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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第283話『集合』

「瑞穂、今日どうしたの? 何かいろいろと気合が入っている感じがするけど」

「そう? 私的には普通だよ」

 

 女性2人の会話を聞きながら、大輔は居心地が悪そうに視線を逸らす。

 滝川瑞穂と鈴木明美。

 クラスメイトであり、健輔の教え子、と言ってよいのかはわからないが、関係者ではある2人のことは確かに大輔も知っていた。

 クラスの中では、美人系で有名な瑞穂と可愛い系で有名な明美。

 男子の人気は高い方だろうか。

 特に瑞穂は年に似合わない色気などがあるし、顔立ちも整っている。

 同学年にいろいろと規格外な連中がいなければ、もう少し目立っていてもよかっただろう。


「……健輔の奴、こんなところでも目を付けられるとか、やるな」


 秋頃から段々と関係が深まったため、友人と言っても大輔はまだ半年程度の付き合いだ。

 しかし、それぐらいの付き合いでも友人のことはある程度はわかる。

 最初は大輔も下心、というか打算があって健輔に接触した。

 自分が釣り合うなどとは微塵も思わないが、学年を代表する美少女と話ぐらいはしたい、という些細な野心があったのだ。

 ――九条優香。

 いろんな意味で高嶺の花過ぎて、大輔には遠い存在だったが、運良くというべきだろうか。

 クラスに同じチームに所属している男子がいる。

 その情報をゲットして、動いたのが最初の切っ掛けだった。


「教室では大人しそうだったんだけどな……、あいつ、やっぱり運が良いのか悪いのかわからないな」


 切っ掛けはそんなものだったが、割と馬があったのか良く話すようになり、結果として2人は友人になった。

 そして、友人付き合いを続ける内に大輔が気付いたことが幾つかある。

 友人になると露骨に優香と会わせて欲しいと頼むのは気が引けるようになったため、普通に健輔と遊んだりしていたのだが、まず遊ぶ時間が多くない。

 放課後などほとんどフリーなはずなのに、1週間に1度、それも短時間くらいしか遊んだ記憶が春頃はなかった。

 秋からは僅かに落ち着いてきたのだが、その辺りから健輔の雰囲気が変わったのをよく覚えている。 

 眠そうだった顔付きが楽しそうな笑みになり、最終的に獲物を探すような物騒な感じになる進化の過程を大輔は見た。


「……うんで、あいつの周りには美女、美少女が増える、と」


 その進化に比例して、健輔の周りに美少女の姿がチラつくようになったのは、大輔の気のせいではないだろう。

 実際、授業でボコろう同盟なる組織が誕生したくらいだった。

 最も、実際に行動に移した同盟員たちが健輔に嬉しそうな様子で返り討ちにされたのを、大輔はよく知っている。

 冬に大発生した思い上がり軍団も含めれば、1年生男子の6割程は健輔の遊び相手になっただろう。

 あまりにも楽しそうに同級生をボコる様子から影で『羅刹』の2つ名が付いたりもしたぐらいである。

 そんな物騒極まりないはずの男なのに、学園でも有数の美少女たちの影がチラつくのは何故なのか。

 大輔は未だに不思議だった。

 今回の瑞穂の乱入も、大輔からすると新鮮な驚きだらけである。

 女子の中でメキメキと実力を伸ばして、教師たちからも来年のチーム入りを勧められている瑞穂の上達の秘密が物凄く身近に潜んでいたのだ。

 大輔でなくても驚きはするだろう。


「健輔の奴は1回戦えば何かをしそうな感じがする。何より、俺の美少女センサーがこのくらいは序の口だと訴えているからな」


 実はそれに期待して、大輔はこのイベントを企画したというのもある。

 健輔の周りで起こるトラブルは傍から眺めるのが楽しいのだ。

 大輔は健輔との付き合いから1つの真理を悟っていた。

 どんな美少女だろうが、胃にくるようなのはダメなのだ。

 ドラゴンとかが逆に逃げるような戦闘力を持つ女傑の相手は大輔には無理だった。

 陽だまりのような、暖かい心根の人物が良い、と高校1年生にして妙な領域へ大輔の好みはシフトしていた。

 理由は冬休みに遭遇した葵にある。

 大輔はあそこで心底、友人を尊敬したものだ。

 仮にあの人物と戦闘などしたら、即日悟りを拓ける自信があった。


「ま、傍から眺める分はタダだしな」


 葵であっても、美人を見るのは実に目の保養になる。

 それを大輔も否定はしない。

 しかし、付き合うのならば、分相応が1番だとも思っている。

 それだけの話であった。


「って、あれは……」


 大輔の予想通り、もしくは健輔の運命力とでも言うのか。

 待ち合わせ時間も迫る中で、妙に人数の多い集団がこちらに向かってくるのが見える。


「……銀色。おおう、なんていうか、予想以上の獲物が釣れたような感じがするな」


 魔導師の端くれたる身として、視力を魔導で強化して大輔はニヤリと笑う。

 見覚えのある4人以外にも色とりどりの美女、美少女が6人もいる。

 面識などはないが、名前は大輔もよく知っていた。

 銀に輝く美女など、魔導の世界でもたった1人しか存在しない。


「流石、健輔。ナイスフィッシュだ」


 親指を上げて、健輔の方向に突き出しておく。

 鏡を見なくてもわかるぐらいに、今の自分は悪い顔をしているだろう。

 大輔は自分の深謀遠慮に怖くなりながらも、計画の成就に不敵な笑みを浮かべるのだった。






 ぞろぞろと歩く10人の集団。

 中にいる男性は2名という恐ろしく男女比が偏った構成のその集団は妙な沈黙を引き摺りながら歩く。

 ニコニコと楽しそうな笑みを浮かべているのは、この集団で最も年長の女性。

 鮮やかな銀の髪を知らぬ魔導師はこの島にいないだろう。

 欧州を代表する魔導師『元素の女神』フィーネ・アルムスターだった。

 その傍で額を押さえている美女もまた、有名人というべきだろうか。

 『光輝の殲滅者』レオナ・ブックである。

 敗退したヴァルキュリアの中で、次代のリーダーを任された者は横暴な前任者の我儘に振り回されていた。


「……フィーネさん、流石にこれはまずくないですか?」


 小声でレオナは一緒に先頭を歩くフィーネに問いかける。

 フィーネはその問いに意味深な笑みを返すだけで何も答えない。

 こんなことをしている理由は自分で考えろ。

 言外にそう言っているのだろうが、レオナには嫌がらせ以外の目的が浮かばなかった。

 何故か表情がない万能系の魔導師と、フィーネをやたら警戒している桜香の妹はまだ良いだろう。

 レオナもイリーネから報告は受けていた。

 問題は残りの2名である。

 試合以外での接点はない上に少女の方はあからさまに不機嫌なオーラを出していた。

 チーム、というよりも同学年の友人と過ごそうというところに、初対面に等しい上に負かした相手が何故か付いてくる状況を受け入れられる人物の方が稀だろう。


「気分転換、だとは思うけど……。どうして、この人たちなのかしら。それとも、他に何かあるのかな……」


 フィーネはふざけているように見えて、本当に迷惑になることはしない人物である。

 行動には何かしらの意味があるはずなのだ。

 実際、万能系の魔導師――健輔はフィーネたちが姿を見せた時に凄く不気味な笑みを浮かべていた。

 直ぐに掻き消えて今のような無表情になったが、話が通っていたと思う方が自然である。

 フィーネの振る舞いから考えても、話が通っていたのは間違いないだろう。


「それでも、負けた相手に何をしてもらうと言うの……」


 1番不機嫌なのはカルラだが、メンバー内の空気は似たり寄ったりである。

 フィーネだけが笑顔で無表情の健輔に話しかけており、その態度がさらにヴァルキュリアの怒りを買っていた。

 レオナもフィーネの意向には喜んで従うが、苦痛は感じていた。

 クォークオブフェイト。

 特に健輔は直接的な敗因とも言える存在である。

 フィーネの悲願を阻んだ存在に何故、笑顔で話せるのかレオナにはわからなかった。

 この瞬間も、レオナの胸には言葉で言い表せないグチャグチャとしたものが渦巻いているのだ。

 せっかくの気分転換も十分に活用出来ているとは言い難いだろう。


「……あんたがそんな調子だと、女神も報われないな」

「え……、ちょ、ちょっと!」


 呟かれた声はレオナにしか聞こえていなかったのか、突然声を張り上げた彼女に周囲は視線を向ける。


「あっ……な、なんでもないの。ごめんなさい」

「もう、レオナ。しっかりとしなさい」


 フィーネが軽く流してくれたおかげで場の空気は何とかなかったが、レオナの胸には熱いものがこみ上げていた。


「……報われない、ですって。よく、言えたものよ……!」


 あの声は間違いなく佐藤健輔のものであった。

 わざわざレオナにしか聞こえないように言ったのだろう。

 魔導を用いている可能性もあった。

 敗北は仕方ないと割り切ることも出来るが、挑発に大人しくしていることは流石に出来ない。

 目に暗いものを宿して、レオナは健輔の背中を睨みつける。

 その姿を銀の女神が見ていることに気付かないまま、少女は行き場のない思いを叩きつける相手を見つけて喜ぶのであった。






『すいません。憎まれ役なんて頼んでしまって』

『別にいいですよ。まあ、普通に遊ぶよりは俺に向いてます』


 フィーネの念話での謝罪を健輔はあっさり風味で受け流す。

 休暇の過ごし方を悩んでいた時にやって来たフィーネからの依頼は健輔には渡りに船だった。

 瑞穂との遭遇という予想外のことこそあったが、今の状況は全てが健輔の望み通りであった。

 対『パーマネンス』を考えていた時に、フィーネからの依頼があったのはまさしく女神からの天啓だったと言える。

 曰く、デートをしませんか、であった。

 間をおかずに即答で了承して、フィーネが念話の向こうで呆然としていたのは、健輔には大きな戦果だったと言えるだろう。

 ついでに考えていたことを合わせて、今日の大集合に繋がった訳である。

 何も相談せずに決めたため、美咲の怒りを呼び込んだのは、たった1つのミスだった。


『本当にありがとうございます。切り替えに苦労しているようですので、当て馬になって貰うしかないかと思いましたので』

『……負けを受け入れるのは難しいんじゃないですか? 俺も最初はあれでしたし』

『それにしても、です。これでは、次の試合が気持ち良く終われないですし、何よりも来年が不安です』


 フィーネからのデートの内容は簡単である。

 どうも辛気臭いままのチームに喝を入れたいから協力して欲しいというものだった。

 実際には内容も聞かずに即答したのだが、健輔としては楽な依頼である。

 女子に敵意を向けられるという普通は遠慮したい話であり、ましてやその相手が先の試合で勝利した相手となれば尚更だろう。

 しかし、それはあくまでも一般論に過ぎない。

 健輔からすれば、美少女などに好意を向けられるよりも敵意を向けられる方が余程やり易かった。

 敵ならば、戦場でも相対しやすいと割と物騒な思考で承認したのである。


『まあ、ここからは流れでいきましょうか』

『ええ、あなたが思う感じでレオナに何かを言ってくれたらよいですよ。正直、カルラも含めて、まだまだ甘い面が多いですから』

『でしょうね。正統派に強いけど、こいつらはそれだけだ。あなたが抜けたら、ただの強豪の出来上がりですよ』

『そうさせないために、ご協力を願っている訳ですよ』


 本来ならば健輔にそのような義理はないが、フィーネのお願いをなんとなくだが断れなかったのだ。

 最初に勢いで了承した手前もあったし、割とこの状況を楽しんでもいた。

 健輔も魔導を習い始めて、チームに入った頃はよくわからない自信に溢れていたものである。

 そして、在り来たりにボコボコにされた。

 些か古い価値観でもあるが、男が女にあっさりとやられるとは思っていなかった。

 それがまさかのパンチ1発で漫画のように沈んだのである。

 気が付いたら医務室。

 それが現実にもあると知った貴重な体験だった。

 先輩たちから受けた様々な恩義などをここいらで返すのもよいだろう。

 特にフィーネは試合でいろいろなことを教えてくれた人物である。

 彼女の後継者たちが腑抜けていく様など健輔も見たくはない。

 ヴァルキュリアには、強く輝いて欲しかった。

 彼女らと戦い、その輝きに魅せられた1人として、真面目にそう思う。


『……最後はレオナさん次第、ですか』

『まだ早いと言うかもしれないですけど、多少荒療治で良いと思います。春には次の戦いが始まる。私のヴァルキュリアはあなたとの戦いで満足しますよ』

『……そうですか。それは、責任重大だ』

『そのように思って下さるなら、私も安心ですね』


 表の笑顔と裏の言葉が一致している。

 健輔は興奮で赤くなりそうな顔を抑えるのに必死だった。

 ついでに緩みそうになる口元も懸命に維持している。

 満足している。

 たった一言だが、健輔には嬉しかった。

 まだまだ未熟な部分も多かったであろう健輔が、最後の相手で良かったと褒めてくれたのは素直に嬉しい。

 健輔も、フィーネの相手を務められて光栄だった。

 この先、その栄光が背負った責任を健輔も背負うことになるのがまた胸が高鳴る。

 大したことがない奴の勢いに負けた、とフィーネが言われないためにも更なる高みを目指さないといけない。

 そのためには1人ではダメなのだ。

 健輔を倒そうと闘志を燃やすライバルがたくさん必要だった。

 人は環境によっても大きく成長が左右される。

 フィーネが抜けて弱くなったヴァルキュリアよりも、自分たちが負けかねない最強のヴァルキュリアの方が良い。

 仮にこの行動が原因で負けても悔いはないだろう。

 逃げるのではなく、戦うために前を進めば、最後に躓いても胸を張れる。


「……そのための、デートか」

 

 いろいろと思惑が絡んだデートとやらに戦地に向かう気持ちで健輔は挑む。

 楽しそうな健輔に親友が溜息を吐き、美咲が青筋を浮かべる。

 いろいろな思いを乗せた一行は合流して、『遊び』に出かけるのだった。


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