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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第240話

 宿舎の健輔と圭吾の部屋。

 友人同士の気安いはずの部屋で、何故か少し重苦しい沈黙が部屋を覆っていた。

 辛気臭い空気の中心には圭吾の姿がある。

 珍しい事に、いつも微笑を浮かべている顔に表情はなく、仰向けになって何処かを見つめたまま部屋に戻ってきてから一言も発さない。

 普段の健輔ならば文句の1つでも言うのだろうが、今日に限っては腕を組んで目を瞑ったままで何も言わなかった。

 静寂に包まれた部屋で、両名はただただ何かを考えている。

 両名とも気持ちを鎮めるために考えに集中しようとしていた。

 体は休息を求めているのに、心には闘志が燃え盛っているのだ。

 健輔はこの先の強敵と、宣戦布告を思い、圭吾は急な大役を前に心を高ぶらせている。


「圭吾」

「……ん、なんだい? 健輔」


 何を言われるかなどわかっているだろうに、圭吾にしては珍しく惚けたように健輔に尋ねてくる。

 親友の珍しい態度に軽く笑ってから、健輔は本題を切り出した。


「わかってるだろうが、お前がフィーネさんに勝てる可能性は……まあ、0ではないがびっくりするほど低空飛行だろうさ」

「……直球だね。今はそれがありがたいけど」


 苦笑するのは圭吾の本心の表れだからだろう。

 高島圭吾がフィーネ・アルムスターに勝てる。

 そんな風に思う魔導師が1人でも存在するなら、圭吾自身が目の前に連れてきてほしいぐらいだった。

 彼はそこまで自分を信じていない。

 天空の焔エース、クラウディア・ブルームと赤木香奈子は強かった。

 圭吾とは比べものにもならないだろう。

 それほどの魔導師が手も足も出ずに敗れている。

 結局、最後までフィーネにダメージを与える事が出来なかった。


「だから、あえて言っておくぞ。それでもだ。戦うのなら、必ず勝て」

「……ああ、そうだね。わかってるよ。挑むのなら、常に考えるのは勝利だろう?」

「ああ、俺はそう思うよ。でないと、相手に失礼だろうが。シューティングスターズは、カスみたいな俺らに負けたとでも言うつもりか」


 そんな事を思っているならここで殴る。

 健輔の表情がそういう風に圭吾へ語りかけていた。

 友人の気性は良くわかっている。

 ここで言われた事は全て予想通りだと言えるだろう。

 佐藤健輔は自分にも、そして他人にも厳しい魔導師だった。

 データ上では勝機など欠片もない男に勝て、と命令してくるのだから無茶ぶりも良いところだろう。

 それでも、圭吾の胸は暖かった。

 時間を稼ぐなどという消極的な姿勢で、挑んでなんとか出来るとは思えない。

 圭吾の大した事のない直感でもそれは疑いようがなかった。


「……健輔は、どうやって戦う?」

「あん? そうだな……」


 圭吾にもプランはある。

 夕食で真由美から次の試合への出場と、戦う予定の相手を告げられた瞬間に何故を問うよりも勝つ方法を探していた。

 欧州最強、彼が焦がれる女性がアマテラスに在籍していた時からそのように呼ばれた頂点の一角。

 世界戦というこれ以上は存在しない舞台でそんな相手に戦いを挑む。

 普通ならば萎縮しそうなものだが、圭吾も健輔の親友だということなのだろう。

 類は友を呼ぶ。

 つまりは、そういうことだったのだ。

 隠れていた自分の本性に圭吾も笑うしかない。

 今もこうして僅かでも勝率を上げるために、健輔の作戦を聞き出そうとしている。


「……まあ、俺はあの防御を突破出来るからな。後はそこから考えるかな」

「それはまた。臨機応変って言えば聞こえはいいけどさ」

「うっさいな……。ぶっちゃけ、あの人の戦い方ほとんど何もわかってないぜ。それで下手な予定を立てる方が不味いんだよ」


 健輔の何かを確信するような物言いに圭吾は引っ掛かるものを覚える。

 女神のバトルスタイルは表に出ているものだ。

 健輔の言うように全てがヴェールに包まれているような存在ではない。

 しかし、健輔の口調には妙な力強さがあった。

 女神は何も見せていないと何故か確信している。


「どういうことか聞いても良いのかい?」

「ま、お前が頑張らないと負けるからな。あれだよ、陽炎でデータの調査はずっとやってたんだが、あの人自分のバトルスタイルがないんだよ」

「そんなバカな。あの防御は……」


 圭吾が反論しようとしたが、そこで言葉に詰まる。

 女神の戦い方について述べようとして、実態が無い事に気付いてしまったのだ。

 フィーネが天空の焔で行った戦い方は、最初の牽制以後は実質自然を使って防御していただけである。

 撃墜級の攻撃をしたのも全てレオナだった。

 格闘戦も教科書に乗せたいような綺麗な戦い方だけ。

 圭吾の背に冷たい汗が流れる。

 ベッドから身を起こして、健輔の方を見つめた。

 圭吾の視線を感じたのだろう、健輔は視線だけを圭吾の方へ投げて続きを述べる。


「そ、あの人は結局自分を隠しきっている。ヴァルキュリア自体がカモフラージュなんだよ。個々の戦い方を真似たりして、違和感なく自分のやり方を隠している」


 重力を用いた防御法などはフィーネ固有の戦法だろうが、手段的には障壁の追加物に過ぎない。

 もっと本質に近い戦い方が見受けられないのだ。

 最後の最後、香奈子が僅かに引き出した術式『ヴァルハラ』。

 あれこれがフィーネの本気なのだろうが、詳細がさっぱりわからないのだ。

 自然現象の操作を全力駆動させるのか、それとも他の何かがあるのか。

 戦ってみない事には何もわからなかった。

 1つだけ確かな事は桜香が固有の戦法を生み出す方へ舵を切っているのに、似たような先駆者が行っていないなどあり得ないということである。

 圭吾も健輔が言わんとしている事が何となくだが理解は出来た。


「僕はそれを引き摺り出すのが仕事。そういう訳だね」

「もしかしたら的外れかもしれないぞ? 俺も割と予想で話しているからな」

「それならそれでいいさ。僕としてもそれぐらいわかりやすい目的があった方が良いからね」


 外れていようが構わない。

 欧州最強の本気を引き摺りだせば、圭吾の実力は世に示されるだろう。

 それだけは間違いなかった。


「ありがとう。倒すよりは気が楽になったかな」

「おいおい、自信満々だな」

「誰かに似たんだよ。虚勢でも、張らないよりはマシってね」


 2人は軽く笑い合ってから、就寝の準備を始める。

 少し早い時間だが、健輔は割と体力の限界だし圭吾は落ち着きたかった。

 自然と休む方向へと空気は流れていく。

 激戦の1日目が終わりを迎える。

 短いようで長く、熱い戦い――世界戦の初日は終わりの迎えたのだった。






 激戦を超えた魔導師たちが休んでいる中、逆に準備を整える者たちもいる。

 Bブロックでの試合を控えた4チーム。

 そこに所属する魔導師たちだ。

 日本勢が既に2つ試合を終えた今、最後のチームとして注目を集めるのが彼ら『アマテラス』である。

 桜香が参加してからは2度目――チームとしての連続出場は10年を超える古豪にして、日本の頂点たるチーム。

 今回は第2位という順位だったが、それでも実力には陰りなど存在しない。

 時刻は午後22時。

 学生にはそこそこ遅い時間だが、今は世界大会真っ只中であり、明日には試合を控えている。

 最後のミーティング、最終確認を行うにはそれほど悪い時間帯ではなかった。


「さて……今日、Aブロックの戦いが終わったのは皆も知っているだろう」


 チームリーダー北原仁の声が部屋に響く。

 幾分冷たさも含んだ声は、桜香を中心としながらもチームの舵取りを行ってきた人物としての威厳があった。

 桜香が象徴であり、中心なのは変わらない。

 エースも間違いなく彼女である。

 しかし、リーダーは彼であった。

 そこに異論を挟む者など、アマテラスには存在しない。


「多くは語る必要はない。1つ確かなのは僕たちの予想通りに推移した。それだけだ」


 仁は淡々と事実を並べていく。

 自分たちに敗北の屈辱を味あわせてくれたチーム『クォークオブフェイト』。

 彼らが敗北するなど、アマテラスは微塵も考えていない。

 それを成すのは自分たちなのだ。

 他の誰にも譲らないし、譲れるはずがない。


「ここから先も、彼らは必ず進むだろう。僕たちは信じている。では、僕らがすることは何か」

「会長、言うまでもないでしょう。勝つことです。この大会の全てで」

「ああ、その通りだ。いい勝負、良い試合。全ていらないよ。僕たちが欲するのはただ1つ。勝利のみ、だ」


 かつてのアマテラスにはあるものが足りなかった。

 余裕があるという言えば聞こえはいいが、過ぎれば何事も害となる。

 桜香に任せれば安心、彼女についていけば大丈夫。

 これら全て、信仰であり押しつけでもあった。

 相手の事など考えず、自分の荷物は押し付けて仲間だと言っていたのだから大したチームである。

 全ては桜香ありき、そのような歪んだ側面が確かに存在した。

 ――あの日、敗北を喫するまでは確かにその道を歩んでいたのだ。

 切っ掛けは間違いなく敗戦だろう。

 勝利は人を変えないが、敗北は人を変える。

 日本の王者、頂点と呼ばれていたチームはあの日から挑戦者になった。

 目に映るのはたった1つのチームだけ、それ以外の全ては進路にあるただの障害物に過ぎない。


「全員の認識は大丈夫なようだ。では、明日の試合について移ろうか。大事の前にあるからこそ、全力だ。何も隠す必要はないよ。桜香君も全力でやればよい」

「わかりました。会長たちも、存分に」

「勿論、君は好きに戦えば良い。それがアマテラスのフォーメーションだ。僕たちが君に合わせるさ」


 チームの総意である。

 桜香と言う太陽の輝きを浴びていただけの星たちが自分たちで輝き出す。

 以前よりも遥かにチームとしての脅威を増した彼らは主の意を受けて敵を叩き潰す戦士となっていた。

 ただ寄り掛かるだけの存在ではもうないのだ。


「ナイツオブラウンドが取る戦術はそこまで多くない。桜香君を全力で潰すか」

「私たちを潰してから、ですよね?」


 亜希の言葉に仁も笑って頷く。

 強くなったのは間違いないが、相手は欧州においてはヴァルキュリアに次ぐと言ってもよいチームである。

 総合力では負けているだろう。

 今回の大会であらゆる要素を除外して、純粋にチームの総合力だけ評価した場合トップはヴァルキュリアで、2番がナイツオブラウンドである。

 油断してよいような相手ではなかった。


「敵がどちらで来てもやることは変わらない。桜香君を信じて、付いて行くだけだよ」

『了解!』

「では、今日はもう休もう。明日の試合で、寝不足なんて笑えないからね」

「解散」


 解散を告げられて太陽の軍団は部屋を去っていく。

 その場に残ったのは熱い闘志の残り火だけ。

 『不滅の太陽』が騎士たちに明日、決戦を挑む。

 クォークオブフェイトを狙う最強のチームが静かに動き始めたのであった。






「フィーネさん」


 ヴァルキュリアの宿舎にある1室。

 レオナは同室であるリーダーに対して声を掛ける。

 天空の焔との戦いを終えて、ヴァルキュリアは無難に試合を勝ち抜いた。

 上手く手札も隠し切れたし、結果は上々だと言えるだろう。

 しかし、欧州の頂点は少し憂いのある表情で夜の海を見つめていた。

 海風に当たりながら、遠く見つめるフィーネには年齢以上の妙な色気がある。

 同性ですらも一瞬虜になってしまう神秘的な光景を前にレオナは呆れたように溜息を吐いた。


「そんなに疲れましたか? さっきまではいつも通りだったのに」

「あなたの前でも取り繕ろう必要があるの? イメージは大事だけど、私も疲れる時はあるわ」

「本当は楽しんでやってるのに、よく言いますよ」


 普段が演技なような物言いだが、8割方素で行っているのをレオナはよく知っている。

 冷静沈着、常に余裕を絶やさず気品に溢れている欧州最強の魔導師。

 対外的なイメージはそんなものだろう。

 別段間違ってはいないが、それらのイメージはフィーネの全てでもない。

 こう見えて意外と気分屋なところがあるし、頑固なところもある。

 さらには負けず嫌いで、おまけに意地っ張りなのだ。

 女神としての姿も素になるぐらい張り続けた意地の産物と言ってもよいだろう。

 努力は素直に凄いとレオナも称賛するが、猫を被るならもっとマシなものがあっただろう思うのも本音だった。


「アンニュイな感じなのは、今日の試合の反省ですか」

「そうね。7割、かしら。辛うじて良は付けれるぐらいね」

「個人的には8割ですが……理由は?」

「香奈子もクラウディアも想定は軽く超えてたわ。下手をしたらあなたの撃墜もあったでしょうね」

「否定は出来ないですね。魔力還元化は、私には中々に厳しい力です」


 突破手段がないわけではないのだが、香奈子の力が上昇すれば相性の悪さが目立ってしまった。

 フィーネがそうなる前に消耗させたからなんとかなったが、スマートに事を運んだとは言い難い。

 点数が低いのはその辺りが理由だった。

 

「何事も万全はないし、常に反省の連続よ」

「世界第3位が謙虚な事です」

「1位になったら傲慢に振る舞うわよ。それ以外はカッコ悪いだけでしょう?」


 フィーネは苦笑して、レオナの軽口に返答する。

 彼女としても今日以上の試合は不可能だと思っているのだ。

 天空の焔はそこまで簡単な相手ではなかった。

 順調に進めたからこそ、あっさり目に見えるかもしれないが敗北の可能性も1割は確実に存在していたのだ。

 10回戦えば、1回負ける。

 その1回が今回来なかったのは幸運も関係した。

 過剰な反省は却って成長を阻害する。

 そんな事はわかっているが、それでもフィーネはもしも、を考えてしまう。


「我ながら未熟、ね」

「少しは直してくださいよ」

「善処するわ」

「……政治家みたいな事を言いますね」


 苦笑する後輩に笑い返して、フィーネはシミュレーションを続ける。

 イメージするのはより完璧な自分。

 究極の己で今度こそ、勝利を勝ち取るのだ。

 もう、負けたくないし、負けさせたくなかった。

 女神の心を知るのは傍にいる光の魔導師だけ。

 深くなる夜の中、2人の輝きは確かな強さでチームの行く末を照らすのであった。


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