第231話
赤い魔力に勝気な瞳。
炎のように揺らめく赤い魔力は彼女の属性『火』を象徴するかのようである。
『烈火の侵略者』――炎の攻撃力とヴァルキュリアにおいては最上位の身体能力持つ少女は地に伏せている獲物をしっかりと見つけていた。
『火』――正確には熱量なども感知できる彼女から逃げたいのならば、体温ぐらいは隠しておく必要がある。
「見つけたよッ!!」
「っ、応戦する!」
些か汚れているが、その容姿がカルラには見覚えがあった。
坪内ほのか。
天空の焔のナンバー3である。
事前の情報収集では、詰まらなくはない相手との評価だった。
カルラは自分の運の良さに満面の笑みを作る。
欧州において、強さを示した少女は思いのままに力を振るう。
「いくよ! 直ぐに潰れないでね!」
「子どもみたいにっ」
共に似たような格闘スタイル、技術ではほのかはカルラに負けていなかった。
しかし、だからこそより残酷な事実が浮かび上がってしまう。
「熱いっ、これが」
「そうだよ! これが私の力ッ!」
カルラが近接戦で圧倒的な強さを誇った理由がほのかの前で燃え上がっていた。
両の拳だけでなく、全身を覆う炎。
周囲の温度すらも一気に上昇させる熱量の中で、カルラだけが楽しそうに笑っている。
防御で触れれば燃え移り、障壁で防御しても炎が広がってしまう。
機動で逃げようにも、類稀な格闘センスのおかげなのか、先回りされてしまい交戦を強要される。
それだけでない、カルラのより凶悪な点は全ての行動が攻撃に繋がる点だろう。
空にも関わらず、彼女の移動した後には炎の燃え残りがある。
進路を塞ぐようなそれは、何もせずに通れば当然ダメージを受けるし、おまけとばかりにほのかを囲んでくるのだ。
これが移動するたびに増えるのだから、格闘戦をしている方としてはたまったものではない。
「ははっ! すごい、すごい! こんなに逃げれる人は珍しいよ!」
「そ、そう……光栄だわ」
激変する環境にほのかは大量の汗を流す。
環境操作に対抗する術式は発動しているが、意味を成していなかった。
この温度上昇もカルラの魔力によるものため、通常の環境操作術式では対応出来ないのだ。
クラウディアが言っていた言葉が思い返される。
「自然が敵に回る……。なるほど、ようやく実感出来たかも」
用意していた術式を発動させて、環境対策だけは行っておく。
結局、カルラが拳に纏っている炎には対抗出来ないため、穴はあるのだが何もしないよりは大分マシになっていた。
「っぅぅ、熱い!」
「そんなに握ると火傷しちゃうかもよ? 防護術式は優秀だけど、自分からの行動には穴があるからね~」
「……余裕ね」
「うん? まあねー、何か罠はあるんだろうけど、本国でも似たような感じだったし、そんなに私は気にしないかな」
すんなり答えるカルラに僅かに毒気を抜かれつつも、油断なく構えを維持する。
相手は常に自然体で構えの1つも存在しない。
自分よりも2つも年下の少女から、歴戦の風格を感じるとは思ってもみなかった。
クラウディアもそうだが、エースになるような人物は早熟なのだろうかと戦闘中にも関わらずくだらない事を思いつく。
ほのかが1年生だった頃はもっと普通だった。
少なくともここまでの負けず嫌いでも、バトルジャンキーでもなかったのは間違いない。
「まったく、私も……」
「うん? 考え事は終わった? そろそろ私も本気でいくよー!」
「ええ、ありがとう。とりあえずは、しばらく付き合ってもらえるかしら」
「いいよ。あなたみたいな魔導師はこっちでは少ないから、新鮮だしね」
「へえ、それはよかったわッ!」
炎を恐れず、ほのかは立ち向かう。
この戦いはまだ前提条件に乗せただけなのだ。
もっと深く引き摺り込むために、相手を夢中にさせる必要があった。
当初の予定通り、カルラと交戦を続けながらほのかはその時が来るの待つ。
事前の想定は残り2人を香奈子とクラウディアが相手をすることになっていた。
エース両名が向こうのエースとどこまでやれるのかを図る試金石にはなるだろう。
一抹の不安を隠して、ほのかは役割を遂行する。
彼女の不安を現実化したような光景が、他所で繰り広げられているのを知らないのは幸福だったのだろう。
イリーネ対クラウディア。
フィーネ対香奈子、この試合において本命と言える選手同士の激突も既に始まっていたのだった。
空を駆ける一筋の光。
轟音を響かせて、駆け抜けていくのは彼女の代名詞たる雷光である。
あらゆるものを焼き尽くす雷は優雅に空を舞う水の乙女に降り注ぐ。
「見事ね。ここまで完璧に遠近に対応してるなんて思いもしませんでしたわ。腑抜けているようなら、直ぐに終わらせるつもりでしたのに」
「生憎、ヴァルキュリアにいるよりも有意義だったと思ってるわ。その癪に障る物言いは相変わらずね」
「ふふ、あらら、少し見ない内に口が悪くなりましたね」
「そうかしら? 結構、使えるわよ。――頭にくるでしょう?」
「ええ――本当に、おバカさんですわね」
イリーナの声のトーンが下がった瞬間に周囲の温度も落ちる。
クラウディアは自然と体を動かした。
イリーナの属性は『水』だが、正確には『水』を基礎とした属性なのだ。
単一の属性ながら、複数に渡って影響力がある。
おまけに、系統のチョイスから汎用性においては群を抜いていた。
「貫きなさい! 『アイスニードル』!!」
「撃ち抜け、『サンダーバレット』!」
氷の矢と雷の矢がお互いを潰し合う。
空気中に含まれる水分を元に創造された氷を用いているため、純魔力とは言い難いイリーネの氷は変換系にも関わらず破壊系の影響を受けない。
器用な創造のやり方は司る属性もそうだが、本人のセンスにも大きな影響を受けているのだろう。
単一属性なのに幅広い対処能力を持つ事がイリーネの特徴だった。
冗談で次期女神などと持ち上げられているわけではない。
「ちぃ、小細工だけは上手い!」
「あなたも相変わらず、威力だけはご立派なこと!」
両者が牽制し合う事で、クラウディアは中々格闘有効圏内に入れない。
お互いにある程度遠距離でも戦える事がこの膠着を生んでしまっていた。
小細工、とクラウディアは称したがそれは褒め言葉でもある。
クラウディアの雷を多少の工夫で完全に防御出来るのは、間違いなくイリーネの実力が高いからだった。
周囲を守る薄い水の膜にしろ、総合的な術式制御能力ではクラウディアを大きく上回るだろう。
何の因果かはわからないが、その多様な手札と応用力は雪辱を誓った男性を思い出させる。
健輔も、傾向としては非力さを器用さで補うタイプの魔導師だ。
クラウディアにとっては苦手な相手だと言える。
「……健輔よりはマシだけど、困ったわね」
こうして、クラウディアが落ち着いて対処していられるのは、イリーネよりもより多彩でえげつない手を平気で実行する魔導師を知っているからだろう。
午前中の試合で見事に嵌められたハンナには密かに同情していた。
あれを初見で防げるのならばそれはもう預言者である。
「ふふ、少し、楽になったかな」
イリーネの実力を見て、焦りを覚えた心が少しずつ収まっていく。
クラウディアには超えないといけない壁があるのだ。
この程度で止まってたまるかと、力が湧きあがってくる。
「……そう、そうよね。こんなところで負けられないッ!」
「っぅ! 何やら、私以外に意中の方がおられるようで……少し、嫉妬しますわッ!」
クラウディアの斬撃を受け止めて弾き返す。
イリーネと健輔の違いを上げるならばこの部分だろうか。
健輔は自身の強さそのものは突出していない。
器用さで補っているが、数値上では大した脅威ではなかった。
対するイリーネは総合力が高い点で纏まっている。
器用貧乏ではなく、器用万能の領域に近かった。
まだ実力的に不十分な部分もあるため、ランカークラスには及ばないが将来性は高い。
だからこそ、『次代』の女神と呼ばれているのだ。
「はあああああッ!」
「そこ!」
クラウディアの大きな振りの隙をついて、イリーネが突きを放つ。
彼女の魔導機『シュトローム』は武装部分が健輔の陽炎と似たタイプになっている。
そこに水を纏わせる事で、より威力と変化性能を向上させていた。
武器の取り扱いという意味では健輔すらも超える器用さである。
クラウディアが欧州に居た時も、ころころと武器を変えていたがその戦法が水の術式と合わさってより凶悪になっていた。
「っ、この節操なし!」
「も、もう! 言うの事欠いて、そんな物言いを! 淑女として、どうなのですか!」
淑女というには強すぎるが、そこにツッコみを入れるような猛者はここにはいなかった。
仮にツッコめる位置にいて、やり取りが聞こえていたとしても並みの男性魔導師は何も言えないだろう。
久しぶりの再会に相応しいのか、相応しくないのか。
2人の姦しいやり取りは激しい格闘戦の中で行われる。
彼女らの高度な戦いは普通ならば、多くの視線を集めたのだろうが残念な事に怪物が直ぐ傍で暴れていたため、微妙な注目になってしまう。
破壊の黒王対元素の女神。
新興の魔王は破壊の力を以って、自然に立ち向かう。
勇者無き戦闘で勝利するのはどちらなのか、観客たちは固唾を飲んで見守るのだった。
赤木香奈子は強い。
特異な形で覚醒したため本来、彼女程の強さなら持っていてしかべき経験というものを持っていないが、それでも彼女は十分に強かった。
真由美の奥の手、魔力固有化のせいで幾分脅威を減じたとはいえ、あらゆる障壁を実質無視する力は変わらず脅威だったし、純魔力に対する鉄壁さも理不尽としか言いようがない。
硬く、その上火力も圧倒的。
大凡後衛が望む全てを備えた彼女だったが、その光景を前にしては心が圧し折れそうになっていた。
精神力では天祥学園でも随一だと香奈子も自負していたが、世の中には想像を超えてくるものがある。
まさしく、フィーネ・アルムスターという魔導師はそういう存在だった。
『不滅の太陽』に劣る、などという戯言を信じていけない。
これは桜香とは別ベクトルで外れた魔導師だった。
「はぁっ、はっ、はっ……!?」
大地が香奈子に牙を剥く。
先ほどまで彼女の陣だった場所は、明確な敵として襲い掛かってきていた。
攻撃の性質はリタと同じ投石系だが、規模が明らかに違う。
大地に亀裂が入ったと思った次の瞬間には、無数の礫が飛来していた。
敵に回ったのはそれだけではない。
風も、海も、そして日差しもあらゆる環境が香奈子に牙を剥いていた。
安心出来る場所など――存在しない。
「ふっ、は、は……」
破壊の魔力、なるほどそれは素晴らしい力だろう。
しかし、それは威力で雷に勝つものだろうか。
浸透系と創造系を組み合わせた能力は破壊系による消去が通じない。
去年のフィーネにならば、香奈子の力は通用した。
まだ去年の頃は創造系に頼り切っていたため、攻撃の規模なども今よりは小さく、純魔力で構成されていたからだ。
そこを桜香に突かれて、敗北しなければ今でも通用したかもしれない。
この仮定は無意味だろう。
確かな事は香奈子の防御力など無意味であり、目前で微笑む女性は国内大会では欠片も本気を出していなかったという事だけだった。
「あぁ、これは……」
元々口数が多い方ではない香奈子だが、この光景を前には何も言えない。
嵐を背後に背負い、場違いな程に優しく微笑む女性。
構図だけ見れば、それは神秘的な光景かもしれないがこれから裁かれる香奈子には悪夢の具現である。
交戦して、直ぐに放った攻撃は全てが障壁にすら辿り着くことがなかった。
ここに至れば香奈子も気付く。
武雄が何故、香奈子では女神に勝てないと断言したのか。
「相性が、悪い……」
香奈子の呟きを風で拾ったのか、女神は良く出来ましたと頷く。
まず、彼女を打倒するにはこの事実に気付かないといけない。
「気付いていたのですよね? それでも、改めて対峙するまでは確信が持てなかったですか? まあ、よくいらっしゃいますよ。勘違いされる方が多いですけど、私は後衛キラーですので」
欧州にも強い後衛魔導師は存在している。
真由美やハンナなどには及ばないが、それでもランカークラスだ。
十分にエース級と言ってよいだろう。
しかし、それらはフィーネに容易く粉砕されている。
前衛でありながら、大規模な火力を持っていて、おまけに範囲が広い。
故によく早合点するチームがあるのだ。
火力を集中させて自然を突破するのが女神を打倒のためのカギだ――と。
それが決定的な敗因だと知りもしないで、地獄への片道切符を握り締めてフィーネに挑むのである。
火力では彼女の防御は突破出来ない。
純魔力――つまるところ通常の最大火力を意味する砲撃は自然群を超えられないのだ。
フィーネの特徴は破壊力などではない。
彼女は前衛の防御型魔導師なのである。
おまけの火力が派手なだけで、本質的には守りの人間だった。
「あなたに勝つのに必要なのは防御を突破する力。去年は、それで敗れた」
「ええ、桜香に負けたのはそれが原因ですね。魔導吸収も、まあ要因の1つですが、決定的なものではありません。結局、私の防御力を超える攻撃力に対処出来なかったのが敗因ですよ」
素直にフィーネは負けた原因を肯定する。
彼女にとっては屈辱の記憶だが、だからこそ彼女は目を逸らさない。
苦い事から逃げる者に、栄光は訪れない。
己の不足を認める度量がフィーネにはあった。
この無意味に見える問答に応じたのも、ある期待があったからである。
「さて、そこまでわかっているのに、あなたが戦いに応じた理由は何でしょうか? 私に勝つのに必要な相手はわかっているでしょう?」
「……ん、肯定する。私は囮」
「あら、私は罠に嵌った、とそれは困りましたね」
まったく困っていないような声色に香奈子は僅かに苛立ちを見せた。
ここまで完璧に運んだ試合が、フィーネの協力によるものだと気付いていたからだ。
もっと、見せてみろ、言うならば激しく上からの物言いを態度で示している。
お前たち程度を踏み潰せないなら、私は優勝出来ないとでも言いたいかのような態度だった。
「ん、舐めたツケ、払ってもらう」
「見解の相違ですね。私は全てを受けて止めて、その上で超えたいだけですよ」
相容れない意見、相手の実力を認めた上で香奈子は思った。
――この女はいけ好かない。
魔導機を天に掲げて、香奈子は感情を爆発させた。
「戦術魔導陣、起動! 『ライトニングフィールド』!」
天に巨大な術式が展開されて、天空の焔の上空に万を超える雷が降臨する。
準備が出来た、後は傲慢な神をその座から引き摺り下ろすだけだった。
変わらず微笑む女神に、杖を向けて香奈子は宣戦を布告する。
世界大会第2戦に大きな流れが生まれた。
天空の焔の刃が神に届くのか、試される時が来たのだ。
フィーネは笑みを深くして、ゆったりとした動作で宣戦を受ける。
まるで何かを期待するかのような動作に、僅かに感じる不安を殺して香奈子は戦いを挑むのであった。




