間は残ってないんだよ」

「ほざくか! 後輩の支援が無ければ、何も出来ない分際で!」


 敵の指摘に隆志は笑う。

 相手の言い分に誤っている部分など存在しない。

 至極正しく、同時に正しいだけだった。

 

「バカが、人間など必ずどこかで誰かに頼っている。真実、1人で出来ることなど、この世に存在するものかよ」

「口だけは上手いな!」

「ああ、多少なり誇れるものでな。バカ程度は軽く釣れる」


 ストレートな隆志の挑発に相手の顔色が変わる。

 皇帝の近衛兵。

 彼らにもプライドはあるのだろう。

 むしろ、隆志よりも余程強い執着があったはずだった。

 最強の魔導師を支えている。

 その自負がないなど、あり得ないのだから。

 

「ふっ、だからこそ、釣れるのかな」


 聞こえないように考えを漏らす。

 敵が強いからこそ、隆志は弱者として敵と戦える。

 わざわざ自分から不利な方へ行ってくれるのは有り難かった。

 強者に蹂躙されるのが弱者であるが、同時に強者を引き摺り下ろすのも弱者だった。


「舐めるなよッ!」

「温いな。防御の魔導師が攻めに回るとは、正気か?」

「っ、こ、この程度で!」


 盾を構えて突撃をしてくる相手を軽く躱す。

 向こう側の他のメンツがフォローしようとするが、隆志の機動力の前には意味をなさない。

 ロイヤルガードたちは防御に重点を置いている。

 機動力については並みでしかなく、常の隆志ならばともかく3年間の全てが花開いた隆志には何も通用しない。

 真由美への想いを乗せた空間展開もあるため、今の彼は小さな凶星だった。

 敵を粉砕する火力まである。

 相手は世界最強のチームの一員。

 本来ならばここまで容易い相手ではないだろう。

 それがここまでの脆さを見せているのは、たった1つの策が理由だった。


「俺たちについてもしっかりと研究している。だからこそ、この挑発が効くか。慧眼だな、経験がないから対処できていないようだ」


 弱いチームならば交戦する前に蹂躙。

 強いチームならば時間を稼いだ後に蹂躙。

 パーマネンスの試合は基本的にそのような形で推移しており、ロイヤルガードたちはその実、このような競り合いをほとんど経験していない。

 挑発してくるのがエース級の魔導師ならば、彼らももう少し耐えられただろう。

 弱い隆志が挑発することに意味があったのだ。

 彼が挑発するからこそ、激昂している。

 隆志の持つ声と口調もあるだろう。

 冷静な声色は時に人を爆発させるものだった。

 自分の全てを使って、敵の能力を発揮させない。

 後輩にも受け継がれた戦法は、しっかりと敵に猛威を振るう。


「まだ冷静なのもいるようだが――チェックメイトだ。解放『終わりなき凶星』!」


 直線にならんだ2人を巻き込むように真紅の終焉を放つ。

 天に昇る2つの輝きは隆志の戦果を天下に示す。

 しかし、彼の表情は変わらない。

 まだ本番ですらない。

 この優勢に意味はないと知っているからこそ、静かに己の役割を遂行するのだ。


「……さて、後は1つ。潰しておこうか。本番前にな」


 ここから先に待つ本当の戦いに健輔を導くために隆志は刃を取る。

 真紅の輝きを纏った彼は妹にも負けないだけの輝きを全ての者に見せつけるだった。


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