第280話
「なんというか、露骨に経験の差が出たな」
街中の喫茶店。
2人は食事を終えて、ゆっくりと試合を振り返るために場所を移していた。
健輔の感想に対して、優香は微笑を浮かべて頷く。
「はい。香奈子さんにサラさんが無力化されるのは予想通りでしたが、ハンナさんが近接戦闘をするとは思いませんでした」
「あえて、なんだろうな。香奈子さんに魔力での攻撃は効かない。でも、逆に言えば直接殴れば良い訳だしな」
ハンナの防御及び攻撃は魔力を基本しているが、彼女はクォークオブフェイトとの戦いでも示したように総合能力が高い。
サラを囮にしてる間に接近、ラッセル姉妹とアリスの助力を受けて香奈子を撃墜したのだ。
後衛のハンナが前衛として出てくるのに天空の焔の前衛が対応出来なかったのが敗因となった。
「クラウは大会でも屈指の前衛ですが、流石に総合力で抑えられているとどうにもなりませんね」
「クラウは十分に強いんだけど、毎回当たる相手が悪いよな。」
クラウディアは純粋に強い。
しかし、純粋に強いからこそ格上との戦いに苦労するのだ。
優香も同様の傾向が存在しているが、これは正当派の魔導師に付き纏う問題であった。
彼女が弱くないことぐらいは、健輔も十分に知っている。
所属している『天空の焔』も油断してよいチームではないのだ。
相性などを考慮すれば十分にシューティングスターズに勝利出来る可能性があった。
しかし、可能性はあっても弱い部分を突かれてしまうと、これほどの脆さを見せてしまう。
世界大会のレベルの高さ故の問題でもあった。
香奈子の力が、正しく現状の流行である後衛砲撃型の天敵であることは間違いないのだが、同時に無敵でもないということの証左ともなった試合である。
初戦の相手がヴァルキュリアだったため、あっさりと負けてしまったが、くじ運に負けてしまった面も大きかった。
シューティングスターズもそうだが、このレベルの戦いになると運の要素も重要になってくる。
全てのチームと満遍なく戦えるチームはそれはそれで希少な存在だった。
「クラウだけじゃなくて、いろいろな魔導師の評価が変動してるみたいだな」
「ああ、それは私も見ました。自分のことはあまり、ですが。友人は気になりますよね」
「まあな」
クラウディア、香奈子などもそうだが、アリスの評価なども良くなっているし、ラッセル姉妹も同様だった。
本戦のみでは見えてこないものが見えてくる。
データ上との齟齬、というのはやはりどんな魔導師にもあるものだった。
クラウディアの評価に関しては、ヴァルキュリアが見誤り、結果としてクォークオブフェイト戦にも影響が出ていたりする。
「クラウと言えば、フィーネさんが言ってたよ。チーム内の評価を統一出来なかったのは、ミスだった、ってね。」
「そうなのですか?」
「きちんと目的意識を統一出来なかったのが反省点だって言ってたよ。今度はそこも徹底しておくってさ。こっちとしては、正直なところ勘弁して欲しいけどな」
クォークオブフェイトにとっても他人事ではない話ではあった。
フィーネの言うミスとは早い話、昔の感覚に縛られ過ぎたことである。
クラウディアはイリーネと互角。
その認識だったからこそ、優香との対戦などを組んだのだが、結果としてイリーネは終始、優香に押され放題だった。
フィーネの中では完全に互角とまでは行かずとも、ある程度は抵抗出来るだろうと踏んでいたのだが、イリーネなどは彼女の思惑とは別に互角だから勝てると思っていたのだ。
この微妙な齟齬は先の試合で結構見受けられたらしい。
代表的なところでは健輔に対する脅威度などもそうだろうか。
フィーネは健輔を積極的に排除したかったし、同時に葵などにもそう思っていた。
対して、チーム内ではやはり真由美の存在感が大きいなどと個々の判断で違いがあったのだ。
無論、大筋では合意していたが、微妙なニュアンスの違いが敗戦を呼び込んだ可能性も十分にあったと言える。
ラストの部分、疲弊していた時に出た葵に対するノーマークさなどが良い証拠だろう。
「ま、意識の統一は大事だと思うよ。クラウがあのイリーネとか言うのと互角とか普通にあり得んだろうよ。1年生にしてチームを背負うエースなのはあいつと、後はクロックミラージュの皇太子ぐらいだろう?」
「そうですね。精神的な成長などを少し軽んじていたのは、私もなんとなくですが感じていました。」
健輔たちに限らず、どのチームも頼れる先輩がエースとして存在している。
しかし、天空の焔は違う。
香奈子は当初安定感に欠けていたため、チームが誇る最強のエースはクラウディアだったのだ。
今でも両翼のエースとして、1年生にして前衛を統括している。
これで先輩の加護に守られて好きに戦っていたカルラやイリーネと互角なのはおかしいだろう。
敗北の経験も加味して、3人の間には拭いきれない実力差がある。
現時点では間違いなくクラウディアは頭1つ飛び抜けたところに存在していた。
「強すぎる魔導師も考え物だよな。アマテラスもそうだけど、ちょっと頼る傾向が強い。開き直ってるパーマネンスは潔いと思うぐらいだわ」
「そう、ですね。私もそう思います」
チームで戦う、と一言で言うのは簡単だが実際には超えるべき課題が幾つも存在している。
真由美のようにちょっと脇が甘いというか、逆に完全に安心出来ないくらいの方が、寄り掛かり切ることが出来ないためちょうど良いのだ。
危機感が欠けることは百害あって一利なし、である。
戦場とは最も臨機応変な対応が求められる場なのだ。
安定は慢心などと紙一重であることを考えれば、強すぎるエースはある意味でチームにとって毒に等しいものだった。
毒、が言い過ぎならば良薬は口に苦いでも良いだろう。
何事も行き過ぎれば問題となる。
極端すぎるのは問題があるということだった。
多少レベルの違いはあるが、アルマダの敗戦や、天祥学園内部での特化チームの行き着いた先なども似たような因果関係が存在していた。
「ある意味でエース特化、ということを考えると特化型の危なさがわかるよな」
「中堅や国内上位などまでは特化型でも大丈夫、むしろそちらの方が良いくらいなのですが、この違いは何なのでしょうか?」
「要は特化した際の弱点をどうやってカバーしてるのか、ってところだと思うよ。ここを突破出来るかで、大体勝負が決まっている」
「特化した際の弱点……」
個性というのは大事である。
個人単位でスペシャリストなのは別に構わないのだ。
どちらかと言えば、チームでの特性が偏りすぎると世界では戦えないというのが今回の世界大会の教訓だろうか。
その中の1つに、エースに頼りすぎるのもマズイというのがあるだけだった。
「パーマネンスを例にしようか。あそこはエース特化のチームだ。全体的に打点を出すのはエース、だから皇帝を倒すとあのチームは負けるが」
「逆を言えば、倒せなければ負けない……。なるほど、弱点とどのように付き合うのか、そういうことなんですね」
「アマテラスの穴はそこだろうな。桜香さんが負けると何も出来ないだろうよ」
あの桜香でさえ、完全無欠とは言い難い。
1度だけといえ、健輔が破っているのだから2度目がないと言えないだろう。
人が想像できる範疇の強さしか持ち得ない魔導師たちは必ず弱点があるのだ。
健輔ならば、そもそもの地力不足。
それを補うためにシャドーモードを生み出した。
真由美ならば、近距離戦。
彼女の場合は役割を特化して、チームで対応するようにした。
フィーネならば、チーム単位での戦力強化。
自分だけでは足りないものを、外から持ってこようとしたのだ。
各々で対策は行っている。
ここを突破するために、皆が知恵や力の限りを尽くすのだった。
「桜香さんみたいに、自分を高めて全て一刀両断、というのはな。まあ、普通は選ばない選択肢だよな」
「それは、そうですね」
優香が苦笑するのに合わせて、健輔も同じように苦笑する。
桜香の選択は流石に力技に過ぎるが、それが実行できそうなのも困りものであった。
如何な干渉も許さず、同時に自分よりも弱い力を粉砕する。
考えられる強さをと言うものを極めた姿だった。
また、厄介さならば皇帝も同じである。
自己の理想をこの世に生み出す。
能力を一言で表現すれば、そんなものだがこれを突破するのは中々に厳しかった。
健輔はあのラファールとの戦いで僅かにだが、皇帝から自分と似た匂いを感じたのだ。
強い者と戦い、それを超える喜び。
もしかしたら、皇帝は相手が強ければ強いほど実力を発揮する類の男なのかもしれなかった。
「理想、か。創造系は本当に厄介だな」
「……健輔さんは皇帝の能力をどのようにお考えですか?」
何処か硬い声で優香が尋ねてくる。
理想、そして創造系というワードに引っ掛かりを覚えたようだが、今はまだスルーしておく。
優香がこんな風に話題をどこかにへ持っていこうとしていることには気付いていた。
大人しく乗るのが、健輔のすべきことだろう。
「そうだな。……まあ、道理だとは思う。皇帝を倒すには、彼がイメージする己を超えるだけじゃなくてイメージ以上の存在だと認めさせる必要性があるわけだ」
「それがやれそうだったのは、姉さんだけ」
「描いた理想よりも、実物の方がおっかなかったんだろうさ。まあ、それもイメージの超え方ではあるんじゃないかな」
パーマネンスとの戦いはその部分に集約される。
これが難しい話だった。
他者のイメージの中にいる自分を壊す、などというのは魔導の技でも存在しない類のものである。
皇帝は直接的に技を競う形で勝利するのが困難な相手となっていた。
数多の魔導師が敗れるのも納得の実力である。
健輔も初めて知った時に、どうやって倒すのかまったく思いつかなかった。
今は僅かに対抗手段があるが、それでもなお相手は強大な魔導師である。
「創造系はイメージというあやふやなもので成り立つ系統。だからこそ、扱いが難しい。しかし――」
「それを逆手に取ったのが、『皇帝』クリストファー・ビアス」
あやふやなものだから、自分の好きなように出来る。
確固たる形などないが、それを力量でカバーすれば良いのだ。
数多の創造系と逆に走ったからこその力。
理想を具現化する、ある意味で創造系の最も根源的な強さを体現した男だった。
「……創造系は本人にとって、避けたい願望でもそれが強いと反映されることがあります」
「ん?」
優香の唐突な語りに僅かに眉を顰める。
しかし、制止するようなことはなかった。
きっと、優香が語りたかった本題がここにあるのだ。
「一概に深層心理などが反映される訳ではないですが、そういう事例もあるということです」
優香の言うことは健輔も知っていた。
健輔は創造系を使う時に元々の使い手をイメージして使っている。
剣を創造するならば、剣ではなくそれを生み出す立夏を。
分身を生み出すならば、己ではなく使いこなす優香を。
そうやって不足しているイメージを補っていた。
「願望が投影されるのはわかるが、それは適正の話だろう? さっきもそうだが、皇帝みたいに全部、とか思っている人間もいるしな」
「それは正しいです。ですが、例外もあります。……想いが強すぎると細かい創造が阻害されるんです。――たとえば、私のように」
「……そうか」
妃里が確固たるイメージを持たずに汎用性を高めているように、優香は何かに引き摺られて特定のイメージしか創造出来なくなっている。
全てが全て、というわけではないのだろう。
おそらくここから先、世界のトップレベルと戦うことを考えた際に問題となるのだ。
自己のイメージを深くしないと、空間展開などは絶対に使えない。
そして、優香が引き摺られるものなど、この世に1つしか存在しなかった。
「……わかってくれましたか?」
「桜香さんだろう? お前の願望は……差し詰め、『姉のようになりたい』だろうさ」
「――その通りです」
大きく目を見開いて、少しだけ寂しそうに優香は微笑んだ。
多くの人間がいる喫茶店の一角で、微妙に空気が変わり始める。
優香の心の闇、というと大げさだろうが、コンプレックスを解決しないと先に進めないのだろう。
優香はそれが地力ではどうにも出来ないから、SOSを求めて健輔をデートに誘ったのだ。
不器用な誘導だったが、鈍い健輔でも流石に気付く。
「場所、変えるか」
「はい」
健輔にとっても重要な分岐点になるだろう。
相棒の道に未熟な身で何が出来るのかを考えながら、2人は場所を移す。
1年に渡る、2人の付き合いが試される時がやって来た。




