第253話
緊張感漂う会議室。
普段はもう少し余裕があるはずの会議がまったく経験した事のないものに変わっていた。
先輩たちの戦場にいるかのような雰囲気にイリーネは唾を飲み込む。
陽気なカルラも空気にあてられたのか、少し緊張した面持ちで周りを見渡していた。
「いよいよ明日が試合になりますが、全員、データは叩き込んでありますね」
「レオナ、形式はいいから本題から進めて」
普段は進行の全てをレオナに任せているフィーネが口を挟む。
それだけでもイリーネたち1年生には驚きなのだが、先輩たちには別段変化が見られなかった。
フィーネの言葉に特に感情の変化も見せず、レオナは軽く頷き話を進める。
「わかりました。では、さっそく。まず、クォークオブフェイトの戦力についてですが、原則アマテラスに匹敵するものとして考えています」
「理由は?」
「いくつか理由はありますが、大きなものとしては2つ。爆発力があること、もう1つは流れを制するのが上手いこと、以上の2点が上げられます。また実績面でも、国内で1度アマテラスに勝利しているのは、大きな評価点でしょう」
クォークオブフェイトは評価が難しいチームでもある。
決して弱いチームではないのだが、個々の能力でメンバー間の一致している部分が少ない。
そのため、統一した戦法というのがほとんどないのだ。
真由美による制圧砲撃くらいが定石で後は雪崩を打つように殴り込んできて勝つのがほとんどである。
そのため、敵対するチームからするとやり辛くてしょうがないのだ。
ここを崩せば、終わるという起点が存在しない。
天空の焔戦で真由美を潰しても戦い続けられたようにリーダーですら、最大戦力というだけの扱いになっている。
戦力は低下するが、止まる事のない戦士の集団。
個々が頭のため全部を潰さないといけないという敵対者には悪夢のようなチームだった。
「対策らしい対策が力押ししかないなんて、面倒なチームよね」
「そして、向こうもそれを望んでいる。パワーで負けない、そういう自信が見えるわ」
「実際、破壊力、突破力に関しては中々だと思います。シューティングスターズで押し切れない柔軟さも見逃せないでしょう」
2年生の後衛組は高い評価を見せる。
同じ後衛として、真由美は尊敬の対象になるし影に隠れている2年生たちも優秀だった。
彼らが優れているからこそ、真由美という大砲がより脅威となるのだ。
連携が見えないようで、されている。
そういった工夫は彼女たち、ヴァルキュリアと似ているからこそ目に留まっていた。
個々の連帯が薄く見えているのも、日々の練習の後が窺えるし、何より全員が考えて動けるのは新興チームとしては非常に珍しい。
最後の1人になっても油断など出来ない危険なチームである。
「そうね。では、カルラ、イリーネ。2人は何かあるかしら?」
2年生の意見を聞いて、フィーネは軽く頷く。
彼女の意見と一致しているのか、違うのか。
いつも通り真意を語ることはない。
イリーネは少しだけ身構えたこの流れから考えるに、いつも通りなら次は彼女たちだからだ。
案の定、フィーネの視線が僅かに動き、イリーネをその瞳に映す。
「え、えーと」
「特にありません。前衛に関しては九条優香、藤田葵、佐藤健輔の3名ともに脅威です。佐藤選手に関しては厄介、と言うべきでしょうが」
「そうね。ああいう飄々とした魔導師は正攻法ではやり辛いでしょうね。彼は私が対処します。1番相性が良くて、同時に悪いでしょうしね」
「良くて、悪い? フィーネさん、それってどういう……」
カルラがフィーネに疑問を投げる。
しかし、フィーネには答えるつもりがないのだろう。
紅茶に口をつけて、返事はなかった。
「答えてくれないんですか?」
「……そういうつもりでもないんだけど。不快な話になるけど、それでも聞きたいのかしら?」
「え、それって……」
「私たちでは負ける、そういうことでしょうか」
「ええ、絶対に勝てない、とまでは言わないけど。可能性は高いと思うわ」
イリーネの怒りが混じった問いかけにフィーネは穏やかに頷く。
カルラの身体が横で固まるのを感じるが、イリーネも同じ気持ちだった。
尊敬する相手にハッキリと断言されるのは辛いものがある。
「っ……」
「怖い顔しないの。理由は簡単です。彼の手札の多さを粉砕できる強さがないと勝てないのよ」
「手札の、多さ」
「戦場は不確定要素の塊。それでもある程度は計算できるわ。そこに変な要因が無ければ、ね。万能系はね、その変な要因そのものなのよ。だから、対処方法が限られる普通の魔導師では勝てないの」
戦場で戦い方まで切り替えられる器用さがあっての脅威。
創造系すらも超える汎用性が相手では中途半端な力押しでは意味がない。
イリーネ、カルラでは不利な相手なのは間違いないだろう。
もっとも確実に圧倒的な力で押し切れるのはヴァルキュリアにもフィーネ1人しか存在していなかった。
「レオナでも可能性はある。でも、基本は後衛で準備に時間が掛かるわ。聡明なあなたならわかるでしょう?」
「……勝率の問題、ですか」
「彼はどれほど強くなってもどんな相手にも負ける可能性がある。単純な力押しは出来ないわ。代わりに、どれほどの格上でも常に一定の勝率がある」
「それが大きいか、小さいかの違いですね。わかりました。お任せします」
カルラはまだ少し不服そうだが、フィーネに異を唱えるような事はない。
自分たちのリーダーが周囲の意見は聞くが、最後には自分の決断を押し切るタイプだと知っているからだ。
寛容ではあるが、根本の部分では自分の意見を押し通す。
ヴァルキュリアが今の状態になるまで、フィーネは3年を掛けている。
このチームに彼女以外の3年生が存在していない理由でもあった。
「納得は出来たかしら?」
「はい、お手間をおかけしました」
「いいのよ。リスクは減らしたいってだけだからね」
そういって言葉を区切るとフィーネは全員を見渡して宣言する。
「加減はないわ。全力で敵を潰します」
「了解です。我らが主」
レオナが代表して応えて、会議は終わりに向かう。
ヴァルキュリアも準備は万全だった。
その思惑が少し外れていた事に気付くのは、試合が始まってからとなる。
意中の相手が実は正面に対峙していないなど、流石のフィーネも気付けなかったのだった。
「瑞穂ー、時間ってまだ大丈夫なの?」
「うん、まだまだ余裕みたい1時間はあるよ」
「そっか、なら良いんだけど」
夜が明けて、早朝。
時間帯から考えても賑やかな一角。
転送陣が設置されている施設から学生の団体が出てくる。
その中に健輔の弟子、と言うべきなのかわからないが縁はある滝川瑞穂と鈴木明美の姿があった。
天祥学園の1年生たち、全員ではないが希望者たちが試合の観戦にやってきたのである。
彼女たちも希望者の1人というわけだった。
「うーん、あれだね! 空気が違うね」
「ええ、一瞬だったのに、すごいわよね」
「転送かー。通学とかにも使えたら便利なんだけどなー」
「里奈ちゃんが言ってたじゃない、楽を覚えるとダメだよって。空を飛べるようになったし、そこまで面倒じゃないでしょう?」
「光学偏差してても、スカートだと見えるかもしれないんじゃんか! 私、そっち関係の術式苦手だしさ」
姦しい会話が彼女たちだけでなく周囲から響く。
よく周囲を見てみれば学生は彼女たちだけでない。
アメリカ、欧州などの各魔導校からも1年生がやって来ていた。
貴重な機会であり、魔導の最先端でもあるこの世界大会は教材としても最適なのだ。
多くの学生に夢を見せる舞台としては十分な力があった。
『は~い、皆さん~聞こえてますかね~』
「あっ、里奈ちゃんだ」
「明美、念話よ」
「あっ……き、切り替えないと」
頭の中に響き渡る里奈の声に明美が反応を見せる。
瑞穂は苦笑しつつ、友人を集中させた。
最初の声掛けは大規模にやってくれたが、以後は混線を避けるため出力を絞る。
きちんと集中しないと話を聞き取れない。
『事前に配布した資料の通り、今から会場の方に移動します。各クラス、担任の指示に従って移動するようにお願いします』
『後~大会期間中~ここでの飛行は~禁止されてますので~飛ばないように~してくださいね~。利用可能な移動手段は~資料に記載されてます~』
「げっ、ここ飛んだらダメなんだ……」
「選手だけ、なんだってさ。ルールを破ると魔導封印処置だって」
「きつすぎじゃないの? あー、自由時間って少ないのに~」
里奈たちによる諸注意が進んでいく。
大会期間中の飛行が禁止されていて、それをわざわざ告知するのは風俗の違いからである。
飛んでいけないのではなく、下手に許可すると大変なことになるという理由から禁止されているのだ。
もっとも、実は地表付近なら飛行をしてもよいと言う裏ワザがあるのだが、彼女たちは知る由もなかった。
禁止されているのは、高度を上げることであり、飛行そのものではないのだ。
2人がそんな風に脱線している間にも、話は進んでいき、注意は終わる。
『皆さ~ん、準備はいいですか~?』
『移動を開始します。魔導機に表示されるマーカーを見失わないでくださいね』
「おっ、進む! 楽しみだね」
「そうね。……うん、楽しみ」
仮にも師匠だった同級生がどのように戦うのか興味は尽きない。
相手も凄い相手らしいが、2人にとってもっとも強いのは健輔たちである。
活躍して欲しいと思っているし、活躍が見たかった。
「目指せ、優勝! 頑張れ、師匠だね」
「あれだけスパルタしたしんだし、カッコいいところを見せてくれると良いんだけどね」
彼女たちだけでなく他にも学園から応援がやってきている。
世界大会も序盤を終えて、いよいよ中盤戦に突入した。
周囲の盛り上がりもそれに合わせて大きくなっていく。
本土の季節は冬だが、それに負けないほど戦いの熱は熱くなっているのだった。
『クォークオブフェイト対ヴァルキュリアの試合開始まで後30分ほどですが、もう1度この試合についてお聞きしたいと思います。解説の三条さん――』
実況の音声がBGMとして流れる控室。
開戦の時を待つ静かな部屋で、ぷるぷると震えている女性が1人居た。
「き、緊張してきたよ……」
「菜月が緊張してどうするのよ。戦うのはクォークオブフェイトの皆さんじゃないの」
「だ、だって、相手はヴァルキュリアでしょう? 天空の焔も負けちゃったから……」
菜月は落ち着きなく周囲を見渡す。
友人たちも少し呆れたようような視線を送るが気持ちはわからなくもなかった。
彼女たちもこの2ヶ月ほど、クォークオブフェイトの無茶ぶりに応えてきたのだ。
愛着の1つや2つは湧くし、1番のファンである菜月が緊張するのは仕方なかった。
彼女たちが落ち着いて見えるのも、菜月が必要以上に緊張しているためである。
自分よりも興奮している人を見たため、却って冷静になったのだ。
「なっちゃん~、信じて待ちましょうよ~」
「そうよ。勝つって信じてるんでしょう? だったら、笑顔で待たないとね」
「そ、そうだよね。うん、が、頑張るよ」
菜月は気合で笑顔を見せる。
微妙に引き攣ったようになっているのは仕方がないだろう。
本格的に格上、勝敗予想なども微妙にクォークオブフェイトが負けている。
これまでクォークオブフェイトは数多の強敵を撃破してきたが、明確な格上は久しぶり――いや、初めて言うべきかもしれなかった。
国内大会でのアマテラスが格上ではないというわけではない。
ただ桜香を含めて未熟な面も多かった相手である。
クォークオブフェイトも完全ではなかったが、それ以上にアマテラスも未完成だった。
未熟者同士の戦いだった故に、僅かな差で勝てたとも言える。
しかし、ヴァルキュリアにそれを期待することは出来ない。
完成度――その1点においてはアマテラスさえも相手にならないのだから。
「ああ、神様、仏様、皆さんを勝たせてください!」
「向こうのチーム名って軍神の使徒とかだったわよね?」
「う~ん、確かそんな感じだったと思うよ~」
「……効果、あるのかしら」
悠花は一心不乱に祈る菜月に視線を移し、
「微妙そうよね。相手は美人揃いだし、男の神様だと向こうを応援してるかも」
「む、もう! 人が真剣に祈ってるんだから、邪魔はしないでよ!」
「はいはい、わかりました」
文句を言うと菜月は再度の祈りに戻る。
両手を組んで真摯に祈る様は綺麗だったが、口から出てくる適当な言葉の羅列が全てを台無しにしていた。
「……あれだけたくさんの神様に祈るとご利益は半減しそうね」
「しー、言っちゃダメよ~。なっちゃん、真面目なんだから~」
菜月の空回りのおかげだろうか。
見守る萌技たちには余裕が生まれる。
必死に祈る菜月を尻目に時間は刻一刻と迫っていた。
魔導競技世界大会。
開催3日目。
戦闘フィールドは天空の焔対ヴァルキュリアのものと同一構成。
水上に陣取るヴァルキュリア。
大地に陣取るクォークオブフェイト。
どちらのチームも戦意は十分だった。
2回戦第1試合――開始。
始まりはいつも通り――真紅の凶星が唸りを上げる。
どちらのチームにとっても長くなる戦いの幕が切って落とされたのだった。




