第232話
「おうおう、派手にやっとるの」
「うげ、あんなに雷が降り注いでるよ、やばくないか?」
「ああん? ヤバイに決まっとるだろうが、自分たちが危ないくらいにせんと、あの怪物には効かんよ」
観客席の一角で、賢者連合のエース霧島武雄は友人の小林翼と共に試合を見守っていた。
もっとも、見守っていると言えるのは翼であり、武雄はほとんど野次馬のようなものである。
仮にも教え子だったものたちを応援しに来ているはずなのに、目には女神が見せる力に対する好奇心しかなかった。
「んで? 今回は何を仕込んだんだよ? あれもお前の入れ知恵なんだろう? というか、俺らの秘術を漏らすなよ。あれ、微妙に手が加わってないか」
「ああん? 漏らしてないわ。あれは構成を手伝っただけよ。簡単な術式をデカくしただけだしの。おまけにまあ、おそらくだが意味はないと思うがな」
「……え?」
武雄から飛び出て来た信じられない言葉に翼は思わず隣を見る。
光を浴びて輝く頭を迷惑そうに見て、武雄は香奈子が展開した術式のネタバレを行う。
「あれは、見たまま雷を降らせるだけよ。指定も出来ない、おまけに数だけは多くて避けにくい、といいとこなしよ。集団自決術式とか、そんな類よな」
「おまっ! それって欠陥品だろうが! 何を押し付けてるんだよ!?」
「人聞きの悪い。押し付けてなんてないわ」
「いや、お前さっき欠陥って」
「それが大事になる、ということよ」
武雄の言葉に嘘はない。
香奈子が展開した術式自体には意味がないのだ。
あれは、クラウディアが使って初めて意味を持つ事になる。
『ライトニングフィールド』――その名の意味をヴァルキュリアは知ることになるだろう。
欧州で生まれ、日本で育った『雷光の戦乙女』がある意味で生みの親と言える『元素の女神』に逆襲する。
これほど痛快な事はないだろう。
そのために、現在の差を埋めるピースの1つとして用意したのがあの欠陥術式なのだ。
自陣で展開するために相手を引き摺り込む必要性があり、中々に博打の要素が強かったがここまでは順調に来ていた。
武雄が懸念する要素があるとすれば、ただ1つだけである。
「あの女、面白がって乗りおったの」
何が待っているかもわからないのに、天空の焔の作戦にあっさりと乗って来た。
理由はいくつか推察できるが、本当のところは本人しかわからないだろう。
勝つための策を授けたのは確かだが、武雄でも読み切れないのがフィーネだった。
他の上位、桜香と皇帝はどちらかと言えば人としてはわかりやすい。
それに対して女神は外に出ている情報と比べて、内面がよくわからないのだ。
わからない、と言う事はそれだけで脅威となる。
未知の部分が多いため。武雄でも作戦を組むのは困難だった。
「まったく、外見は良いが面倒な性格をしている。あいつは男に好かれんな」
「そうだよな! 美人だけど、あれだよなー。遠すぎて、そういう対象で見れんわ」
「あん? なんじゃ、好みなのか?」
「そりゃあね。外見は完璧じゃないか。外人らしく出るとこは出てるしな。でも、こう、あの笑顔が怖いわ」
フィーネは美人である。
彼女を見て10人が10人そう認めるくらいには、整った容姿をしているだろう。
無論、好きになるかは好みの問題のため別の話だが、美しいという事だけは誰でも認められるレベルにあった。
しかし、翼は美醜の問題ではない領域でフィーネは苦手である。
底知れない微笑みに臆して、忌避感を覚えてしまう。
笑顔の裏が怖い、とでも言うのだろうか。
美人の微笑みを怖いと思うのは翼も不思議だったが、本能的なもののため諦めていた。
翼の感想を聞いて、武雄は面白うに笑う。
ある意味で女神の思惑通りになっている友人が面白かったのだ。
「はっ、お前はあれの試験を合格出来ないみたいだな」
「へ? 何の話だよ」
「選り好みが激しい、そういう事よな」
「はぁぁ? もうちょっと、俺と会話してくれないですか」
「答えはもう言ってるわ。儂もあまり得意ではないタイプだが、あいつ自体は良い女子だと思うぞ」
武雄は友人の訳がわからないといった感じを放置して、試合に意識を戻す。
今回の戦いでは、フィーネの性格などはあまり関係がない。
重要なのは、もう1つの方面挑戦者としての側面だった。
「……何かを確かめたがっている。なるほど、強くなると一苦労があるか」
持ちうる者にはその者なりの悩みが存在している。
この試合で初めて浸透系と組み合わせた自然操作を見せたのも、裏にいろいろと事情がありそうだった。
武雄が見たところ、先ほどの香奈子との交戦は一方的に見えてかなりの弱点を晒している。
弱点というのは正確ではないのだが、粗が目立つのだ。
思いつきの術式というのは基本的に、荒削りな部分が多く戦闘の中で改良されていくのが常である。
健輔のシルエットモードなどがわかりやすいだろうか。
実力の向上という要素もあるが基本的には自分の弱点を埋めるために生み出し、その結果生まれた弱点を埋めての繰り返しだった。
「ふむふむ、これは面白いな。あいつは1人なのか。あの3人の中ではな」
皇帝と太陽が抱えておらず、女神だけが抱えている問題。
それがこの試合だけでなくこの先においても意味を持つだろう。
欧州の歴代でも最強クラスだからこその悩み、武雄は表に出ない苦悩を読み取って笑ってしまう。
「出会いは近いかもな。まあ、そのためには突破すべき壁があるわけだが……。面白くなるの」
ここから先に起こる事を期待して、武雄は試合を見つめる。
応援はしているが、どちらが勝っても彼としては退屈しないだろう。
ならば、少しでも派手になればよいと、他人事だから勝手な事を念じるのであった。
そんな念が通じたのか、試合は激しさを増していく。
雷に覆われ陣で一際強く輝く光、雷光が唸りを上げる。
武雄は荒れていく戦場を見て、期待感に胸を躍らせるのだった。
辺り一面、ところ構わずに降り注ぐ雷光。
戦術魔導『ライトニングフィールド』。
その名の通り、自陣に雷を降り注がせるだけの術式である。
規模の割に魔力消費が少なく、戦術系の術式の中では軽い部類のものになるだろう。
最も、これを試合で使ったチームなどほとんどいない。
当たり前と言えば、その通りなのだが、この術式は雷が降り注ぐ『だけ』なのだ。
降り注ぐ雷を制御することなど出来ないし、そして制御出来ないのだから、味方にも攻撃は降り注いでいく。
敵の撃滅がメインであるはずの戦術魔導で、この効果は完全にデメリットしか存在しない。
唯一メリットと呼べるのは、乱戦時には役に立つぐらいだろうか。
それすらも、自チームが負けている事が前提となる。
この『ライトニングフィールド』に限らず、自陣で展開するならばある程度は簡単に使える戦術魔導が一切使われてこなかったのは、これらの事が理由だった。
「……自爆、と思いたいですけど。『雷』……暗示したつもりですの?」
「そんなつもりはないわよ。私の属性から考えたらこれが何なのかぐらいは直ぐにわかるでしょう」
「わからないのなら、余程のおバカさんでしょうね」
口調は軽いが、イリーネは水で出来た槍を強く握りしめる。
『雷』――目の前のライバルの代名詞たる属性を彼女が知らないはずがない。
普通に戦った際に、イリーネはクラウディアに勝ち越せた理由の1つに、自然に存在している力の割合がある。
空気中どころか生物が生きていくために必須の水はどこにでも、とまでは言わなくても、試合会場で扱える程度には適度に存在していた。
それを媒介として利用することで、イリーネは自分の実力以上の創造も可能にしていたのだ。
今、その前提が覆されてしまった。
其処彼処に存在する『雷』はクラウディアにとっては餌なのだ。
他の者には制御出来ない暴力も、彼女にだけは強力な味方となる。
「罠だとは、思っていましたけど……なるほど、そういうことでしたの」
「勝手に納得してれば良いわ。私は何も言わないもの」
「……変わりましたわね。昔のあなたはもっと、無愛想でしたわよ」
「そうかしら?」
「ええ、まるで、目標を得たみたい。フィーネ様? いいえ、それとも――」
イリーネはそこで言葉を区切る。
これ以上は無粋だった。
ライバルが最高以上の力を以って、戦場にいる。
ならば、やることは1つだけだった。
「参りますわ!」
「トール!」
『ブリッツモード・アサルトシフト』
雷が集っていく。
淡い黄金に近い輝きにイリーネですら目を奪われた。
チームを支えるエースとして、全てを託されたクラウディアは負けられないのだ。
エースなのは同じだが、背負うという気持ちがないイリーネは心では絶対に勝てない。
そして、唯一優っていたはずの実力という優位が消えようとしている。
「あまり、私を舐めないでくださる!」
『術式発動、モード『ウンディーネ』』
イリーネの髪が彼女の魔力光――海のような深い青へと変化する。
オーラを纏う姿はまさしく水の妖精と言うべきだろう。
背中にうっすらと形勢された羽は水を集めた武装でもある。
「水よ!」
一瞬で水の柱が幾つも湧き上がり、天へと伸びていく。
クラウディアを囲むように生まれた水柱は意思を持つかのように姿を変えて、蛇のような顔を持つに至った。
「行きなさい、『レヴィアタン』!!」
創造者の命に従い、怪物たちがクラウディアに牙を剥ける。
意思を持つかのような動き、誘導弾でも難しいな精密な操作。
変換系と創造系だけでは成せない術式にクラウディアはこれがイリーネが覚醒した固有能力だと確信を持った。
「小細工よ! それに、大味なだけで意味はないわ!」
「そう思うのなら、それで良いのではないかしら!」
迫るモンスターに手を翳す。
集う雷光に撃ち抜かれて、頭部が消し飛んだ。
火力でクラウディアに勝てる訳がない、しかし、それも予想通りだったのだろう。
イリーネは不敵に笑い、次の術式を展開した。
「これに耐えられますかッ!」
「っ、これは、氷の槍!」
飛び散った怪物の水が槍となって、クラウディアに飛来する。
数はざっと数えて、100は優に超えているだろう。
四方から迫る攻撃、普段のクラウディアならば多少のダメージは覚悟しなければならなかったところである。
しかし、雷が降り注ぐこの戦場では意味をなさない。
「消し飛びなさい、『ライトニング・ブラスト』!!」
展開された魔導陣に周囲の雷を吸収して放つ。
単純な攻撃だが、それ故に防御も困難だった。
イリーネの創造物たちが次々と消し飛ばされていく。
「私の作品を簡単に!」
「悪いけど、これ以上は付き合ってられないの。――消えて!」
「言ってくれますわね……。後悔しないでくださいませ!」
挑発とわかっていても、そのような言い方をされれば流石に頭に来てしまう。
まだ早いとわかっているが、イリーネも全力を出す事を決意する。
周囲の環境の力を借りないといけないようなレベルに馬鹿にされる訳にはいかないのだ。
彼女は次代の女神を狙っている。
周囲からの人気だけで言われているなどというのは彼女のプライドが許さない。
ちゃんと、実力でそう言われるだけのものを用意していた。
世界戦に向けて、調整を続けていた切り札を発動させる。
「後悔と言う言葉を教えてさしあげます!!」
体の激しい発光現象は彼女が魔力を高める時に起こるものだ。
人体のほとんどは水で出来ている。
イリーネの属性はその『水』なのだ。
応用の方法はいくらでもあった。
大きな口を叩いた友人にきつい一撃を与えよう。
嗜虐的な笑みを浮かべ、攻撃性を上昇させる。
「術式発動モード『ネプ――」
しかし、その術式発動は唐突に終わりを告げる。
迎撃態勢に入っていたクラウディアから見ても、一切の前兆を感知出来ないまま、イリーネはいきなり移動を開始するのだった。
水の膜が展開されて、イリーネの姿が消えていく。
敵による転送妨害に対応するため、極小のフィールドで自分を覆って転移したのだ。
これで妨害にある程度対抗できる。
先ほどまで最高のテンションだった相手がいきなり消える事態に、流石のクラウディアも驚きが隠せない。
慌てて後を追おうとした時、
「へ、ちょ、ちょっと!!」
「あら、何処に行くの? 私が此処にいるのに」
「えっ……」
クラウディアの耳に入る聞き覚えのある人物の声。
作戦通りならば、今頃は香奈子が足止めをしているはずの人物。
彼女が憧れた何よりも強いに魔導師にして、気品に満ちた美しい女性。
最後に聞いた時と変わらない、優しく慈愛に満ちた声が聞こえてきたのだ。
クラウディアは壊れかけの人形のようにゆっくりと後ろを振り向いた。
「フィ、フィーネさん……」
「ええ、お久しぶりね、クラウディア。随分と良い方向に伸びたみたいで安心したわ。あなたは少し真面目すぎたから心配していたの」
「え、ええ、ありがとうございます」
試合中にするような会話ではないが、自然と応じてしまう。
勿論、クラウディアは臨戦態勢であるし、構えは解いていない。
いや、正確には気付けば自然と構えていたのだ。
いつ後ろに回っていたのか。
まったく気付けなかった事に衝撃を受けている。
転移を行ったのだろうが、前兆すらも掴めなかった。
それだけでフィーネの圧倒的なまでの術式制御能力が垣間見える。
「っ……」
「ふふ、どうしたの?」
当の本人は特に凄いことをしたというような認識はないようだった。
クラウディアの速やかな防戦態勢を見て、素直に感嘆の声を上げている。
「あらあら。ええ、――本当に素晴らしいわ。だから、イリーネにあげるのは勿体ないと思って、代わって貰ったの。そちらも私と戦うのが予定に入っていたのでしょう」
「ッ――はあああああッ!」
声のトーンが変わった瞬間にクラウディアは全霊を以って斬りかかる。
これ以上、会話を続けるのはマズイと本能が叫んだのだ。
大幅に上昇した身体能力と雷を纏って、クラウディアは会心の一撃を放つ。
しかし、カンっという大きな音が響いて彼女は彼我にあるあまりにも大きな差を悟ってしまう。
出現した槍型の魔導機にクラウディアの渾身は容易く止められていた。
ここに至って、クラウディアはフィーネの狙いを悟る。
フィーネは天空の焔の――今回の作戦の中核を狙い撃ちに来たのだ。
副次的な目的もあるだろうが、メインはここでクラウディアを叩き潰すことだろう。
穏やかな印象に反して、大事なところで勝負はきっちりと抑えてきている。
「さあ、始めましょう。私がどこまでやれるのか、教えてちょうだい」
私の力を見るために、貴様ら鏡になれ。
傲慢に過ぎる宣誓と共に、フィーネはクラウディアに挑む。
言葉に反して、全体の動きは奇抜であっても基本を押さえている。
全てが勝つための布石なのかもしれない、とクラウディアは思った。
しかし、そのような感傷を抱いたのは一瞬、フィーネが槍を構え直すのを見て彼女の臨戦態勢に移る。
彼女はエース、チームの勝利を背負っているのだ。
どんな相手であろうとも退くわけにはいかなかった。
意地と執念がぶつかり合う。
試合は中盤、突然の交差から試合がついに本格してきたのだった。




