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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第225話

「ハンナッ!」

「真由美ッ!」


 本来ならば、遥か後方で言葉を交わす事なくぶつかるはずの両名が激しく魔導機をぶつけ合う。

 間を飛び交う2色の魔弾はお互いに混ざり合い、姿を消していく。

 一進一退の攻防、いや、僅かだがハンナが真由美を押している状況だったが、表情に余裕がないのはハンナだった。

 チームメイトの全滅。

 リーダーとして、墜ちて行った者たちのためにも勝たなくてはいけない。

 悲壮な決意が彼女から余裕を奪っている。

 全体の状況として、追い詰められているのはシューティングスターズなのだ。

 最後の砦にして、希望たるハンナは多少の優勢程度では喜ぶ事も出来ない。


「落ちなさいッ!」

「させないよッ!」


 ぶつかり合う砲撃と砲撃。

 チャージ時間が0であるため、発動時間で優るハンナは時間を掛ければ真由美を撃墜する自体は不可能ではない。

 しかし、それは逆に言えば、撃破にそれなりの時間を必要とするということだった。

 体術を用いた格闘戦も基本は迎撃用であり、攻勢用のものではない。

 それでは意味がないのだ。

 時間はハンナの敵であり、真由美の味方だった。

 手詰まり感がハンナを焦らせる。

 頭の中ではわかっていても、迫るタイムリミットがどうしても頭に過ってしまうのだ。


「このままじゃ……」


 負ける、と口から出さなかったのは最後の意地だった。

 出来ることをやるしかない、決意の表情で前に出るが恐れていた事が起きてしまう。

 真由美に攻勢を仕掛けた瞬間、勘でハンナは体を僅かにずらす。

 気のせいかもしれないが、誰かに狙われている感覚あったのだ。

 そして、その感覚は正しかった。


「これは……、そう、来たのは真希!」


 アリスとよく似た魔力の輝きが通り過ぎるのを見て、敵が合流したことを悟る。

 2対1、それだけならばまだしも、後にはもう1人が残っていた。

 

「……真希は早く潰さないとダメ。どれだけ持つ?」


 真由美の砲撃を迎え撃ち、真希の狙撃を警戒する。

 後にはおまけとばかりに優香が前衛に来てしまう。

 全て揃えば、ハンナが落ちるのは時間の問題だった。

 このまま、真由美と戯れているわけにはいかない。

 決断は速やかに実行され、素早く行動に移される。

 もはや、成否を判断する時間すらも惜しい。


「――放出開始ッ!」

「まっ、これってっ」


 真由美の反応を無視して、ハンナは魔力を一気に放出する。

 前衛がよくやる収束系の緊急防御方法だがあれは別に前衛の専売特許ではない。

 同じ収束系のハンナも使えるのだ。

 後衛がここまで追い詰められる事は少ないので、お披露目の機会が少なかっただけである。

 小技の類だが、ここではそれが役に立つ。

 真由美相手に魔力の光と流れで隙を作った。

 この一瞬のチャンスを無駄にしてはいけない。

 真希は隠密性を頼りにしているため、1度攻撃を行うと直ぐに場所を移す。

 その際には足での移動がメインになるため、今回のような砂漠戦フィールドではあまり遠くに行けないはずだった。

 発射方向の範囲はきちんと絞ってある。

 ならば、


「推定範囲全部を消し飛ばせば!」


 固有能力を発動させて、一瞬で視界を埋め尽くす弾幕群が生まれる。

 ハンナの狙いを悟った真由美が妨害しようにも、既に放たれた攻撃の方が早い。

 雨の如く降り注ぐ砲撃はたった1人を踏み潰すために放たれた暴力だった。

 たった1つ、されど1つのランクの差を周囲に知らしめる。

 総合力で真由美を上回るとされたのは、格闘能力だけを加味したものではない。

 1年生の時から指揮官として、チームの作戦を主導してきたのはハンナである。

 まだリーダーとして見ると粗い部分も多い真由美よりも細かい部分では洗練されていた。


「よしッ!」


 天に昇っていく特殊な転送陣の輝きは真希が撃墜された事を示している。

 狙撃手が前線に近づきすぎたために、起こった事だった。

 混沌とする戦場において、相手の注意を分散する意味も込めて真由美は連れてきたのが、それが今になって仇になってしまう。

 戦況の変化に真由美の判断がついていけていない。

 悔しさが表情に滲んでいるが、真由美は直ぐにそれを破棄。

 合流した優香とフォーメーションを組んで仕掛ける。

 最後に残ったのは2つ名持ちの3名。

 女帝の意地が勝つのか。

 凶星が押し切るのか。

 勝負の行方はこの戦いの果てに姿を見せる。

 決着の時が来た。






 真由美が後衛、優香が前衛のオーソドックスなスタイルで2人は『女帝』と対峙する。

 ハンナの格闘に対する対処能力については真由美も良く知っていた。

 葵を退けたのは魔力固有化の能力上昇があったためだろうが、それを抜きにしても真由美よりは硬い。

 チーム全体の傾向とリーダーの能力は一致することがよくある。

 シューティングスターズは防御に長けたチームだが、これはハンナが本質的には防御系の魔導師であることが影響していた。

 クォークオブフェイトが個性的な集団なのも、真由美がその傾向が強いからだと言えるだろう。

 伝統があるチームはまた別の事情があるのだが、新興チーム同士の戦い故に今は考慮に入れる必要はなかった。

 重要なのは攻撃と防御の争いだということだけである。

 2人であっても守りに入っている以上、ハンナは簡単に落とせないということだった。


「優香ちゃん!」

「はいっ! タイミングはそちらで自由に。こちらで合わせます!」

「お願い!」


 ハンナのショートバスターを相殺して、真由美は優香を前に出す。

 真由美も収束能力には長けているが、ハンナには速度では劣る。

 ショートバスターと誘導弾を合わせた近接砲撃形態でハンナを牽制するが、相手も慣れたもので動揺すらも見せない。

 隙を見て接近した優香には障壁と体術と組み合わせて対処する。

 攻撃を受け流し続けるハンナを見て、真由美は感嘆を念が湧いてくるのを止められなかった。

 今の優香の攻撃を捌けるだけで、ハンナがどれだけの練習を積み重ねてきたのかよくわかる。

 近接戦に関しては完全にハンナの方が上だった。

 真由美は最強の後衛ではあるが、最高の後衛魔導師ではない。

 ハンナならば、香奈子に1撃でやられることもなかっただろう。

 世界ランク4位、たった1つの差でもそこには埋めがたい実力差はある。

 3強、皇帝、太陽、女神に次ぐ魔導師は伊達ではない。


「ハンナ、どこまで粘るのっ」


 真由美はシャドーモードを使って、先に魔力固有化を発動した。

 戦術としては正しかったが、時間が経つに連れて疲労は隠せなくなっていく。

 ハンナが最後の1人としての矜持で立っているように、真由美もリーダーとしての責務で戦っているような状態だった。

 疲労の極致でも後衛としての技に微塵も陰りがないのは、2人が積み重ねた時間のおかげだろう。

 如何な状態でもそれだけは譲らないと技で主張しているのだ。


「優香ちゃん、もう1回!」

「はいッ!」


 幾度目になるかもわからないショートバスターの相殺。

 生まれる奇妙な沈黙、突撃する優香。

 攻撃を受け流すハンナ、追撃を仕掛ける真由美。

 繰り返される同じ動作。

 シンプルな強さを持つ魔導師ばかりが残ったからこそ、その戦法は基本を突き詰めたものばかりになる。

 ハンナの堅守は崩れない。

 チームの頂点に立つ総合力は1人で女神などに挑める領域にいる。

 だからこそ、ランク4位。

 ランク4位と5位は上位3名を撃破出来る実力があるのか、という点が重要になる。

 そして、4位と5位の差は単独で上位3名と戦って勝てるだけの実力があるのかという点が差を作ってしまうのだ。

 真由美も単独で勝てるだけの可能性はあるが、1人で戦った場合は3強には届かない可能性の方が高い。

 しかし、ハンナは届くのだ。

 その差を埋めるには1人で戦ってはいけない。


「優香ちゃんが、こっちの生命線。向こうは必ず、そこを狙いにくる。その時こそ――」


 自分とライバルの争いだからこそ、個人での勝敗に拘るつもりはなかった。

 最後まで勝利を狙って全力で戦う。

 それが試合の前に誓った約束だった。


「あなたが防御ならば、私は攻撃。1人で守っているあなたに負けられないっ!」


 相手が持ち味を生かしてこちらに抵抗しているのだから、こちらも同じようにすればいいのだ。

 クォークオブフェイトは前進して、粉砕するのがチームとしての在り方である。

 リーダーとして、後輩たち以上の勝ちへの執着を見せなければいけない。

 真由美は後衛、いつも前衛の魔導師たちが守ってくれている。

 そして彼らは自爆も辞さずに全てを賭けていくのだ。

 彼らのようなチームメイトを持てた事が、リーダーとして誇らしく同時に負けたくないと思う。

 ハンナが何を狙っていようが粉砕する。

 決意を胸に真由美は向かう。


「ああああああッ!」

「これぐらいで、負けられないわねッ!」


 再度攻撃がぶつかりあって、閃光が弾けていく。

 繰り返される光景、違いはたった1つ。

 優香が前に出るのと同時に真由美も紅い輝きを纏って、前に出て行く。

 赤と青の競演、迫る2つの光を前にハンナの決断が試されていた。




「はぁっ、はぁっ、まだッ!!」


 高速で迫る蒼い輝きに黄色の魔弾が殺到する。

 魔力回路は既に限界を超えていた。

 朦朧とする意識、しかし、魔力を生み出す際に僅かに走る鈍痛がハンナの意識を覚醒させる。

 蒼の輝き、動きを目で追えないほどの速度を前に勘だけで彼女は対処を行う。

 チャンスが近づいてるのをハンナは感じていた。

 相手が状況を動かそうとする時は最大級の危地であると共に、ハンナにとってはチャンスでもある。

 状況を大きく寄せるだけの力は残っていなくても、方向性を変えるのは難しくない。

 真由美の、クォークオブフェイトの性格を考えれば必ず前に出てくる。

 どれほど追い詰められていても、ハンナは勝利を目指すのを辞める事はない。

 最後のチャンスだけを見つめて、優香の攻撃を捌き続ける。

 ハンナは真由美ならば、この場面で必ず来ると信じていた。


「お呼びじゃないわよ、優香!」

「まだこんな力がっ」

「甘いわ! 覚悟もなく、私の前に出ないでッ!」


 魔導機で優香の双剣を弾き飛ばして、ハンナは不敵に笑った。

 余裕のある振る舞いは相手に焦りを抱かせる。

 何をしても通用していないような気分にさせるのは、こんな状況だからこそ重要なことだった。

 優香がヴィエラとの戦いで消耗している事もあってか、魔力を用いた範囲攻撃がなかったのがハンナに有利に働いている。

 些細な要因だが、ハンナが未だに戦えているのはその辺りも大きかった。

 小さな積み重ねを行い、ハンナは粘る。

 必ず敵は勝負を急ぐ時が出てくるのだ。

 2人である内に必ず行動に出る。

 ハンナは真由美以上に真由美を知っていた。


「あなたなら、絶対に……」


 それだけを支えにして、ハンナは戦ってきたのだ。

 そして、待っていた好機がついにやってきた。


「――空気が変わった。真由美、来るわね」


 明らかに敵の空気が変わった。

 優香の突撃も今まで通りに見えて、コースが微妙に異なっている。

 疲労していた頭が一気に冴えていく。

 残していた全てを賭ける時が来た。


「はああああッ!」

「障壁、展開!」


 優香を障壁で止めて、一気に高度を上昇させる。

 先程までとは違う動きに優香が、警戒した表情を見せるが、


「吠えろ! 『シューティングスター』!」

『術式発動『シューティングスター』』


 展開された小型の魔導陣に光が灯る。

 そこに打ち込まれるハンナの砲撃。

 魔導陣を通過した瞬間に砲撃は幾つにも分かれて、意思を持つかのように真由美たちに襲い掛かる。

 

「ハンナッ!」

「落ちなさいッ! 真由美!」


 上を抑えてからの砲撃。

 ハンナが2人纏めて撃ち落とすために用意していた切り札だった。

 消耗している状態ならば、威力よりも正確性であり、より言うならば数が必要になる。

 1つ2つは速やかに対処を出来ても、10を超えれば防御を突破するものも存在した。

 そして、その状況ならば真由美は必ず前に出る。


「この程度で!」

「――ええ、そうね。あなたは前に出る。絶対(・・)に」

「あっ――」

 

 ハンナがショートバスターを多用していたのは消耗が大きくて、砲撃を使うような余裕がなかったからだ。

 真由美もそれは同様であり、自身の消耗具合からハンナの消耗度を予測していた。

 今、それが裏切られる。

 1発だけだが、ハンナは用意していた。

 黄色の輝きを前に、真由美を目を見開く。

 障壁を展開しての強行突破は彼女の防御を脆くしている。

 全力での突貫作業のせいで、既に方向転換など出来ない。


「私の、勝ちよ!!」

「優香ちゃ――」


 砲撃が放たれて、真由美は閃光に飲まれる。

 退場の輝きを見るまでもなく、ハンナは次に備えて体を動かす。

 最後の力は燃え尽きて、気合で動いているような状態だったがまだ1人残っているのだ。

 優香を倒して、初めて試合は決着をする。

 

『ハンナさん、後ろですッ!』

「っぁあああああッ!」


 バックスの声に導かれるように背後を振り返りつつ、誘導弾を生成する。

 今度こそ本当に余力は残っていない。

 ヴィエラが体力を削ってくれた事が救いだが、それでも優香の高機動は厄介だった。

 魔弾は放たれて、優香は切り払いで対処する。


「あなたを落として、私たちが勝つッ!」


 ハンナは勝利のために、前に出ようとして、自分の置かれた状況に気付く。

 真由美との戦いに集中していたため、気付かなかったが大きな魔力反応が5つ存在している。

 ハンナが気付いた事を補足するかのような情報が入った時、彼女は真由美の狙いに気付いた。


『ハンナさん、魔力反応が5つ……これは、魔力分身、プリズムモードです! そんな、あれだけ魔力を使ったのに、まだ余裕があるの!?』

「そう、そういう事なのね……」

「「「「「ええ、ハンナさん。これで終わりです」」」」」


 唱和する5つの声。

 重なった勝利の宣言を前にハンナは――笑った。

 彼女が真由美を信じたように、真由美も信じたのだ。

 ハンナはまだ余力を残している。

 それを全て絞り出すために、あえて攻勢に出たのだ。

 真由美は優香がまだプリズムモードを使うだけの余力があるのを知っていた。

 しかし、バカ正直に使ったまま進めばハンナの『シューティングスター』にやられる可能性がある。

 だから、己を囮にしたのだった。

 優香が残れば、真由美はいらない。


「ふ、ふふふ……勝負に勝って、試合に負けた、か。変な気持ちね」


 迫る優香をハンナは笑って迎え撃つ。

 どれが本物かわからない。

 諦めたように振る舞えば、馬脚を現してくれるかと期待したがそんな事はなかった。

 鍛え上げられた次代の魔導師を前に、改めて笑いが浮かび、誇らしさと悔しさが湧いてくる。

 ここで自分の戦いが終わる事への悔しさ。

 同時にこれほどの相手と戦えた誇らしさを胸に、彼女は3年間の戦いを笑顔で終える。


「私たちの勝ちですッ!」

「――ええ、あなたたちの勝ちだわ」


 優香たちの攻撃が決まり、ハンナは光に包まれる。

 試合時間、1時間11分。

 世界大会第1戦――クォークオブフェイト対シューティングスターズの戦いはクォークオブフェイトの勝利に終わったのだった。


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