第233話
向かい合う2人の乙女、先手を取ったのはフィーネだった。
真っ直ぐに力任せに放たれる槍。
速度と力が合わさった攻撃を前に、クラウディアは技で立ち向かう。
「っ、受け流して、ここで斬る!」
「あら……」
槍の一撃をいなして、前に出る。
雷光を身に纏った一撃。
態勢が崩れているフィーネでは完全には防げない。
近接格闘の常識から考えれば、間違いなく訪れるはずの未来。
しかし、フィーネがそんな常識に従う義理など欠片もなかった。
攻撃を逸らされたなどという事実を無視するかのように、槍がよくわからない軌道を描いてクラウディアに向かってくる。
攻撃を受け流した直後、無防備な横方向からの薙ぎ払い。
クラウディアは咄嗟に対応することが出来ず、
「かっ!」
「油断大敵よ。これはどうかしら?」
直撃を受けて吹き飛ばされる。
咄嗟に障壁を展開したため、ダメージは皆無だが心には衝撃が走る。
明らかに人の手による攻撃ではない。
言うならば風で無理矢理動かしたような1撃だった。
「まさか……」
「余所見をする余裕があるのかしら?」
「……っ」
爽やかに笑いながら、フィーネは追加の攻撃を放つ。
先ほどと変わらない変哲のない攻撃。
速度と力以外にみるべき部分は存在せず、欧州最強の魔導師にしては稚拙な技量だと言えるだろう。
クラウディアでも受け流すことは十分に可能だった。
しかし、その単純な攻撃を前にして今度は大きく距離を取る。
代わりに放たれるのは特大の雷撃だった。
周囲の雷を吸収しつつ空を駆け抜ける彼女の1撃。
並みの魔導師ならば、成す術なく撃墜される攻撃を前にして、欧州の頂点は朗らかに笑った。
「それでは、私は止められないですね」
直撃まで後僅か、というところで不自然に雷が弾け飛ぶ。
クラウディアはその瞬間を見逃していなかった。
「……壁、なの」
何か壁のようなものに阻まれた。
障壁ではなく、自然操作系の能力だろう。
クラウディアにも発動兆候が掴めないほどの隠密性。
正体がわからない術式を前にクラウディアは迂闊に攻められなくなってしまう。
そして、クラウディアが防御に回るということは、必然としてフィーネの攻撃を招く。
「はっ!」
「っう!?」
フィーネの攻撃は癖がない。
教科書通りの綺麗な型で、読みやすいという欠点を抱えていたが同時にそれは利点でもある。
余計な事を一切せずに、ただ基本のみを突き詰めた攻撃。
どれほど剛に優れようとも本来ならば柔に制されてしまうそれをフィーネは、自身の能力により極限領域まで引き上げていた。
規模の違い、言葉にすればそれだけなのだがフィーネという巨人にとっての基本は他の凡俗とは決定的に異なる。
ただの1歩が他の者には絶望的な壁となるのだ。
「あ、あなたという人は!!」
「次はこれです。どうしますか?」
連続で放たれる突き。
傾向は先ほどまでと同じだ。
力とスピードは圧倒的で型に嵌ったかのように全てが美しい。
仮にこれが魔導競技のテストならば、100点を容易く取れるだろう。
積み重ねられた時間という重みが与えられた攻撃は強さを増したクラウディアでも対処は困難だった。
単純、シンプルな構図だからこそ突破するのにもシンプルさが要求される。
「こんなもので、私を倒せると思わないで!」
虚勢に近いが、心だけは負けぬと雷を纏った剣で迎撃する。
繰り返される光景。
フィーネが攻め、クラウディアが防ぐ。
一見の互角の戦況で徐々に押されるのはクラウディアだった。
フィーネは基本を繰り返しているだけなのだ。
それに対処するのに、クラウディアは応用を用いている。
使われている技術が高度だからこそ、負荷も大きいものとなっていた。
続けばジリ貧になる。
フィーネの戦い方はそこで焦った際の隙を突いてくるものだ。
知ってはいたが、いざ目の前にすると手堅さに戦慄を超えて、感動すらも覚えてしまう。
ここまで鍛え上げた技量自体が、クラウディアにとっては尊敬出来るものだった。
だからこそ、このままでは終われない。
「――攻める!」
「あら……、これは」
クラウディアは無謀とわかっていても状態を仕切り直すため、いや、1つ前に進めるために大技の準備を始める。
集められた雷――陣を描いて放たれる終焉の雷撃。
『ライトニング・ネメシス』――かつて、賢者連合のリーダー霧島武雄を葬った技。
クラウディアの手持ちでも最大クラスの攻撃を前にしても、フィーネの笑みは消えない。
見慣れた打開策を前にして、少しだけ呆れを滲まして警告を発する。
「――それでは無理、というのはわかっているのでしょうね。嫌いではないですが、付き合う義理もないですよ」
「……っ、やっぱり、こうなるのね!」
槍で攻撃するまでもなくフィーネが腕を横に払っただけで、クラウディアの乾坤一擲の1撃は終わりを告げる。
障壁で防がれるのならば、納得しよう。
敵の攻撃で砕かれるならば、相手を賞賛もしよう。
では――触れも出来ない場合はどうすれば良いのだろうか。
考えたくなかった可能性。
最悪の事態がついに目の前に具現化しようとしている。
変換系の生みの親、自然現象の王。
そんな彼女に所詮、派生に過ぎない雷が効くのだろうか。
クラウディアが疑問に思っていた事が、ついに証明されてしまった。
「トール!」
『ライトニング・ブラスト!』
間髪入れずに放たれる雷撃は周囲の影響を受けて国内大会の規模を容易く凌駕する。
優香の『蒼い閃光』にも劣らぬ威力だろう。
しかし、それも先ほどと同じ光景を再現するだけであった。
フィーネは何か行動らしいものを見せずに、目を細めただけで雷は夢の如く霧散してしまう。
「その力の大本、もう少し考えなさい。技ならばともかく術式は通用しないですよ」
「やっぱり……。トール、伝達をお願い」
『了解』
クラウディアの脳裏に蘇るのは事前に行っていた対ヴァルキュリアの戦闘シミュレーションである。
どんなパターンでも最終的には天空の焔が敗北していた
仮にこれが実力だけの問題ならば、メンバーたちは奮起して努力をすれば良いだけだったのだ。
しかし、現実は残酷だった。
天空の焔は何も実力差だけで、絶望的だったわけではない。
相性差――2人のエースが向こうのリーダーに手も足も出ない事が絶望だったのだ。
香奈子は攻撃特化の魔導師である。
破壊力が封じられてしまえば、打開策は存在しない
クラウディアに至っては実質的に雷を封じられたようなものだった。
実力は半減で済めば良い方だろう。
「……いきます!」
剣を構えて一気に間合いを詰める。
その様子を笑顔でフィーネは褒め称えた。
クラウディアは能面のような表情で、愚直に格闘戦を挑む
「その勇気に敬意を。わかっている結果覆そうと挑めるのは多くないです」
「……はッ!」
闘志を胸に秘めて、クラウディアは愚直に剣を振るった。
満面の笑みで戦うフィーネとは対照的にその表情には如何なる感情も浮かばない。
暴虐の女神を前に、クラウディアはただただ前に進むのであった。
技巧の限りを尽くすクラウディアの攻撃。
その尽くが目の前の怪物には決定打を与えない。
背後からの雷による奇襲もその知覚範囲からは逃れられず、逆に掌握されて雷撃を受ける始末だった。
純粋な格闘戦以外では真面に戦う事すらも許されない。
あまりにも大きすぎる格差。
体力を消耗した上に心理的に追い詰められるクラウディアの攻撃はどんどんと荒くなっていく。
それとは正反対に機械の如き正確さを以って、フィーネの攻撃は止まらない。
優劣は誰の目から見ても明らかだった。
クラウディアの手数が減るほどに、フィーネの攻撃は増していく。
このままではいつか破断点を超えてしまうだろう。
迫る破滅を前にしても表情の変わらないクラウディア。
彼女の心境は対峙しているフィーネにも読み取れない。
1つだけ確かな事は、このまま進めばフィーネが勝利を勝ち取るということだけだった。
連続する攻防の中、会話もなかった戦場で唐突にフィーネは手を止める。
クラウディは相手を見据えて静かに距離を取った。
激情家の彼女がここまで感情を見せないのは、中々に珍しいことだろう。
そんな相手の変化に気付いているのかはわからないが、フィーネは変わらぬ笑顔のままで彼女に話しかける。
「ここまで伸びているとは、本当に良い経験をしたのですね。見事です」
「……ありがとうございます」
僅かに戸惑いを見せるほど、純粋な敬意に溢れた言葉だった。
それを受けて、クラウディアも僅かに警戒を解く。
気を許したとかではなく、警戒する必要性がないと判断したからだ。
常に気を張り続けても無意味に体力を消費するだけである。
相手が話をしたいのならば、させればよかった。
時間を稼げる事は何も悪い事ではない。
しかし、その気の緩みは一瞬で終わりを告げる事になる。
「このままずっと続けたいところですけど……。そろそろ、次に進みましょう」
「……次?」
「ええ、だってあなたたち、何かを狙っているでしょう? 不意を突かれるよりはタイミングをコントロールした方が良いですから」
「……そう、ですか。ここまで、順調だったのは」
「さあ? ご想像にお任せしますよ」
ある程度相手の思惑にのることで試合の流れをコントロールする。
後は途中で筋書きを外れて、勝利を勝ち取ればよかった。
フィーネは今がその時だと言っているのだ。
罠に踏み入り、相手の思惑にのった上で叩き潰す。
傲慢なようだが、実力さえあるのならば問題はない。
どんな罠でも踏み砕く、その自負を侮りと取るかは人それぞれだろう。
クラウディアは誇張でも何でもないと受け取った。
欧州の魔導師事情を変えた女性が、ただの自信家な訳がない。
同じ規格外が不意を打ったからこそ、昨年はあっさりと勝負がついたのだ。
クラウディアは自分の才能と実力を信じている。
信じているが、桜香以上などとは戦ったこともあると身としては断言することは出来なかった。
「させない、絶対に!」
「ならば、私の予想を超えてみてください」
フィーネは手を天に翳すと周辺に大規模な干渉を行い始める。
鳴り響く雷が徐々にフィーネの方へと集められていく光景は、天空の焔が予想した中でも1番最悪のパターンを示していた。
クラウディアのための力が、大本たるフィーネにも影響することはある程度は想像の範疇ではある。
それでもいざ、目の前にくると表情が硬くなるのも道理だろう。
「……それはっ」
「さて、おしゃべりもここまでにしましょうか。攻勢に出ますよ。――耐えられないのなら、ここまでです」
銀の魔力が薄く広がり、神秘的な光景が現出する。
雷光を背負う光景はその2つ名、『元素の女神』に恥じないものだった。
クラウディアは不利な戦況を前にして、覚悟を固める。
事前のパターンで想定した内、もっとも最悪のパターンに試合は入ろうとしていた。
それでもまだ希望は残っている。
クラウディアの瞳に力は失われていない。
「死中に活あり。……上手くいくのを祈りましょうか」
絶体絶命のピンチ、額に浮かぶ汗を拭う事もせずクラウディアは前を見据える。
天空の焔の作戦は第3段階へ移行。
ここからが本番だった。
イリーネの追跡を受ける香奈子、カルラと戦うほのか。
そしてフィーネと戦うクラウディア。
妙に少ない人員の中、天空の焔は懸命の抵抗を続けるのであった。
「武雄さん、あれってあんたの策なんだよな?」
「まあ、アドバイスはしたな」
「ちょ、敵に塩を送るとかどうなのよ!」
「あー、わかっとる、わかっとる。説明するがな」
「おう!」
翼の攻撃を受けて、武雄はめんどくさそうに口を開く。
まず、今回の事を説明する前にいくつかの事を整理しないといけない。
天空の焔の戦力とヴァルキュリアの戦力格差についてである。
総合力というものは、チームの実力を図る上でとても重要になる要素の1つだ。
普通に考えて、強い魔導師が居る方のチームが勝つのは当たり前の話だろう。
そこを覆すのが作戦などの要因になるのだが、これらはそもそも後付けのものだ。
極端な事を言えば、チームの人員を揃えられなかったための代替手段とも言えなくもない。
事前に強い者を揃えて、圧殺できるのならばそれが最適なのは言うまでもないだろう。
「ヴァルキュリアは其処らへんの完成度がちょっと飛び抜けとる。あそこは全チームで1番、チームとして完成しとるからな」
「まあ、それはそうだな」
「じゃあ、今度は天空の焔だが……ま、見るべきところはほぼないわ。ぶっちゃけて言うと全チームで1番弱いのはここか、クロックミラージュだろうよ」
「おまっ、ちょ……」
「事実は認めろ。話はそこからだな」
実際問題として、天空の焔はエース2名の水準でのみ世界にいる。
チームメイトも強くなったが、1対1で健輔にも手も足も出ないようなレベルでは少し厳しいものがあった。
純粋に実力不足である。
エースに引っ張られたチームにはよくあることだが、これではどうしようもない。
真面に戦えるのが、2名しか存在しない時点で不利なのは否めなかった。
「おまけにメンバー全員が絡め手にも向かん。直接打撃要員ばかりだからの」
「ああ、浸透系とかが少ないのか。創造系は?」
「バックスにはいるが……レベルはお察しだな」
仮に明星のかけらが出場していても厳しい事には変わりないが、天空の焔よりはマシだっただろう。
メンバーの実力ではアマテラスに劣らない。
桜香の存在が目立つばかりであれだが、他のメンバーもベテラン域は超えているのがアマテラスである。
総合力も悪くはなかった。
絡め手は苦手、総合力も低い、おまけに相性が悪い。
三重苦という笑えないほどの戦力差だった。
「……そんなにきつかったのか」
「ヴァルキュリアは今大会のトップチームだぞ? 総合力ではアマテラスもクォークオブフェイトも勝てんわ。正統派の常勝チーム。多少気合を入れて勝てるなら苦労せんわ」
「いや、クォークオブフェイトはアマテラスに勝ったからさ。いけるのかなと」
「妄想も大概にしろや。健輔のような奴がホイホイと転がってるわけがないわ」
アマテラス打倒の中心は疑いようもなく健輔である。
同じことをしようと思ったら、類似の人材は必ず必要になるのだ。
しかし、そんな奴が転がっているわけもなく、さらには天空の焔にいるはずもなかった。
正面からの決戦を強いられている状況、にも関わらず実力に劣る。
「……詰み?」
「論理的に考えればな、あれもない、これもない。ないない尽くしで何とかできるのは軍師の仕事ではないな。それこそ、魔法使いの仕事だろうよ」
「俺たち、一応魔導師だけどな」
「奇跡の使い手ではないわな」
数字で見れば絶望的な格差。
明星のかけらのように僅差ならば、自爆でもすれば多少は埋めれる。
後は勢いを掴めば勝てたが、今回はそうはいかない。
多少の流れを無理矢理引き寄せるぐらいには女神は強かった。
現にクラウディアが引き寄せようとした流れは、多少本気を出しただけの女神に押し流れてしまっている。
「じゃあ、お前がしたアドバイスって何だよ? てか、敵に塩送る意味なくね?」
「ああん? 何でじゃ? 送った塩が本当に役に立つなど、誰が決めた」
「えっ……」
武雄は翼の表情を見て、ニヤリと笑う。
確かに絡め手を行う手段は少ない。
しかし、皆無という訳でもない。
少ない手札で戦術魔導陣を発動させた。
他の小細工も用意している。
天空の焔は少ないなりに、きちんと対応はしていたのだ。
「薬も過ぎれば毒になる。要はバランスが取れているのならば、崩せば良いのよ。それが下方向である必要はない。過ぎた力は身を滅ぼすわな」
「……お前、やっぱり性格悪いわ」
「はっ! 今更だの」
天空の焔の作戦は根本の部分で対明星のかけらと変わっていない。
追い詰められるのは前提だが、無意味に散るのはいただけないだけだった。
如何に効率良く死ぬか。
言うならば、そのような思考でチームが動いている。
「それが第3段階。後はもう1つだな」
「おっ、まだあるのか?」
「ああ、とっておきがな。結局、力押しがチームの性質ならば仕方ない。力押しをすればよい訳だ」
「はああ!?」
翼の驚きを無視して、武雄は不敵に戦場を見る。
攻勢に出て、勢いのままに押す。
やっている事はクォークオブフェイトとよく似ている。
相手の動きの起点を潰すように、一気に圧力をかけるのだ。
そこから崩れれば立て直しは難しい。
ここで崩されないように抵抗するのが、普通だが発想を変えれば良いのだ。
砕かれる事は分っているのだから、勢いよく割れれば良い。
急に支えが無くなれば攻撃している側も、態勢が崩れる事は避けらないのだから。
「後ろに転ぼうが、前に転ぼうが同じよ。転んでいるのは、転んでるんだからな」
相手の強さを上手く使う。
天空の焔が勝機を見出したのは、そこであった。
ヴァルキュリアの本格攻勢、それはすなわち天空の焔の本格攻勢でもある。
重なる思惑の果て、どちらが相手を使い潰すのかに勝負行方は掛かっているのだった。




