第250話
9人の魔導師が1人の魔導師のように行動する。
文字に起こせばそれだけだが、それほど簡単に出来るような事ではない。
バックス、戦闘魔導師、全ての意識を繋ぐアルマダの代名詞たる術式とそのあり方。
固有能力などの特殊性に頼らない強さ。
濃密な練習によって会得された彼らだけの固有技能――『意識共融』。
原理としては複雑な部分は存在しない。
戦闘中の思考を念話の術式を応用共有できるようにしたもの、ただそれだけである。
単純明快な強さ、今の主流たる砲撃型チームの1つの完成にして極点であろう。
未だに不安定なクロックミラージュとは違う土台の強さがそこにあった。
「次、右側の壁にいく」
「了解です」
指揮官――この場合は代々受け継がれている称号『提督』を名乗る者を中核として、その人物を中心に駆動する集団『アルマダ』。
アルマダの特徴とはそれだけであり、それ以上のものは存在しない。
しかし、それ故に完成度という意味ではずば抜けていた。
試合開始と同時の超長距離砲撃。
真由美やハンナも攻撃を届かせる事は出来るが、当てるとなると難しい距離をあっさりと命中させて試合開始早々に2名を脱落させる。
アルマダを調べていればわかるが、このチームは開始時の撃墜率が90%を超えているのだ。
クロックミラージュも回避方法は模索していたが、そもそもその判断が間違っていたため敢え無く撃墜されてしまった。
彼らのアルマダの強さは秘密は端的に言えば9人分のリソースを無駄なく分配できることである。
本来ならば、魔力などは個人の色を帯びるため協力することが難しい。
健輔のシャドーモードなどは数少ない例外であるし、万能系の希少性から考えても早々に真似できるものではなかった。
彼ら――アルマダがそれを可能にしているのは、たった1つの術式『意識共融』であり、全てがそこを起点としているのである。
「対応が早いな」
「もう少し遅いと思っていましたが」
「どうかね、アメリカの新鋭様がそんな小さなタマでもあるまいよ」
「随分と弱気な発言ですね。提督とは思えません」
「皇太子様だよ? 1提督では、逆らう気も起きませんな」
リーダーにして、2つ名『提督』。
マルティン・センテーノはやる気なさげな表情で呟く。
常ならばもう少し文句を言うであろう副官は今は何も言わない。
それが本心でないとわかっているからだ。
飄々としていようが彼女たちの上官は1級の魔導師である。
多少才能がある程度の相手に負けるような事はない。
「どうしますか? 共融を強化して、一気に決めますか?」
「いんや、このままセーフティに行こう。ちょっと危ない匂いがするからね。あれだよ、……敗北の匂いだ」
「我らの対応が些かまず……いえ、そういう事ですか」
「いいね。いつも思うけど、この術式は完全状態じゃなくても役に立つよ」
「精神修養に2年は掛かるのを除けば良い術式だと思いますよ。」
「はは、違いないね」
序盤は絶好調で進めたアルマダだが、そこで油断するような彼らではない。
既に必勝パターンの入り口には入っている。
後は如何にしてそこを詰めていくか。
そういう領域の話だった。
「指示は良い様に考えてくれるだろうけど……攻め時が難しいな」
意識共融を発動していると、相手に言葉を使うことなくニュアンスが伝わる。
正確な伝達の他にも完璧に使いこなすためには、長い訓練を要するがそれを差し引いても強力な術式だった。
アルマダにエースはいない。
しかし、個々の魔導師はベテランクラスとしては最高峰の力を持っている。
それを統合運用するのが、指揮官の務めだった。
奇しくも今回戦っている両チームには奇妙な共通点が存在している。
両者が共に、仲間の力を統合、分配する能力を持っているのだ。
才能由来のクロックミラージュか、それとも努力と伝統で編まれたアルマダのものか。
より優れたのはどちらなのかを示すのも良い機会だった。
「若手のホープ。爆発力はこっちよりもあるだろう。う~ん、早めに仕留めたいものだね」
言葉は大して困っているように聞こえないが、内心は相応に危機感を持っている。
世界に来れるようなチームにまぐれはあり得ない。
必ず何かしらの逸脱した要素を持っているのだ。
世界での普通は国内戦では異常というべきレベルである。
凡人、と自らを卑下していても、そこの認識をマルティンが違えたことはない。
いや、凡人だからこそ現実を見なければ対応できないのだ。
アルマダは安定感を手に入れた代わりに、世界に来るようなチームが持っている意外性をほとんど保持していない。
最大の不確定要素を楽観視するほど、彼は耄碌していなかった。
「相手の動きはわからないが、まあ、こっちが付き合う義理はない。このまま続けばあっさりと勝ちを拾えて楽なんだが、そうはいかないみたいだしね」
人数が減った状態で抵抗を続ける敵に溜息を吐く。
意識共融には危険なデメリットもある。
ホイホイと使うのは避けたいが、個別に当たっても大した脅威にならない以上、上手く使っていくしかなかった。
「ボチボチと攻めていこうか。何、とりあえずは優雅に進めよう。古豪の度量とやらを新鋭に見せつける」
『了解です。フォーメーションはランダム。パターンを読ませない形でいきます』
「そうしようか」
無敵艦隊のメンバーが等間隔で展開していく。
狙いはたった1つ、クロックミラージュリーダーのアレクシスの首。
他には興味が微塵も存在しない。
敵の中核を撃ち抜いて、試合を終了させてしまうのだ。
「恨まないでくださいな、殿下」
軽い笑みの中には嗜虐性が隠されていた。
隠すことなく、それを全開にしてマルティンは仲間に号令を掛ける。
天才を地に落とする喜びを前にして、彼は口元に大きく弧を描くのだった。
「健輔さんの言う通りになってますね」
「怖いチームだな。自分たちは傷つかないようにアウトレンジで殴りまくる。合理的で嫌いではないけどな」
「皇太子の能力も強力ではありますけど……」
予想通りと言うべきか。
皇太子の苦戦を前にして、健輔の表情は変わらない。
皇太子の固有能力は決して弱くはない、しかし、穴が多い能力でもある。
空間展開範囲内の仲間の数だけ、力を増していく。
しかも敵が放出した魔力から相手の錬度の高さも取り込めるという使い勝手では星野のものよりも上だろう。
メリットは強力で、効果もわかりやすい。
「時間が足りないな。普段は使わない能力をどうやって使うのか。まあ、その部分があの能力共有系の弱点だわ」
「経験が足りない、そこに尽きる訳ですね」
「皮肉な事にな」
皇太子には経験が足りない。
通常の2系統を使いこなすのも難しいのに、それ以外の系統、しかも錬度だけは高い能力を付与されても扱える魔導師は少数だろう。
魔導戦隊はそのギャップを解消するために、いろいろと手段を講じていたがクロックミラージュは対応策が甘い。
国内大会ではある程度ゴリ押しで来れたのだろう。
アメリカでは皇帝が一強、次点がシュテーィングスターズの構図は2年前から変わっていない。
平均値は高いが突出した人材に欠けるのだ。
第3位が決まるのも相当に泥沼だったと聞いている。
粒揃いだが、まだ芽吹いていないのがアメリカの現状だった。
皇太子もその中の1人である。
これは砲撃型主体というアメリカの構造的な欠陥もあるため、一概には攻められないだろう。
砲撃型の極致たるアルマダを見ればわかるが、1度決まれば一方的に殴られるか、殴るかだけでは勝負強くはなれない。
「1年生でここまで来てるのは凄いんだけどな」
「逆に経験不足が目立つ形になっていますね」
皇太子のみならず、クロックミラージュの面々は弱くはない。
自分のものとは異なる系統もうまく使いこなしているし、基本的な動きは完璧だった。
激しい練習の後が窺える。
同じように多数の系統を扱える健輔からしても見事なものだった。
「綺麗に戦えているだけ立派ってところだろうな」
「逆に綺麗すぎる感じがしますが、どうでしょうか?」
「1年生にありがち、ってやつなんだろう? まだまだ固有のバトルスタイルがないのさ」
「真由美さんはそこまで考えて早期から私たちに言ってくれたんでしょうか?」
「だと思うよ。じゃないと世界で戦えてないさ」
クロックミラージュは見事な技量を見せているが同時にそこが限界でもあった。
固有のスタイルが感じられない以上、アルマダは余裕を持って戦いに臨める。
1年生のみのチームで全てを完璧に行うのは難しい。
後1年あれば、クロックミラージュもここまで圧倒されることはなかっただろう。
「……可能性があるとすれば皇太子だな。あいつがどこまで行けるのか」
「同じ年代として、興味がありますか?」
「ああ、今年は絡まない可能性が高いが、来年からはわからないしな」
未来のライバルがどのように戦うのか、健輔は興味深く見守る。
アルマダは完成度が高く安定しているチームのため、なんとかペースを乱さないとこのまま決まってしまうだろう。
クォークオブフェイトならば真由美をぶつけて、葵で攪乱すれば済む話だがクロックミラージュはそうもいかない。
皇太子がなんとかしないといけなかった。
「アルマダにも切り札はあるだろうし……後半が楽しみだね」
「はい。出来れば次の戦いで姉さんの力を引き出してくれる方が勝利すると嬉しいですね」
「俺たちのためにも、な」
2人が見守る中、試合が新たな動きを見せる。
クロックミラージュに展開される転移陣。
自陣内での転移による攪乱戦法をクロックミラージュが行い始めたのだ。
普通ならば悪くない方法ではあるだろう。
「アルマダに通じるかな……。それとも、そこに罠があるのか。まあ、待てばわかるか」
健輔は目を輝かせて後の展開を待つ。
画面内では敵の動きに対応して、アルマダの陣形が大きく散開する形になっている。
そこから放たれる転移先に向けての砲撃。
出現場所を読まれているクロックミラージュにとって、絶対絶命のピンチが近づいているのであった。
転移陣から転送された先に大規模な砲撃。
アレクシスは予想通りの光景に笑った。
敵が彼の作戦に的確に対処してくるのは想定していたことである。
健輔が考察していた綺麗過ぎる事による問題に彼も既に辿り着いていた。
相手は彼らのチームの行動をほぼ完璧に読める。
当たり前だろう。
クロックミラージュは新興チーム、しかも全員が1年生である。
教科書や自分たちで考案した戦い方をベースとしていた。
試合のデータなどから自分たちでもやれるものを探して、ある程度はアレンジして用いる。
簡単な事のように聞こえるが中々に大変な事であった。
――同時に彼らにとってはとても楽しい時間でもあったのだが。
そういった苦労の果てに組み上げたのものが役に立たない。
衝撃はあったが、同時に教訓だったと言えるだろう。
彼は知らない事だったが、かつて女帝――ハンナ・キャンベルも同じ事を思い、そして敗れた。
彼女はシューティングスターズをあそこまで強いチーム出来たのはそういう失敗があってこそである。
アレクシスも今、同じ道を歩んでいた。
「よし、展開しろ!」
砲撃が目の前にある状況で彼は笑う。
行動を読まれていると自覚さえすれば、それを逆用することも不可能ではない。
砲撃型のチームは主流であるからこそ、対応策も多く生み出されていた。
汎用性――健輔の万能系がそうであるように彼らのチームもそこは飛び抜けている。
「反転しろ!!」
転移陣によるカウンター攻撃。
やっていることは立夏の『ディメンションカウンター』と同質の技だった。
力量的な問題をクリアできる彼の固有能力は他チームの良い部分を取り込む事が出来る。
『ディメンションカウンター』に類似した術式も確認したことがあったのだ。
アルマダの必殺の1撃は全てが彼らの方向に弾き返される。
「今の内だ! 陣形の再編、後は突撃転移の準備!」
『こっちは準備オッケーだ!』
『戦闘チームも問題なし』
「ふっ、なら――いくか!!」
カウンター攻撃は最初から敵の攻撃を防ぐためのものであり、倒すためのものではない。
これでアルマダ側もアレクシスが攻撃を誘導していた事に気付くだろう。
優秀なチームであるならば何かしらの動きがあるはずだった。
そして、アルマダは優秀なチームである。
経験豊富であり、優秀だからこそある程度アレクシスが想像出来る動きをするだろう。
そこがか細いが勝機となる。
「アルマダに強い魔導師はいない。俺が生きている内はまだ試合はわからないんだ」
自分に言い聞かせるように口に出す。
アルマダの動きしか見えず、本当に正しいのか不安になってしまう。
しかし、それを表に出すことは許されない。
チームのリーダーは常に自信を持って振る舞うのが義務なのだ。
アレクシスは経験は浅いがその程度の事はキッチリと理解していた。
戦いは佳境へと移っていく。
新鋭のチームがまだ小さな牙を懸命に立てて巨大な古豪に挑む。
世界大会だけでなく、各国の国内大会でも偶に見る光景。
未熟だが可能性に溢れるものが勝利するのか。
堅実な積み重ねが勝利するのか。
多くの観客と魔導師が見守る中、決着の時は刻一刻と迫ってくる。
皇太子――アレクシス・ハーンは不動の無敵艦隊を睨み、その時が来るのを今はただ待ち続けるのであった。




