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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第243話『アマテラス対ナイツオブラウンド』

 これまでの2試合は傾向としてはお互いに探り合いから始まる形が多かった。

 世界大会という舞台、負ければそこで終わりなのだから、手順としてはそこまでおかしいものではないだろう。

 観客的には些か見応えの無い、派手ではない感じの戦いになってしまうが前半ぐらいは多くの者が仕方ないと割り切っていた。

 だからこそ、この試合――アマテラス対ナイツオブラウンドの始まりは意外だったと言えるだろう。

 纏う色は七色の輝き。

 迸る魔力の強さは彼女が常人とは隔絶した強さを持っている事を教えてくれる。

 九条桜香――彼女は試合開始の合図と同時に全力で前進を開始していた。

 そこに機を読むための努力などと言うものは存在していない。


「援護は3。迎撃も3。待ち構えている?」


 双方の援護攻撃が打ち消し合うのを見て、桜香は僅かに眉を顰めた。

 迎撃行動はわかるが、律儀に全てを撃ち落とす必要性はない。

 距離的に考えても幾つかが牽制目的なのはわかっているはずだった。

 近接格闘の欧州における雄、日本ならば『スサノオ』に該当するチームがそんな事を知らないとは思えない。


「じゃあ……」


 それ以外であり得るのは――、


「同じ事が目的!!」


 猛スピードで迫る1つの影。

 照合した魔力パターンから最も警戒すべき相手であることがわかる。

 いや、そんな事をしなくても発せられる闘志でわかっていた。

 2重の魔力光――黄と白。

 爽やかな笑顔に浮かぶのは清冽な闘志。

 両手剣型の魔導機を構えた桜香と同じ年の男性。

 彼は桜香と対峙できる距離まで来ると速度を落とす。


「……初めまして、でよろしいですか。『不滅の太陽』九条桜香」

「こちらこそ、『騎士』アレン。戦ってみたいと思っていました」

「そう思って貰えたなら光栄ですよ。名高き『不滅の太陽』――女神がお世話になりました」

「……いえ、あれは私の運も良かったです」

「運、ですか。……ふむ」


 表面上、どちらも笑顔である。

 刺々しい雰囲気はなく美男美女が会話をしているようにしか見えないだろう。

 しかし、会話が進む度に何かが軋みを上げる。

 どちらも明確な攻撃の姿勢を見せないまま、会話は進んでいく。

 まるでジェットコースターのようである。

 落ちるその瞬間までは静かに熱量を溜めていくのだ。


「1つよろしいでしょうか」

「何でしょう」


 アレンは魔導機の切っ先を向け、先ほどよりも幾分剣呑とした視線を桜香に向けた。

 それを受けて桜香の視線も冷たくなる。

 ここからが本題、先ほどまでのはただの確認に過ぎない。


「欧州最強。それにどんな形であれ勝利した人物が口にして、良い言葉ではないでしょう。『運』などというのは」

「……それは」

「運も大事ですが、実力を伴ってこそです。謙虚は日本人の美徳と言いますが、過ぎればそれも毒ですよ」


 桜香もアレンの言葉には納得出来る。

 もっと胸を張れ、その上で倒してやろう。

 アレンはそう言いたいのだ。

 しかし、桜香にも言い分はある。

 何より、これから戦う相手の言い分など聞くつもりはなかった。


「主張はわかりました。その上で何もしませんよ。悔しいのならば、ご自身で奪還してください」

「無論、そのつもりです。ただ、先ほどのは願望ですよ。私たちを超えた相手には不遜なぐらいでちょうど良い。嫌われる方もいますが、皇帝陛下ぐらいでも良いと思いますよ」

「見解の不一致ですね」

「あなたのような美女に主張を譲れないのは我が身の未熟故。お許しください」


 冗談のように言うアレンだったが美女、という言い方に桜香は僅かに心が冷えるのを自覚する。

 そのように言われるのが嫌なのではなく、こういう時に言うのが如何なるパターンであれ好きではなかった。

 挑発でもなく素で言っているのがわかるからこそ、余計に負けたくないという強い思いが湧きあがってくる。


「直ぐに終わらせます!」

「望むところです。やれるものなら、やってみてください!」


 試合開始5分もしないところでアマテラス、ナイツオブラウンドのエースが中央部分で激突する。

 様子見など考えていない全力での殴り合い。

 この試合は最初から最後までそこに終始するのであった。






 アレンの目の前で女性が変貌していく。

 先ほどまでも格別に美しい美女だったが、今はそこに神秘的なエッセンスまで加わっている。

 見る角度で色が変わっているのだろう、美しい髪に瞳。

 最初から加減するつもりなど欠片もない全力攻撃だった。


「はあああああッ!」


 桜香の変貌を待つことなくアレンは攻める。

 全力を発露する前に倒そう、などという発想ではない。

 攻めの主導権くらいは確実に持っておきたいという彼の願望混じりの行動である。

 

「っ!?」

「ふん!」


 初撃が止められる。

 予想通りの光景、アレンは続けざまに2撃目を放つ。

 いや、2発目などと区切りを付けるのに意味はないだろう。

 彼はただ朴訥に、そして素直に剣で軌跡を描き続けるだけだった。

 

「はっ!」

「たああああッ!」


 魔導師にしては地味な近接戦闘に終始するが、桜香の顔にも余裕はない。

 止まることなくアレンはただ只管に前進を繰り返す。

 ここで中途半端に砲撃で対応するような人物なら、アレンも楽だっただろう。

 

「流石、です!」

「こちらからもいきますよ!」


 連撃を放っていたアレンが逆に桜香に止められ、攻守が逆転する。

 超人的な身体能力で行われる剣の舞踏。

 七色の軌跡が描かれる度に、黄色と白色――2色の軌跡が反対側から描かれる。

 弾かれた次の瞬間には両者の動作は完了しており、また攻撃に移っていた。

 ぶつかり、離れて、再びぶつかり合う。

 周囲に鳴り響く剣戟は2人の会話なのだろう。

 口数は減っていき、両者の集中力が高まっていく。

 力では桜香の方が優勢だろう。

 その証拠として幾度目になるかもわからない衝突でアレンの魔導機が僅かに横に流される。

 普通ならば隙とは言えない刹那、それを桜香は見逃さない。


「アマテラスッ!」

『魔力放出』


 一気に噴出される魔力により、アレンの態勢がさらに崩れる――ことはなかった。


「エクスカリバー!」

『諾』


 魔力を纏った剣を一振りして、魔力放出を斬り裂く。

 晴れた視界の果てには、僅かな隙を見せる桜香がいた。

 攻めの好機、大技で勝負に出た桜香が逆にアレンの前に隙を見せる。

 逆転するかに見える構図、だがアレンは攻撃に出ることはなかった。

 好機を見逃す愚行。

 傍から見ればそうだろう。

 しかし、桜香は微笑んで相手を褒め称えた。

 

「……なるほど」

「納得してもらえましたかね。私はあなたの相手になりますか?」

「ええ、見事です」


 桜香の納得したかのような表情はアレンの実力を正確に理解したからこその笑みだった。

 隙を見せても乗ってこない。

 おまけに近接防御は相当に硬く、突破が難しいだろう。

 九条桜香をして、目前の相手『騎士』アレン・べレスフォードは長期戦を覚悟するべき相手だった。

 『元素の女神』フィーネ・アルムスターよりも総合的に見れば相性が良くない。


「セオリーなら、遠距離攻撃……。でも、上手くいくはずがない」


 いくつかの対応パターンを直ぐに思い描くが全て棄却する。

 遠距離対策、特に有視界での遠距離戦についてナイツオブラウンドが対策していないはずがない。

 国内大会のデータだけでもそれを示すものがある。

 桜香は本職の後衛を上回る力を持っているが、それは数値だけの話だ。

 付け焼刃の技で倒せるほど、目の前の魔導師は甘くない。


「……わかっていても、乗らざるをえないですか」

「ええ、こちらの思惑とそちらの思惑。完璧に一致している以上は仕方がないでしょう」

「少し、不快ですね。仲間ならどうとでも出来る、とそういうのですか」

「それはこちらも同じセリフを返しましょう。あなただけに敗れるなど、我らを甘く見ないで欲しいですね」


 アレンの言葉に桜香は静かに頷いた。

 驕りはない、しかし確かに侮っているように聞こえなくもない言葉だったのは間違いない。


「私は仲間を信じています。だからこそ、手を煩わせるつもりはないです」

「そう上手くいきますかね」


 エースは笑い合うと再度舞を披露する。

 衝突はここだけではない。

 全域で両チームの激突が本格化している。

 開始から10分も経っていない状況で試合は既にクライマックスへと近づいていた。






 桜香という眩き光に隠れる灰色の暗殺者。

 タイミングを見て相手を仕留めるバトルスタイルは相手の撃墜に的を絞れば悪い選択肢ではない。

 影から影へ、極力目立たない戦い方は彼――北原仁の誇りだった。

 目立たない、しかしチームを勝たせるためにプロフェッショナルに徹する。

 己に課した役割とも親和性もよく、何より自分に出来る事はこれしかない。

 仁はそう確信していた。

 しかし、この戦いではそうもいかない。

 両チーム、文字通りの意味での総力戦のため影に隠れているような余裕はなかった。

 元々、乱戦で力を発揮するタイプである仁にとってこの事態はあまり良い、と呼べるようなものではない。

 敵のサブリーダー、ナンバー2が正面からの対決を挑んできている。

 影が日の光の元へと引き摺り出されてしまう。

 ハッキリとわかる苦境に仁の表情に苦いものが混ざっていた。


「真っ先に僕に来るとは思わなかったよ。ナイツオブラウンドのナンバー2にはもっと相応しい相手がいると思うんだが、どうかな?」

「いや、俺の相手はお前しかいないだろうさ。仲間をこっそり闇討ちなんぞされたら怒りを抑えられる自信がないからな。ここで潰すに限る」


 口先でどうこう出来る相手ではなかった。

 覚悟の上とはいえ、これほどの魔導師を前にすれば仁も緊張は隠せない。

 後ろに引けない、という事情が無ければ早急に逃げていただろう。

 苦手な戦い方ではある。

 それでも正面対決を受けたからには勝利するしかなかった。


「それほど容易いと思わないで欲しいね」

「思ってないから来たのさ」


 敵のスタイルは騎士にしては軽装の類だろう。

 騎士のバトルスタイルに多いのは盾と剣の組み合わせである。

 どちらかを魔導機にしているは個人により違うが、魔導機ではない方を魔力で生み出すのがスタンダードだった。

 槍や弓などポジションに合わせた魔導機を持っている事もあるため一概には言えないのだが、前衛は基本はそのようになっていた。

 対して目の前のナイツオブラウンド――ナンバー2、アイナル・ハーンは剣しか保有していない。

 しかも騎士に多い大剣ではなく普通サイズの両手剣だった。


「機動を優先した技巧型、だったかな。なるほど、僕の相手にくるはずさ」

「ごちゃごちゃと、喋る余裕があるのかよ!」


 身体系による術式制御力は飛行に発揮される。

 自在な機動は仁を明らかに超えていた。

 世界戦に合わせて新調した魔導機を構えて仁は受けに回る。

 一瞬で姿を変えた武器を見て、アイナルは顔を歪めた。


「変形型か、やはり面倒な相手だよ!」

「ふっ、褒めてもらって嬉しいよ。あまり正面から評価された事はないからね」

「皮肉だよ!!」


 剣を一振りすると刀身から魔力の刃が伸びてくる。

 創造系――ここも仁と被っていた。

 相手のニヤついた顔を見るに狙い通りなのだろう。

 なんとか後ろに避けるが、仁の顔が驚愕で固まる。

 盾を構えた状態で体当たりをしてくる大男の姿があった。


「ッ――! 『影月』!」

「おせえええッ!」


 魔力弾を創造して発射するが、左手に創造された『盾』が仁の足掻きを潰してしまう。

 無防備を晒す体、直撃を喰らえばただではすまない攻撃。

 アイナルは必勝を確信したが、その顔付きは次の瞬間には歪んでいた。

 盾によって砕かれた仁の魔力、それが彼の顔に掛かった時に異変は起きる。


「視界を、この野郎。さっきのは視線を誘導するためか!」

「『さあ、どうだろうね』」

「声まで……こいつッ!」


 仁の姿が急にブレ始める。

 先ほど投げつけた魔力弾に仕込んであった術式がアイナルの5感を揺さぶっているのだ。

 必殺の攻撃がインパクトがずれてしまい、ダメージが低下する。

 接近しきった状態、密着した状況で仁は魔力でナイフを創造して首筋に振り下ろす。


「させるかッ!」


 体に密着するように創造された障壁が攻撃を防ぐ。

 しかし、それすらも仁の想定通りだった。

 砕けたナイフを握っていた掌から縄が伸びてくる。

 首を絡め取る動きを見て、アイナルは首を絞められないように締まり切る前に腕を差し込んだ。


「こんなもの!」

「落ちろ」

「なっ」


 握った縄を重たい物質へ転換する。

 魔力の状態だった縄が急に鋼鉄へ代わり、高度が落ちていく。

 その隙を仁は逃さない。


「はっ!」

「なっ!?」


 一瞬で上下を逆転されて放たれる足技、踵落とし。

 アイナルの脳天に向かってまっすぐ落とされた1撃が障壁を粉砕して直撃する。


「がっ!」

「――っあ!」


 仁は身を翻して距離を取る。

 あのまま密着し続けるのはマズイ。

 仁の直感がそう訴えていた。

 何より被害を確認する必要もある。


「影月!」

『ライフ、85%』

「思ったよりも削られたな……、僕の方もほぼ同じぐらいとして、まだ拮抗状態か」


 敵との戦力差を勘案する。

 騎士、という名に反して中々に戦い方が泥臭い。

 仁の動きにあっさりと対応してくる辺りから窺えるのは仁のような攻撃に慣れていることだった。


「……厳しい戦いになるな」


 仁も敵の研究は行っているが万全であることなど数えるほどしかない。

 それは向こうも同じだが、いくつか条件の違いがある。

 向こうは生粋の戦闘前衛。

 桜香のお零れを狙う暗殺者風情とは心持ちが違う。

 

「……負けられないんだよ、僕も」


 不退転の覚悟、不利な戦いに臨む準備は出来ていた。

 こちらに向かってくる戦意を感じて、仁は再び戦闘態勢に入る。

 各地で起こる激突、これはその中の1つに過ぎない。

 それでも、その1つ1つが試合を決するものなのは疑いようもなかった。

 騎士たちと太陽の使徒たちの戦いはまだ始まったばかりなのである。

 様子見のない全力戦闘。

 それは試合を見守るものたちにも大きな興奮を与えているのだった。


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