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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第255話

 彼女――カルラ・パルテルは良く言えば無邪気で陽気であり、悪く言えば無知で子どもっぽい人物だった。

 道理を知らない子どもの純真さで才能を振るい、敵を蹂躙することに戸惑いなど感じたことはなく、強さを振るえることを単純に喜んでいたのだ。

 国内大会ではヴァルキュリアが文字通り、無双の強さを発揮していたのもあるだろう。

 強敵相手でも、戦力を温存する傾向が強いため、国内では強豪同士の全力戦闘はあまり多くなかった。

 強い相手がいなかったのではなく、カルラに当たる前に別のメンバーで倒されていただけなのだが、彼女はそれに気づいていなかった。

 だからこそ、このような事態になったのだ。


「っ、はあああッ!」

「温い! やる気あるの!」


 カルラの拳と葵の拳がぶつかり合う。

 およそ女性らしくない戦い、非常に泥臭い決闘だった。

 原始的な戦闘、五体という人間にとっての最初の武器を用いて2人はぶつかり合う。

 炎の拳が葵の拳とぶつかるたびに炎は葵に伝播して、彼女に燃え移っていく。

 傍から見た場合、優勢なのはカルラだったが、当人の心境は真逆だった。


「っ、どうして、効いてないの!!」


 炎は燃え移る。

 葵の全身を駆け巡るそれは魔導による防護がなければ火傷どころか焼死していてもおかしくない熱量だった。

 そんなものにずっと纏わりついていれば体力は消耗する。

 おまけに格闘戦を行っているため、体力消費は倍増していた。

 葵にも効果は発揮しているはずなのだ。

 なのに、動きは欠片も鈍らない――いや、むしろ精度を増していた。


「くぅ、こ、こっちも!」


 拳主体から蹴りをメインとしたスタイルに変化させる。

 このバトルスタイルの変化も彼女の武器の1つだった。

 急に変わる戦い方に翻弄されたものは多い。

 自慢の武器の1つである。

 だが、残念な事に藤田葵には通用しない。

 近接格闘戦、という範囲にだけ区切れば葵の技量を確実に凌駕しているのは『騎士』アレン・べレスフォードぐらいだろう。

 彼にしても、技量という枠組みで区切った場合だけであり、戦闘者として判断すればまた違った話になる。

 葵の直感、嗅覚と言うべきものはこの世界大会という戦場に居たことでより鋭敏になっているのだ。

 小細工では彼女を止められない。


「え……がっ!?」

「潰すわ」

『魔力装填『バーストナックル』』

「てりゃああああッ!」

 

 カルラの焔を纏まった蹴りを肘で防ぐとそのまま無防備なボディに向かって1撃を決める。

 バーストナックルは魔力を込めた術式で殴るだけのお手軽術式だが完璧に決まるとおまけの効果が発生するようになっていた。

 本来、他者の体内に魔力を侵入させるのは浸透系の技だが力尽くでやれば他の系統でも不可能ではない。

 収束系による大量の魔力に飽かして、葵のバーストナックルは障壁を抜けた場合、相手の体内に短い時間だが魔力が残留するようになっていた。

 これで何が起こるかと言えば、簡単である。


「障壁が、展開出来ない……。どうして……」

「雑念が多いわね。優勢じゃないと戦いを楽しめないの? まだまだお子ちゃまね」

「あ――」


 顔面に膝を入れられて、意識が飛びそうになる。

 魔力が上手く循環出来ないため、防御が間に合わない。

 続けて叩き込まれる拳を前にして、カルラは撃墜を覚悟する。

 それでも、身体がある程度の抵抗を示したのは彼女の才能だったのだろう。

 激流を制するには、些か以上に頼りないのも事実だったが、撃墜を避けられたのはこの抵抗のおかげだった。


「粘るわねッ! とりあえず、1回!」

「がっ!?」


 最後は踵落としによってカルラは海に叩きつけられる。

 海に叩きつけられて、カルラの中で何かがぷつりと切れた。

 子どもっぽいのだから、思い通りにならない現実の前で何をするかなど、火を見るよりも明らかだろう。

 所謂、1つの逆ギレである。

 カルラは目を見開いて、魔力を高めると一気に空へと駆け上がっていく。

 葵の前まで戻り、カルラはゆっくりと葵に視線を移した。


「……うん、良い攻撃だったよ。葵、さんだったっけ」

「あら、寝坊助さんが起きたみたいね。――目は覚めたかしら?」


 葵が浮かべるのは満面の笑み。

 素性を知らない男性が見たら恋に落ちそうなほど綺麗な笑顔だった。

 残念な事に目撃したのは女性であり、さらに気が立っていたため、火に油を注ぐだけの効果しかなかったが。

 葵の嫌味に対してカルラも満面の笑みを送る。

 この女は――気に入らない。

 同族嫌悪としか言いようのない感情、先ほどの攻撃分のお返しも込めてもはや加減するつもりなど微塵もなかった。


「ええ――ええ、本当に良い挨拶だったかな。うん、うん。……――潰す」

『モード起動『スルト』』

 

 真紅の輝きはどこか禍々しく、纏う炎は恐怖を煽る。

 終焉の魔人を前にして、葵はとても嬉しそうに微笑んだ。

 腑抜けた相手など倒しても何も楽しくないのだ。

 これでやっとまともな試合になる。

 カルラとはまた違った意味で、葵も危険な雰囲気を漂わせていた。

 劇物対劇物の戦いは第2ラウンドへ移る。

 早々に奥の手を見せたヴァルキュリアの新鋭たちをクォークオブフェイトの精鋭が打ち破るのか。

 そして、前衛の戦いの中で序盤においては、最も重要かつ無謀な戦いもまた激しさを増していたのだった。






 その戦いはハッキリと言えば、終始圭吾が押される形になっていた。

 爆発の余波を以って、他の2名と同様に敵陣に侵入した1人。

 彼もまたこの戦いにおいて、重要な意味を持っている。

 何せ、敵は『元素の女神』フィーネ・アルムスター。

 高島圭吾の役割は彼女に行動をさせない事なのだったから。


「くっ!」

「遅い」


 繰り出される槍の1撃を間一髪で避ける。

 回避の際に体の1部に寄ってくる魔力を散らしておく。

 自然操作による大規模な環境操作、クラウディアが苦しめられた技に対抗するための圭吾の作戦だった。

 圭吾程度の干渉力ではフィーネの術式に触れるすることすらも困難だが、集まろうとしている魔力を散らすことは出来る。

 薄くなった魔力は結果として効果を発揮出来ない。

 それは規模が大きい風の防壁にしろ同じことだった。

 圧倒的な強さを持つフィーネがその本質を発揮することなく圭吾にあしらわれている。

 

「なるほど、私の相手を務めるだけの意味はある。そういうことですか」

「あなたに勝てないのは心得ていますが、出来ない事を出来ないと言うだけなら簡単ですからね。粘らせていただきます」

「……ふむ」


 フィーネが目を細めるのを見て、圭吾の心臓の鼓動が高鳴る。

 ときめきなどではない、1番近いのは恐怖だろうか。

 もしかしたら、緊張かもしれない。

 圭吾はゆっくりと唾を飲み込む。

 虚勢だが、この段階で見破られる訳にはいかないのだ。

 毅然とした態度、しかし、怯えは隠せないラインを演出して対峙する。

 武者震い、と断言出来ないのが悲しいところだが僅かに指が震えているのを相手は確認したのだろう。

 圭吾がもっとも望むプランではこれで油断してくれることなのだが、流石に高望みが過ぎるとは思っていた。

 なるべく演技に見えないラインを探っては見たが、そこまで容易い相手ならもっと簡単に倒せている。

 案の定、一通り観察を終えたフィーネの戦意が目に見えて高まった。


「……小物に対して、何やら過剰な力ですね」

「あら、獅子は獲物を狩るのに全力を出すものでしょう? それに……ふふ、お友達と同じでいろいろと小細工が上手いですね」


 完全に見抜かれている。

 既に最大値を突破している警戒心をさらに引き上げ、術式の構成を変更しておく。

 天空の焔戦ではいくつかの札を伏せるような動きを見せていたが、あれはある意味で自信があったからこその行動である。

 2回戦に至って隠し切れると思うほど、女神はバカではないだろう。

 ここからが本番になる。

 女神の本気をどこまで凌げるのか。

 この試合の趨勢が掛かっているほどの場面。

 圭吾があっさりと撃墜されるような事があれば、クォークオブフェイトは全滅しかねない。


「術式展開『封糸結界』!」


 圭吾の視界に映る範囲で大量の糸が展開される。

 種まきは終わった。

 後は収穫の時まで只管に耐え続ける戦いが待っている。

 怯えは隠せないし、何より実力が足りていないことは理解していた。

 ――それでも達成すると決めた以上は、必ずやり遂げる。

 待ち続けるのにはなれていたし、ゴールの無いマラソンも苦ではなかった。

 どちらも彼はずっと続けている。

 それに比べれば、眼前の敵などどれほどのものだろうか。

 『女神』、大層な2つ名だが彼にとっての女神は別の人物である。


「さあ、こい!」

「やはり、時間を掛ける訳にはいかないようですね。――術式展開『ヴァルハラ』。テンペスト、終わらせますよ」

『術式を発動します』


 槍を再度突きつけ、フィーネは宣誓する。

 侮りはしない、全力で潰す、と。


「耐えられるものなら、耐えてみてください」

「愚問、耐えてみせるさ」


 圭吾の孤独な戦いが始まる。

 勝利条件はない。

 彼に女神を倒す術はなく、能力にも圧倒的な差がある。

 それでも圭吾は立ち向かう。

 親友とよく似た笑みを浮かべて、その時が来るまで耐え忍ぶ覚悟を持っていた。






 転送による中間地点への進攻。

 そこから全速で向かう事によって、前衛陣は突入に成功した。

 ヴァルキュリアの後衛は僅かに後退して、敵後衛との戦闘に入る――はずだったのだ。

 忘れてはいなかったが、いざ目の前でやられると戸惑うしかない。

 後衛と同じ構成のはずの魔導師が、最前線に突っ込んで来ているのだ。

 一瞬固まってしまった彼女を責められるものがいるだろうか。


「こ、この!!」

「リタ、下がりなさいッ!」


 レオナの余裕のない声に応える事も出来ない。

 敵は近接格闘戦を行える距離まで全力で突入してきている。


「そんなものが効くかッ!」


 ヴァルキュリア後衛の3人を相手にして真っ先に戦闘を開始したのは他でもない健輔である。

 ランダムに転送を行い一直線に突撃してきた。

 ヴァルキュリア側も前衛への突撃は想定していたが、実質3対1になる場所に積極的に突撃するものがいるのは完全に予想外としか言いようがない。


「私の包囲攻撃が効かない……。これは、思ってたよりも、ずっと――」


 レオナのレーザーは磨き上げられた攻撃術式である。

 レーザー攻撃は火力を上げるのに相応の準備がいるが対処は極めて困難――のはずだった。

 究極の汎用性を誇る万能系にとって、力の差で対応が難しいならばともかく手段が限られている事での困難はそこまで難しい問題ではない。

 レンズにより、全体に包囲されるのならば常に遮光結界でも展開していれば済むとばかりにあっさりと無力化されてしまった。

 固定系を使うことで魔力を押し流されない限りは自動で発動する術式を展開する程度今の健輔には簡単である。

 ヴァルキュリアはある大事な事を見落としていた。

 健輔はシャドーモードの脅威こそ、1回戦で披露したが、本人の戦闘力関連は隠しきっている。

 手札を伏せていたのは、フィーネだけではないのだ。


「リタ!」

「大地よ!!」


 下から上空に打ち上げられる岩石弾。

 前衛には対処困難の質量攻撃だが、健輔には関係ない。


「ダブルシルエットモード、展開」

『了解です。マスター、真由美、及びハンナを展開』

「バレット拡散!」


 系統は同じだが戦い方が異なる2人の影を借りる。

 健輔が目指す先はまだ遠いがその一端は、今姿を見せた。

 異なるバトルスタイルの特性を融合させて欠点を補う。

 言うは易し、行うは難し。

 身体系の術式制御能力を合わせて、暴れ出す魔力を内に収めて健輔は笑った。

 試合で全力を振るうのは久しぶりなのだ。

 号砲は気持ちよく上げるべきだろう。


「吠えろ、陽炎!」

『術式解放『バスターシャワー』』

「ちょ、何、この魔力」

「っ――退避!」

「洒落になんないよ! どこにこんな魔力、収束砲撃でショットガンするとか――」


 ハンナに負けない数の砲撃が真由美の通常砲撃に劣らぬ威力でばら撒かれる。

 拡散する術式は健輔の周囲に広がっていき、周囲を吹き飛ばした。

 国内大会からは考えられない超火力。

 自分で発動しておきながら、信じられない光景だった。

 健輔は背中に浮かぶ汗に気付かない振りをして、不敵に笑っておく。


「仕留められたか?」

『1名には直撃、6割は削ったでしょうが……』

「運が良いな。いや、実力か。ほぼ奇襲でダメージを与えられないとはね」


 魔力を固定して、必要な時に供給する術式は今のところ上手くいっていた。

 固定系を使うことで常に制御する必要はないし、魔力ならば数も溜め込める。

 収束・固定系などという使い方が出来る健輔だから出来ることだったが効果は絶大だった。

 数に限りはあるが、戦闘中の補充も可能なのだ。

 大型の術式もバシバシと使っていける。


『マスター、向こうも混乱から立ち直ると思われますが』

「だろうな。後1回、ちょっかい掛けたら本陣に帰るか」

『ヴァルキュリアは転移妨害を防ぐ方法を使わない方がよかったですね。完全にマスターに悪用されています』

「お前な、俺の事を悪人みたいに言うなよ」


 転移による機動力の向上は国内でも考えられていたが、いろいろな問題があったため主流になれなかった。

 妨害を突破する方法、後は出口で攻撃された際の対処。

 捕捉されたらどうするのかなども含めて課題は多かったのが、健輔は――正確には万能系はその辺りを解決する手段を持っていた。

 ただ1つ、敵バックスの転送妨害をどうにかする方法だけが見つからなかったのだが、それを天空の焔との戦いで学習してしまったのである。

 結果として誕生したのは、戦場を飛び回るやたらしぶとい上にあらゆる系統を使いこなして油断すると命を持っていく極悪の魔導師だった。

 仮に敵にいたら健輔はキレる自信がある。


『マスター、冗談を言う前に準備を済ませて撤退しましょう』

「……最初は素直だったのに、随分とフランクになったな」

『マスターの薫陶の賜です』

「……そっか。まあ、撤退しよう」


 暴れ回るだけ暴れ回って健輔は一旦下がる。

 その姿を乙女たちは青筋を浮かべて見送ると同時にフィーネの慧眼を讃えた。

 あいつだけは早急に潰さないといけない。

 3人の心が1つになった瞬間だった。

 健輔が引っ掻き回している間にも戦況は変わっていく。

 彼が後衛をかき乱した貴重な時間を使い、クォークオブフェイトは特定の選手たちに攻勢を強めていた。

 嵐の序盤はまだ終わらない。

 両チームの加減のない衝突は見守る全ての人たちに興奮を与えるのだった。


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