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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第262話

「ちょ、これは洒落にならない!」

「ほら、いくわよッ!」

 

 風の弾丸を間一髪で避けるが、それだけしか出来ない。

 狙撃用に魔力をチャージしようとすると銀の魔力の干渉を受けて、術式が乗っ取られて暴発する。

 最速で放つと敵の障壁を突破出来ない。

 真希は純魔力系に頼った魔導師である。

 発動速度と威力が両立しているが、同時にこのような魔力封じには極端に弱かった。

 

「ま、まずい、正面戦闘を強要されるとは思わなかったよ」


 エルフリーデの攻撃はなんとか回避出来るが、こんな方法で連携を断ち切られるのは予想外だった。

 ただでさえ、魔力パターンが偽装されて訳がわからないことになっていたのに、この上視界まで奪われた上に連絡まで絶たれてしまっている。

 完全に各個撃破の構図であった。

 これだけの魔力を放出して、余裕があるのだから女神の底力は危険極まりない。


「徹底的に逆転の芽を摘んでくるね……! 健輔の言う通り、すごい面倒臭いよ!!」


 この力を早期に使っていれば、天空の焔戦でもそこまで苦労はしなかっただろう。

 破壊の魔力だろうが、発揮させなければ意味はない。

 そして、肉体強化に関しては近づけなければ意味はない。

 自分を強化するのは勿論だが、相手のレベルを下げるのも忘れていなかった。

 強い魔導師は自分を鍛え上げて相手を上回った上で叩き潰すのが多いが、フィーネはそうではない。

 どんな相手でもきっちりと強みを潰している。

 真希のような影の薄いスナイパーも見逃してくれないのだから、慎重に過ぎるだろう。

 万が一を許さないために、きっちりと対応している。


「あら、まだ余裕があるわね!」

「ちょ、少しは手加減を!」


 エルフリーデの美しい顔に浮かぶ嗜虐的な笑み。

 真希もにっこりと笑い返してみるが、


「――するわけないわ!」

「だよね!」

 

 当然、あっさりと断られる。

 漫才のようなやり取りだが、真希は結構真剣だった。

 こんな戦い方は性に合わない、とか言ってくれたらよかったのだが残念ながらそれは望めないようである。


「くぅ~、こういう時に特化型は辛いよ!!」


 真由美のように力押しが可能なら良いが、真希はただのスペシャリストである。

 専門分野、狙撃でならばエルフリーデにも負けないが回避などは流石に専門外だった。

 見つからないように相手を倒すのが真希の役割であり、正面からタイマンをするのは仕事の範囲外である。

 回避だけはもしもの時のためにそこそこ鍛えているが、いつまでも持つとは思えないし、何よりこんな風に分断しておいて、相手が何もしないとは思えなかった。


「はっ!」


 エルフリーデが放つ不可視の魔弾。

 風の流れから勘で回避しているが、至近弾が増えてきている。


「当たらないよ!」

「くっ、逃げ足は速い!」

「褒め言葉だね!! ありがとう!」

 

 敵の挑発には乗らない。

 この分断の意味が各個撃破にあるのはわかっているのだ。

 真希に出来るのは1秒でも長く生き残ること。

 それ以外の目標は既に捨てている。


「真由美さんか、葵もなんとか出来そうだけど……。固有化はなー、どうだろう」


 この状況をなんとかしてくれそうなのは真由美と葵だが、両者がどうするのか真希にもわからない。

 健輔も可能性はあるが、こっちは考えるだけ無駄だろう。

 相応に準備が掛かる上に連携を遮断されていては直ぐには使えない。

 まずは連携を回復させる必要があるため、発動に時間が掛かるのだ。

 そして、真希には時間がもっとも足りない。


「あっ……この魔力、ちょっと本気でまずいかなー」


 エルフリーデの攻撃を探知するために展開していた術式に新しい反応が現れる。

 周囲に満ちる魔力と同様の反応を示しているため、正確な居場所は掴めないが間違いなくフィーネであろう。

 ダメ押し、真希の脳裏にこの言葉が浮かんだのも無理からぬことだった。


「うわ、絶望的」

「その割には表情が沈んでいませんね。健輔さんのあの様子はチームの影響も大きいですか」

「ッ――、横!? 違う! え、どっち!?」


 声が耳元で聞こえたため、慌てて右側に振り返るが誰もいない。

 敵の攻撃を避けるべき方向がわからず体が硬直する。

 女神はその隙を見逃さない。

 真希の死角、彼女の後方から僅か下の部分に開いた穴から勢いよく槍が放たれる。


「かっ!?」


 障壁を張るような余裕もなく槍は真希に直撃し、


「まずは、1つ」


 フィーネの宣言と共に、天から雷が落ちてきて真希のライフを削り切る。

 転移の輝きに包まれて、真希は戦場から消えていく。

 圧倒的も生温い一瞬の攻防。

 クォークオブフェイトから、また1人脱落者が出た。


『エル、後はお願いしますね』

「お任せください! 急いで次に!」

『ええ、あなたの方も心構えはしっかりとね』

「はい! レオナの援護、しっかりとやって見せますよ」

『では、私はこれで。あなたも頑張ってね?』

「も、勿論です! フィーネさんもご武運を」

『ありがとう』


 フィーネの気配が消えていくのを確信した後、エルフリーデは大きく溜息を吐いた。

 

「私も言えないけど、本当に怖い戦い方だわ」


 回避しか出来ないようにした上での暗殺戦法。

 事前のデータなどと違い過ぎて戸惑うものは多い。

 そして、何も出来ずに落ちていくのだ。

 有り余る力で自分を強化した上で、敵の力を発揮できない環境を作る。

 そこまでリスク管理をした上で、敵からのダメージを徹底して避けていた。

 おまけとばかりに攻撃を封じるだけでなく、感覚欺瞞で知覚にも干渉する

 対抗するにはフィーネの力を跳ね除けるしかなく、仮に出来たとしても周囲の欺瞞は続く。

 フィーネの能力に抜本的に対処するには、発動させないという方法しか存在せず、実質的にそれは不可能だった。

 

「さてと、お仕事しますか」


 ヴァルキュリアメンバーの今大会での本来の役割は、『ヴァルハラ』が発動した際の敵チームの攪乱にある。

 1年生の2人には切り札の存在は教えてあるが詳細は知らないため、それ自体がデコイとなり、2年生も全てを知っているのはレオナだけとここまで秘匿し続けた力。

 

「ここからが向こうは地獄かな」


 哀れな獲物たちの末路を思う。

 跳梁する女神を止めないとクォークオブフェイトの敗北は確定する。

 どのように抗うのか、そもそも抗えるかもわからないが、気持ちだけは引き締めておくべきだろう。

 風の狙撃手が野に放たれる。

 少しずつ、しかし、確実に布陣を整えていくヴァルキュリア。

 クォークオブフェイトのメンバーは自分たちの状況もわからぬまま、少しずつ削り取られていくのだった。






 形勢逆転とは言い難い気分なのは、周囲にある巨大な魔力の集まりのせいだろう。

 突如として生まれたドームの内部で攻守が逆転したことに、イリーネは苦い表情を作る。

 

「これは、私の力じゃない……!」


 悔しさはあるし、フィーネに言いたいこともあった。

 それでもイリーネは槍を振るう。

 真剣勝負、本気の戦いでルール違反でもないのに矛を降ろすなど相手に対する侮辱だろう。

 口から漏れだしそうになる思いを堰き止めて、イリーネは着実に優香を削っていく。

 イリーネのモード『ネプチューン』が既に効果を失っているように、優香も番外能力こそ生きているが、魔力に先ほどまでの勢いはなかった。

 疲弊したところに、全ての状況から遮断される。

 イリーネでも容易く想像出来る絶望的な状況だろう。

 

「手は抜きません!」

「くっ!」


 槍の一閃、風の恩寵があるのか、いつもよりも軽い。

 疲弊した状況なのに、イリーネの一撃には力が籠っていた。

 対する優香はなんとか防ぐ、といった有様である。

 いや、稀に体勢を崩すところを見ると、クラウディアのように回避行動などに重力操作が加わっているのがわかった。

 誰がやっているかなど、明白であろう。


「数ある戦場、全てを見通した上で差配している。そういうことですのね。フィーネ様!」


 侮っていた、という他なかった。

 フィーネ・アルムスターという女性の真実を1番軽んじていたのは、チームに所属する1年生だったというオチである。

 己の不見識にイリーネは激しい嫌悪を覚えた。

 風聞と伝聞、後は思い込みだけで全てを知ったつもりになっていたのだ。

 

「……今は、ただ勝つことだけをッ!」

「っう!!」


 既に話す余裕もない優香に連撃を放つ。

 イリーネも体力の限界は近いが、同じぐらい消耗した優香にフィーネは容赦なく環境操作の妨害を行っている。

 優香の周囲の温度を上げ、風で細かい動きを阻害し、視覚を光で乱し、おまけに重力で重さまでも操っているのだろう。

 同程度の消耗でこれだけ悪い環境が重なれば、優香がイリーネに押されるのも当然だった。

 今、拮抗出来ていることが、本来の両者の実力差を示している。

 しかし、優香の抵抗も既に限界だった。


「はああああッ!」

「あっ……」


 イリーネの渾身の一撃が優香に直撃し、吹き飛ばされた方向に雷雲が生み出される。

 雲に突入した優香の全方位から容赦なく浴びせられる雷。

 その後に昇る転移の光はイリーネの勝利を彼女に教えてくれた。

 

「……九条、優香。あなたは強かった。この勝利は、チームのものです」


 試合には勝てそうだが、勝負は惨敗である。

 自分の全てを出し切って通用しなかった。

 後悔と胸に残るのは、嫌な気持ちだけ。

 しかし、一時の勝利者に過ぎないイリーネには次の戦いが待っていた。


『イリーネ、疲れているところ悪いですが、あなたはレオナのところに移します。準備を』

「……はい、わかりました」

『気持ちはわかりますが、悩むのは後にしなさい。相手は『凶星』そんなことでは負けますよ』

「すいません」


 覇気のない声で返事を返すイリーネにフィーネは溜息を吐いた。

 尊敬する人物の態度に尚更、心は萎縮する。

 自信や過信などが砕かれて、イリーネは少々弱気になっていた。

 試合もまだ終わっていない段階で安心されてもフィーネとしても困りものである。

 

『はぁ、とにかく近藤真由美の相手をレオナ、エルの3人でしてください。私は藤田葵の方に行きます』

「了解です」


 イリーネの姿が消えて、ドームが解放される。

 残るドームの数は後3つ。

 クォークオブフェイトに残ったのは葵と真由美と健輔の3名だけとなった。

 女神の戦術を前にして翻弄されてしまい、クォークオブフェイトは何も出来ない。

 試合時間はまだ半分残っている。

 まだまだ底を見せない脅威の女神を前に、クォークオブフェイトは少しずつ敗北へ向かって行くのだった。






 赤紫の魔力を身に纏い、その女性は極限まで集中力を高めていた。

 ドームに閉じ込められたメンツの中で最も余裕があったのは、健輔を除けば彼女であろう。

 身体系の制御力により、葵の固有化は真由美とは比べ物にならないほど早く発動し、その上で長持ちする。

 力のセーブが出来るため、使い勝手では遠距離系との組み合わせを上回っていた。

 代わりにその膨大な魔力を火力には転換出来ていないのが、デメリットだろうか。

 

「はああああッ!」


 ドームに向かってパンチを放つが突破出来ない。

 一瞬だけ拳分の穴はあくが、葵が侵入出来るような大きさでないし、開いている時間が短すぎる。


「この……!」

「私を無視しないでッ!」


 敵に背を向けての行動に、リタが背後から攻撃を仕掛ける。


「ああ、もう!」


 投石群が葵を襲うが、一瞥すると隙間を通り抜けて簡単に肉薄する。


「なっ!?」

「甘いわよ!」


 完璧なタイミングでの攻撃。

 確実に直撃するはずの拳だったが、


「また、このパターンッ! いい加減にしてよね!!」


 風がリタを守るように展開されて葵の攻撃を防いでしまう。

 閉じ込められてから幾度も見た光景である。

 元々、あまり気が長くはないのだ。

 怒りを溜めこんでいるため、冷静さは失っていないが、いつ爆発するかもわからない爆弾のような状態だった。


「こんなところで、遊んでる暇はないのよ!」

「……っ、舐めないで!」


 リタの叫びを無視して、葵は再び簡単に接近してしまう。

 ドームの中ではどうやっても接近戦になるため仕方がないのだが、やられている方は堪ったものではない。

 フィーネも組み合わせをいろいろ考えたのだが、この葵に対抗できるのがヴァルキュリアでは彼女しか存在しなかったのだ。

 やむなしとして、リタに引き続き相手をして貰っていたのだが、相性の悪さは如何ともし難かった。

 フィーネの援護が無ければ、リタは幾度撃墜されたかもわからないだろう。

 しかし、その努力もようやく報われる時がくる。

 フィーネでしか相手が出来ないのならば、相手をすれば良いのだ。

 リタの防御に焦れた葵が、一気に潰そうと勝負に移ろうとした時のことだった。


「いい加減に……!?」


 葵が幾度目かのやり取りを見て、再度外壁に意識を向けた瞬間だった。

 ――何かが、くる。

 本能からの警告に従って葵は、一気にその場を離脱する。

 その行動の正しさは直ぐに証明された。


「やはり、勘が良いですね」


 振り返ればそこには先ほどまで誰もいなかったはずなのに、銀の魔力を纏った槍が突き出されていた。

 銀、という色だけでそこに誰がいるのか直ぐにわかる。

 葵は敵のイメージを一気に切り替えると、感覚欺瞞に対する対抗手段を1段階上に引き上げた。


「姿は見えないけど、圧力は感じる……。視覚に対する干渉!」


 赤紫の魔力を噴出させて、目に魔力を集中させる。

 するとそこには銀色を身に纏う女神が佇んでいた。

 魔力探知を完全に潜り抜けて、いつの間にかここに存在していたのだ。

 葵の表情に緊張の色が宿る。

 ここにフィーネがいるという状況が既にマズイ。


「どうして、ここに……」

「あら、解答は1つじゃないですか?」

「抜かしなさい。健輔は簡単にやられるような奴じゃないわよ」

「では、信じなければ良いだけかと」


 優しく微笑む女神に葵は騙されない。

 精神的にも揺さぶりを掛けてくるのは、流石の一言だった。

 

「……ここが正念場かな」


 葵は1人、覚悟を決める。

 ここにフィーネがいるということは、試合を決めるための攻勢に移っている可能性が高い。

 『元素の女神』フィーネ・アルムスターはここで、葵を撃破すればクォークオブフェイトに勝てると踏んだのだ。

 そして、その予測は間違っていない。

 真由美の固有化が健輔を必要としている上に燃費が悪い、火力特化型であることを考えるとフィーネとの相性はあまり良くなかった。

 葵の魔力干渉を弾く固有化が必ず必要になる。


「……ふ、ふふふ、そうよね。ここが勝負どころよね」


 自分の撃破がどう考えても試合の趨勢を左右する。

 それがわかっているからこそ、フィーネも直接潰しに来たのだろう。

 女神を相手にして、2対1。

 おまけにこちらの力は制限されている。

 かつてない苦境、どうしようもない状況で葵は――笑った。


「その笑み……あなたが、そうなんですね」

「あら、見覚えでもあるの? ……ふーん、これはちょっと、良いこと教えてもらったかも」


 葵の言葉にフィーネは眉を顰める。

 どこかで見たり、聞いたりしたような態度だった。

 フィーネは少年の原点、オリジナルを見つけて微妙な気分になっていた。


「……なるほど、ああいう風になるわけです」

「む、何を納得してるのよ!」

「ご自分に聞いた方が良いと思いますよ」

「その涼しげな態度、歪ませてやるわ!」


 叫びと共に、葵は女神に立ち向かう。

 勝利のために負けられない1戦を前にして、彼女の心は高ぶっていた。

 迎え撃つは女神とその使徒。

 激変する戦況の中で、この試合の中で最も重要な一戦が始まるのだった。


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