第273話
「……振り切れないか。こういうところは人間ではない利点があるのかな」
自分を追いかけてくる敵の人形を見て、エルネストは僅かに顔を歪める。
欧州最速――そのまま世界最速でもある彼の速度だが、いくつかの問題点を残していた。
まず、体に負荷が掛かることだ。
生身で素直に音速に突入したら、下手をしなくても死ぬ。
だからこそ、魔力による身体防護を行わないといけなかった。
そのための専用術式と彼の系統錬度なのだが、おかげで最高速度を出すためにはそれなりの負荷があった。。
欧州最速とは、それら諸々の全てが噛み合って初めて出せる力である。
いくら皇帝が最強の魔導師であろうとも、相手の術式、しかも完全オリジナルのものを容易く再現することなど不可能だ。
ならば、人形が彼に付いてこれる理由は必然、絞られてくる。
「人間の身体に配慮しないのも利点になるわけだ。本当に面倒くさい術式だよ」
パーマネンスは事前情報がそれなりに揃っているチームだ。
初めて世界大会に姿を見せた時から、この完成度を誇っていた。
ただただ生み出し続ける。
無限数の軍団。
使い捨ても可能で疲れも知らないのだから戦闘において、これ以上の人形はそうはないだろう。
自分たちの力をコピーをしておいての、このやり方は流石に腹が立つ部分もあるが、合理的なのは間違いなかった。
自分の強さなど、それこそどうでも良いと言わんばかりの在り方。
皇帝――統治者としての称号が良く似合っていた。
『エル! どうするの!』
周囲を飛び交う軍勢の1人を叩き潰したところで念話が入る。
チームの懸念はわかっている。
ハッキリ言えば、この人形たちは戦闘力的にはそこまで怖くない。
確かに自分達の系統錬度とほぼ同等のレベルであるし、トータルで見れば迫る部分もあるが、戦術や動きは稚拙なのだ。
敵のバックスの操作があっても、1対1で負けることなどあり得ない。
神の視点での操作は大局的には強いが、局所、戦闘という単位に限ってみるならば対応が遅すぎる。
のんびりとやっている間に該当の人形を破壊することくらいは、最速の風たちには児戯にも等しいものだった。
されど、問題がないわけではない。
無尽蔵の物量と、それを平気で使い捨てる戦い方。
1戦ではダメージがなくとも、10戦も戦えば10%はダメージを受ける。
後はそれを10回繰り返せば撃墜だ。
パーマネンスはそれが出来るチームだった。
「わかっているけど……まだダメだな」
『準備に時間が掛かりすぎると、負けるわよ?』
「かと言って、拙速もね。最速の僕が言うのもあれだろうけど、そういう判断力の低下も向こうの狙いだよ? 多勢に囲まれると落ち着きがなくなるのもわかるけどね」
『それは、でも、消耗があるのも事実だわ』
サブリーダーの言うこともエルネストには理解できる。
しかし、それでも今は承服できないのだ。
パーマネンスの事前情報は多い、だからこそ対抗策も多く考えられている。
エルネストは初めての対戦だが、欧州の有力チームでパーマネンスに挑んだところは数多く存在していた。
クォークオブフェイトに敗北したヴァルキュリアもそうだし、ナイツオブラウンドも同様である。
アルマダも1度、激突したことがあっただろうか。
チームの性質の差などもあり、各チームが行った対策は千差万別だったが、根本に据えられた思想は良く似ている。
数を覆す最良の方法は――火力、だった。
「消耗を加味しても、最大火力の必要がある。こっちが下手に火力を残せば、直ぐに再生されるよ? 軍勢を消し飛ばして、再生する隙も与えない。言葉にするのは楽だけどね」
『……向こうも慣れている。あなたはそう言いたいのね』
「まあ、そういうことだね。『不滅の太陽』みたいに無尽蔵の物量を1人で全て叩き潰して、皇帝に接近するなんて方法は簡単にできるものではないだろう?」
常識的な手段で対抗するとなれば、大火力で殲滅からの奇襲が最大の効果を発揮する。
発揮するのは間違いないが、それに対抗するための方法もパーマネンスはきっちりと用意していた。
クリストファーの周囲から動かないチームメイトこそがガーディアン。
防戦に限るならば、全員がランカーにすら匹敵するほどの魔導師たちである。
役割を限定させて、能力を特化させるのは天祥学園でも『ツクヨミ』などがやっていたが、それを自分を守らせるためだけにやっているのだ。
ある意味で贅沢とも言えるだろう。
1から自分達で作り上げた皇帝のためにあるチーム。
後を受け継がせるつもりがないため、3年生以外が所属していない潔い構造となっていた。
パーマネンスの中核として動けるのは皇帝だけ、それをチームの全員だけでなく他の者たちも認識しているのだ。
「まあ、消耗しているのはわかってるよ。だからこそ、今はまだ焦らなくていい。ポイントまで、ゆっくりと誘導しておいて」
『……もう! あなたは、こういう時は本当に頑固なんだから!』
怒鳴られてから念話を切られる。
言いたいことはわかるため、苦笑するだけに留めておいた。
逆の立場なら、エルネストも文句を言ったことが容易く想像出来るからだ。
「細工は流々、後は運かな」
この瞬間も彼は圧倒的な速さで移動している。
追いかけてくるものとの距離を測り、ちょうどよいタイミングで迎撃。
己の行動に疑問を抱かないように誘導してきた。
発動まで後少し。
気付かれてもどうにも出来ないレベルでの攻撃にしたいところだった。
「さて、皇帝の前に調子に乗ってる眼鏡を潰しておかないとな」
『皇帝』クリストファーも微妙に嫌われているが、エルネストはその裏でニヤニヤ笑っている陰険眼鏡の方が嫌いだった。
今も良い気分で包囲しているだろう相手の横っ面を殴りつけたい衝動に駆られている。
バックスのサポートは感謝しているし、その技にも敬意を持つが、勘違いして戦場に来るようなものにはお仕置きが必要だろう。
自分だけ安全圏で戦闘を嗜むなど、魔導競技をやる者としては中々に許し難いことだった。
「ふ、風の怒りを知れば良いさ」
何をしようとしているのか。
バレたところでどうしようもない攻撃をすれば良いのだ。
その時が来るのを待ち侘びて、『疾風』は少し意地の悪い笑みを浮かべるのだった。
「これは、戦術魔導陣、何だろうけどねー。どうしようか」
ジョシュアは頭を掻きながら、敵の意図を考える。
エルネストがそうであるように、多くの戦闘魔導師から嫌われている彼だが、能力は1級品だった。
包囲して殲滅する。
言葉にすれば簡単でも実際の戦場で、俯瞰しているとはいえ、それをやり遂げるのは中々に労力を必要としていた。
ジョシュアはバックスとしては、間違いなく1流であり、指揮者としても中々の腕前を持っている。
だからこそ、ラファールは読まれること前提で行動していた。
それはジョシュアもわかっているのだ。
「あー、どうしようか……」
普段はふざけた態度だが、彼も戦闘では全力である。
余裕めいた態度ではあるが、実際のところそこまで容易いとは思っていない。
クリストファーは傑出した魔導師だし、彼も優秀である。
仲間たちも防御という1点ならば、1流の域に存在していた。
それでも――予期せぬ事態というのは起こり得るのだ。
昨年、彼らもそれを思い知らされた。
いや、正確には自覚することになったのだ。
皇帝ですらも、もしかしたら超えられる存在なのかもしれない、と。
「ま、流石にあの怪物女みたいなのは、早々には転がっていないだろうけどさ。危機感はあるよね。次の相手も面倒だしさ」
ラファールが相手でよかった。
ジョシュアの内心を聞けば、間違いなく彼らは怒るだろうが、それが彼の素直な感想だった。
後半戦に来るような相手は対戦表が発表された段階で大体想像できる。
稀に番狂わせもあるが、それと直接対峙するような機会はそこまで多くなかった。
だからこそ、ジョシュアが最も警戒していたのはこの戦い――初戦である。
魔導では相性が重要となる――これは不変の原則だ。
皇帝ほど突き抜けた魔導師でも、実際のところ、この呪縛を破ることは出来ていない。
1回戦で『天空の焔』が消えてくれたのは、彼らにとっても僥倖だった。
ジョシュアはあそこと当たるのを相当に懸念していたのだ。
安堵は大きかった。
「火力、火力か。さてはて、何をするつもりやら」
エルネストが思っていたように、パーマネンス側も敵が取りそうな対抗手段はわかっている。
火力での優勢は数での優勢を覆す。
シューティングスターズのように、後衛火力が、と言うなら、コピーして並べたら解決する問題なのだが、それが通用しない相手にはジョシュアも頭を捻らないといけない。
「戦術魔導陣が1番なんだけど……う~ん、わからないな。この不規則な動きに意味があるのか、それともないのか。いや、どっちでもいいのかもしれないけどさ」
悩ますことも向こう側の攻撃だとわかっている。
国内大会のように降臨、進撃、粉砕と行けば話は楽だが世界戦では流石にそう上手くはいかない。
「まあ、悩んでも仕方ないしね。なるべく安全にいこうか。密集しすぎると危険だから、ある程度は分散させておけば良いでしょう」
クリストファーに進言して、もう少し数を増やすのも手だが、無意味に多すぎても戦場で邪魔になる。
適切な量、というのを見極めるのも彼の仕事であった。
「よし、これでって、あら……」
少しだけ目を離した間に、エルネストの周囲がごっそりと数が減っている。
何が起きたかを考えるよりも先にジョシュアは予備兵力を防御に回した。
一瞬の遅れが敗北を招く。
彼も3年間この軍団を指揮しているのだ。
数多の経験がある。
「連鎖反応か……? いや、もしかしたら、発動兆候がわからないタイプの魔導陣の可能性もあるけど」
予備兵力の反応が投入する端から消えていく。
視覚的にも確認したが、特に変わった様子はない。
違いと言えば、ラファールの攻撃を受けた人形が何故か砕け散っていくだけだった。
そこまで脆い人形ではないのに、まるで紙のように容易く粉砕されていく。
「おいおい、ラファールってこんな相手だったかい?」
集めたデータでは高機動を活かした格闘戦チームだったはずである。
火力もあったが、このような手品は知らない。
ジョシュアの顔から余裕が消えていく。
人形は再生成出来るため、戦力的にはそこまで痛くない。
しかし、戦力密度が下がれば敵に自由行動を許してしまう。
接近戦などを挑まれたら、面倒臭いことになる。
自分のところでラファールを片付けないと、クリストファーはあっさりと次の段階の力を披露するだろう。
作戦参謀として、それは勘弁して欲しかった。
次の試合の『クォークオブフェイト』、そして決勝戦で戦うかもしれない『アマテラス』や『クロックミラージュ』に必要以上の情報を与えたくはなかった。
「何が、起こってるんだ!」
味方を示すマーカーがどんどん減る。
能力値は完璧にコピーしているのに、こうまで差があるのは予想外も良いところだ。
ジョシュアは舌打ちした。
「技術チームか、格闘戦主体には多いけど、面倒臭いね、本当に!」
皇帝がコピー出来るのはあくでも能力値のみ、となっている。
少なくとも現段階において、それは事実であった。
だからこそ、能力と技術が組み合わさって真価を発揮するチームのコピーは完璧ではないことがある。
「クソ、包囲が破られるッ! クリス!」
『騒ぐな。――ふん、来るぞ』
「なっ、え!」
ラファールを覆うように展開していた軍勢が全て消え失せる。
魔力探知にはまるで嵐のような魔力の流れが映っていた。
ジョシュアの視界にも、突発的に発生した嵐が見えている。
「女神と同系統の範囲系……? でも、それなら、兆候は掴めるはずじゃないか!」
『……ふん、エルネストの系統を忘れたのか? あいつらは全員が遠距離・創造系だぞ』
「あっ、まさか……」
『1人を核にして、周囲に展開か。なるほど、移動要塞のようなものか。おまけに』
「これは……!」
嵐が物凄い速度で接近を開始する。
攻防一体の術式、あれを前にしては多少の数など無意味だろう。
「っ……。これは、失態だね」
『些細なことだ。それよりも、中々に相性が悪い敵のようだな。これは、力の出し甲斐がある』
「望みのままに、我らが陛下」
第2段階までは別に構わないが、最終段階までラファールに引き摺り出されるとまずいことこの上なかった。
自分の指揮で仕留められなかったこと、そして思った以上に相性が悪いラファールというチームにジョシュアは顔を歪める。
しかし、激情はそこまでだった。
相手の強さなどは確かに危険ではある。
それは素直に認められたが、同時に底もある程度判明してしまった。
「僕たちの強さ、しっかりと知れば良いさ。人形遊びなんて、文字通り遊びでしかないからね」
嵐と共に進攻するラファール。
形勢は確かに彼らの方に傾いたはずが、不気味な気配が漂っていた。
魔導の世界に3年間君臨した王者が重い腰を上げる。
方向性が違えど、桜香を凌駕する現在ただ1人の魔導師がその実力を解放するのだった。




