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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第282話

『マスター、機嫌が良いですね』

「そりゃあな。自分が認められるのは嬉しいものだよ」

『そんなものなのですか。優香にも良い報告が出来そうで?』

「ああ、アマテラス戦は優香なしでは始まらないさ」

 

 自室で待機させていた優香をがっかりさせずにすみそうで健輔としても助かった。

 実際、次のパーマネンスは全力を投入したからといって、良い結果になるチームでもないのだ。

 優香が抜けてもなんとか出来ると健輔は思っている。

 むしろ、中途半端にコピーされるぐらいならば、出場しない方がよいだろう。


「……勝つにせよ、負けるにせよ、桜香さんも必ず時間を使う」

『マスターは情と理を上手く絡めるのですね。私には真似できません』

「あんまり褒められた技能でもないけどな」


 桜香も優香が1人で前に出てきたら応ずるしかないだろう。

 その程度の汚い計算は健輔もしていた。

 アマテラスのメンバーから妨害が入る可能性は0ではないが、ここで優香が相手になるのがプラスに働く。

 桜香を至高、最大の高みに置くアマテラスで『妹』である優香に積極的な動きが出来るとは健輔には思えなかった。

 侮ってはいないが、自然と評価が下がっているはずなのだ。

 それを利用しようとする自分も中々に汚いが、格上に勝つためならルールに違反せず、人倫に反しない範囲では取れる手段は何でも取りたかった。


「これで決勝と次の試合の算段はついた。後は、俺の実力の問題だな」

『ならば問題ないでしょう。皇帝との相性は悪くありません。桜香ほど辛い戦いにはならないと思いますよ』

「フィーネさんが言ってた、健輔キラー、だっけ? あれは洒落にならないからな。……どんな奥の手があるのやら。俺には想像もできんよ」


 健輔キラー、と表現された桜香だが、健輔も気付いてはいた。

 世界大会の1回戦で見た戦い方は、明らかに健輔を意識している。

 如何なる干渉も許さない高密度の空間展開は絡め手による能力の低下を防ぐもの。

 固有化で魔力の性質を学習するのは、健輔の万能の魔力による些細な変化も見逃さないため。

 そして、カウンターから魔力に飽かした攻撃型になったのは、健輔の変化するバトルスタイルを発動前に潰すためだった。

 結果として、それらが全ての魔導師に通用する超パワースタイルになったのは、桜香の溢れんばかりの才能と努力のおかげだろう。

 皇帝の量と質を備えた軍団に匹敵するたった1人の最強の『太陽』。

 質という面では極まった存在だった。

 想定できる健輔の強みは全てが潰されている。


「最強の一角がどこにでもいる魔導師に狙いを定めないで欲しいね」

『それだけ衝撃だったのでしょう。負けた、ということが』

「だろうな。……俺も試合では負けたことがないから、結構怖いよ」

『マスター?』


 陽炎の声に答えず、健輔は自室に足を向ける。

 主の意思を感じたのか、陽炎もそれ以上何かを問いかけることはなかった。

 

「……そうだよな。負けるのは、嫌だよ」


 春頃の敗北と世界大会での敗北は意味が違う。

 これまで健輔を導いてくれた真由美や隆志、妃里や早奈恵といった3年生たちはそこで挑戦が終わってしまうのだ。

 仮の話になるが、敗北の理由が全て自分にあったとしたらどうだろうか。

 そんなことあり得ないとわかっていても、問わずにおれなかった。

 自責の念、というのに押し潰されないと健輔も断言することは出来ない。

 そういう意味で、今回の作戦はまだマシだと言えるだろう。

 優香の敗北で終わったとしても、それは本当の戦いを前にした序章に過ぎない。

 彼女が頑張ってくれた方がよいのは事実だが、同時に必須のものでもなかった。

 必要以上の責任を感じてしまうのが優香だが、万が一、敗北で終わっても傷は浅くすむと思いたい。

 

「……今はまだ、パーマネンスを見ないとな」


 桜香に勝てるのか。

 疑問は健輔の中でもずっと渦巻いている。

 しかし、今だけは其処に囚われる訳にはいかなかった。

 桜香の存在感は健輔の中でも大きいが、次に立ち塞がるのは世界最強の魔導師なのだ。

 間違っても侮ってはいけない存在だった。

 2つのことを上手く処理できるほど、健輔は器用ではない。

 『太陽』への想いと先への不安を封じて、健輔は前に歩むのだった。






「――と言うことだが、真由美はどう判断する?」


 健輔が出て行って直ぐに隆志は真由美と連絡を取る。

 隆志は健輔の策に賛同したが、真由美が反対するようだと採用は出来ない。

 後輩がやる気を出した提案は不確定要素もあるが、悪いものではなかった。

 皇帝の3年生としての力がネックと言えば、ネックだが、それに関しては対策のしようがないため仕方がないだろう。


『う~ん。私としては、問題はないと思うよ。ちょこちょこ気になる部分はあるけどね』

「健輔も急に思いついた、というとあれだが、決心したようだしな。まあ、足りない部分は俺たちで詰めれば良いだろう。ヴァルキュリア戦から取り入れた考えもあるようだしな」

『ああ、女神の戦い方だよね。うん、健ちゃんには良い刺激だったんじゃないかな。万能系の使い方が直接戦闘能力だけなのは、ちょっと寂しいしね』


 3年生の間でも意見はあったのだ。

 健輔による魔力保存の術式などは、本人が使うよりも周囲が使った方が効果が大きい。

 器用貧乏になる万能系が、他の系統に劣らぬ力を発揮出来るのだ。

 他の系統がそのまま使えば、より大きな差になる。

 隆志もそう思ったが、あえてそちらの方向に持っていくようなことはしなかった。

 1年生であり、ようやく自分で戦えるようになってきたところに、チームに貢献するために、力を手放せ、などというのは非道が過ぎる。

 早奈恵なども強制するつもりはなく、あっさりと引き下がってくれたが、流石にそろそろきつくはなっていたのだ。

 

「これで戦力の補強に目途は立ったな」

『私とあおちゃんだけっていうのはね。ヴァルキュリア戦も根本には総合力で負けてたのがあるし、課題はたくさんあるよね』

「1年生は有望なのだが、まあ、2年だな。真希はまだ良いが、和哉はそろそろ力不足が目立つ」

『ま、2年の子たちは自分でなんとかすると思うよ。皆、志が高いしね』

「了解だ。では、和哉などには俺から話しておく」

『お願いしまーす』


 真由美との念話が切れて、隆志は深く溜息を吐いた。

 考えることが多く影からチームを支える男も、流石に許容量を超えそうだった。

 パーマネンスはいろいろと厄介なチームなのだ。

 素直に真っ直ぐ当たって勝てる相手ではない。

 だからこその絡め手。

 皇帝でも味わったことがないだろう攻撃は間違いなく有効だった。

 しかし、それも総合力、実力がしっかりしていてこその話である。

 絡め手だけで勝てる相手ではない。

 最後は必ず、3年間培ってきたものの戦いになる。


「……そういう意味では、この作戦は望むところか」


 隆志は健輔から提出された出場メンバー表に視線を移す。

 前衛――藤田葵、近藤隆志、石山妃里。

 後衛――佐藤健輔、近藤真由美、高島圭吾。

 大幅な入れ替え、おそらく相手も予想していないだろう。

 隆志も、まさか自分がここで出場することになるとは思っていなかった。

 これが予想出来れば、それはもはや本当の魔法使いである。


「健輔の決意。先輩として、汲んでやりたい。それに、何よりも――」


 隆志は目を閉じて、自分の3年間を思い返す。

 特筆すべき戦果はない。

 隆志は妹とは違い、どこまでも凡庸な魔導師だった。

 ベテラン、と言えば聞こえは良いが、それだけの期間魔導に触れ合って、準エースにすらも届かなかったのが彼である。

 悔しさに唇を噛み締めたのは、1度や2度の話ではなかった。


「――俺に、挑戦の機会が来た。後輩からの贈り物だ。受け取らないと失礼だろうさ」


 最高のタイミングで、自分の力を必要とする場面が来た。

 それだけで、自分の3年間に意味はあったと強く信じられる。

 相手は世界最強。

 元より勝率は低いのだ。

 持てる全てを賭け、その上で裏を掻かないと勝利はあり得ない。

 そのための役柄が回ってきた。

 乗るしかないだろう。

 男は背を向けて、部屋から出て行く。

 その背に浮かぶのは、覚悟の2文字。

 妹の夢のため、仲間との日々のため、後輩からの願いのため。

 多くの理由があるならば、もはや、冷静な自分は必要なかった。

 チームの役に立つには、もうサポートしかないと思っていたが、まだ彼を必要だと言ってくれる場面があったのだ。

 悟ったような顔はもう必要なかった。


「待ってろよ、皇帝。その顔に吠え面をかかせてやる」


 不敵な笑みは2つ下の後輩にも受け継がれたチームの伝統。

 負けるつもりなど微塵もない。

 落ち着いているように見えて、隆志も確かにクォークオブフェイトの一員なのだった。






『それで、明日と明後日は大丈夫なんだよな?』

「おう、ちゃんと予定は開けてるぞ。圭吾や美咲にも声は掛けてる」

『く、九条さんもか?』

「ああ、安心しろって」


 一仕事をやり終えた健輔は自室で休んでいた。

 胸に溜まっていたモヤモヤが解消されたさっぱりとした気分。

 目標とやることが決まると、何をすればよいかが見えてくるから後は簡単だった。

 達成出来るまで、全力で駆け抜けるだけの作業である。

 健輔がこの1年間、我武者羅に繰り返してきたものだった。


『何か今日は声が弾んでるな。この間はちょっと、疲れた感じだったのにさ』

「おろ? 声に出てたか」

『ああ、学校に居た時は疲れても健輔は楽しそうだったのに、ちょっと不思議だったな』


 大輔の指摘に学園での自分を振り返ってみる。

 確かに大輔の言う通りかもしれなかった。

 授業を受けている時もそうだが、四六時中魔導に触れれる学園は健輔には天国だったのは間違いない。

 試合も今のように深く考えなくても、なんとかなるものが多かった。

 勝つために思考をしているが、基本的に何も考えずに暴れる方が好みなのだ。

 流石にそれで世界大会に不満を持つほどではなかったが、暴れたりない、より言うならば無心で力を振るう環境は少しだけ恋しかった。


「……まあ、あれだよ。こう、なんていうのか。ストレスが解消された的な?」

『的な? とか言われてもわからんわ。ま、俺は友達がベスト4のチームにいるだけでも鼻が高いけどな。凄い奴だよ、お前さ』

「さ、サンキュー」


 大輔の賛辞に僅かに声が上擦ってしまう。

 周りも同じように褒めてくれたことあるが、周囲は全員が健輔よりも上の魔導師なのだ。

 些か、捻くれていると健輔も思っていたが、素直に受け取ることが難しかった。

 その点、大輔は言い方は悪いが実力的には大したことがない存在である。

 そんな彼が素直に凄いと言うことは、多くの人物から見て健輔は強いということでもあった。

 友人からの賛辞は、ここまでの努力が認められたようで胸が暖かくなる。


「あっ、そういや、何か飛び入りがあるって聞いたんだが。ちょっとこっちも増えそうなんだけど、明日って大丈夫なのか? というか、大輔の知り合いで俺に会いたい奴とか本当にいるのか?」


 大輔から今日、連絡が来て参加人数が増えたと聞いていた。

 何やら大輔がいろいろと考えてくれているらしいが、参加人数が結構増えている。

 健輔側も具体的な人物は伏せて、大輔に大幅な人数増加があることを伝えていた。

 そこに急な飛び入りが2名。

 あんまり増えると団体行動はめんどくさくなる。

 おまけに大輔と健輔を結ぶ人間などほとんどいないのだ。

 面倒な奴ではないかを警戒するのは、当然のことだったが、念話に入り込む声が参加者の正体を教えてくれた。


『何よ、せっかくの学園の外なんだから、ちょっとは相手をしてくれてもいいじゃない、師匠』

「げっ、この声は……!」


 少し勝気な声。

 一時期、健輔にしつこく言い募って来た少女の声だった。

 あんまり人の名前を憶えない健輔でも流石に彼女は記憶していた。

 滝川瑞穂。

 一応、健輔が空中機動について手解きをしたクラスメイトだった。


「え、マジで? というか、どういうラインで来たんだよ」

『……お、温厚な私もちょっと怒りが抑えられないかも。あなた、12月よりも、こういろいろとひどくなってない?』

「え、そうか? 割と紳士として成長したつもりだったんだが」


 初対面の女性とも朗らかに会話出来たし、多少の確執はあったが今では連絡も取り合う親密な仲である。

 これで女性の扱いが苦手だと思う人はいないだろう、と突っ込みを待っているようなことを健輔は思っていた。

 ちなみに、前述した全ての内容に『フィーネ・アルムスター』という女性の名前が入るのは言うまでもないだろう。

 健輔としては、あの対面などは上手く対処出来た方だったのだ。

 それが世間一般から見れば、どうなるのかは、個々の判断力に委ねられるだろう。

 言っている本人も微妙に嘘くさいと思っているのだがら、醸し出される雰囲気と合わせて瑞穂がそれを信じるはずもなかった。


『だったら明日は紳士、佐藤健輔師匠と会えるのを楽しみにしてるわ。勿論、男性が成長したというからには、成長が見えない場合は、何か埋め合わせがありますよね?』

「うえ!? い……いや、じょ、冗談なんだけど」

『へー、冗談なの? 本当に?』


 念話なのに、瑞穂が凄くイイ感じの笑顔を浮かべていることがわかった。

 やはり、女性は怖い。

 葵のような女傑でなくても、必要ならばこのようなオーラを出せるのだ。

 これに比べれば、1人で皇帝に特攻でもする方がマシだった。


「わ、わかった。任せろ! 完璧な紳士というものを見せてやるよ」

『ふーん。楽しみにしてますよ、師匠?』

「た、楽しみにしてろ!」


 見栄っ張りな部分が出てしまい、退路を己で封鎖してしまう。

 明日にそこはかとない不安を抱えながら、夜は更けていく。

 気掛かりを解消した2日目。

 健輔はストレスを忘れて、遊びに没頭する。

 予定とは違う感じに戸惑ってはいたが、その頬は緩んでいたのだった。


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