第268話『星の輝く時』
――後はお願いね。
短い言葉に込められた想いの全てをレオナが理解できたとは言えないだろう。
たった1つ、確実なことは託されたということだけ。
2対2。
数の上では互角だが、女神という輝きを失ったヴァルキュリアと未だに輝く凶星が存在するクォークオブフェイトのどちらが優勢かは一目瞭然だった。
流れも、実力も向こうにある。
ならば、どうすれば良いのだろう。
諦めて、あっさりと敗北でもすれば良いのか。
「そんなことは、あり得ない!!」
レオナが最初にしたことは前に出ることだった。
敵は前衛と後衛のバランスの良い構成。
対するこちらは後衛と後衛と歪なコンビ。
言うまでもなく、不利なのはレオナたちだった。
普通に戦えば、10回戦って8回は負けるだろう。
だが、2回は勝てる。
その2回を引き寄せるために、ここで限界を超えるのだ。
「――早く、前に!」
迫りくる赤い終焉。
遠くにチラつく影は赤紫の閃光。
敵の攻勢が一気に来ている。
レオナはハンナや真由美などと違って、純正の後衛魔導師。
近接用の練習はしているが、正直なところまだまだ見れたものでもなかった。
そんな彼女から、自分から接近するかのように前に出るのは何故か。
理由は1つしかない。
それしか、勝つ方法がないのだ。
レオナと真由美はお互いにほぼ無傷。
対するリタと葵はどちらもボロボロだ。
ここで問題になるのは、残った者たちの相性の問題だった。
リタは真由美に弱く、レオナは葵に強い。
葵とリタは、お互いに拮抗。
レオナは真由美に対しては、僅かに不利だった。
ここから導かれる結論は簡単である。
――リタは葵と遠距離戦、レオナは真由美と近接戦闘をしないと勝ち目がそもそも存在しないということだった。
迫る赤い閃光を回避して、少しずつ前に出る。
距離は視認できる程度、空を舞うレオナには直ぐの距離。
しかし、凶星の前には番人がいる。
あれだけ消耗していたはずなのに、今は僅かに固有化を発動しているように見える女傑。
藤田葵。
クォークオブフェイトの隠れた実力者を越えないといけなかった。
「どきなさい!」
「退くわけが、ないでしょうが!」
葵の当然の言葉にレオナは臍を噛む。
焦っている。
心が急いているのだ。
「光よ! 敵を貫け!」
レーザーを葵に放つが、彼女の魔力を突破出来ずに儚く消えてしまう。
前に出ようとして、晒してしまう無様な姿。
レオナも自分が冷静でないことぐらいは承知していたが、高ぶる感情を抑えられなかったのだ。
代償は託された想いに応えられないという屈辱。
迫る撃墜の未来に唇を噛み切る。
判断は間違っていなかったが、逸りすぎだった。
迫る葵を睨みつける。
このまま無防備に攻撃を待つ訳にはいかないと、移動しようとした時に、
「バカ、何やってるの!」
「リタ!?」
葵とレオナの間にリタが割って入る。
無茶だ、そう飛び出そうになる言葉をレオナは必死で飲み込む。
自分のしたことに比べれば、リタの行動はマシである。
何より、今はそんなことはどうでもよかった。
「任せた!」
「早く!」
最後に残ったチームメイトを信じて背中を任せる。
急速に遠ざかる気配に笑みを零して、リタはレオナを見送った。
「責任感が強いから、あんな無茶をするんだよね」
フィーネに託されたものに応えたかったのはわかるが、中々に無茶をしてくれる。
後少しで、何も出来ずに終わるところだった。
レオナのためだけに限らず、最後にチームのために体を張るのはリタの役割だが、それよりも先に突っ込まれると何も出来ない。
苦笑しつつ、リタは葵に向き直り礼を述べる。
先ほどのやり取りを隙として、攻撃することも出来たのだ。
無論、タダでやられるつもりはないが、そこそこの隙であるのも事実だった。
「……ごめんね。わざわざ、待ってくれたみたいで」
「別にいいわよ。どっちにしろ、1対1になるんだから。ああ、舐めてる訳じゃないわよ? どっちが来てもやることは同じだもの」
葵の言葉にリタは無言で構えを取る。
先ほどの勢いで攻撃してもよかったのに、それをしなかった理由。
本当のところはわからないが、リタはなんとなく察していた。
隙を突いたから、不意を突いたから勝った、などと言わせないためなのだろう。
正面から粉砕することで、クォークオブフェイトの力を見せつけて勝利する。
より正確に言うなら、後輩の努力に胸を張れる完璧な勝利を得るためのものだった。
「……いくよ!」
「ええ、やりましょう」
相手の思惑を考えてから、リタは笑った。
後衛が前衛の距離で戦う事態になってから、あれこれ考えても意味がないだろう。
もしかしたら、体力に余裕がなく無理な追撃を避けた可能性もあるのだ。
可能性は無限に存在している。
目の前の戦いではなく、そんなものに思考を割く余裕はなかった。
この試合中、何度目になるかわからない激突。
妙に縁のあった2人は笑いながら、拳を交わし合う。
「はああああッ!」
「てりゃああああッ!」
大地の乙女は体にその象徴を纏い葵に挑む。
結果の見えた戦い、もう1つの結末に思いを繋げるように彼女は決死の抵抗を行う。
葵はそれを見て、微笑み、
「――気合は大事だけど、それだけでもダメよね」
――そんな言葉を残して、拳を以って現実を叩き込むのだった。
「まあ、うん、そんなところだよね」
真由美は戦況を睨み、そんな言葉を漏らした。
冷静に計算すれば、真由美に遠距離で戦いを挑んで勝てる訳がない。
その部分の判断は間違っていないだろう。
レオナは優秀な魔導師である。
そんな彼女が、この試合でやっていたことは真由美を抑えていたことだ。
フィーネを除いて、真由美を強さを実感している人物の1人であることは間違いないだろう。
だからこそ、両者に横たわる差というものをしっかりと理解してしまった。
「実力を知って、差を知って、それでもなお戦える人は少ないからね。だから、自分の分野を避けてしまうのは仕方ないよ。それでも――」
疲労度なども考慮に入れれば、その差はさらに広がるだろう。
真由美も相応に消耗はあるが、格上を抑えるのに力を使っていたレオナよりは軽いものだった。
何より、葵と真由美には健輔からの置き土産もある。
消耗という点では彼女たちの方が比較的軽かった。
そういった様々な要因から、接近戦という選択肢そのものに過ちはないのである。
仮に問題があるとしたら、それは選択肢を選んだことではなく、そこに至る思考についてだった。
「――本職の前衛でもないのに、本当に通用すると思ってるのかな」
レーザーを放ち接近する光の魔導師に真由美は溜息を吐きながら反撃する。
ある程度の収束率で放たれるショートバスター。
小回りが利く攻撃で、敵を誘導しつつ戦いのための場を作っていく。
「しっかりと最後まで残ってるんだから、仕事をしないとね」
レオナの回避を余裕を持って見送りながら、真由美は少しずつ状況を詰めていく。
世界大会が始まってから彼女は最後の押しを務めることが多い。
これは真由美が本来の役割、つまりは生存役と火力役をこなせている証左だった。
後衛の魔導師というのは、チームの火力役であり、同時に絶対にやられてはいけない存在である。
彼らが存在する限りは逆転の芽があるが、逆に言えば後衛の壊滅はそのままチームの敗北に直結するほどの事態だった。
桜香のような規格外ならばともかく、普通の前衛が後衛に正面から殴りかかれば、訪れる結末は決まっている。
仮に突っ込んでくるのが後衛でも結末は同じだ。
レオナの頭がよく、回転が速かったからこそ別の陥穽に嵌っている。
彼女は『終わりなき凶星』。
フィーネと桜香、2人の最高クラスの女性が遠距離では勝てないと断言する怪物なのだ。
大人しくしているように見えるならば、それはクォークオブフェイトの作戦勝ちだった。
「羅睺、健ちゃんの残したやつ、お願いね」
『魔力を装填。固有化からのブースト、面制圧可能』
「ん、終わらせようか」
健輔が自爆を決定した際に、真由美たちに残した置き土産。
それは一言で言えば、魔力である。
魔力回路の疲弊とは、すなわち魔素を魔力に変換出来なくなることを指す。
燃料の生成と消費を同時に行っているのが魔導師のため、生成が止まると当然燃料が無くなり、魔導を行使出来なくなるのだ。
これが俗に言う魔力切れであり、体力切れである。
解決策は単純であり、大量の魔力をどこかに用意しておけば良いのだが、そもそも魔力状態で固定するには固定系が必要であり、なおかつ本人の魔力でないと意味がないという致命的な問題が存在した。
逆を言えば、これを攻略していれば魔力の保存も可能なのである。
そして、クォークオブフェイトにはそれが出来る人物がいた。
「魔力を保存する術式か、名前を考えないとね」
レオナの攻撃を魔力を纏うことで防御しながら真由美は笑う。
リタ、及びレオナの2人は後衛としては極めて優秀な魔導師である。
特にリタは消耗しているとはいえ、葵とも格闘戦が出来る辺り、来年が楽しみな魔導師だった。
レオナにしてもレーザーによる攻撃とこちらに向かってくる移動速度などから考えて総合力でも悪くはない魔導師である。
今大会の2年生の中でも、2人とも上から数えた方が早いだろう。
しかし、壁の存在しない後衛の脆さからは抜け出すことが出来ていない。
「さあ、終わらせるよ」
真由美の魔力回路自体はそれなりに疲弊しているため、大規模砲撃はレオナの前に隙を晒すことになってしまうのだが、健輔が残した魔力によりその部分がクリアされる。
「術式、展開」
『終わりなき凶星――発動』
構えた魔導機に紅い終わりが姿を見せ始める。
レオナは想いに逸ってしまったが、真由美は静かに闘志を高めるだけに留まっていた。
両者の間にあった差はただ1つ、経験である。
初めて巣立ったばかりの雛と世界を見据える女傑では拭い難い差が存在していた。
健輔の献身に応えるには、勝利しかないと真由美は知っている。
だからこそ、冷静にそして静かに魔力を高めるのだ。
「これが仕上げ。――あなたたちの挑戦は、ここで終わりだよ」
放たれる暴虐がレオナを飲み込まんと口を開ける。
光の戦乙女は、女神の1番弟子として全力で終焉に抗う。
どうしようもなく詰んでいた状況を動かすために、たとえ届かないとわかっていても手を伸ばすのだった。
迫る終わり、覚悟していた光景。
焦りを感じたのは、心の何処かに敗北を感じたから。
無様を晒しているのは、フィーネの夢が終わってしまう恐怖から。
自分の行動によって、フィーネのヴァルキュリアが終わってしまう。
その事が、レオナには怖くて仕方がなかった。
「シュトラールッ!!」
『ジャッジメント・レイ』
かつてない程の速度でレオナは術式を展開する。
間違いなく過去最高の早さと精度、威力の『ジャッジメント・レイ』だった。
レオナの消耗を思えば、ここでこの攻撃を出せたことは本当に奇跡である。
精神が肉体の限界を超えて力を行使していた。
「ま、まだ、まだだから!」
地面を薙ぎ払うように放たれる真紅の輝き。
拮抗するが徐々に押され始める光。
誰が見ても、もはや勝敗は明らかだった。
それでも、一縷の望みを賭けてレオナは抵抗を続ける。
時間切れにさえなれば、ライフダメージで勝てる可能性があったからだ。
同時に葵と真由美の戦闘可能時間がそれほど長くない、という予想もあった。
「私、託されて……それで!」
涙で見えなくなる視界。
全力を超えた攻撃なのに、終わりは徐々に迫ってくる。
――レオナの祈りは届かない。
彼女が国内で圧し折った数多の祈りと同じように、現実に破れるのだ。
「……どうして――」
彼女らに最大に過ちがあったとすれば、託されたのはどちらも同じだったということ。
雛がようやく自分の翼を広げても――間に合わなかったのだ。
フィーネが間違っていたわけでも、レオナたちに大きな落ち度があったのでもない。
言うならば、時間と場が足りなかった。
国内でボロボロになりながら、それこそ本当なら世界大会のように最後まで残るべき真由美が残れないほどの激戦。
それら全てを乗り越えた健輔たちと、フィーネという慈母に甘えた者たちの差だった。
両者のチームに対する想いに優劣などない。
しかし、誰かを超えたいという想いと、一緒にいたいという想いでは前者の方が強かった。
ただ、それだけだったのだ。
「――もう、終わっちゃうの……?」
レオナが真紅の光に飲まれて、時間を置かずにリタも葵の前に地に沈む。
魔導競技世界大会第2回戦、第1試合。
試合時間――1時間23分。
激闘に次ぐ、激闘の中で最後に立っていたのは――2つの星だった。
歓声が会場を包み、勝者は天を見上げる。
3強にして、欧州最強が墜ちる。
クォークオブフェイト対ヴァルキュリアは――クォークオブフェイトの勝利に終わるのだった。




