第252話
1人の男性が夜の海を見つめるように思考を行っていた。
高島圭吾――明日の戦いで世界大会最初にして、最後と言ってもよい晴れ舞台を待つ少年である。
アルマダ対クロックミラージュの試合を見ることなく、彼はもう数時間ここで思考を続けていた。
あらゆるパターン、考えれるだけの対応策。
やれるだけの術式、全てを乗せて女神と戦い続けている。
今のところ、全戦全敗。
勝ち星は1つもない。
それでも、彼は今もシミュレーションは続けていた。
「……また、勝てなかったか」
そして、幾度目になるかもわからない敗北に至る。
圭吾も健輔に劣らぬほど敗北を重ねた魔導師であり、実態として見れば健輔よりもひどい成績であった。
公式戦で撃墜されても活躍している健輔に対して、圭吾の活躍はほとんど存在しない。
系統の違い、考え方の違い、同一人物でない2人が同じ結果になることはないとはいえ、1人だけ置いて行かれる感覚は常に感じていた。
もし、ここで他の1年生が同じような境遇なら圭吾ももう少し割り切れていただろう。
しかし、現実は残酷である。
他の1年生は健輔よりも遥かに高みに至っていた。
九条優香――有無を言わせぬ才能と努力の結晶体。
健輔のように挑めばなんとかなる、と思えるほど圭吾は楽観的ではない。
自分の系統を込みで考えても分の悪い相手だった。
丸山美咲――彼女はポジションが違うため、本来は比較すべきではないのだろうが、それでも圭吾は比較してしまう。
バックスとして、1年生全員を完璧にサポートするだけの技量。
チームへの貢献で考えれば、1年生の中での随一だろう。
ただ負けを重ねるだけの圭吾とは比べ物にならない。
「こういうのを負け犬の考えって、言うんだろうね。健輔が爆笑しそうで、嫌だな」
頭に過るネガティブな考えを親友が笑い転げる姿を想像して追い出す。
確かに、これまでの戦いは敗北ばかりだった。
しかし、これからも全てが敗北ばかりだろうか。
違う、と断言出来る。
負けるために努力をしたのではなく、勝つために努力をしたのだ。
巡って来たチャンスを前にして、リスクを考えるような思考ではいけない。
「気持ちで負けたら話にならない。僕が、僕がやらないとチームが負ける」
かつてないプレッシャー、痛む心臓は悲鳴を上げている。
同時に今までにないほどの歓喜も感じていた。
圭吾も男である。
これほどの晴れ舞台、相手は最高クラスの魔導師。
不満など微塵も存在していない。
健輔に最高の形で繋ぐためにも、全てを賭すだけの理由があった。
「……真由美さんも、粋な事をしてくれたしね」
魔導機を見つめて、登録されたある術式を思う。
圭吾がここを目指した理由の大半がそこに集約するのだ。
試合の観戦にも来てくれるなら、彼が負ける理由など存在しない。
「好きな女の子の前だ。僕だって、カッコ悪いところは見せたくない」
冷静に、そして熱く心は燃え上がっている。
準備は万端だった。
後は明日、結果を出すだけである。
「……今日はもういいかな」
『圭吾、晩飯いくぞー』
「っと、了解。先に行ってて、後で合流するよ」
『うーす、うんじゃあ、お先にー』
念話が切れるのを確認して、圭吾はその場を後にする。
立ち去る圭吾の瞳に迷いはなく、強い輝きを宿していたのだった。
葵は些か不機嫌そうに食事を口に運ぶ。
体から漏れ出る怒気は隣に座る健輔のトラウマを微妙に刺激して、冷や汗を掻かせていた。
食堂に来た瞬間から妙に葵が不機嫌なため、食事に要らぬ緊張を強いられている。
かと言って、葵に文句を言おうにも刻まれたトラウマが蘇ってしまい何も言えなくなっていた。
健輔がいろいろと思いを巡らせていると、救いの主が現れる。
「ん? おい、藤田」
「何よ、食事中よ」
「いつもの事だから忘れていたが、お前生活魔導を切ってるな。早く起動させて機嫌を直せ。メシが不味くなる」
「はあ? なんで指図されないと――」
「アホ、周りみろ。特に隣をな」
「あっ、ご、ごめん。直ぐに起動するわ」
和哉の指摘を受けて眉を顰めながら隣を見ると健輔が冷や汗を掻いて、懇願するように見つめてきていた。
葵も流石に気付く。
戦闘ばりの威圧感を振りまいていて、周囲が落ち着いてご飯を食べられるはずがないのだ。
彼女にしては珍しく赤い顔を見せて、魔導機を操作する。
「健輔、これで落ち着いたか?」
「はい……。助かりました和哉さん」
「いや、すまんすまん。俺たちにはいつもの事だったが、お前たちは知らんかったよな」
「は、はあ」
勝手に納得している和哉だが、理由を説明してくれるつもりは無さそうだった。
「教えてくれないのか、って顔だな」
「え……って、引っ掛けですか?」
「おうおう、進歩したね。ま、そこで問いかけるのはまだまだだな」
いろいろな詐術、と言うと聞こえは悪いが細かいテクニックを健輔に教えてくれたのは和哉である。
今の佐藤健輔という魔導師の形成に大きく影響していた。
まだまだ勝てないと思いつつ、ダメ元で健輔は和哉に尋ねてみる。
「それで教えてくれるんですか?」
「あー、悪いが無しだな。そこ、殺すような視線を送らんでもデリカシーぐらい配慮するさ」
「……健輔、お願いだから聞かないでね。和哉、話すと殴るわよ」
微妙に得心したような女性陣、含み笑いする健輔以外の男性陣。
1人だけ蚊帳の外におかれ微妙な気分になる。
ヴァルキュリアとの試合を控えた前日だと言うのに、全員がいつも通り変わらない。
その事が少しだけ嬉しくなり、健輔は笑った。
夕食が終わり、1日は終わりに向かう。
国内大会のアマテラス戦以来、約4ヶ月ぶりの格上との戦い。
厳しい戦いになるのはわかっているが、この仲間たちとなら戦える。
笑顔の中で、戦意を高める健輔であった。
夕食も終わり、会議室に移動した健輔たちクォークオブフェイトの面々。
健輔含めて1年生に若干の硬さがあるが、明日の相手を思えば仕方がないだろう。
2年生――葵たちですら、僅かに硬さが残るのだ。
国内におけるアマテラス、あるいはそれ以上の強敵が待っている。
「さて、以前通達した通り、明日のメンバーは九条、高島、藤田を前衛に」
「真由美、真希、健輔を後衛という配置で登録している」
早奈恵、隆志が口を開く。
些か変則的だが、ヴァルキュリアはアマテラスと同じような戦い方は出来ない。
主力クラスを盛大に使い捨てれたあの試合とは違い、ヴァルキュリアで同じ事をすれば間違いなく敗北することになる。
全員がエースに近い戦乙女を止めるには相応の布陣で挑む必要があった。
隆志たちが吟味した結果がこのメンバーなのだ。
異論など誰にもなく、会議は恙なく進行していく。
「ヴァルキュリアは強力な攻勢チーム、なのだがこれは印象操作に近いだろう。実態としては環境操作――この場合は自然を操ることではなく、戦いの場を左右するという意味での環境操作に長けたチームだ」
「自陣、敵陣の関係なく有利に戦えると思ってくれ。地の利は常に向こうにある」
「根幹を成すのは勿論、『女神』フィーネ・アルムスターだよ」
「先の試合を分析した結果、最後に発動したのは間違いなく空間展開系の能力であることも確定している。注意しろ、としか言えなくてすまないが効果の検証までは出来ていない」
ヴァルキュリアは複雑な属性を持つチームである。
クォークオブフェイトと似ているのも間違いないし、防御傾向が強いのも事実だがおそらく最大の特徴はそのフィールド操作力だった。
嵐で陣形を崩す。風で分断する。雷で戦いづらくする。
並べて見ればわかるが、行動の大半がそういった正常な動きの阻害に費やされていた。
格闘戦における小さな細工も結局のところは同じ類の技である。
「高島」
「はい」
隆志が圭吾に向かって、彼が抜擢された理由を改めて語る。
「『女神』の技は相手ではなく周囲の魔力に干渉して放たれる。……これに対抗するには浸透系が必要だ」
「わかっています。……僕が選ばれたのもそのためですよね」
「女神よりも先に周りを落とす。作戦としてはアマテラス対ナイツオブラウンドと基本ラインでは変わらない」
「僕がナイトリーダー役だと、そういう事ですね」
女神を6人で囲めたとしても勝てる保証はない。
既に2試合、偶然の要素も強かったクロックミラージュを抜いても桜香が同じ事をしている。
フィーネに出来ないと考えるのは楽観がすぎる考えだろう。
出来る、そのつもりで相対すべき魔導師である。
クラウディア、香奈子が手も足も出なかったのだ。
警戒してもし過ぎると言う事はない。
「主目的は時間稼ぎだ。しかし、相手の難易度はわかっている、各々、自分の相手を早期に倒して援護してやれ」
「早くしないと僕だけで倒してるかもしれませんよ」
圭吾の言葉に隆志は不敵に笑う。
「それだけ余裕があれば十分だな。――わかってると思うが、敵は格上だ。気を引き締めていけよ」
「言われなくてもわかってますよ。先輩たちは安心して見ててください」
葵の言葉にチーム全員が笑った。
実に葵らしい言葉である。
相手が誰であろうとも変わらぬ態度は後輩にとっては安心できる要素だった。
葵の相手はカルラ、同タイプの格下とまではいかなくても不利な相手ではない。
予定では葵が圭吾の救援に向かうことになっている。
そこが次の試合、最初の岐路となるだろう。
「既にデータは頭に入っているだろうから、改めての忠告は最低限にしておく。だが、1つだけ忘れるな。向こうがこちらの予定した相手をぶつけてくれる訳ではないぞ」
早奈恵の忠告は健輔も懸念していたことだった。
天空の焔の試合ではある程度は流れにのってくれたが、それと同じ事を期待するのは無謀に過ぎるだろう。
むしろ、積極的に邪魔をしてくるはずである。
あの規格外の天候操作能力を存分に活用して、向こうにとって有利な相手をぶつけてくるのは想定できる脅威であった。
「対処方法としては、今回はこちら側に誘い込む形を考えているから、転移での入れ替えがあるよ。ただ、戦場は水物だから」
「何が起こるかわからない、ですよね?」
「健ちゃんの言う通りだね。向こうも負けるよりは切り札を使うはずだよ。こっちも甘くのはわかっているはずだからね」
「バックスとして、努力はする。しかし、物事に絶対はないからな。各人、心構えだけはしっかりと頼む」
全てを完全に詰められるのならば、そのチームは必然として勝利するだろう。
ヴァルキュリアも如何に完璧に見えても穴はある。
クォークオブフェイトはその穴を破壊することに集中するしかない。
「向こうも攻勢に出てくる。物凄い殴り合いになるよ。だから、最後まで体力の配分は各々できっちりとお願い」
「健輔、シャドーモードのタイミングはお前に任せる。いざという時に体力がありません、だけは勘弁してくれよ?」
「了解です。ここぞ、っていう場面で使ってやりますよ」
気合は十分、準備は万端だった。
親友が挑む大舞台、自分のミスで台無しになったら恥などと言う話ではない。
親友の敗北を望んでいる訳ではないのだ。
勝率が低くても逆転の可能性は常にある。
それを大きく出来るかは努力次第だった。
「それじゃあ、最終確認はこれで終わり。皆、明日も頑張ろう!」
『了解ッ!』
全員で拳を天に突き上げる。
日本第1位として、欧州の頂点に負ける訳にはいかない。
闘志は十分、決意も固めて、お互いに背負ったものをぶつける時が来た。
ヴァルキュリア対クォークオブフェイト。
Aブロック第2回戦の第1試合が間近に迫る。
決戦は明日。
今大会、最大級の激戦へ向けて時間は歩みを進めていた。




