第242話
「あっ、おはようございます健輔さん、今日はこっちで観戦されるんですか?」
「おはよう、菜月。昨日は疲れてたけど、今日はまだ元気だしな。綺麗なのもあるから、こっちにしようと思ったんだ」
「なるほど! ご一緒させていただきますね」
観戦ルームへやって来た健輔は先に来ていた菜月に挨拶を行う。
試合開始まで後30分程のためか、まだ隆志たちの姿は見えない。
菜月が1人で此処にいたのはいろいろと準備をしてくれていたのだろう。
分析用のデータまとめなど、ヴァルキュリア対策の準備をしてくれている中での働きに健輔の頭も自然と下がってしまう。
応援団には彼もかなり助けられていた。
仮に菜月が団長でなければ、シャドーモードは完成しなかったかもしれない。
「おはようございます」
「おはよう。あら、菜月と健輔、早いじゃない」
そんな事を思っていると、新しく2名が部屋に追加される。
美咲と優香、同室の2人である。
朝食後、真っ直ぐこちらに向かってきたのだろう。
健輔は食堂で2人を見かけていた。
「おはよう。2人が来たってことはそろそろ集まりそうだな」
「健輔が1人でさっさと食べちゃうから行動がずれたんでしょうに。団体行動って言葉知ってる?」
「知ってるよ。はいはい、俺が悪かった」
美咲に素早く降伏の意を見せておく。
健輔も学習している。
女性に口で勝てると思うほど、普段の己を信じてはいなかった。
「軽いわねー。まあ、いいわよ。そうそう、頼まれてた術式の準備が出来たから、午後に確認しておいてね」
「了解。って、徹夜でもしたのか? 試合に影響が出るぞ」
「ちゃんと寝てますよ。少し遅くなっただけ。ね、優香」
「はい。ただ、私もあまり賛同は出来ませんよ」
困ったような優香の表情に美咲が少しバツの悪そうな顔となる。
徹夜はしていないが夜更かしはしていた。
同室の優香には迷惑とまではいかずとも、心配はさせていたのだろう。
その事に関してはどう言おうが美咲が悪かった。
「……し、試合には絶対に影響を残さないようにするわよ、うん」
「俺の依頼だから、あれだけどさ。本気で気をつけてくれよ」
「最悪、私の方で止めますから大丈夫ですよ」
美咲の努力によって戦えているため、健輔が彼女を非難するような事はない。
しかし、友人の体調を気遣う程度の分別は流石にあった。
無理をさせている自覚があるからこそ、健輔も表情が暗くなる。
菜月はそんな3人の様子に軽く笑っていた。
「美咲さんは試合にも出られるんですから、注意してくださいね?」
「……わ、わかったわよ。どうして私だけ……」
「香奈さんとかにも言ってるよ。でも、あの人はなー」
「ああ、そう、そうよね。はぁぁ……」
真由美などが注意すれば効果はあるだろうが、1年生の注意では大丈夫だと言われてしまえば反論出来ない。
同室が葵のため、殴ってでも寝かせると確信しているからそこまで心配してはいないが気になるのも事実だった。
まだ何も起こらないと言う事は大丈夫なのだろうが、2年生は結構予想外のラインを爆走してしまうので健輔も安心出来ない。
葵は自他共に厳しいのはわかりきっているので、信頼はしていたが時たま不安になるのは仕方ない事だろう。
同時に香奈に対して少しの同情もあった。
どんな理由であれ、自分の管理に失敗したら葵は怒る。
それだけは間違いないのだから、同情する余地もあった。
「ま、美咲を弄るのはこれぐらいにしておこう。試合時間が近いからな」
「弄るって何よ。まあ、私も同感だけど」
「今日の解説って誰でしたっけ? 立夏さんたちもいるらしいですけど」
菜月の疑問に美咲が答える。
健輔も知ってはいたが、なんとも微妙な組み合わせだと思っていた。
「確か、暗黒の盟約の宮島さんと」
「スサノオの望月さんですね」
「……あれ? その2人に立夏さんですか」
「相当やりづらいだろうな。同情するよ、本当に」
今頃解説者として並んでいるだろう3人を思い浮かべてみる。
凸凹トリオとしか言いようがないだろう。
本当に解説が出来るのか健輔でも不安を覚えるメンツだった。
「……誰が、決めたんでしょうね。この組み合わせ」
「……誰だろうな」
自分の世界に居る宗則。
話は明らかに苦手な健二。
真面故に苦労する立夏。
そんな様子がその場にいる全員の脳裏に簡単に浮かんでしまう。
並べてみると日本のエースたちは個性が豊かだった。
その点では確実に欧州などにも負けてはいないだろう。
「ま、まあ、解説は大丈夫だろう。……流石に」
「で、ですよね! 皆さん、トップエースですもんね」
「立夏さんがいらっしゃるので問題は起きないと思いますが」
「優香の言う通りね。……立夏さんの胃が大変かもしれないけど」
4人は好き勝手に実況席の現状について語り合う。
どんな解説になるのか、少しだけ楽しみにしつつ試合開始を待つのだった。
「くしゅん!」
「……風邪か?」
「いや、そんな事はないはずなんだけど……」
鼻をすすりつつ、立夏は言葉を返す。
健二はそんな彼女の様子を見て、ティッシュを差し出した。
「ありがと」
「気にするな」
短いやり取り。
そこには、ある程度の付き合いがあることを窺わせていた。
健輔たちは知らなかったが、2人は同じクラスなのだ。
クラスメイトで同じエースであり、アマテラスをライバル視するチーム、と意外と接点は多いためそこそこ会話がある間柄だった。
健輔たちの予想は半分は外れていたのである。
ただし、もう半分は外れていなかった。
立夏と健二は、実況席傍に座っている人物へ視線を送る。
「宮島君って元気だね」
「……ああ、そうだな。あれを元気と呼ぶのならばな」
瑠愛に向かってマシンガントークしている宗則は本当に良い笑顔だった。
話し掛けられている方は困惑した表情を隠せていないが。
「魔導に関する情熱は学園でもトップクラスだろうよ」
「あれで、もうちょっと落ち着いてたらねー。まあ、そんなの宮島君じゃないけど」
「平凡に収まるよりかは良いのだろうさ。実際、宗則は優れた魔導師だ」
創造系で変換系と同じことが出来るだけでも大したものである。
クラウディアの奮闘の何割かは間違いなく宗則の功績だった。
立夏も優秀さは認めているが、暗黒の盟約は魔導への愛が変な方向に飛び抜けているため一緒にいるのはしんどいのである。
悪意などはないし、良いチームなのもわかるがキャラが濃過ぎだった。
風の極意などを聞かされても今更立夏は操れないし、操るつもりもないのだ。
「それよりも、橘。お前はこの試合をどう見るんだ?」
「そうね。アマテラスが勝つ! って断言したいんだけど」
「容易い相手では、ないか。近接魔導師としては、『騎士』という称号は重いからな」
「そりゃあね。代によっては女神よりも強いもの」
欧州でも日本のように伝統的な称号というものが存在している。
魔女、女神などの女性向けの称号。
騎士、軍神などの男性向けの称号。
これらに特定個人の資質を合わせた名乗りを上げるのがヨーロッパでの2つ名という制度に近い。
女神が女性向けでもっとも強い称号ならば、騎士は男性向けの、特に近接戦闘における王者に与えられる事が多くなっている。
現在は『女神』が頂点の称号として定着しているが、他の称号が玉座を制していた時も無論存在していた。
女神と競るほどに有名だったのが、男性の『騎士』である。
そして、その称号は半ばあるチーム固定のものとして使われていた。
「騎士は攻撃・防御・速度において優秀な魔導師のことだ。九条桜香に近いと言える」
「同系統だからダイレクトに技量とかが反映されるでしょうね。そして、実力の近い試合で重要になるのは」
「――総合力だ。アマテラス、最大の弱点だな」
「昔は総合力のアマテラスだったんだけどね。まあ、私たちのせいかな」
昨年、1年生の時に第8位の『騎士』として登録された男。
ナイツオブラウンドのリーダーが桜香に負けぬ力を持っているかが鍵になる。
この試合の焦点はそこだった。
「見ごたえはあると思うよ。ここで止められない場合は」
「アルマダとミラージュでなんとか出来るとは思えん、か」
「まあ、前評判だけじゃわからないけどね。桜香ちゃんも去年はそうだったし」
「覚醒する可能性が高いのは……ということか」
健二は聞きたい事を聞き終えて自分の思考に集中し始める。
ストイックな魔導師としての姿勢によい意味で力は抜けていた。
国内大会の時にあった張りつめた感覚は残っていない。
立夏としても少しだけ惜しいと思う。
宗則も、そして健二も単体で見た時には世界に負けない水準だった。
それがチームの特性や、合わない仕事を押し付けられた結果あっさりと敗退してしまったのだ。
勿体ない、としか言いようがないだろう。
「……来年、か」
瑠愛から聞いた話を思い出して、立夏は来年に思いを馳せる。
燻っていた魔導師たちが少しでも多く巣立っていくことを彼女も望んでいた。
世界中にいる同朋、それと競う機会が世界大会しかないのはなんとも寂しい限りだったから。
そこまで思い、立夏は思考を断ち切った。
来年の話などまだ早すぎる。
今、世界で戦う後輩たちを応援せずにいつするのだ。
自分に喝を入れ直して、立夏は試合会場へと視線を移した。
彼女が勝ちたかった相手。
もしかしたら、共にあそこにいたかもしれない相手を想い、勝利を祈る。
注目の1戦。
アマテラス対ナイツオブラウンドが始まろうとしていた。
「さて、我らがリーダー、どうするよ」
「やめてくださいよ先輩、胃が痛くなりますから」
ナイトリーダー、アレンは先輩からのからかいに苦笑いで応じる。
実力でもぎ取った形になっているリーダーの地位だが、彼自身は過分に感じているのだ。
先輩にそのような意図がないのはわかっているが、プレッシャーを掛けられるのは勘弁して欲しいところだった。
「シミュレーションでは4割。まあまあな数値だが、さて、目の前にした感想はどうだ?」
「そうですね。個人的には3割でしょう。僕が勝てるとはあまり思えない感じです」
「おや、素直だな。もう少し我を出してもいいんだぞ」
「先輩、そんなこと言ったら殴るでしょう?」
「ああ、間違いなくな」
強さに自負を持つのと、相手を正確に判断しないのは別の話である。
合理的、かつ論理的に戦力は運営されるべきであった。
少なくとも、彼らの中でその意見は一致している。
「敵のエースは強い。それも純粋に僕の上位互換に近い」
「お前は特殊能力がないからな。女神とかみたいに派手じゃない」
「ええ、それも含めて僕は不利でしょうね」
純粋に技量でランク8位に1年生で来たというのは偉業ではあるが、戦闘において不利なのは否めなかった。
アレンは格下に対してはほぼ100%の勝率を誇るほどの安定感があるが、代わりに突飛な要素も少ない。
しかし、固有能力を保持していないということ自体が桜香と戦う際には問題になるのであった。
「おっかない女ばかりだね~。俺はもっと御淑やかな淑女が良いよ」
「女神は口説く事が出来れば、良い女性だと思いますが?」
「あれはお前に任せるよ。もしくはじゃじゃ馬を乗りこなせる英傑様に進呈だな」
十分な能力があるのに、自己評価の低い先輩だった。
彼から学び、彼のおかげでここまで来た身としては中々に複雑な気分である。
「何か言いたそうだな?」
「いえ、自分はただ勝利するだけです」
「ストイックだね。……ま、俺たちのリーダーはそれくらいでいいさ」
「まだまだ未熟ですが」
「またまた、謙遜するなよ。それに未熟で良いんだよ。変な完成の仕方するくらいならそっちの方がよっぽどマシだ」
そう言って、サブリーダーは立ち上がる。
手には剣型の魔導機を持ち、見据えるのは敵陣。
闘志は十分に高まっており、やる気に満ち溢れていた。
長らく欧州最強の座は女神に持っていかれている。
そんな中で女神を倒して、輝きを増した太陽。
欧州第2位のチームとして、是非とも打倒しておきたいところだった。
「お前は好きにやれ。雑事は俺たちの仕事だ」
「ああ、後は任せたよ。ハーン」
口調を改めたリーダーに先輩――アイナル・ハーンは不敵な笑みを見せる。
これが彼らの戦に臨む時の作法。
意識の切り替え方だった。
「では、作戦通りに」
「御意」
リーダーと、部下として明確に意識を切り替える。
全魔導師チームの中でも、ある種の職業意識的なものが最も浸透しているのはこのナイツオブラウンドだろう。
明確に分かたれた役割。
果たすべき使命。
成すべき事は数あれど、彼らほど忠実な軍団は存在していない。
だからこそ、彼らは強かった。
目指すは太陽、欲しいものはその撃墜。
騎士たちは征く、その先に勝利があると信じて――。




