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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第235話

 後衛を前へ出しての総攻撃の構え。

 試合時間も既に半分を過ぎようとしている中、フィーネの判断は別に間違っていなかった。

 だらだらと勝負するのは、ヴァルキュリアの手の内を無駄に晒すだけである。

 次の試合の事まで考えたら既に漏れている手段、つまりは国内大会で使った王道の勝ち方を使うのは至極自然な事だった。


「レオナ、準備は良い?」

『はい。大丈夫です。カルラ、イリーネも準備良し。こちらでも捕捉しています』

「そう……」


 クラウディアと交戦は続いている。

 槍と剣の戦いは、間合いの広さを含めて槍が有利であり、総合的にフィーネが押していた。

 クラウディアの持ち味である力がほぼ通じない以上、当然の結果だったがどうしても疑念が残る。

 いや、フィーネは確信していた。

 何かを狙っているのは間違いないのだ。

 それを狙うタイミングも予想していて、罠と理解した上で攻撃に出る。

 相手を逆に罠にかけてしまおうという考えだが、どこまで予定通りいくかは微妙なラインである。

 狙いとしては悪くないだろう。

 それでも、フィーネの勘が警告を発している。

 このままで行くのはマズイ、と。


「我ながら、オカルトめいてますが……このままだとダメな感じがしますね」

『フィーネさん? 準備は整いましたけど』

「レオナ、あなたに1つお願いがあるのだけど」

『へ? はあ、何でしょうか?』

「攻撃のタイミング、ずらしてもらってもいいかしら?」

『……わかりました。ダミーを混ぜて、それから行動します』

「お願いね」


 普通に考えれば、反撃のタイミングはフィーネたちの総攻撃を潰すタイミングのはずである。

 しかし、もしかしたら、狙いはそこではない可能性もあった。

 総攻撃のタイミングではなく、総攻撃そのものが狙いの可能性。


「こちらの攻撃を誘発させる事、かしら。……ふむ、中々面白くなりそうね」


 何かしらの策がある。

 もしかしたら策ですらないのかもしれない。

 フィーネは考えられるものは全て考えた。

 自爆、後は戦術魔導陣による大破壊、他には局所的な優位からの各個撃破。

 ヴァルキュリアに対してもっとも多く取られた対抗策は最後のものである。

 個別戦闘で1人ずつ落とされていく。

 フィーネはともかくとして、カルラはクラウディアと互角か僅かに劣るぐらい。

 イリーネも多少優る、というレベルだ。

 クラウディアを強化した状態で誰か1人、香奈子かほのかのどちらかが加われば必ず倒せる。

 

「でも、それもなかった。これから、行うのかしら」


 今でもフィーネが疑っているのは、自陣で何かしらの分断を行うタイプの妨害である。

 敵陣では相手は転移を使い放題なのだ。

 その機動性を活かさないはずがないだろう。


「個別である必要はない。う~ん、そっちかな」


 もしかしたら、全てを行ってくる可能性もなくはない。

 自爆と戦術魔導陣、おまけに分断の複合技。

 全てを決めるのは中々に難しいが不可能ではない。


「自爆は対抗策がありますが……。戦術魔導は私。やはり、分断をなんとかしないといけないですね」


 自爆に関しては、天空の焔の国内試合を見て対抗のための術式を用意してあった。

 自爆は移動して、密着しないと効果が半減する。

 足を止める術式を用意しておけば、対応は簡単なのだ。

 そして、戦術魔導陣はフィーネの固有能力で拮抗が可能であった。

 『固有能力』――『ナチュラルディザスター』。

 そのまま天災、という意味の力だが系統分類としては複合系統能力となっている。

 フィーネの系統能力だけでなく、遠距離系などの性質も持っているらしく、ランクは固有能力の中でも最上位となっており、桜香でもこれを超えるランクの能力は保有していない。

 素で戦術魔導陣クラスの事象を引き起こすとんでもない能力のため。試合に関してはいくつかの制限が課せられている程である。

 しかし、制限があって猶、戦術魔導を消し飛ばすだけの力はあった。

 普段使っている変換系系列の能力など、これから漏れ出た程度の存在でしかない。

 考えられる相手の手段には全て対策がある。

 それでも、どこか胸がドキドキしてしまうのは何故だろうか。


「ふふ、少し不謹慎かしら」


 頬を上気させて、色っぽく微笑む。

 戦場に似合わぬ空気を漂わせ、少女は年齢を考えれば過剰なまでの色気を身に纏った。

 相手の未知の動きに期待感が湧いてくるのだ。

 危機感と期待感、相反する思いを胸にフィーネは仲間に指示を出す。

 ヴァルキュリアの呼吸を合わせた総攻撃。

 試合を決めに掛かった1撃を以って、敵を粉砕するのだ。

 攻撃は放たれて、敵に向かう。

 そして、着弾する瞬間に現れたものを見て、フィーネもまた驚きの表情を見せるのだった。






 魔力とはそもそも何なのか、という問題については未だに解決されていない課題である。

 根源的に魔素とは何か、という部分まで問いは及ぶ訳だが、実際に使うのにおいて50年近く経っても問題がないため放置されてきた。

 一応、定義としては魔力は個人に色付けされた魔素だと思えば間違いではない。

 基本的に1人用であり、誰かの魔力を誰かに受け渡しても拒否反応が起きて使用出来ず、酷い場合は体調を崩す事もあり得る。

 血縁関係にあれば性質が似る事もあるのだが、まったく共通性が無かったりすることもあり、一概に断言は出来ない。

 そんな厄介な魔力だが、魔導においては必要不可欠なものだった。

 燃料であり、ある意味ではエンジンでもあるこれを共有出来たらそれは魔導競技のあり方を変える程だろう。

 天空の焔の切り札はそこまではいかなくても、使い方次第では恐ろしい事になるものだった。


「来たッ!!」


 後衛の攻撃と陣の中で戦闘している前衛3名。

 ヴァルキュリアの面々の攻撃を受けて、天空の焔の切り札が起動する。

 武雄が賢者連合の得意技たる戦術魔導陣からコツコツと作っていた特殊な魔導陣――『魔力転換陣』。

 効果は至極簡単だ。

 登録された魔力パターンの攻撃を無色の魔力――たたのエネルギーに変換する。

 その後に魔力タンクとなるだけの術式だった。

 展開条件は3つ。

 まずは敵の魔力パターン全てを把握している事、しかも予め入手したものではなく戦場で記録する必要がある。

 周辺の魔素も取り込む必要があるなど、武雄は説明したのだがクラウディア以外は覚えられなかった。

 次に最低3人分の魔力を絞り尽くす事、展開にアホみたいな魔力が必要になる。

 3つ目、これが最難関の条件となっていた。

 敵の攻撃によって、術式が予備展開の段階で壊れていくのだ。

 そのため頻繁な修復が必要になる。

 香奈子がフィールドを移動していたのは、修復のためだった。

 これだけやって発動できるのは1度だけ、しかし代わりに効果は絶大である。

 発動した際には、敵の魔力を問答無用で無効化し、その後逆用することすらも可能にするのだった。

 そう、大量の魔力が手に入るこの術式の目的は――、


「トール! 魔力転送、一気に仕掛けるッ!」

『了解しました。フィーネ・アルムスターの攻撃魔力をマスターに転送』


 ――魔力、それ自体が目的なのだ。

 こんなものが何故天空の焔の切り札なのか、理由は簡単である。

 香奈子は固有能力で獲得した疑似的なもの、クラウディアはサブ系統として習得してある系統に関係するもの。

 クォークオブフェイト試合でも猛威を振るった収束系の極み――魔力固有化である。

 流れ込む大量の魔力を以って、身の丈に合わない領域に一気に自分を移行させていく。

 フィーネの表情が確かに変わるのを見て、クラウディアはこの試合で初めて花が開いたような満面の笑みを浮かべた。


「いきます、フィーネさん」


 静かな宣誓。

 届いたかもわからない声だったが、フィーネもまた満面の笑みでクラウディアをみつめていた。

 ここからは加減の存在しない本当の意味での全力になる。

 確保したヴァルキュリアの大量の魔力で無理矢理2名を究極の領域まで引き上げてしまう。

 ここまで巡らされた策はただそれだけのために存在していた。

 策で相手を嵌めて勝つのは不可能である。

 相手を引き摺り下ろすような戦い方は天空の焔には出来ない。

 ならば、自分を無理矢理にでも高みに引き上げよう。

 ハンナとよく似た黄色の光を身に纏い、雷光は女神に挑む。


「ここからが、本番です」

「ふ、ふふっふ、ええ、いいわよ。認めましょう。あなたを敵として、倒しましょう」


 天空の焔を率いるエース2人が最高クラスの魔導師の領域に足を進める。

 自分たちで全てを薙ぎ払うため、正面から決戦を挑むのであった。






 大量の魔力を確保して無理矢理流し込む。

 力技以外の何物でもなく、さらには行為としてはほとんどドーピングのようなものだが、それに対して何かを言うものはここにはいなかった。

 本当に未熟ならば魔力を流し込んでも変化など何も起きない。

 エンジンの性能が低ければそれ以上の速度は出せないのと同じである。

 燃料などで改善はしても、根本的な部分ではどうにもならないのだ。


「だからって、こんなのって、あり得ますの!?」

「ん、あまり時間はない。あなたは私が倒す事になっている。早急に仕留める」

「な、舐めないで下さい!!」


 激昂したイリーネは水の槍を放つ。

 しかし、目覚めてしまった香奈子には通用しなかった。

 香奈子は固有化は使えない。

 似たような事は固有能力でやっているため、大量の魔力による恩恵は受けるがそれだけである。

 代わりに彼女には破壊系があった。

 明星のかけら戦でも見せた魔力還元現象。

 相手の魔力を無理矢理にでも魔素化してしまう破壊系の極み。

 創造系の使い手たるイリーネとの相性は最悪だった。

 確かに彼女は強いがまだ1年生。

 空間展開などを行うにはそれなりの手順が必要だった。

 悪くなかったはずの相性が、相手が急に格上になったことで一気に劣勢となる。


「わ、私の創造が!?」

「ん、貰った」


 淡々とした様子の言葉に、イリーネは混乱する。

 いつもならばここで援護が来て窮地を救ってくれていた。

 いや、今も援護はあるのだ。

 戦場を駆ける最速の光が香奈子を狙っている。

 極みを見せる前の香奈子ならば、成す術もなく撃墜されていただろう攻撃だが今では何の意味ももたない。

 黒いオーラに当たった瞬間に消えていってしまう。

 

「そんな……」

「終わり」


 黒い光を向けられて、イリーネは奥歯を噛み締めた。

 香奈子とイリーネは相性は本来ならばそこまで悪くない。

 彼女の水は変換系と創造系を組み合わせているため、通常状態で物質化に近い。

 香奈子の防御を突破することも不可能ではなかったのだ。

 現在の苦境は偏に急激なパワーアップについていけないのが原因だった。

 切り札はあるが、展開するような余裕を与えてくれるとは思えない。


「こ、こんなところで――」


 0距離で砲撃が直撃する。

 障壁を物ともしない攻撃を前にして、彼女に出来ることはなくこの試合初めての脱落者はヴァルキュリアから生まれることになった。

 イリーネにとってはこれ以上ない屈辱だが、天空の焔にとってはこれ以上ないほどの朗報である。

 ヴァルキュリアに格下が一矢報いたのだ。


「ん……よし、次へ」


 クラウディアが女神を抑えている間に香奈子が可能な限り敵を潰す。

 それがここから重要になる要素だった。

 『魔導転換陣』を発動していた3名には身を隠すように伝えている。

 魔力を絞り出してしまった状態の彼らではしばらくは戦力にならない。

 回復するまではゆっくりしてもらう予定だった。

 貴重な戦力なのだ。

 下手に損耗するわけにはいかない。

 時間にも限りがあるため、香奈子は速やかに移動を開始する。

 しかし――突如として出現した巨石がそれを許さない。


「ん、邪魔だよ」


 巨石は1撃で消し飛ぶが砕けた岩が槍となって、香奈子に襲い掛かってくる。

 攻撃方法から簡単に判別できる後衛――リタ・アーレンスが前に来ていた。


「悪いけど、このままホイホイ落とされたらたまらないのよ!」

「ん、想定範囲内。私の相手はあなたしかいない」

「やっぱり、読まれてるわよね!」


 再度の攻撃、純粋な質量攻撃は前衛には対処が難しいが後衛には簡単だ。

 火力で吹き飛ばしてしまえば良い。

 正直なところ、リタは香奈子の相手としてはあまり良くない。

 それでも攻撃が一切通用しないエルフリーデよりはマシだった。

 レオナは対抗手段があるのだが、準備に時間が掛かるのだ。


「どこまでやれるかしらね……」


 香奈子を止めるためにはカルラが必要になるが、無理矢理な覚醒は3名に恩恵を与えている。

 魔力の固有化を発動出来ずとも、能力の大幅な向上は可能なのだ。

 ほのかもカルラと互角以上に戦っている。


「ん、悪いけど私はほのかのところに行く。合流を阻止したいなら好きに」

「ああ、もう、そうなるわよね!!」


 仮にリタが反対の立場でも同じように行動しただろう。

 他の後衛2名はほのかには脅威だが、香奈子には数にならない。

 魔力還元能力は知っていたが、こんなあっさりと発動されるのは完全に予想外だった。


「これは、ちょっとマズイかもね」


 リタの笑みには僅かに焦りが浮かぶ。

 試合時間は後30分ある。

 敵がどれだけの間、力を発揮出来るかはわからないが厳しい戦いになるのは避けられないだろう。

 黒い流星となって移動を開始する香奈子を必死に追いかけながら、リタはここから先の戦いに不安を抱くのであった


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