第246話『太陽の輝き』
仲間が全員撃墜される。
危機的状況などというレベルを通り越して、敗北への秒読み段階に突入したと言ってよいだろう。
常識的に考えてここからの挽回など不可能だ。
敵のエースとチームメイトを全員打倒する。
勝利の可能性はそれだけしか存在しないのだ。
おまけに相手は欧州の名門チーム。
どれほど桜香が強いと言っても限界が存在している。
絶体絶命――クォークオブフェイトに勝つという目的を果たす前にアマテラスという太陽が落ちようとしていた。
敗北、頭にその2文字が過った時、九条桜香は――、
「いくよ、アマテラス」
『術式展開『オーバーカウント・ブレイク』』
「バーストッ!!」
――笑った。
追い詰められた状況での笑み、ハッキリ言って意味がわからない。
事実、ナイツオブラウンドは意味がわからず、首を傾げていた。
仮にこの場に優香が居たら、その表情の意味に気付けただろう。
健輔が不利な状況に挑む時のものと、驚くほど良く似ていたからだ。
桜香のプライベートを含めて桜香と健輔をよく知る優香でないと気付けない異変。
彼らの目の前で戦況が一気に悪化しようとしているのに騎士たちは気付けないのだ。
それでも本能に従い、様子見など一切せずに、突撃を仕掛ける男が1人だけ存在した。
「アレン! 何をしている!」
「――あの鬼気がわからないのか! のんびり待っていたら、負けるぞ!!」
常にはない厳しい言葉を聞いて、騎士たちは直ぐにリーダーの後を追い掛けた。
リーダーの様子を見て、速やかに意識を切り替えたのだ。
この戦いは勝ち戦などではない。
ここからが本番だと全員が認識し直したのだ。
「総員、いくぞ!」
『了解ッ!』
身体に走る震えを誤魔化すようにアレンは叫ぶ。
正面から突撃を仕掛けたアレン、その左右からは2人組に分かれて迫る他の騎士たち。
アレンの背後からはサブリーダーであるアイナル・ハーンが援護として付いてきていた。
「いくら『不滅の太陽』と言えども、この状況で勝てる訳がない!」
自分に言い聞かせるようにアレンは叫んだ。
そうやって己を鼓舞しないと心が負けてしまいそうになる。
実力が高い事が却って、桜香の凄みを感じてしまう。
「貰ったぞ!!」
虹色を纏った魔導師を睨んで、アレンは正面から斬撃を放つ。
彼に集中してしまえば、左右の、さらにはアイナルへの注意も削ぐことが出来る。
アレンをして快心の1撃と断言できる攻撃は、
「なっ、剣だと!?」
2人の間に創造された虹色の剣であっさりと防がれる。
「っ、ウオオおおおおッ!」
「剣群、招来」
桜香の虹色の瞳に見詰められ、一瞬だが体が竦む。
直ぐに復帰して、戦闘行動に移れたのはアレンの能力を高さを示していた。
しかし、直後に創造された大量の魔剣まではどうにも出来ない。
直撃する剣を一瞬で判別して、叩き潰す。
判断としては間違っていないが、それは桜香に攻撃しないという選択を選ぶ事でもある。
攻撃されないとわかっていれば、放置しても問題ない。
桜香がそう考えたとしても不思議ではないだろう。
アレンが正面から向かったのは彼でなければ桜香の攻撃に対処が困難だったからだ。
大きく能力が向上した今の桜香が危険であることぐらい、誰にでもわかることだった。
だからこそ、確実に耐えられる者が注意を惹きつけたのである。
今、その行動の意味が失われた。
「アレン、攻めろッ!」
「っ、エクスカリバーッ!」
『魔力を放出――エンチャント』
ハーンの叱責を受けて直ぐに向かうアレンだったが既に遅かった。
同時に攻撃を仕掛けた4人の内、1人が天から降り注ぐ剣に貫かれて消える。
援護が消えたもう1人に向かって桜香は魔力を纏いつつ突進を仕掛けた。
「しょ、障壁展開ッ!」
「無駄です」
桜香の手が障壁に接触した瞬間、一気に魔力が浸透してその制御を奪う。
そのまま障壁ごと桜香は騎士に突撃する。
砕け散る障壁、吹き飛ばされる騎士。
アレンは桜香の意識をこちらに向けるためにも魔力斬撃を放つ。
その時確かに、アレンは見た。
口元に弧を描き、アレンを無機質に見つめる瞳と目があったのだ。
「――化け物めッ!」
桜香はアレンが放った魔力斬撃を右手で受け止めると、そのまま彼に向かって投げ返してくる。
浸透系ならば可能な技だが、相手の魔力を干渉して奪うなど尋常な錬度ではない。
剣を創造したのは創造系の物質化、何らかの特性も追加されているだろう。
爆発的な魔力は固有化による影響、つまりは極めた収束系である。
上記の3つをこなしながら完璧な戦闘をこなすのは身体系の恩恵だった。
「4系統、全て極めているとでも言うつもりか!!」
僅かでも距離が空くと相手にならないと言うのならば距離を詰めれば良い。
アレンは特攻を決意して、一気に桜香に迫る。
相手の脅威が明らかになろうとも、いや、なったからこそナイツオブラウンドは逆に気を引き締めた。
勝利を確定させるための行動から、勝利を勝ち取るための行動へ意識を切り替えたのだ。
僅かでも気が緩めば逆転を許す。
容易く1名を屠った強さを警戒しないはずがない。
「アレン!」
「はああああッ!」
掛け声に従い、メンバー全員が別々の方向から桜香を攻める。
アレンは正面、ハーンは真下、残りの3名が背後と左右。
どれかに対処すると何処かを必ず落とすことになる。
桜香がどれだけ強くても対応力には限界があった。
立体的な同時攻撃。
打ち合わせなしに自然とこれだけの連携を発揮する。
ナイツオブラウンドの強さがあってこその攻撃だった。
それでも――桜香の笑みは崩れない。
「アマテラス、結界障壁」
『発動』
桜香が全方位を覆う結界を展開する。
しかし、ナイツオブラウンドは止まらない。
いや、止まる必要がなかった。
全方位同時攻撃に対してもっともポピュラーな対処法が全体防御である。
この戦法で幾つもの勝利をもぎ取ってきたナイツオブラウンドが対処方法を持っていないはずがなかった。
「バリアブレイカー、起動!」
『発動します』
障壁突破のための専用術式は用意されていた。
効果としては接触した面に魔力を流し込む疑似的な浸透系のようなものである。
結界障壁は強力な防壁だが、障壁としての性質は変わらない。
流し込まれた魔力が障壁に罅を刻み斬撃によって砕け散る。
「これで――何!?」
「再展開――結界障壁」
桜香が再度障壁を展開する。
早すぎる再展開――その速度に戦慄を感じるしかない。
心に走った衝撃は言語に尽くし難かったが、アレンは前に出る。
「同じ障壁など! 通用するものかッ!!」
アレンに続くように騎士たち全員が足を止めなかった。
自分たちの速度を落とすことなく、再度の障壁突破を試みる。
展開されるバリアブレイカー、その時アレンの脳裏に嫌な感覚が過った。
大切な事を忘れている感覚。
極限状態だからこそアレンはその事に気付けた――いや、気付けてしまったと言うべきだろう。
そもそも彼、否、彼らナイツオブラウンドが桜香の魔力固有化に対して優位な点は何だったのか。
「マズイ、全員下がれッ!」
アレンの叫びが戦場に響くがもはや意味をなさない。
咄嗟に反応出来たのはサブリーダーであるアイナルだけだった。
他の3名は障壁に魔導機を叩き付け、
「アマテラス」
『御座の曙光』
障壁によって足を止められてしまい、内部からの反撃を受ける。
それでも1名がなんとか脱出出来たのは錬度の表れだろう。
もう1人もなんとか直撃は避けられた。
しかし、先ほどの戦闘でダメージを負っていた1人はライフの残量が少ない上、直撃コースに居たことが災いしてしまう。
光に飲まれる戦友を見て、アレンは唇を噛み締めた。
「アーヴィンッ! クソ、あの女」
「やめろ、キース! アレン、いけるな」
「――問題ないです。行きましょう!」
ナイツオブラウンド、残り4名。
1人ずつ欠けていく中、佇む女神を睨みつける。
これ以上人員が欠ける前に決着を付ける必要があった。
「このまま終わらせはしない」
アレンの決意にナイツオブラウンドのメンバーが頷く。
これを最後の攻勢にする。
試合を終わらせる決意を胸に、全員が一気に空を駆けるのだった。
澄んだ気持ち、というのだろうか。
どこか他人事のように桜香は自分の心境を分析していた。
周囲の光景がやたらとスローに見える。
相手の動作、やろうとしている事、心の動きまで全てが見えるような感覚。
それでいて気持ちは落ち着いていた。
やれることとやれない事を冷静に見極める事が出来る。
「来る」
騎士たちの戦意を感じ取る。
見事なフォーメーションだろう。
同一のタイミングに見えて、僅かに何名かの行動をずらしている。
秒単位の差異だが、高度な格闘戦の中でこそ光る技だった。
これはダメージを受けるかもしれない。
冷静に桜香は危機を受け止めた。
自分のライフは残り75%。
少なくはないが多くもない。
対する敵は桜香の感覚ではアレンが3割程度、アイナルは6割、残りの2人は無傷だった。
これほどの雄敵、自爆をするにしてもやり方を工夫してくる。
それに対処出来るかと考えて、不可能だと結論を出す。
結界障壁によるトラップはもう通用しないだろう。
効かないとわかっているのなら相応の対処をするはずだった。
ならば――、
「連携をさせない」
――前に出れば良い。
そこまで思考は一瞬、未来との対話は終わりもっとも消耗しているアレンに向かって突撃を仕掛ける。
こちらの動きを見たアレンが防御の構えに入った。
桜香を受け止めて、そこから包囲しようとする意思が読み取れる。
「アマテラス、スフィア展開」
『ランダムシュート』
クラウディアと同じようなスフィアが展開されると大規模な砲撃を一斉に発射する。
突然の弾幕、凡百の魔導師ならそこで終わっただろう。
しかし、相手は騎士の中の騎士。
欧州の近接戦闘における最高クラスの魔導師が簡単に落ちるはずがない。
魔力を纏った魔導機で全ての魔弾を斬り裂いて防御を行う。
完璧な対応、故に予想通りだった。
「私を囲むという事は、私に近づくという事。どこまで理解していますか?」
答えは返ってこない。
返答を期待してのものではなかった。
桜香もどうして口に出したのかはわからない。
「……アマテラス」
『発動――『不滅の太陽』』
虹色の魔力が体全体だけでなく剣まで覆い尽くす。
揺らめくオーラが桜香と世界を隔てる。
それが何を意味しているのか、見ている者たちにはわからない。
致命的な事態になってしまった事に誰も気付かないまま、試合は終局へ向かって動き出した。
桜香が見つめるものはただ1つ、敵の姿だけ。
魔弾の対処をしているアレンを放って桜香は残りの3人を各個撃破するために動こうとする。
しかし、ここで桜香の予想に反した動きをした人物がいた。
何を感じ取ったのかはわからないが、アレンが攻撃を捌くのを中断して多少のダメージ覚悟で前に進んできたのだ。
このまま接触するのはよくない。
桜香は切り札を1つ切っておく。
「展開――『熱砂の太陽』」
それは創造系の究極たる空間展開――その技を部分的に使用した術式だった。
相手の周囲に結界障壁を展開して、内部に『御座の曙光』を発動させる。
常の彼ならば突破は不可能ではなかっただろうが、初見の技でおまけに消耗した状態でもっとも簡便な障壁突破は桜香に通用しない。
そんな状態で彼に出来る事はなく、顔を苦痛に歪めて光に飲み込まれることになる。
天へ上る転送の光、それが何を意味するのかはこの場にいる全員がわかっていた。
「残り――3」
予定外の事が起こったが結果として敵の数は減った。
今度こそ、予定通りに桜香は行動を開始する。
アレンの撃墜に動揺している騎士の1人、彼に向かって最大速度で向かう。
相手も歴戦の魔導師。
桜香の接近に気付いた時には動揺が消えていた。
即座に展開される盾。
魔力で出来た盾に障壁を重ねて前に出てくる。
桜香の攻撃を見て、受け身に回るのは危険と判断したのだろう。
名が通っていない――2つ名持ちでなく、固有能力も持っていないが見事な決断だった。
相手が桜香でなければ一矢報いることは十分に可能だっただろう。
しかし――現実は残酷である。
鍛え上げた技術が、圧倒的な力に粉砕されてしまう。
全身に虹を纏い、世界と隔絶したようなオーラを纏った桜香が放つ斬撃は何事もなかったかのように盾と障壁ごと敵を斬り裂く。
「これで――2」
斬り捨てた敵への関心を失い、そのまま前に進む。
桜香の瞳に映るのは残った2人だけだった。
彼らに視線を移し、魔導機を構え直す。
残り2人。
考えられる逆転の手段はライフが無傷の方が自爆することだろう。
桜香を確実に仕留められる方法として、敵が考えに入れていないはずがない。
「……いきます」
自分の声を聞いて、桜香は熱がないと笑った。
他人事のような感想。
自分を上から見下ろしているかのような感覚に戸惑いを感じる心はあるが、今はただ勝利のためにその力を振るっていた
とても静かな空気の中、対峙する3人。
決死の表情で迫る敵を好ましく思うも桜香はその強さをあるがままに振るう。
先手は桜香。
虹色の軍神がアイナルに向かって迷う事なく突撃してくる。
「遅い」
懐に入った桜香は敵の魔導機を掴むとそのまま奪い取る。
敵の驚いたような表情を見て、今の自分はどんな顔をしているのか気になった。
悪魔にでも見えるのだろうか。
疑問に思うも体は止まらない。
叫ぶ敵の声を無視して、桜香は魔導機で斬りつけようとする。
「……そう」
背中に張り付く人の重み。
周囲に展開される包囲型の障壁。
やろうとしている事は桜香の『熱砂の太陽』と同じだろう。
絶対に逃がさないように0距離で自爆を行うつもりなのだ。
覚悟は見事、狙いも悪くはない。
しかし――、
「私に、それは効かないですよ」
声は届くことなく激しい光が桜香を包む。
飲み込まれたまま、桜香は魔導機を構え直して魔力を注ぎ込んだ。
桜香を包む空間展開は微塵も揺らいでいない。
この光の先にいるだろう敵に向かって桜香は止めの術式を解放する。
「終わりです。『虹の閃光』」
アイナルからすれば理不尽としか言いようがないだろう。
確実に直撃したはずの自爆で無傷であるなど想像出来る方がおかしい。
撃墜の光を待っている時に放たれた攻撃を躱す術などあるはずもなく。
虹色の光に飲まれて、彼は敗北するのだった。
最後の転移の光を見て、桜香の集中力が切れたのか急激に現実感が戻ってくる。
「はぁっ、はぁっ、……終わった?」
転移の光と共に会場に戻り、歓声を聞くことで桜香はようやく勝利を実感出来た。
6対1からの華麗な逆転劇。
世界ランク第2位――『不滅の太陽』の名を改めて世界に轟かせて試合は終わった。
第3試合、アマテラス対ナイツオブラウンド。
アマテラスの勝利で終幕となる。
あまりにも圧倒的だった虹の輝きは見守っていた全ての魔導師に衝撃を与えた。
もはや、誰も太陽の輝きからは目を離せない。
1つの極点に至った桜香を前にして、モニターから試合を守る健輔も言葉がなかった。
最強――その言葉を体現する存在。
『不滅の太陽』――幾度でも蘇る恒星がついに、真実の姿を見せ始めたのだった。




