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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第285話『祭り』

「ここは……」


 大輔に付いて行き、受付などの諸々を終えて通されたところは健輔には微妙に見覚えがあるところだった。

 彼の隣にいる優香も似たような表情をしている。

 そう、2人の相棒たる存在。

 魔導機が生まれた場所――叢雲のラボに良く似ていた。


「そう言えば、2人も専用機でしたね。だったら、見覚えがあるのでは?」


 健輔の様子に気付いたフィーネが朗らかに話し掛ける。


「あ、ああ、でもこれって……」

「ここはあれですね。魔導機の調整などを行える感じの施設です。早い話が魔導版のスポーツジムなので、いろいろと用途に分かれてるんですよ」


 魔導戦闘と言えば、原則として屋外で行われるのが普通である。

 砲撃などを屋内で放てば建物が壊れるのは当然だが、中にいる人間の命が危ないという理由があった。

 だからこそ、健輔も朝の練習で個人戦闘用のフィールドなどで優香と戦っているのだ。

 新しい形での戦闘経験の蓄積と聞いて、健輔は最初に思ったことは今までとの違いは何なのか、ということであったが、その答えが目の前の光景だった。


「……なるほど、もっと多くの魔導師が自分にあった形が模索出来るようにってことなのか」

「はい、魔導機にデータを蓄積して解析とかもここでやれるようになるみたいですよ。大学部の方がアルバイトでここの講師をやる予定とかもあるみたいですし」

「そうなのか……」


 魔導を教えられる人材は貴重であり、天祥学園も含めて人手が不足しているのは間違いなかった。

 このような施設があまりなかったのも、未だに公共性が高くて商売になどになっていないためである。

 しかし、魔導師人口も少しずつ数を増やし、今後も増加傾向となれば話は変わってくる。

 技術の進歩などもあり、ようやく魔導師用のアルバイト、なども姿を見せるようになってきたのだ。

 その1つが、この施設などということになる。


「現状、大学部が研究だけになっているのは、いろいろと言われてしましたものね」

「会場が足りない、という物理的な問題があったのと、やはり戦闘をいう響きはいろいろと反発がありますから」


 美咲の言葉にフィーネが苦笑と共に賛同する。

 体育会系、というか割と血の気が多いトップクラス魔導師は公式大会が高等部のみで終了してしまう現状には不満がそれなりに溜まっていた。

 あくまでも成長のための魔導競技だったため、当初はそうなっていたのだが、今では割と競技そのものに打ち込む人間も増えている。

 そういった需要にも対応するため、現在、各魔導校は改革の真っ最中だった。

 この施設もその1つの成果である。


「細かいところは後回しで良いでしょう。大輔さん? 最初はどうなさるおつもりですか?」

「え、えーと、2人組みの奴でもやろうかと」

「ああ、あれですね。では、外に行きましょう」


 大輔の言葉にフィーネは納得したように頷く。

 健輔はさっぱり付いていけていないが、流石に欧州の女神は事情通だった。

 魔導先進地域であり、競争過密地帯の欧州で頂点に立った女性はこういった情報もしっかりと集めていたのだろう。

 リーダーとして、メンバーの素質を開花させるための努力を最大限行ってきたのであろうことは、今のヴァルキュリアを見れば簡単にわかる。


「……俺も見習った方が良いな」


 魔導に限らず、人間というのは環境、周囲の影響を受けやすい生き物である。

 場というものがどれほど大切なのかは、健輔も良く知っていた。

 仮に入ったチームがクォークオブフェイトでなければ、健輔がここに至れたかはわからない。

 今はまだ順調に成長しているからよいが、将来において何かしらの躓きを得た時に情報を持っておくことは大事だろう。

 周囲へのアンテナを張ることは今更の話であるが、しっかりと考えておくべきだった。

 本当に必要になった時に、情報がないでは悔やんでも悔やみきれないのだから。


「魔導の未来、か」

「健輔さん。皆さん、進んでいますよ」

「っと、すまん。ありがとう」


 優香に声を掛けられて、健輔は慌てて前に進む。

 未来。

 健輔にとっても他人事ではないだろう。

 勝っても負けても、真由美たちが去る時は近づいているのだ。

 後輩ではなく、先輩になった時に自分が出来ることは何なのか。

 それだけでなく、来年はどのような己になりたいのか。

 考えたいことはたくさんあった。


「……ま、それは今考えることじゃないか」


 世界戦における最大の壁を前にして、余計なことに気を回す余裕はないだろう。

 今はこの突然やってきた好機を上手く利用するべき時だった。


「……さて、誰と組むかな。個人的にはフィーネさんが良いんだけどな」


 どんな組み合わせになるのかを楽しみにして外に向かう。

 組んだことがない相手との組み合わせに心を躍らせて、健輔は大輔たちの後を追い掛けるのだった。






 健輔が外に出て目撃したのは、規則的に並ぶ何かの装置だった。

 円形のフィールドと縁の外円部に設置された操作用のパネル。

 個人戦用の戦闘フィールドでは審判用のAIとライフ測定や身体防護を発生させる装置が置いてあったが、それと似たような形をしていた。


「大輔さん、簡単に説明をお願いしてもよろしいですか? 用意は私がした方が良いと思いますから」

「よろしくお願いします。すいません」

「いえ、急に押しかけたのはこちらですので。では、お願いします」


 フィーネはそう言うと機械の方に向かい、何かの設定をやり出した。

 状況がわからない、とそんな顔をしているのは健輔を含めて5人ほどである。

 美咲はバックスだからなのか、どうやら何かを知っていそうだった。


「じゃ、軽く説明します。ヴァルキュリアの方々はわかってるだろうけど、少しだけ時間をください」

「いえ、フィーネさんも言っていましたが、こちらが押し掛けた側ですので、お気になさらず」


 健輔に力強い視線を向けていたレオナは大輔に柔らかく微笑む。

 自分とは対応が違う感じに文句を言いたくなったが、ここで口を挟むほど空気を読めない男ではなかった。

 美女に微笑まれてだらしない顔を見せる大輔をジト目で見つつ続きを待つ。


「大輔、続きをお願いしてもいいかい?」

「っと、すまん、高島。じゃ、本題だ。これは空間展開の技術とかを使った――」


 健輔にしては相当な集中力を用いて大輔の話に耳を傾ける。

 どうやら、空間展開の技術を応用した特殊な術式を展開することが出来る装置を使った限定条件下での個人用戦闘フィールドが目の前の正体らしかった。

 球形の結界を展開。

 中に入って、設定したルールの下で戦闘を行う。

 言ってしまえば、それだけの装置である。

 最も、この限定されたルールというのが健輔には面白かった。

 強制的に発動されるそれは、能力値を均等にする効果などもあるらしい。

 レベルを揃えての対戦、つまりは技術のみを純粋に競うことなどが出来るとのことだった。


「こんなもんかな。ああ、中の空間は俺もどうなってるかは知らないから、質問とかはしないで直接確認してくれよ」

「それって、大丈夫なの? よくわからないけどさ」

「よくわからないけど、ちゃんと使えてるからいいんじゃないか? 魔導だってそんな感じで使ってるしな」

「て、適当過ぎる……」


 瑞穂の言葉も最もだが、それは今更過ぎる言葉だった。

 常識に考えれば、魔導は割と非常識の塊なのだ。

 魔導が何故使えるのか、などというのは目下研究中のものであり、日常生活に既に活用している立場で何かを言えることがないだろう。


「そちらは終わりましたか?」

「あっ、はい。そちらも、ですか」

「ええ、ルールは2対2での戦闘。条件はベーシックですが、遠距離攻撃を全面禁止にしています」

「さ、最初から結構ガチですね」


 大輔が少しだけ乾いた声でフィーネの設定に感想を返す。

 フィーネはただ無言で微笑みを返すだけだった。

 こうやって日常で接していると忘れそうになるが、欧州最強の女性が普通の優しいお姉さんではないことは確定しているのだ。

 健輔も偶に忘れそうになるが、戦いで刻まれた恐怖があるため何とか警戒心は残っていた。

 それでも忘れてしまいそうになるのが、このフィーネ・アルムスターの魅力なのだろう。

 おかげで、彼女に惚れているヴァルキュリアのメンバーに恨まれている訳なのだが、ある意味で本望なのでそれはそれで良かった。


「……もしかして、フィーネさんも此処に来るのを考えてたのか?」


 そして、フィーネの淀みない行動を見て1つの考えが浮かぶ。

 もしかしたら、フィーネの言うデートとやらは、ここでヴァルキュリアのメンバーを健輔にぶつける事だったのかもしれない。

 そこにどんな狙いがあるのかはわからないが、間違ってはいないだろう。


「ま、いいか。戦えればいいや」


 いろいろと考えを巡らせようとして――やめる。

 細かいことは後で考えれば良い。

 時間はたっぷり、おいしそうな獲物も大量。

 実に有意義な休暇になりそうだった。

 健輔は笑う。

 迫る戦いの匂いはこれ以上ないほど、健輔の好みと合致していた。


「では、まずは軽く流しましょうか。チーム分けは……そうですね」


 意味ありげな視線をフィーネは健輔に送る。

 言われずとも察していた。

 ここで彼女のパートナーに立候補するのは、己しかいない。

 妙な確信を健輔は持っていた。


「混ぜましょうか。組み合わせは全部やれば良いでしょう? それに、1度はあなたと組んでみたい」

「あら、光栄ですね。ふふ、殿方から情熱的に求められるのは悪くありません」

「あなたに恥じないように頑張りますよ」

 

 にこやかに微笑みを返すと、健輔の背筋に悪寒が走る。

 ばれないようにゆっくり、周囲を見渡すと無数の視線が彼に突き刺さっていた。

 

「……あれ、もしかして何かマズった?」

「……うん、健輔はもう、それでいいじゃないかな」

「処置なしね。……ううん、何とかしないとダメなんだけど……。はぁぁ、どうすれば治るんだろう」


 視線の中に含まれている1名を除いたチームメイトの2人が揃って大きな溜息を吐く。

 その光景に胸が痛むのは何故だろうか。

 変わらず微笑むフィーネに視線でSOSを送って、空気を打破することを狙う。

 しかし、


「そんなに熱く見つめられると、その……困るんですが」

「……わかった。やっぱり、あなたは敵ですね」

「先ほどはあんなに情熱的に見つめてきたのに、少々、掌返しが早すぎではないでしょうか? 殿方ならば、意思は貫いた方が格好良いと思いますよ」

「今はどっちかと言うと、打開策が欲しいですね」


 わかっているだろうに、惚けたように言うフィーネに青筋を浮かべておく。

 戦闘は楽しみだが、妙な敵意を買ってしまった。

 この先の戦闘で狙われるのはまず間違いないだろう。

 戦闘が激しくなるのは歓迎できるが、1人だけ狙い撃ちはあまり楽しくなかった。

 最初の1戦がどうなるのか。

 健輔はそんなことに気を回し始める。

 だからだろうなのだろうか。

 この場に近づく影に気付くことが出来なかったのは。


「――随分と面白いメッセージだから来てみたが、女神、お前さんは実に良い女だの」


 微妙に爺臭いイントネーションの話し方と自信に溢れた声。

 同時に感じる不敵な印象。

 こんな人物は健輔が知っている限り1人しかいない。


「そちらこそ、とても良い殿方だと思いますよ。こちらの不躾な提案を受けて、足を運んで下さるのですから」

「何、後輩のためにもなるしの。何よりも楽しいのならば問題はないわな。健輔、お前もそう思うだろう?」

「た、武雄さん?」


 振り返ったそこには、思った通りの人物だけでなく意外な人たちがいた。


「おうよ。霧島武雄様とおまけ軍団が来てやったぞ」

「誰がおまけよ。私、そんなんに存在感ないかしら?」

「……良い機会を貰えた。世界のレベルに挑めるのは、素直に嬉しい」


 武雄の後ろにもまた見覚えのある人物たちの姿がある。

 立夏、莉理子、健二。

 それだけではない。

 翼や元信などの姿も見える。


「皆さん? どうしてここに……」

「俺たちは霧島から呼びだされたんだよ。まあ、良い話だったから、別に問題ないけどさ」

「良い話? それって……」

「デートだの、デート。皆でワイワイと遊ぼうじゃないか。発起人はそこの女神。午後には焔も来るけ、盛大にやろうや」

「え……?」


 健輔も予想していなかった事態に慌ててフィーネを見るが、彼女は変わらず微笑んでいる。

 意図を読ませぬ笑顔。

 何を考えているはわからないが、1つだけ確かなことがあった。

 これはヴァルキュリアの未来のためであり、同時にクォークオブフェイトの、そして健輔の未来のためでもある。

 さらにはフィーネのためでもあるのだろう。

 武雄がいるのは、それを認めたからに他ならなかった。


「ふふ、ちょっとしたサプライズですが、如何ですかね? 皆で盛大に遊びましょう。瑞穂さんたちがいるのは、ちょっと予想外なんですけどね」

「それはそこのドアホが悪いわな」

「え……俺のせい?」

「常識で考えろや。どこに一緒に遊ぼうと誘って、初対面の奴らでブッキングさせるんよ。お前ぐらいしかおらんわ」


 武雄の的確なツッコミに健輔はぐうの音も出ない。


「す、すいません」

「ま、そこの小娘たちには悪いが、良い経験にはなるだろうさ」

「ごめんなさいね」

「あ、いえ、悪いのはそこの奴なんで」


 健輔の評価が微妙に下がっていくが、当の本人は既にケロッとした顔をしていた。

 チームを越えて、多くの魔導師が集まる。

 戦ったことのない相手。

 組んだことのない相手。

 体に無理が残るような戦いをしなくとも、成長のために必要なものは手に入る。

 フィーネは笑顔でそう主張していた。

 健輔は性格にその主張を理解して、同時に体が震えた。


「――さあ、やりましょうか」


 欧州の頂点は貫録を身に纏い宣言する。

 健輔との些細な会話から、天祥学園の有力者たちを知り、狙いを付けていたのだろう。

 底知れぬ思慮に健輔の心に大きな衝撃が襲い掛かる。


「……は、ははっ、そうですね。楽しく遊びましょうか」

「ええ、楽しく、ね」


 微笑み合う2人。

 場には妙な興奮を満ちていく。

 小さな小さな世界大会が、ここで開かれようとしていたのだった。


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