第287話
「く、悔しいぞ……」
「お疲れ様です。後少しでしたが、届きませんでしたね。武雄、でしたか? 相当の使い手のようで、こちらも冷や冷やでした」
「あなたは勝ってるからまだいいさ。俺は縛られて負けだぞ」
「そこは経験の差、ですね。彼のようなタイプも戦ったことはあるので」
隣にいる銀の女神に恨めしそうに見ておく。
冷や冷やしたと言っているが、危なげなく攻撃を捌いていた。
健輔が情報の齟齬に混乱したのに対して、フィーネは情報なしで武雄を押し切っている。
知っているということも良し悪しだった。
「そんな目で見られても、事実は事実ですよ」
「……わかってますよ。ちょっと、初志からずれてたと再確認していただけです」
「なら、企画したものとしては嬉しいですね。ご自分の問題点に気付いてくれたなら、今日の目的の1つは達成です」
「やっぱり捻くれてますね。……素直に教える選択肢はなかったんですが?」
「さて、どうでしょうか。神ならぬ身ではわかりかねます」
今回の敗戦は健輔の近接戦闘における技量をハッキリと教えてくれた大切なものだった。
健輔の強みは系統の切り替えによる柔軟さと豊富な手段である。
ヴァルキュリア戦でも魔導の常識の斜め上から殴りかかることで、アドバンテージを獲得していた。
目の前にいるフィーネを相討ちに持ち込んだことと合わせて、間違いなく次代を代表する新鋭魔導師と呼べるだろう。
しかし、最近はその初志の部分からずれてきているのを健輔も感じていた。
原因は言うまでもないだろうが、『シャドーモード』である。
健輔が切り札として生み出した術式だが、使い勝手が良すぎてついつい力押しを選択しがちになっていた。
フィーネクラスの相手と競るには、相応の力が必要だとはいえ、人間というのは楽することを覚えてしまうと堕落するものである。
健輔も力押しという王道戦術を行うようになってから、稚拙な攻勢が増えていた。
武雄の情報面からの奇襲という予想外はあったにせよ、あっさりと負けてしまったのはいただけない。
もっと生き汚い魔導師が健輔のはずなのだ。
「……はぁ、やっぱりあれかな。他人の力で勘違いするのは、惨めだしなるべく控えた方がいいですかね?」
「そこは個々の判断と思いますよ。あの力に負けた身としては、そこまで気にする必要もないと思いますが。大事なのは、立脚点は忘れないようにすることかと」
「形に拘ってないで、きちんとしなさい?」
「ふふ、ええ、間違ってないですよ」
悩むくらいなら行動しろ、と言外に言われている。
フィーネの心遣いに健輔は苦笑を浮かべた。
少ししか接したことのないフィーネにもバッチリと見抜かれている。
見る目がある、だからこそリーダーだったのだろうが、感服するしかないだろう。
「了解です。初心は大事ですしね。次の試合で、本物を相手にみせてやりますよ」
「期待してますよ。私はいろいろと小細工をするしかなかったですが、あなたは真っ直ぐに倒せるかもしれないですからね」
「ご期待に沿えるように努力はしますが、あなたのやり方が小細工だと俺のはただの詐欺になりますよ」
健輔たちが話している間にも次の試合が始まっていた。
イリーネ・武雄ペア対優香・エルフリーデペアの戦いだ。
「ヴァルキュリアにとって、プラスになると良いですね」
「なりますし、させますよ。今後はこういった交流も大事になると思いますし。日本も環境の激化からか、いろいろと面白い魔導師が出そうです」
「俺はそっちのことをもうちょっと知りたいですけどね。真由美さんの言ってた『魔女』とかとも戦いたかったです」
「ああ、彼女ですか。今年は対策されたせいで出られませんでしたからね。後衛の3強として出場出来ないことを嘆いてました」
総当たり戦であるが故に、流れや体調などと些細なことで強豪チームは勝ったり負けたりする。
欧州ではトップクラスの環境がかなりのレベルになっているため、その辺りの格差はかなり開いていた。
トップチームも激化する戦いに負けないように、鍛え上げているだけなのだが、それがさらに環境を激しくするのだ。
負の連鎖、とまではいかないが、傾向が定まってしまった感じがあるのはあまり良いことではないだろう。
「こういう施設もそれの緩和のため、なんですね」
「この戦闘フィールド以外にもいろいろと面白い機能がありますよ。まあ、その辺りは来年度を楽しみにしてください」
試合を見ながら2人は会話を続けていたが、戦いが進むにつれて口数は少なくなる。
健輔の情報からフィーネが組んだペアは、ヴァルキュリアのみならずこの場にいる魔導師にとって己の足りない部分を教えてくれる良い組み合わせだった。
例外もあるが、それは立夏や武雄のような既に完成している魔導師や自立している魔導師であり、影響はほぼ存在しない。
イリーネやカルラと言った次代がどのように化けるのか。
健輔も同じ年代のライバルとして興味が尽きない。
『マスター、連絡が入ってます』
「ん? 誰からだ?」
『3件ほど、ですね。1つは『面白いことしてるわね』。2つ目が『試合が終わったので』最後が『何か呼ばれたんだけど』となります』
「最後以外は内容でわかるのが……」
わかりやすい1件目はともかくとして、3件目に心当たりがない。
陽炎にメッセージを表示して貰おうしたのだが、
「ああ、ラストは私が声を掛けたのよ。健輔はいろいろと忘れてそうだから」
「へ? って、美咲か。忘れてるって何が?」
「アリスちゃんよ、アリスちゃん。これだけ人を集めて何かやってるのに、あそこだけ呼ばないとか、あなたハンナさんに殴られたいの?」
「あっ……いや、忘れてた訳ではないんだが……」
「クラウにはさっき連絡してたのに……。はぁ、どっちも午前で試合が終わったから来るそうよ。物凄い大所帯ね」
手渡されたドリンクに口を付けて、周囲を見渡してみる。
確かに最終的に30人ぐらいにはなりそうな集まりだった。
最初のメンバーである瑞穂や明美は少し居心地が悪そうにも見える。
悪いことをした、とは思うのだがあんまり反省はしていなかった。
健輔的には、かなりの息抜きになっているのだ。
大輔は美少女だらけで楽しそうだし、問題ないだろう。
「……ま、まあ、楽しいからいいじゃん」
「……今度、晩御飯でも奢りなさいよ。フォローはやっておくからさ。瑞穂ちゃんとかはしっかりと晩御飯まで誘いなさい。菜月に連絡して、皆で晩御飯を食べる準備しておくわ」
「す、すまん」
「私からも人を出しておきますね。ご迷惑を掛けて、申し訳ありません」
健輔には冷たい視線を一瞥しただけの美咲だが、フィーネの深々としたお辞儀には流石に慌てていた。
「き、気にしないでください。どうせ、こいつが面白い、とか思ってブッキングしたのが問題ですから」
「あ、悪意ある解釈にはちょっと、物言いしたいんだが……」
「何か、言いたいことでもあるのかしら?」
「い、いえ、何でも……ありません」
怒れる女に男が勝てる訳がない。
既に真理を悟っている健輔は無駄な抵抗を切り上げて、早々に降伏することにした。
休暇の真ん中、唐突に誕生した祭りに多くの者が参加してくる。
思ったよりも大事になりそうだ、と何処か他人事のように思う健輔であった。
試合を終えて、少しだけ疲れた表情でクラウディアは道を急ぐ。
順位決定戦は順調、と言ってよいのかわからないが、とにかく順調に終わろうとしている。
クラウディアの所属する『天空の焔』は前評判から考えると圧倒的と言ってよい戦果を叩き出していた。
アルマダを撃破、シューティングスターズには惜敗、変わりといってはあれだがナイツオブラウンドに勝利して見事に8位となっている。
香奈子の力は恐ろしく、後衛対策をしていたナイツオブラウンドが手も足も出ないという衝撃の事態に陥ったのだ。
最強の破壊系。
国内では真由美すらも撃破した女傑の力は正しく証明されたと言ってよいだろう。
香奈子の破壊力で緩くなった防衛戦では、クラウディアの突出を止められずにラインをズタズタにされることが多く、それに耐えられるのかが天空の焔との戦いの分岐路だった。
「大丈夫かな……」
急がなくてよい、とのことだったので少し余裕を持ってきたが時刻は既に午後14時。
朝からというのならば、もう中盤ほどの時間帯だった。
盛り上がっているところに何も知らずに入るのは、少し遠慮したいと思いつつも指定の場所に到着する。
「あれ、あの人たちは……。それに、この施設って」
魔導機にナビゲートさせてきたため、場所は特に気にしていなかったのだが、クラウディアも見たことのある特殊な練習施設だった。
また、入口の前にいる面々にも見覚えがある。
「アリス・キャンベル?」
「え、って『雷光』? クラウディア・ブルーム?」
思いもよらぬところで思いもよらぬ人物と出会う。
あまり健輔と縁がないアリスはともかくとして、クラウディアはこの事態の原因が誰なのか直ぐにわかった。
実際にはほとんど冤罪みたいなものなのだが、人間こういう時ほど普段の行いが物を言うのである。
クラウディアは基本的に健輔のことを悪くは言わないが、事実は事実として認識する人物だった。
彼女の中で健輔はこういう事をするのが大好きな人物、となっているので何も矛盾はしていないのである。
「と、とりあえず、中に入りませんか? 長々とここでお話するのもあれですから」
「そうね、と言いたいんだけど連れがいるから、先に行ってくれていいわよ」
「連れ、ですか。わかりました。では、お先に」
失礼します、と言おうとして一応確認を取ることにした。
仮にクラウディアが思ったように同じ人物が原因なのだとすれば、わざわざ別れて行く必要性は薄いだろう。
少しだけ遠慮がちにクラウディアは、アリスに問いかける。
「あの、ここには?」
クラウディアから問いに少し目をパチパチさせて、アリスは得心したように頷いた。
「美咲に呼ばれたんだけど、あなたも?」
「え、美咲? 私は健輔さんですけど……」
「……健輔? ということは」
クラウディアの予想とは微妙に齟齬が存在したが、大本の部分はほぼ同じだった。
それに付き合いの長いクラウディアだけでなく、アリスもなんとなくだが自分が呼ばれた経緯に想像がついてしまった。
「あいつ、私のこと忘れてたわね」
「い、いえ、きっと、遠慮したとかではないでしょうか? 試合があったのですし」
奇しくもクラウディアのフォローは真実を言い当てていたのだが、残念なことに中に入ることでその思いは否定されてしまうことになる。
状況証拠が揃い過ぎてしまい、どこからどう見ても健輔がアリスを呼ぶのを忘れていたようにしか見えないのだった。
何故なら、ここにはヴァルキュリアのメンバーが全員いるのである。
試合相手に遠慮するならば、シューティングスターズよりも呼んではいけないチームだった。
「そ、そうよね。流石に忘れるとか、ないわよね」
「そうですよ。信じましょう」
笑顔でお互いを励まし合う。
そんな美しき友情を作ろうとしている2人に迫る影があった。
「――お待たせしました。アリス様、それに……クラウディア様?」
「あら、ヴィオラだけ? ヴィエラはどうしたの?」
「お姉様は少々遅れるとのことです。私だけでも先に、と。そちらの方は?」
現れた美少女を見て、クラウディアは自然と体が強張るのを感じた。
苦手なタイプの魔導師がここに来ていたのだ。
正面からではなく、策を以って相手を沈める魔導師。
手を差し出しながら、思わぬところで出会った相手に緊張しつつも丁寧に応対する。
「初めまして、私はクラウディア・ブルームです」
名前を聞いて少女は朗らかに微笑む。
少しだけ怪しい雰囲気を感じたのは、少女が持つ危うさのせいか、それともクラウディアの警戒心が反応したのか。
どちらかはわからないが、クラウディアも笑みを深くして友好的にヴィオラに話し掛ける。
「ヴィオラ・ラッセルです。光栄ですわ、『雷光』。先の試合ではお世話になりました」
「いえ、こちらこそ。あの試合は良い勉強になりました」
真実、初対面というわけではない。
試合で戦ったことはあるが、プライベートでは会ったことも話したこともないのだ。
初めましての言葉は間違ってはいなかった。
「こういう感じで集まっていて、ここにいる。何か楽しそうな感じね」
「そうですね。流石は健輔様ですわ」
「ええ、私も同意です」
タイプの違う美少女3人が微笑みながら、施設の中に入っていく。
仲の良さそうな様子に微笑ましい物を感じるはずなのに、何故か空気には緊張感が漂っていた。
試合を観戦しながら悪寒を感じた健輔が警戒状態に入る中、3人は祭りの会場に合流を果たすのだった。




