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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第290話

 魔導師というのは相当な負けず嫌いが揃っている。

 戦闘、という割と物騒な2文字に真っ向から挑んでいるものたちなのだ。

 自分の能力に自信があるし、同時に勝利を強く望んでいる。

 言い方を変えれば、我が強いのだ。

 誰かに寄り掛かっているように見えても、根本の部分ではしっかりとした土台がある。

 そんな一癖も二癖もある奴らを纏めないといけないからこそ、チームのリーダーは大変なのだが、今回はそのリーダーを褒めるべきだろう。

 魂を預けても良い。

 ほぼそれだけの信頼を抱かれていたのだ。

 翻れば、それだけ素晴らしいリーダーだったのだから。

 ここまで来れば、もう彼女にもわかっている。

 フィーネが身を引く。

 その本当の意味として、レオナたちも変わらないといけないのだ。 

 既に次の戦いは始まっている。

 国内戦で敗退した魔導師たちを彼女たちに見せたのもそのためだろう。


「……あなたが、安心できるように」


 叩きつけられた大地に横になって上を見上げる。

 どこか無機質な作り物の空。

 あまり好みではないが、今はこの空でも十分だった。

 高くて届かなかった偉大な人がきっと今のレオナを見ている。

 そこで恥ずかしい真似は出来ないのだ。

 

「私はもう、飛び立たないとダメなんですね」


 巣立ちを促す風に寂しそうに微笑む。

 わざわざ敗戦した相手の手まで借りるところに容赦がない。

 優しく、寛容そうに見えて根本が苛烈なのは意外な部分だろうか。

 初めて知った時にレオナも目を丸くしたものだ。

 過る思い出は楽しく、そして少しだけ寂しかった。

 噛み締めるように目を閉じて――レオナは羽ばたく、いつまでも足踏みする訳にはいかない。

 最高の女神が作ったチームを彼女たちがもっと高みに導くのだから。

 あの人がいないから、とそんな風に言われる訳にはいかない。


「いこう、『シュトラール』」

『イエス、マスター』


 手には光で作った剣。

 敗北した日から何も考えていなかった訳ではない。

 彼女は変換系・遠距離系の魔導師。

 遠距離系は効果の拡大を担う系統でもあるのだ。

 近接戦闘がこなせない訳ではない。

 これからは以前のような圧倒的な力はないのだ。

 苦手を克服する程度では足りない。


「霧島武雄、覚悟!」

「起きたか! いいぞ、良い闘志だ!」


 圭吾が2人相手になんとか粘っているところに奇襲を仕掛ける。

 ヴァルキュリアが敗戦したチームのメンバー。

 思うところは、当然ある。

 しかし、それは恨み節ではいけない。

 フィーネが負けるほどの相手だった。

 相手はそう思わせてくれるだけの戦いをしてくれたのだ。

 だからこそ、レオナがそのチームメイトに返すものは、彼女たちと戦えてよかった、とそう思って貰える心しかないだろう。

 レオナの参戦により、場が乱れて両者が仕切り直しを図る。


「遅れました」

「いえ、見事です。流石ですね『光』の魔導師」

「あなたがここまで頑張ってくれたからです。フィーネさん相手に耐えたのは伊達ではないですね」

「当然です。欧州の女神と戦えたのは、僕にとって最高の誉れですよ」


 レオナは言葉を無くす。

 悔しく思えば良いのか、それとも喜べばよいのかわからなかった。

 1つだけ確かなのは、情けない部分を見せたまま終われないということだ。


「前はお任せします。後ろはこちらが」

「はい。お願いします」


 2人は敵同士、だから信頼はない。

 信頼はないが、敵として実力は何よりも信用できた。

 レオナの心が戦いと向き合い、研ぎ澄まされていく。


「行きます! 援護をお願いします!」

「了解です。穿て、シュトラール!」

『光学偏差開始』


 圭吾を避けるようにレーザーが無数の反射を繰り返して、彼の道を切り拓く。

 それだけではない。

 レオナの攻撃の間隙を突くように放たれた『蛇』を光の剣で斬り裂く。


「付け焼刃ですが、あなたには負けません!」

「おう、よく言ったの! かっ、やっぱり楽しい祭りになったの!!」

「また……!」

 

 再度放たれる蛇。

 迫る武雄の攻撃をレオナは剣で斬り裂こうとしたが、


「アホ。罠じゃ」

「えっ!?」


 剣と接触した瞬間に激しい爆発が2人を包み込む。

 覚悟は素晴らしく、勢いもあったがそれだけで勝てるほど魔導は甘くない。

 なんとか爆発からは生き残ったが僅かなライフしかレオナには残っていなかった。

 しかし、彼女は諦めない。

 次のリーダーとして、ヴァルキュリアを受け継ぐ者としてそれは出来なかったから。

 魔導を習い立ての魔導師のように、我武者羅の突撃を繰り返す。

 洗練されたとは言い難い戦い方で、恰好は良くないだろう。

 確かにボロボロだが、懸命に前に進もうとする姿はとても美しかった。






「これって……」

「うん、凄いね」

「あ、ああ……そうだな」


 何やら急激に変わった状況に付いていけなかったのはこの3人だろう。

 魔導を習ってはいるが、まだまだ未熟な3人。

 戦闘は怖いし、正直なところそこまで好きではなかった。

 大輔が入ったチームも戦闘はやっているが、本気でやるというよりもほとんど興味本位に近いものである。

 それでも、楽しそうに全力で戦う者たちの姿は眩しかった。


「かっけえ」

「うん、カッコいい」

「あら、ありがとうございます」

「へ?」


 呆然とした様子で戦いを見守っていた3人に背後から声を掛ける人物がいた。

 穏やかに微笑む銀の輝きを纏う女性。

 この休暇の性質を大きく変化させた原因の片割れたる女性だった。


「ふぃ、フィーネさん、えーと、その」

「大輔さん、瑞穂さん、明美さんでした、よね? 本日は私事に巻き込むような形になってしまい、本当に申し訳ありませんでした」

「あっ、いえ、その凄く良いものを見せてもらってます」

「それでも、です。筋は筋ですから、貴重な休暇を邪魔するような形になってしまい申し訳ないです」


 綺麗に頭を下げるフィーネに大輔は慌てるが、瑞穂は少しだけ反発心が湧いていた。

 フィーネの言い分はその通りなのだ。

 これはこれはで貴重な体験なのだろうが、瑞穂としては今日の休暇にそれなりに目的があった。

 師匠の奮闘は素敵だと思っていたのだ。

 それを伝えようと思っていたのに、台無しにされたのは事実だった。

 多少なりと含むものはある。


「本当ですよ。……でも、あれは師匠も――その、楽しそうだから……良いですよ」

「師匠……? ああ、そういえば、そのような関係なのですね」


 何故知っている、と尋ねたかったがあれだけの激戦を潜り抜けたのだ。

 多少は親しくなっても仕方ないと納得させる。

 モヤモヤしたものは残ったが、瑞穂は口に出すようなことはなかった。

 

「あら……。やっぱり、刺されてもしらないですよ」


 瑞穂の様子を見たフィーネが小声で何かを呟く。

 何を言ったのか気になるが問うことはしない。

 なんとか言い返したが、それだけで割と精神力を消耗していた。

 瑞穂は自分も可愛い方だと思っているが、目の前の人物とは勝負にならない。

 綺麗、というだけならまだ対抗しようと思うが、その前に神々しいとか、後光が差す、みたいな形容詞が付く人物とは初めて出会った。

 体のパーツでも負けている。

 出るとこは出て、引っ込むところは引っ込んでいるのだ。

 間違っても隣に並びたくないくらいには格差が存在していた。

 『女神』恐るべし、と瑞穂は実力とは関係のないところで戦慄を感じていた。


「瑞穂さん」

「な、何ですか? 謝って貰ったし、もう蒸し返すつもりはないですよ」

「いえ、あなたはこちらに向いていそうですので、参加しないかと思いまして」

「へ……?」


 目の前で朗らかに笑う魔導師に瑞穂は間抜けな顔を見せる。

 参加、という単語が脳に届いた時には全力で拒否した。


「ちょ、無理! 無理ですよ。私、ようやくきちんと飛べるようになっただけなんですから! 戦闘機動とか、無理です!」

「最初は皆さん初めてですよ。大丈夫です。私がサポートしますから。お相手は健輔さんで如何ですか? 師匠に一泡吹かせられるかもしれないですよ」

「え……。それは……」


 フィーネの提案に心が大きく揺れる。

 瑞穂は勝気な性格であり、負けず嫌いなのだ。

 冬に健輔を見返したい、そんな思いで空中機動を身に付けたように割と魔導師としての適性は高かった。


「ほ、本当に力を貸してくれるんですか?」

「ええ、ルール内で使える全ての力を使ってサポートしますよ」


 瑞穂は唾を飲み込む。

 世界の頂点域にいる人間の助力を得て、健輔を殴る。

 そんなチャンスは2度とないだろう。


「ほ、本当に、協力してくれるの? あ、いや、その……くれるんですか?」

「ええ、嘘なんて言いませんよ。彼にとっても、あなたの姿は良い刺激になるでしょうしね」

「うっ……」


 魅力的な提案に頷きそうになる。

 微笑むフィーネに邪気はなく純粋に善意からの提案なのだろう。

 そこは疑う必要もなかった。

 しかし、瑞穂の女の勘が囁くのだ。

 この女、何処か胡散臭い、と。

 彼女の師匠たる男が笑顔で飛行を教えてくれると言った時と似た雰囲気を感じる。

 この女は笑顔で嵌めて、その上で最終的に感謝させてしまうタイプの人間のはずなのだ。

 わかっている。

 嘘は言っていないが、瑞穂の感性的には罰ゲームになりそうな出来事は待っているのだろう。

 それでも――、


「お願い、します」


 ――ここは踏み込む場面だと、警告を発しながらも女の勘が囁いていた。

 この先、師匠たる男に何かしらの干渉をしたいというならば、この道は避けられないと覚悟しないといけない。

 ここが勝負所であった。


「……ふむ、そうですか。なるほど……。これは、罪作りな」

「え……と、あの」

「あっ、すいません。ええ、承りました。あなたに勝利を」

「は、はい!」


 瑞穂が返事をした際、フィーネは僅かに驚いたように目を見開いていた。

 何に驚いたのかはわからないが、今は健輔と戦う方が重要だった。

 今の瑞穂ならば、何も出来ないなどと言うことはないはずである。


「や、やってやるわよ!」


 自分でも無茶苦茶だと思うが、心だけは負けていない。

 視界に自分を映してすらもいない男を見返そうと思う心は熱く燃え上がっていた。


「ふふ、もしかしたら来年は彼女もここにいるかもしれないですね」


 少女の奮起を見て、フィーネは微笑む。

 いつだって誰かの出発を見るのは楽しいものである。

 謀りごと、などとは言えない程度のお礼だったのだが、いろいろとやる意味はありそうだった。


「まあ、女をやる気にさせた健輔さんが悪い、ということで許してもらいましょうか」


 健輔がカルラと戦っている最中、何故か悪寒を感じた時にフィーネはそんなことを言っていた。

 休暇に生じた祭りは1つのフィナーレに向かう。

 初心者と欧州最強のペアと影の魔導師の激突を以って、1つの結末を示すのであった。






「……一体、何だったんだ。物凄い悪寒がしたぞ」

『マスター、後ろです』

「ウオぉ!?」

 

 振り切ったはずの炎の軌跡が健輔を追いかけてくる。

 火の玉のように全身を覆った炎は彼女の鎧であり剣だった。

 適度に追い詰めたところ、臨界点を突破したのか途端に冷めた表情になった少女。

 このタイプのキレ方を健輔は知っている。

 苛烈なように見えて、意外と沸点は高かったのだろう。

 何だかんだで理性的に戦っていたのだ。


「あっちがもしかしたら本性なのかもな」

『すごい魔力ですね。収束系がないのに、あれほど凄いとは。感嘆すべきことです』

「だな。半分でも良いから分けて欲しいよ」

『マスターは魔力が多すぎても問題ではないでしょうか?』

「あって損なものではないさ」


 余裕そうな表情でカルラを振り切っているが、いつも通り左程余裕はない。

 シャドーモードのようなドーピングも今は使えないため、健輔に大きく力を上昇させる手段は存在していないのだ。

 久しくない感じの追い詰められ方である。

 能力的に相手が優越しているため、1発貰うとやばかった。


「いいね、この緊張感。最近、緩んでたからな!」

『そこで楽しそうにするからマスターは戦闘狂と言われるんですよ』

「はは、否定できないわな!」

「何を、笑ってる!!」

「おっと、すまん、すまん」

 

 奇襲してきたカルラの拳を避けて、健輔は流れるようにカウンターを決める。

 攻撃をされた側があまりにも自然な流れを受け入れてしまうほど綺麗なカウンターだった。


「かっ!?」

「いろいろと振り切れたみたいだけど、まあ、それだけじゃダメだな。俺も、他人のことは言えないけどな。ま、あれだよ、他人事なら言いたい放題出来るだろう?」

「く、そ。クソおおお!! あなた、絶対に泣かしてやるからね! 名前は覚えたよ!」

「はいはい、毎度似たようなことを言われてるんで、もう慣れたよ」


 そのまま流れ作業で0距離砲撃を叩き込む。

 カルラのライフは0となり、戦闘フィールドから弾き飛ばされる。

 これでフィーネからの依頼は完遂だった。


「よし、これでいいな」


 追い詰めて爆発させて欲しい。

 後はその上で撃破してくれたらよいとのことだったが、中々に楽しい依頼だったと言えるだろう。

 向かってくる戦乙女は本当によい相手だった。

 緊張感と試せる技量のレベルが良い感じの相手であり、適度に気を抜くことも出来たのだ。

 

「いやー、いろいろあったが今日は本当に良い日だな」

『……マスターは本当に大物ですね。ええ、良い日だと思いますよ』

「うん? な、何か含むところでもあるのか? 同意が貰えたのは、嬉しいけどさ」

『はい。……これは私がしっかりしないと』


 陽炎の決意も知らず、健輔は呑気な表情で戦闘フィールドから出て行く。

 満足そうな笑顔が困惑に変化するまで、時間はそれほどない。

 健輔が瑞穂から挑戦状を叩き付けられるまで後少しのことだった。


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