第289話
「まさか、こうまで!」
「動きが直線的過ぎるぞ。速いのは認めるが、方向がわかれば誘導くらいは容易いわな」
「だ、黙れッ!」
光速の一撃。
彼女のレーザー攻撃は欧州において確かに猛威を振るった。
速さにおいて文字通りで地上最速の攻撃はラファールすらも発射後に回避は不可能だろう。
しかし、残念なことに操るのが人間であるレオナなのだ。
対応策は腐るほどに存在していた。
「ほれほれ、どうした、どうした?」
「っ、この!」
レンズを生み出しての偏差攻撃。
死角から襲い来る一撃もこのペテン師には通用しない。
霧島武雄。
天祥学園において最も意地が悪い男には、真っ直ぐ過ぎるレオナは絶好のカモだった。
「ま、悪くはないが、それだけだの」
「舐めるなッ!」
代わり映えのしないレーザー。
先の試合でもそうだったが、レオナの攻撃はレーザー一辺倒であり、他の攻撃も強力になったレーザーに過ぎない。
武雄はそのことをしっかりと見抜いていた。
多くの対戦データなど見なくても、一戦だけ見れば傾向程度は読み取れる。
先ほど対戦した女神の戦力も評価に入れて、武雄はヴァルキュリアの正確な実力を見抜いていた。
「今大会で最高の総合力。確かに嘘ではないが、裏があったな」
我武者羅に攻撃を繰り返すレオナを見て、武雄は不敵に笑う。
組んだ相手が圭吾なのを差し引いても些か劣勢が過ぎる。
前評判の実力から考えれば、もっと強くて良いだろう。
なのに、武雄からすると手応えがあまりない。
原因は割とわかりやすいところにあった。
「あの女、やはり過保護だな。おかげで実績とのギャップに苦しんでいるぞ。いやはや酷い先輩もいるものだの」
レオナの猛攻を軽々と避けながら、武雄は笑う。
本来ならば、避けられなくても発射点が読めれば体をずらすだけで対処が可能だ。
仮に途中で軌道を変えて、レーザーの速度で追尾されると危険だが、そんな錬度はないようだった。
おかげで思う存分、やりたい放題に敵に嬲れる。
魔力を乱すことで簡単に防げるということも合わせて、レオナでは武雄に勝つのは実質的に不可能だった。
相性的に詰んでいる。
「ほれほれ、貰うぞ」
「縄!?」
健輔との戦いでも披露した縄がレオナの腕を捉える。
障壁と流動系の合わせ技で、空間を乱したことでレーザーは届かない。
「地面へご案内だ」
「え、きゃああああああ!?」
レオナは地面に叩きつけられる。
勿論、この男の攻撃がここで終わるようなことはあり得ない。
「がっ……これは、魔力が流し込まれる?」
流れてくる魔力は微量だが、レオナの術式を乱すには十分である。
思うように飛べない中、繋がれた縄が再び大きく脈動した。
「きゃああああああああ!?」
今度は魔力ではなく電気が流れてくる。
痺れる身体、同時に意識も飛びそうになった。
何処から見てもレオナの敗北であり、ライフに傷1つ付けることが出来ない。
2つ名持ちの魔導師にしてはあり得ない醜態だろう。
武雄も2つ名持ちだが、レオナのような世界的なものではない。
天祥学園内のローカルな強者に手も足も出ないなど起こってはいけない事態だった。
「終わらせるかの」
上空からレオナに動きがないのを確認して、トドメをさすために魔力を高める。
繋がった縄を『蛇』として、創造しなおして自爆させるだけの簡単な作業だった。
特に気負うことなく、作業を行おうとして――手を止めた。
『マスター』
「はっ、振り切ってきたか!」
武雄はミットライトが声を掛けるよりも早くにその場を離脱する。
直後に空間を駆け抜ける一筋の軌跡。
細く伸びた糸が先ほどまで彼の居た場所を切り裂いている。
笑いながら振り返れば、そこには涼しい顔をした男がいた。
「くはっ、明星はどうした、圭吾!」
「少しお留守番をお願いしてますよ!」
「はっ、捕まったか! あの女、やはり詰めが甘いわな!」
レオナを捕らえていた縄を解除して、新しいものを形成する。
武雄もこの創造をまだ使いこなせているとは言い難い。
健輔の陽炎のような武装型を選ばずに自分で創造しているのは、新しいバトルスタイルのためなのだ。
目の前の男は良い練習台だった。
浸透系の技の中でも最高難度を誇るのが魔素割断であり、それが出来たのは武雄が知る限り先代の『太陽』だけである。
よく似たバトルスタイルだとは思っていたが、魔力を断てる領域にまで来るのは良い誤算だった。
健輔の親友、というのも伊達ではない。
「あいつの影響を受けるか」
「友達としては、先に行かれる一方というのは、悔しいですからね」
「はっ、良いぞ! 悔しいからには、努力して超えないとな! 負け犬には出来ぬ発想よ!」
わざわざ大声で下の女を煽るように武雄は笑う。
圭吾は武雄の様子に苦笑するだけだ。
レオナたちヴァルキュリアの問題点などハッキリしている。
後はやる気の問題であり、それは外野が何かを言うことではないだろう。
フィーネがいなくなった後のヴァルキュリアがそれでも欧州最強なのか、もしくはただの強豪になるかの分かれ道だが、関係ないと言えば関係ない話なのだから。
武雄が挑発するのは、善意なのか、ただそれが面白いからなのかは圭吾にもわからなかった。
彼の親友は、このままだと詰まらなくなりそうだから、フィーネに手を貸したのだろうと簡単に想像が出来る。
そういう意味では、健輔もまだまだ武雄の領域には至っていないと言うべきだろう。
感心すべきなのか、微妙に迷いつつ、圭吾は戦闘態勢を固めていく。
「あまり女性を嬲るようなものは、どうかと思いますよ。ましてや、今は僕のパートナーだ。少々、過ぎた仕打ちですね」
「はっ、言いよる! だったら、覆してみせろや!」
形成した縄――いや、蛇を携えて、賢者は笑う。
先輩の変わらぬ様子に圭吾は苦笑してから、
「やって見せましょう。この技を負けたままにしておくのは、僕の矜持に反する」
冷たい瞳で武雄に告げるのだった。
放たれた糸に武雄の武器は一瞬で切断されてしまい、障壁もまた圭吾によって切り裂かれる。
直撃する一撃。
敗戦であっても格上相手に戦った経験は何も無駄になっていない。
霧島武雄の進化が止まらないように、高島圭吾もいつまでも健輔の添え物ではなかった。
「儂に傷を付けるかッ! いい、実によいぞ。お前を倒すと楽しそうだ」
「僕を舐めるのは構わないけど、あの人の技を舐めるのは許しません。たとえ、武雄さんであっても、です」
「クハっ、本当によく吠える!!」
圭吾の糸による斬撃を魔力で受け流して無効化する。
流動系は固まったものを流すための系統。
術式でさえも例外ではない。
武雄に直撃する寸前で糸は力を失ってしまう。
攻撃に力を集中させた圭吾、その攻撃が防がれてしまえば今度は隙が生まれる。
武雄がそれを見逃すことなど、あり得なかった。
「行け!」
放たれる蛇が圭吾の腕に絡みつく。
「っ、流石ですね」
「とりあえず、お返しだ。何、先輩からの奢りよ。謹んで受け取れや」
0距離での爆発。
お互いに敵を傷つける術を持つ2人の戦いはほぼ五分に近かった。
近接戦闘に限るならば、ここから先に劇的な変化はあり得ない。
「上手く逸らされたか。まあ、ダメージはあるから良い。それに――」
武雄は意味ありげに視線を移動させる。
こちらに接近してくる魔力の流れ。
覚えのある魔力はこの場にいない最後の1人のものだった。
「――詰んでるわな。1人で勝てるものかよ」
フィーネの戦力分担は上手く出来ている。
圭吾1人ではどちらかを抑えられても勝つことは出来ない。
ここにもう1人、圭吾に助力する人物が必要なのだ。
しかし、彼女は武雄にやられた後から復帰してこない。
「根性なしだの。だから、女神がこんなイベントをする必要が出てくる。恥ずかしさも感じないとは、大したことのない奴らよ。いつまで、負けた自分たちに浸るのか」
「あなたの解釈は悪意が籠り過ぎよ。ま、半分ぐらいは同意するけど」
「来たか」
背後に振り返って、武雄は不敵に笑う。
女が揃ったことで、こちらの体勢が整ったからだ。
「行くか」
「ええ、早めに行きましょう。この機会は活用したいしね」
「違いない」
容赦の欠片もなく2人は圭吾たちの撃墜を宣言する。
迫る2人、防ぐ1人――そして、打ちひしがれる1人。
バラバラなペアと目的の一致しているペア。
対照的な2組の戦いは終わりを迎えようとしていたのだった。
「クラウ。……お久しぶりですね。お元気でしたか?」
「お久しぶりです、フィーネさん。はい、良い経験を積ませていただいております」
個別の戦闘フィールドから出てきたフィーネをクラウディアが労う。
健二・カルラのペアとの戦いはフィーネたちの勝利に終わった。
能力を減じようが、女神は女神。
彼女を素早く倒すことはサムライであっても、容易ではなかった。
おまけに今回の女神には、周囲を飛び回る厄介な奴がいる。
パートナーがもう少しまともであれば、健二にもやりようはあっただろうが、連携が取れない状況では仕方がないだろう。
試合はあっさりと終わってしまい、サムライの挑戦は終わりを告げた。
屈辱が晴れぬカルラに2戦目を要求され、2人はそのまま2回戦へ突入している。
健二とフィーネだけが外に出てきたところで、クラウディアと再会したのだった。
「……ふむ、やはり、ですか」
笑顔で応じるクラウディアだったが、フィーネの様子がおかしいことに気付く。
常に笑みを絶やさない彼女が驚いているように見えるのだ。
「フィーネさん? どうかしましたか?」
「……いえ、あなたは日本で、本当に良い経験を積んだのですね」
感心したかのようなフィーネの相槌にクラウディアは戸惑う。
何を感心されているのか、よくわからないのだ。
フィーネと会話するのは久しぶりであり、この短い期間でそこまで感心されるような何かを見せた記憶が彼女にはない。
「……あの、それは一体、何のことですか? 良い経験は、確かに積んだと思いますけど」
「いえ、少しだけ予想外だったと言うか。……その、自分の指導者としての素質に疑問が出てきただけですから」
「は、はぁ」
フィーネは大きな溜息を吐いて、結界の中を中継するモニターに視線を移す。
憂い顔の彼女の瞳には苦戦する各人の様子が映っていた。
少しだけ画面を見つめると、この場に残る最後の戦乙女に声を掛ける。
「リタ、どうですか?」
「あまり良くはないですね。レオナはちょっと深刻だと思います」
「ですか。……これは、荒くいく必要があるかもしれないですね」
2人の間だけで通じ合う会話。
しかし、クラウディアは何となくだがフィーネが危惧している内容がわかった。
これは、彼女がいなくなった後のために行っているのだ。
クラウディアが『天空の焔』の後始末を頼まれたのと同じように何かをしようとしている。
もう部外者になってしまった彼女がその恩恵を受けることはないが、まだ残る友たちのためにフィーネは何かをしようとしていた。
「頑張って、イリーネ。見栄えだけじゃ優香には勝てないわよ。カルラも、熱くなるのもいいけど、もっと冷静じゃないと」
かつての同輩2人は自分のことだけしか考えていない。
それが悪いとは言わないが、チームに対する責任を持てない者がエースになることはあり得ないのだ。
レオナも、気分はまだフィーネの下にいるままである。
既に時計の針は進み、フィーネの時代は終わろうとしているのだ。
他のチームが次に向けて進み始めているのに、ヴァルキュリアが足踏みするわけにはいけなかった。
「リタ、最後は私が相手をしますから。フォローは」
「はい。任せてください」
通じ合う2人を見て、クラウディアは少しだけチームが恋しくなった。
香奈子たちは既に戦いを終えてしまった。
もう、あの人たちにクラウディアが返せるものはほとんどないのだ。
勝利、という形で貢献することは出来ない。
だからこそ、新しい場所で頑張る自分を見せることでしか返せないと思っている。
「そう。私たちはもう、ただ好きにするだけではいられないから」
エースとしてだけでなく、人として既に託されたものがある。
何も知らずに誰かの後を付いておけばよかった時期はもう終わったのだ。
健輔がそれを感じて原点回帰したように、優香が健輔に悩みを打ち明けたように。
もう歩みは止められない。
ここで足踏みしたものから、次の戦いは脱落する。
今まで通りにやっても通用しなくなるのだ。
今まで、を保証してくれた人たちが去っていくのだから。
「カルラ」
子どもが我儘を言うかのように腕を振り上げて、カルラは健輔に迫る。
爆発力だけは大したものだろう。
しかし、洗練された強さとただの暴力では勝負にならない。
受け流されて、反撃される。
「イリーネ」
創造による汎用的な攻撃。
確かに悪くはないが、打開力に欠ける。
誰かの補助がないと戦えない形になっているのだ。
なのに、イリーネには自覚がない。
それではせっかくの力もほとんどが発揮出来ないままで終わる。
新しい道を探さないといけない。
今までの強さはフィーネありきなのだ。
いなくなった後こそが重要になる。
「……香奈子、でしたか。口下手だと聞いていましたが、あなたは立派に成長したようですね」
「そんな、私程度は、まだまだですよ」
友人2人を見つめるクラウディアの傍にフィーネが並ぶ。
映像を見つめる瞳に、どんな思いが宿っているかはお互いにわからなかった。
「……あなたが居なくなったのは、今思うと凄い損失でした」
「フィーネさん」
それだけ評価されて嬉しいと思うと同時に僅かな反発心が湧き出る。
イリーネやカルラ、何よりもレオナを少し馬鹿にし過ぎた言葉だろう。
他ならぬフィーネから聞きたい言葉ではなかった。
彼女の尊敬する魔導師が、味方のことを蔑ろにした発言をするはずがない。
「聞かなかったことにします。それに、大丈夫ですよ。私のライバルが、あそこで終わるはずがないです。レオナさんも含めて、もっと信じてあげてください」
「……ええ、そうですね。失言でした。私も敗北で少し弱気になっていたようです。あの子たちが最強の戦乙女。その結論に異論などないですよ」
画面の全てでヴァルキュリアのメンツは押されている。
だが――目が死んでいない。
敗北の衝撃などを引き摺っていたようだが、そろそろ怒りが湧いてくる頃合いだった。
魔導師は負けず嫌いなのである。
変な悩みを抱くから、力が発揮出来なくなるのだ。
だったら、忘れさせてやればよかった。
フィーネが見つめる中で、光の魔導師が遂に立ち上がる。
彼女の瞳にあるのは、激しい怒りだ。
「あら、レオナが怒りますか」
「武雄さんが余計なことでも言ったのかもしれないですね」
「こちらの意図を読んだのか、それともただの愉快犯なのか。少し気になりますね」
どちらであろうともレオナが怒ったことだけは間違いない。
普段、怒らない人間ほどいざキレた時は怖いものだ。
レオナも例外ではない。
「見せなさい。私に頼らないあなたたちの戦い方を」
レオナが光の剣を創造するのを見て、少しだけ口元を綻ばせる。
敗戦から何も考えていない訳ではなかった。
隠された努力が白日に晒されて、次代のヴァルキュリアが遂に動き出す。
最初に変わったのはレオナからであった。
天を貫く光の剣と自在な鏡の防壁が姿を見せる。
新たなる女神が産声を上げるのを、その場にいた者たちは確かに目撃するのであった。




