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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第234話

 雷が乱舞する空中をそこそこの速度で香奈子は逃げる。

 敵の攻勢が徐々に本格化しているのは、後衛からの攻撃が加わり始めたことでわかっていた。

 レーザーだけでなく風、おまけに岩石の質量攻撃。

 ヴァルキュリアの誇る後衛の攻撃を上手く防ぎながら、香奈子は逃げ続ける。

 今回の彼女は一定の場所に留まるわけにはいけないのだ。

 作戦の要、各地に設置している術式は自分で調整する必要がある。

 移動している理由を悟られないために、上手く退却することが求められていた。


「ん、ここまでは大丈夫」


 女神からどのように逃げるかと考えていたが不幸中の幸いと言ってよいだろう。

 予定外になるが、クラウディアに自発的に向かってくれた。

 後は自陣内部の転移を使えば、移動自体は簡単である。

 香奈子は転送陣を展開することが出来ないが、バックス陣が出来るようになっていた。

 少ない時間で天空の焔のバックス陣が鍛え上げたのは、探知などではなく速やかな転移陣の展開である。

 この部分だけは上位チームにも負けないだけの錬度を持つようになっていた。

 天空の焔の数少ない武器と言っても過言ではないだろう。

 転移にはいろいろと使い道がある。


「ん、次へ」


 クラウディアが女神と本格交戦に突入している。

 未だに伏せたままのメンバーを使う時期は近づいていた。

 ここまでは順調、しかし、安心できるほどではない。

 敵にとっての最大の好機を生み出す。

 つまりはどのような形であれ、天空の焔にとっては最大のピンチを招く必要があるのだから、緊張するのも仕方がないだろう。

 武雄に言わせれば、相手が最高に良い気分の時に横合いから殴りつける、とのことだったが、香奈子はそこまで上手く出来る自信はなかった。

 

「ん、来る」


 案の定と言うべきだろう。

 万事計画通りとは言い難い部分が徐々に増えてきている。

 焦りを表に出すような事はないが、それでも思うところはあった。

 視界に映るのは蒼い戦乙女。

 敵側次代のエースにして、クラウディアの欧州におけるライバルが迫ってきている。

 水の膜を纏って魔力の干渉を遮っている様子からすると転移で追跡してきたのだろう。

 外付け頼りの香奈子では追い付かれるのも仕方がない。


「そこの方。赤木香奈子様であってますよね?」

「ん、イリーネ・アンゲラー?」

「はい。単刀直入に言います」


 イリーネはあまり余裕を感じられない様子で槍を突きつけてくる。

 焦り、ではあるが敗北への不安などでない。

 感じから見て取れるのは、そわそわしている様子だった。

 香奈子はクラウディアとの関係から考えて、獲物が取られる前に戻りたいのだろうと察する。

 女神と戦い始めたクラウディアが長くはもたない可能性を疑うのは無理もないだろう。

 この雷による強化がフィーネにもある程度帰依するというのを知っているのならば尚更である。


「ん、あまり、舐めてると痛いを見る」

「……確かに、目の前を見ずに戦闘をするのは失礼でしたわ。謝罪したします」

「ん、構わない。……やる?」

「ええ、あなたを倒すのでもまあ、良いでしょう。クラウとはまた今度決着を付けます」


 香奈子の実力を知る者たちが聞けば、あまりにも見下した発言に怒りを見せただろう。

 しかし、香奈子は平常通りだった。

 集めた情報から判断すれば、相手が強い事はよくわかっている。

 相性もイリーネからすれば、そこまで悪くない。

 彼女もまた、破壊系が直接的な脅威となる戦い方ではなかった。

 無論、完全に封殺出来るわけでもないが根拠のない自信ではない。


「ん、始めようか」

「潔い方です。では、早急に決めさせていただきます」


 イリーネは勢いよく突進して、槍を突き出す。

 相手の虚をついた完璧な初撃。

 黒い輝きを蒼い槍が貫く。

 あまりにも見事な動きはイリーネの態度がただの増長ではないことを示していた。

 次代の女神、そのように呼ばれるほどの実力は伊達ではないである。

 しかし、相手も『破壊の黒王』――赤木香奈子。

 国内において数多の格上を打破した格上キラーが簡単にやられるはずもなく。


「魔導機で受ける……。まさか、あなたも」

「ん、受け売りだけど、中々」


 先の試合で披露されたハンナとよく似た受け方は香奈子が冬に学んだ前衛に対する受け方だった。

 完璧だったはずの初撃は魔導機で上手く防がれる。

 意味ありげに笑う香奈子を早急に撃墜するため、イリーネは速攻に移るのだった。






 構図は先ほどまでと変わらない。

 違う部分は1つだけ、フィーネが術式も混じった攻撃を行い始めたことだった。

 2人の間を飛び交うのは雷だけでなく、バリエーションに富んだものとなっている。

 不意討つように放たれる雷撃を上手く避けながら、クラウディアは必死で戦闘を行っていた。


「はぁ、はぁ、っ!?」

「息が上がってきてるわ。私はまだまだ余裕があるわよ?」

「それぐらいで、いい気にならないで!」

「ふふ、良い心」

 

 クラウディアの勝気な返答をフィーネは苦笑で受け止める。

 若者の無謀を笑って受け流す大人という構図だったが、実力の差も似た感じになっていた。

 近接技能ではまだ余裕があるクラウディアだが、少し距離を離した瞬間に一気に不利になる。

 雷はまだよいのだ。

 発動も早く、スピードも脅威だがクラウディアの属性であるため対処が容易い。

 問題はそれ以外の属性である。

 火は問題ない、使い手であるカルラ程には流石にフィーネも上手くはない。

 また、基本的に彼女の攻撃特性が大味なのも関係している。

 『天災』という単語が彼女の固有能力を示している事からもわかるが、大味な攻撃が多いのだ。

 細かい制御が出来ない訳ではないが、流石の女神も得手不得手が存在している。

 苦手な属性でも威力は大きいため油断すると、あっさり撃墜されるが当たらなければどうということはなかった。

 問題は他の属性、特に『光』である。


「しまっ――」

「貰いましたよ!」

『マスター、ダメージライフ60%』

「雷よ! 敵に鉄槌を!」


 発動速度は最高であり、前兆もほぼ掴めない。

 格闘戦の最中に横合いから攻撃されるなど、危険な理由を上げていけばキリがなかった。

 威力自体は常に魔力を身に纏う事で防御可能なレベルであり、本家、というと微妙だが同じ使い手たるレオナよりは低くなっている。

 精度などはレオナが上、フィーネは多彩な動きの狭間から出てくる奇襲性が優れていた。

 方向性は違うが極めて危険だろう。

 フィーネも他の属性と比べると明らかに使い慣れている。


「効きませんよ」

「くそっ!!」


 無造作に手を前に出すと雷がまるで、逃げるかのように方々へと散ってしまう。

 自然現象を操るものとしての差が如実に出ていた。

 遠距離戦で不利になれば、当然近接戦でも徐々に押され始める。

 それでもクラウディアは執拗に攻撃を敢行した。

 わかり切っている事を幾度も繰り返し続ける。

 壊れた機械のような反復動作を前にして、フィーネも顔を顰めた。


「……不自然ですね」


 クラウディアが自暴自棄になっている――というのならば、別に問題はない。

 好きにやらせておけばよいし、興味もなかった。

 問題はこの行為に何かしらの意味が存在した場合である。

 自信満々に敵の策を踏み潰すなどと言っているが、7割ほどはブラフであった。

 これで萎縮して、心が折れてくれるのならその方が楽、という程度の詐術である。

 国内大会では相手を上手く挑発出来たので、割と頻繁に使ったが世界大会でも上手くいくとは思っていなかった。

 此処に至れる程のチームにそれを期待するのは、流石に侮りがすぎる。


「……狙いがありそうです」


 狙いがあるというのは看破しているが、やろうとしている事までは把握出来ていない。

 『女神』などと御大層な名前が付いていても全能などではないのだ。

 巨力な自然現象を操作する力も物理的な面に限られているし、制限が存在しないわけではない。

 変換系は創造系の能力にフィーネの固有能力から得たデータなど組み合わせて生まれたものである。

 彼女が親で、クラウディアたちが子という関係なのは事実だが、ならば全てにおいて親が優れているのかと言うとそうではない。

 使える属性が大量にあると言う事はその分1つ1つへの理解はスペシャリストに劣る。

 3年間の経験値があるからこそ、ある程度全ての属性を使いこなしているが、細かい制御はまだまだ粗があった。

 『女神』も盤石とはいえないのだ。

 故に、余裕を装っていても心の中では冷徹に計算が行われている。

 敵の狙いを読む努力を怠ってはいなかった。


「……不気味ですね。事前のチームの性質予想とは些か異なる感じがします。誰かの献策でしょうか」


 ヴァルキュリアにはあまり縁がないことだが、新興チームは他のチームの力を借りることがあると聞いていた。

 欧州では盛んではないため、予想に過ぎなかったが正解を引いていたのは流石だろう。

 冬を経ただけでチームのカラーが大きく変わるなど早々あり得る事ではない。

 天空の焔は悪く言えば、直情型のチームなのだ。

 細かい計略を使いこなすチームではない。

 そのためやり易いと踏んでいたのだが、この試合中、感触を掴めない嫌な感じが漂ってきている。


「まったく、いらぬ入れ知恵をしたのは誰なのか。顔を見てみたいです」


 クラウディアの雷撃を弾きながら、フィーネは溜息を吐く。

 フィーネは計略を用いるタイプではない。

 自分の力で押し切るのが大好きなパワーファイターである。

 ランク上位にまで来るような魔導師は基本的に脳筋なため、その例に漏れていないがフィーネは少しだけ違いがあった。

 葵と同じ頭の良い脳筋なため。冷静に試合を見極める事が出来る。

 経験と勘、そして願望も含めてフィーネは試合を動かす事を決めた。

 敵が待っているタイミングをこちらから出してやるのだ。


「それで来るのならば、良し。来ないなら」

 

 そのまま押し潰してしまえば良い。

 此処で容易く踏み躙られるのならばそれだけである。

 冷徹な決定を下して、フィーネはチーム全体に布告した。

 後衛が俄かに騒がしくなる。

 前衛によってかき乱された戦場に、後衛の攻撃が降り注ぐ。

 連携を分断された天空の焔は個別の対応を強いられるのだ。

 総合力によるゴリ押し、クォークオブフェイトと同じ戦い方を前にして、天空の焔はついに動き出す。

 最後にして、最大の攻撃は始まったのだった。






 天空の焔の作戦は大きく段階を分けた4段階存在している。

 1つは一切の抵抗を見せずに、ヴァルキュリアを自陣に引き込むこと。

 地の利ぐらいはこちらの味方に付けないと人数差で圧殺されてしまうためだ。

 香奈子、クラウディア、ほのか以外の3名はある目的のため、動かせないし動かしたところで戦力にはならないだろう。

 そのため、3名で対応できるだけの前準備として無抵抗を選んだのだ。

 あのまま最後まで試合が推移するようならば、そのまま3名で特攻してなんとかダメージを稼ぐという完璧な泥試合だっただろう。

 ヴァルキュリアの決断に頼るような不確かな作戦だったが、絡め手に縁がない香奈子たちに出来る精いっぱいがそれだった。

 2つ目は『ライトニングフィールド』の発動である。

 クラウディア強化が目的――ではなく、本来の目的は後衛の援護を困難にすることだった。

 魔力が大量に溢れている場所では、魔力探知は有効に使えない。

 ヴァルキュリアの後衛たちは優れた魔導師のため、その中でもある程度は正確な援護を行えるが、平時と比べれば誤射の可能性は高かった。

 後衛の力が完璧に発揮されると援護で潰されてしまうのだ。

 特にレオナに関しては注意が必要だった。

 レーザー攻撃は常時障壁を展開する以外で防ぎようがない。

 発動兆候もほとんど存在しない最速の砲台。

 ヴァルキュリアの後衛の中でも1つ上のレベルであり、強く警戒する必要があった。

 『ライトニングフィールド』のおかげで脅威を半減させられたのだから、作戦は上手くいったと判断してよいだろう。

 無論、これにも穴がある。

 フィーネが力を逆用してくれたから良いものの、仮に吹き飛ばす事を選択していた場合、話はまったく異なっていただろう。

 そして3段階目は――、


「ついに、来る」


 ――後衛を含めた総攻撃を誘発すること、である。

 ヴァルキュリアが大きな攻勢に出る時、後衛もある程度前に出て援護をするように行動が変化するのだ。

 誤射などを考えた場合離れすぎると、援護が難しいためそこまで珍しい行動ではないのだが、これをひっぱり出す事が天空の焔には絶対に必要だった。

 香奈子以外を前衛にした理由の一端がこれである。


「香奈子さん、準備は?」

『ん、術式は準備良し。相手の子も付いてきてる』

『ほのかさんも大丈夫だそうです。ただ、余裕はないとの事ですが』

「わかったわ。他の皆は?」

『準備万端です。『ライトニングフィールド』を維持する1名を除いて、バックス、戦闘陣共に問題なし、いつでもいけます』


 次々と入る報告をクラウディアは無表情で聞き続ける。

 ポーカーフェイスが苦手なため、相手に表情から意図を悟られないようにするために、無表情を装うしかなかったのだ。

 戦っている最中にも上手く運んでいる事に幾度も笑みが零れそうになるのを必死に耐えていた。

 無表情でも警戒感を抱いている事が読み取れるのに、笑みなど浮かべてしまえばフィーネならば必ず気付く。

 クラウディアが憧れた魔導師は伊達ではないのである。


「でも、ここからは全力」


 敵の攻勢が来れば、後はひたすらに戦うだけだった。

 小難しい事を考える必要は微塵もない。

 強大な敵の力、だからこそそれを利用するために彼女たちは行動してきたのだ。

 それがここに結実する。

 時が来るまで、クラウディアは静かに闘志を沈めておく。

 爆発する時は、もうすぐそこに迫っていた。


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