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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第279話

「クラウが手も足も出ないとは、流石に強いな『騎士』」

『昨日行われた試合は『シューティングスターズ』対『アルマダ』、『天空の焔』対『ナイツオブラウンド』ですが、それぞれ『シューティングスターズ』、『天空の焔』が勝利しています』

「ま、順当な結末じゃないか? クラウはなんとか出来ても香奈子さんはな……」

『破壊系が力を発揮すると厄介ですね』

「葵さんみたいに抵抗出来るならあれだけど、あの時もよりも香奈子さんも強くなってるしな。『騎士』は流石に相性が悪かったな」


 天祥学園から世界戦の宿舎に戻った健輔はロビーで情報収集を行う。

 柔らかいソファの感覚が微妙に身体に馴染まないと思いつつも、ゆったりと腰掛けて順位決定戦について陽炎と談義していた。

 アルマダが勝てなかったことに対しては特に感想はない。

 シューティングスターズはあらゆる意味でアルマダの上位互換のチームである。

 勝つには普段と違ったことをやる必要があるが、アルマダの安定感がここでは足を引っ張ることになった。

 奇抜がないため、順当に吹き飛ばされて終わってしまったのだ。

 ハンナ・キャンベル。 

 真由美を凌ぐ後衛の力に組織の力は敗れた。


「こうしてみると、やっぱり個の力が重要にも見えるけど……」

「最後は組織力、かな。そんなところ? しかし、その新聞見てるみたいな感じ似合わないわね」

「……それはすいませんね。葵さん」

「仏頂面しないの。評価は最適だと思うわよ」


 真冬の天祥学園では見れない軽装に身を包んだ葵は、メリハリのついた体を惜しげもなく晒していた。

 健輔が聞いた限りでは、確か今日は2年生たちは集団で遊びに行くという話だった。

 待ち合わせ場所がここなのだろう。

 健輔も優香と此処で待ち合わせているため、別に不思議なことではなかった。


「どうしたの? 不思議そうな顔をして」

「いや、不思議というか。……機嫌いいですね」

「ああ、最近荒れてたもんねー。もしかして、結構気にしてたの?」

「まあ、そこそこは」

「おっ、生意気ね。お姉さんは冷めた態度は好きじゃないぞ!」


 頭をぐりぐりされて、健輔は嫌そうな表情を返す。

 そんな態度が葵をもっと楽しませるだけなのだが、健輔が気付くことはない。


「……で、どうしてそんなに?」

「そりゃ、遊びに行くんだし仏頂面を晒すのもねー。この間の試合が本当によかったから、ってことで納得しておいてよ」

「はぁ、別にいいですけど」


 緩んでいる葵というとあれだが、リラックスした状態の葵を見るのはそれなりに久しぶりである。

 この間の試合、つまりはヴァルキュリア戦だろう。

 猛き戦乙女たちは最後の試合として、ラファールとの戦いが待っている。

 あれ程のチームと戦えたことは健輔にとっても非常に大きな意味があった。

 残りの敵。

 特に次の相手たる『皇帝』に勝つための手段は彼女たちのおかげで見つかったようなものである。

 万能系の可能性を自分で狭めている可能性に気付けたのはフィーネのおかげなのだ。

 もっといろいろなやり方があって良い。

 自爆に頼るくらいならば、そっちの道を探すべきだった。


「おやおや、いい表情ね」

「え? 何がですか」

「自分のやり方に迷ってる感じの顔。うんうん、若人は悩みなさいな」

「……1つしか違わないと思うんですけど」

「それでも年下じゃない。後輩は永遠に後輩なのよ。私が永遠に真由美さんの後輩であるのと変わらないようにね」


 永遠、という単語の重さに顔を顰める。

 素直すぎるリアクションにしまったと思うが、今日の葵はいつもとは違った。


「あっ、時間だから行くわ。向こうに揃ってるみたいだしね」

「へ? え、ええと行ってらっしゃい」

「ありがとう。そっちも優香ちゃんと仲良くねー」


 機嫌が良いからなのか、健輔の発言をスルーして足取りも軽くその場を去って行く。


「……わ、わからん人だ」


 また1つ先輩について謎が深まってしまった。

 バトルスタイルについての悩みよりもそっちの方が深刻である。

 頭の上がらない年上の女性たちを思い、いつになれば勝てるようになるのかと健輔は遠い先を思うのだった。






「すいません。お待たせしましたか?」

「いや、全然。うんじゃあ、行くか」

「はい。今日はお誘いいただきありがとうございます」

「いつものお礼だよ。あっちの確認もしたいしな」


 健輔が高すぎる山の突破方法について考えていると優香が姿を現した。

 気合の入った青と白の色合いに少しだけ驚くも直ぐに平静さを取り戻す。

 この辺りの耐性はフィーネで相当についた自負があった。

 いつまでも少年、などと言われるわけにはいかない。

 健輔が心の中で謎の敵と戦っていると、優香が不思議そうに問いかける。


「健輔さん?」

「あっ、いや……に、似合うな」

「え……あ、ありがとうございます」

「じゃ、じゃあ、行くか」

 

 健輔からそんな言葉が出てくるとは思ってもみなかったのだろう。

 驚いた顔を見せるも、優香は直ぐに朗らかに微笑む。

 輝く笑顔を前にして、健輔の紙のように薄い防壁は直ぐに突破されたが、なんともないかのように――少なくとも本人はそう思いながら――振る舞うのだった。


『……はぁ』


 挙動不審の主に聞こえないように、ポケットに入った優秀な魔導機は溜息を吐く。

 機械が呆れることが凄いのか、それとも機械を呆れさせた健輔が凄いのか。

 いろいろと不安になる2人と2機は街へと向かって行くのだった。




 健輔が優香と2人でいるのは相応の理由がある。

 フィーネ関係で迷惑を掛けた、というか不快にさせたお詫びを申し出ると一緒に試合を観戦しようと誘われたのだ。

 見る試合は『天空の焔』対『シューティングスターズ』。

 どちらも健輔たちクォークオブフェイトとは縁深いチームのため、快く承諾したのだが、承諾した後に気付いてしまった。

 これって、デートじゃないか、と。

 試合ならばともかくとして、基本的にプライベートでは能力が大幅に落ちる健輔である。

 迂闊にも気付いてしまったが故に、小さな心臓は悲鳴を上げていた。

 無論、それを表には出さないため、察することが出来る者は少ないのだが、優香とは別のベクトルで強い絆を持つ魔導機は誤魔化せていなかった。


『マスター、大丈夫ですか?』

「ん、ああ、まあ、うん。……大丈夫だと、思うよ?」

『どうして、そこで疑問の形になるんですか……』


 会場に入って、少しだけ落ち着いた健輔に陽炎が語りかける。

 こんな何処から見てもダメな状態でも、優香の前ではある程度は取り繕えているのだから健輔の仮面も中々の出来だった。

 1部の人間にはガバガバな出来なのが、唯一の弱点だろう。


「……ああ、くそっ! 妙に落ち着かない」

『マスター、優香が帰ってきます。落ち着いてください』

「っと、悪い。サンキュー」

『いえ、お気をつけてください』 


 春頃は同じシチュエーションでもそこまで気にしなかったのに、今回は妙に意識してしまうのは何故だろうか。

 優香が成長して綺麗になったからなのか。

 理由の1つではあるだろうが、健輔側の心境の変化などもあるだろう。

 あの時はどこまでも遠い存在だったから、逆に平穏を保てたという側面がある。

 少しは近づいたという思い、健輔にそれがないとは言い切れない。


「我ながら、ミーハーというか、安っぽいな……」

『仕方ないのではないですか? 優香は綺麗だということくらいは私にもわかります』

「いや、まあ、そうなんだけどね」


 遥かに遠い高嶺の華。

 言い過ぎな気もしなくはないが、入学式で見かけた時はまさにそんな感じだった。

 新入生代表として挨拶する姿に健輔以外にも多くの男子が魅力されたのは言うまでもない。

 実質的にアイドルなどを見るような感じだったのだが、まさかチームとして入ったところに居るとは思わず、今になっては仲良く話すようになるとは予想もしていなかった。


「……こう、普段は努めて意識しないようにしてるんだけどな。はぁぁ、やっぱり緊張するわ」

「何がですか?」


 声を掛けられて健輔はゆっくりと振り返る。

 相棒の声を聞き間違えるようなことはあり得ない。

 さっきまで魔導機に弱音を吐いていた男とは思えないほどの速度で健輔は表情を切り替える。

 この他人の前で表情を取り繕うのは、戦場での影響もあったが、根本の部分はただの見栄っ張りだった。

 カッコ悪いところを見せたくない。

 要約すれば、そんな思いによるものだった。


「い、いや、なんでもないよ。用事は終わったのか?」

「はい。すいません、お手間を掛けて。あっ、これをどうぞ」

「おっ、サンキュー」


 優香から冷たいスポーツドリンクを受け取る。

 野暮用、ということでこの場にいなかった優香だが、途中で売店に寄っていたのだろう。

 彼女の手にも同じものがあった。

 ドリンクに口をつけると思った以上に喉が渇いていたことに気付く。

 こんな事にも気付けないほどに心から余裕が無くなっていたようである。


「……俺もまだまだだな」

「健輔さん?」

「いや、ちょっと自分の未熟について考えていただけだよ」

「は、はぁ」


 唐突すぎる健輔の反省に、優香は目を丸くする。

 緊張していた自分はまだ残っているが、そんな自然体の優香を見てようやく力が抜けてきた。

 もう少し余裕を持って、笑うのが健輔の常だったのだが、やはり優香と絡むとそうは行かない部分もあるようだ。

 隣にいる蒼の乙女に視線を移す。


「……遠いな。この姉妹は本当に、遠いわ」


 優香に聞こえないように小さく呟く。

 健輔の魔導の中で、大きなウェイトを占める姉妹。

 自分が彼女たちを超えたと胸を張れる日が来るのだろうか。

 遠い目標を思いつつ、今はこの時間に集中するのだった。






 優香がこの試合を見たがった理由はいくつかある。

 敗北した彼ら、いや、正確には彼女らと言うべきだろう。

 クラウディアとアリス、両チームに所属する次代の魔導師の姿を見たかったのである。

 今の優香に欠けているもの、欲しいものを彼女たちが持っている可能性があった。

 それを確かめるため、という理由を作っているが、実際のところはただ応援したかっただけでもある。

 素直に言えば、クラウディアは来なくて良いと言うだろうから、健輔と2人で出かけると伝えたのだ。

 嘘は言っていないが、真実も言っていない。

 こうやって相手を誤魔化す方法を優香は、健輔から学習していた。

 穢れ無き乙女に悪徳を教え込んだ悪魔。

 傍から見れば、そんな感じになっていた。

 優香としては、嘘を吐かずに済むため健輔の方法をとても評価していたのだが、それが却って健輔が周囲からあれな視線を浴びることになっている原因だと優香は知らない。


「おっ、始まった」

「……はい、そうですね」


 フィーネから言われた言葉が優香の脳裏に蘇る。

 ぶつかる両チームを見ながら思うのは、ここから先の戦いについてだった。

 クラウディアが駆け、アリスが迎え撃つ。

 ハンナや香奈子と言ったチームを代表する者たちもまた同じように全力を絞り尽くしていた。

 確固たるバトルスタイル。

 健輔が万能系をより活用する形で上に昇ったように優香も次の段階に進む時が来ている。

 分身攻撃は確かに強いが、いろいろと欠点も多い。

 あくまでも近接戦闘における優位でしかないこと。

 世界レベルの戦いだと、あっさりと偽装が見破られてしまうこと。

 直ぐに思いつくだけのものでも2つも欠点があった。


「クラウは『雷』で次に行こうとしている。アリスさんは、ハンナさんを超えようとしている」


 2人と話した時に、両者が来年に向けて動き出したことを知った。

 来年――先を見越してやって来たつもりの優香だったが、来年があるというのをすっかりと忘れていた。

 当たり前のように年月は過ぎて、優香が桜香に挑戦できるチャンスは減っていく。

 今年、真由美の下で進むチームが今後に至るまで最高のチームの可能性もあるのだ。

 数少ないチャンスを活かせるように、優香は自分の心と決着を付ける必要があった。


「……私は、姉さんに――」


 友人が明日へ駆け抜けようとする中で、自分だけが何も見えていない。

 軋む心。

 ずっと、目を背け続けたことと対峙しないといけない。

 それが――どんな形であろうとも、自分は戦わないといけないのだった。

 

「へー、終わった後もいろいろ考えてるみたいだな」


 クラウディアが見たことのない術式を使ったことで健輔が感嘆の声を上げる。

 優香は横目で様子を見ながら、少しだけ心が軽くなるのを感じた。

 自分がどんな願望を持っていても、きっとこの人は変わらない。

 そう思えたからこそ、今日、一緒に来て貰ったのだ。

 

「私はきっと……姉さんに、なりたい」


 創造系の根幹にある願望――思いを自覚して、優香は静かに目を閉じる。

 フィーネの言葉、自覚しないと勝てないというのも当然だろう。

 なりたい、では超えるなど夢のまた夢である。

 しかし、自覚しても優香だけではどうにも出来ないのだ。

 誰かの力が必要で、力を借りるべき人は健輔しかいなかった。


『マスター、大丈夫ですか?』

「……うん、大丈夫。大丈夫だから」


 何処か泣きそうな優香に雪風が話し掛ける。

 戦いの前の凪に小さな嵐がやってくる。

 隣の相棒が悩んでいる姿に気付かない振りをしながら、影の魔導師は笑みを浮かべた。

 相棒が何かを超えようともがいている。

 ならば、自分も――。

 歓声に包まれる会場の一角。

 友人たちの試合を見守りながら、2人は自分と決着を付ける。

 悩み、前に進み、また悩む。

 繰り返されるサイクルに終わりはないが、意味はあった。

 成長する次代。

 古き3強を超えるために、次代もまた足掻き続けるのだった。


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