第223話
「真由美お姉様!!」
「言いたい事はわかるけど、ここで取らせてもらうよ!」
アズリーが撃破された事を認識したヴィオラは一気に陣形を組み替える。
サラの意思に反してでも、彼女を前衛にして敵の攻撃を耐える必要があった。
そのための障害も既に把握している。
「お姉様、お願いします!」
「ええ、任せて。ヴィオラは自分の事に集中してくれたらいいわ」
剛志をヴィエラに任せて、ヴィオラは真由美に集中する。
自分とアリス、サラを有機的に連携させないと撃破どころか凌ぐのさえ難しい。
相手には葵と優香もいるのだ。
火力と機動力が揃った相手に鈍重な防御だけを頼みにすれば、結果は火を見るよりも明らかだった。
「健輔様のせいで、ここまで予定が狂うとは……!」
健輔と真由美の入れ替わりは可能性としてはあり得たが、どこで入れかわったのかわからないのだ。
妙な感覚はあったからこそ、警戒はしていたのに偽装を解除するまでまったくわからなかった。
魔力探知、他にも光学探査など全てのチェックを潜り抜けるなど尋常ではない。
特に魔力探知は誤魔化しようがないはずだった。
そこまで考えて、ヴィオラはある引っ掛かりを覚える。
「魔力、万能系……まさか!」
それならば説明は出来る。
器用貧乏と言われた万能系だが、大きく話が変わるだろう。
もしかしたら、全ての系統を使える能力などただのおまけに過ぎない可能性が出てくる。
「いえ、今は健輔様よりも目前の脅威をなんとかしないと」
健輔の脅威を頭の片隅において、ヴィオラは前に意識を切り替える。
アズリーが抜けたが、この部分だけに的を絞ればまだ互角だった。
挽回は可能である。
そのために、まずは仕留める必要のある相手がいた。
真由美を除いて、相手は全て前衛。
彼らが攻撃するには近づく必要があるが、ヴィオラたちには豊富な遠距離攻撃があった。
サラの障壁で真由美の攻撃を防ぎ、敵が獲物を前に出すのを誘う。
「来ましたわね、剛志様」
剛志が障壁を破壊しようと前に出る。
葵が護衛についているため、容易く落とす事は出来ないだろうが、そこは早い話やり方次第だった。
ヴィオラの指先から都合10本の魔力ラインが伸びる。
体から味方に出ている分も合わせれば、合計で20近くになる糸を彼女は完璧に操作していた。
浸透系で名を馳せたのは先代太陽『藤島紗希』がいたが彼女とはまた違う領域でヴィオラも凄まじい。
全てを掌握して、味方の補助を行いながら自分も戦闘をこなすのである。
並みの使い手ではない。
「葵お姉様を前に引き寄せて」
サラに追加の障壁を展開させて、進路を誘導する。
葵の火力でもサラの障壁を簡単に破壊するのは容易ではない。
剛志が破壊系を以ってあっさりと突破しているが、それは例外であり、本来はこのような使い方も出来るのだ。
「そして、次に」
伸びたラインの先、アリスに指示を送る。
真由美を牽制している最中に送るには難しい指示だったが、アリスならばやれるとヴィオラは確信していた。
そして、その思いに答えるかのように、
「アリス様、ありがとう」
地面に砲撃が直撃して、砂が宙に舞う。
アリスの隙を見逃さないと真由美の攻撃が迫り、障壁を貫いてアリスに当たってしまう。
残りライフが30%。
良く撃墜されなかったいうべきだろう。
サラが自身の判断で防御に回ってくれたのがよかった。
アリスを危険に晒してまでも、生み出したのは宙を舞う大量の砂。
これこそがヴィオラの狙い。
一時的といえ、葵や剛志たちは視界を奪われている。
ならば次に頼るのは、直感などの第6感とおそらく魔力探知のはずだった。
「魔力を全力放出。ここで1人は貰います!!」
ヴィオラから展開された魔力が一気に周囲に広がり、魔力干渉を行う。
突発的に乱れた魔力、そしてこの状態で本命の1撃を放つ。
ヴィオラの意思に従い、砂が固まって槍となり剛志に向かって放たれる。
護衛対象の危険を察知したのだろう。
葵が庇うような動きを見せる。
しかし、この場合はそれでよかった。
所詮、先の槍など唯のハリボテであり、本命からかけ離れているのだから。
「葵お姉様がお気付きになられるまでが、私のシナリオ通りですよ」
『いくわね、ヴィオラ』
「お願いします、お姉様」
優香と交戦していたヴィエラの声が念話で届き、ヴィオラは自然と体が動く。
健輔にシャドーモードがあったように彼女たちにも必殺技があった。
魔力が拡散して、純魔力砲撃が行いずらい環境で巨大な岩石を創造して叩きつける・
協力術式『メテオ』。
姉妹による無謬の連携が葵と剛志に襲い掛かる。
直撃すれば、2人とも撃墜判定に出来るだろう攻撃。
ヴィオラが必殺を確信したタイミングでの攻撃だったが――真紅の星がそれを許さない。
「きゃああああ!?」
岩石の中央部分を貫く紅い閃光。
魔力固有化が発動している真由美にヴィオラ程度の魔力では干渉出来ない。
仮に干渉妨害を行いたいなら、桜香と同じレベルの力量が必要だろう。
砕かれる必殺、ヴィオラは最善を得られなかった事に苦い顔をする。
「ここで、2人欲しかったのですけど……仕方ありませんわ」
2人は諦めよう。
しかし、1人は必ず持っていく。
言外の宣誓は真由美たちに届く事はなかったが、何よりも明確な事柄によって届られることになった。
砕いたはずの岩が爆発して、槍となって降り注ぐ。
葵が防御に回るがもはや、遅かった。
破壊系は特定の相手には強いがそれ以外には脆いのが特徴である。
障壁を容易く貫いて岩の槍が次々と突き刺さり、剛志のライフを削り切った。
特殊な転送陣で消えていく選手を見送る事なく、ヴィオラは次の準備を進める。
まだ試合は終わっていないのだ。
「こんなところで、終われませんの」
静かだが、執念の籠った声が伝わり、シューティングスターズのメンバーは奮起する。
消耗はあれど、状況はまだ互角だった。
ヴィオラは最後まで諦めない。
次の相手に狙いを定めて、全員に指示を出すのだった。
局所的とはいえ、人数でクォークオブフェイトが負ける。
おまけに敵の連携は脅威だった。
1人の監督が舞台の役者全てを操って、追い詰めてくる。
個の実力では劣る者もいる中、上手く攻撃をいなされていた。
「うん、指揮官もしくは統率者としては私よりも上だね」
真由美は冷静にヴィオラを評価する。
この混乱した状況で戦場を把握しきって、クォークオブフェイト側の弱点を狙ってきたのは見事の一言だろう。
剛志はサラに対しては天敵だが、それ以外では途端に弱くなる。
この試合ではサラを封殺するだけでも十分だったが、役割を果たし切る前に撃墜されたのは痛かった。
後少しだった、悔やむところはそこであろう。
「サラを速やかになんとかしないとダメだね」
ハンナが戻ってくる前にサラを倒さないといけない。
健輔が懸命に時間を稼いでいるが、もって後数分程度だろう。
剛志が居なくなったことで、サラの鉄壁が鉄壁として機能している状態で速攻は難しい。
「……厳しいけど」
ここで真由美がサラに力を集中させるのもヴィオラに読まれている可能性が高い。
そこに踏み込んでなんとか出来るほど、余裕があるとは真由美には思えなかった。
真由美も固有化を発動してからそれなりに時間が経っている。
限界は少しずつ迫っていた。
時間は向こうの味方で、真由美たちの敵。
悩む1秒が取り返しがつかなくなると、わかっていても決断することが出来ないのは、ここでの決断が試合を左右するからだった。
高鳴る心臓の音、乾いていく喉。
音が消えていく空間で真由美は悩み、そして――、
「優香ちゃん。いけるね」
『わかりました。援護を願います!』
「任せて!」
――最も消耗が少なく可能性に満ちた少女にチームの命運を託す。
決断はそれだけ、後はライバルの妹を粉砕することに全力を賭すだけだった。
戦場での小さな決断。
これが試合を決める大きな岐路となる。
紅から蒼へ、試合の行く末は託されたのだった。
桜香との戦いが終わって以降試合に臨む時、優香には不思議な感覚が付き纏う。
どこか戦っているのが自分ではないような非現実感、とでも言うのだろうか。
全力で戦っているのに、まるで力を出していないような気分になるのだ。
例えるのならば、夢の中で走るようなものだろうか。
走っているはずなのに、どこにもいけない。
そんな行き詰った感覚を優香は姉を倒してから覚えていた。
それは1つの目的を達成したことによる燃え尽きだったのかもしれない。
心の中で永劫超えられないだろうと思っていた桜香が、健輔に敗れた時に彼女の見ていた夢は終わってしまったのだ。
今思うと、不思議な話である。
桜香を倒したのはあくまでも健輔なのだ。
自分では何1つとして、達成していないのに勝手にやり切ったつもりになっていた。
己の愚かさと浅ましさに気付いた時には、途端に恥ずかしくなってしまったのは優香にとっても思い出したくない話である。
相棒に全てを預けただけで姉を超えた、などと烏滸がましいにも程があった。
だからこそ、彼女は新しい夢を追い掛ける。
「今度は私、1人で――」
冬休み、健輔は1つの目標を掲げた。
それまでも心の中で意識していただろうことを言葉にすることで自分と契約を結んだのだ。
高らかに夢を謳うのは、子どものような笑顔だったが、優香にはとても大人びて見えていた。
優香もそれに倣う。
今度こそ、姉を自分で打倒するために、今までの自分を超えよう。
そのために、かつて超えられなかった壁を破壊する必要があった。
この機会はまたとないだろう。
夏の自分で倒せなかった相手に、積み重ねた全てをぶつける。
「サラさんッ!」
「っ、優香?」
構える双剣、纏う空色のオーラ。
蒼い閃光が今こそ、その名に相応しい領域まで舞い上がる。
分身による多彩な攻撃と全方位立体攻撃。
系統による高機動と高い力量。
そこに高火力を加えて、今までの優香も十分に強かった。
しかし、エースの領域まではまだ届かない。
1年生という立場を考えれば十分だが、彼女の目標を思えば足りないのだ。
出来る出来ないの領域で話すのではない。
やるか、やらないか。
ただそれだけの話だった。
限界を超える事を恐れていたら、世界戦では勝てない。
目の前の戦いを見て、高ぶる心のままに優香は叫ぶ。
「雪風!」
『術式展開『オーバーリミット・エボリューション』――起動します!』
「させない!」
優香を閉じ込めるようにサラが障壁を展開する。
そこに援護をするようにヴィエラのゴーレムが襲い掛かった。
数の優位をいかして、ヴィエラを遊撃にしてサラとアリスという軸でクォークオブフェイトを踏み潰そうという作戦である。
葵はヴィオラに拘束されていて、何も出来ない。
ここで優香を打ち取れば、一気に優位に立てる。
「そっちがそうであるように、こちらも負けられない。優香、あなたでは私には勝て――」
サラは返り討ちにあったヴィエラのゴーレムを見て固まった。
刀身が蒼く輝く魔導機、粒子のように周囲を舞う蒼い光。
激しい魔力の放出ではない。
むしろ、穏やかで柔らかいオーロラのような魔力の揺らぎを前に美しさでサラは一瞬言葉を失った。
「なっ、え?」
勿論、それだけで歴戦のサラが隙を晒すなどあり得ない。
サラが固まったのは、もう1つの理由があってこそだった。
ヴィエラのゴーレムがいとも容易く両断されている。
それだけならばまだ納得出来たが、自分の障壁が紙でも斬るかのように縦に割られた光景は彼女をして、信じられない出来事だった。
自負があるからこそ、晒した致命的な硬直。
その隙を――優香は見逃さない。
蒼く澄んだ瞳で相手を見つめて、静かに術式名を呟く。
「『蒼い(ブルー)閃光――3重光』」
「っっ、しょ、障壁全開!!」
優香の剣が一閃した事で、3つの閃光が生まれる。
彼女の雪風は双剣型の魔導機。
2つの剣から生まれた6つの輝きがサラを狙う。
しかし、相手は『鉄壁』である。
『蒼い閃光』がかつての優香の1発の大技だとしても、真由美の砲撃すら耐える障壁の群れには無力のはずだった。
単なる『蒼い閃光』ならばそうなっていただろう。
だが、この局面、しかも優香が世界大会で最初に使った大技が普通のはずがなかったのである。
障壁に着弾する瞬間、攻撃は意思を持つかの如く、するりと脇を抜けていく。
慌てて、道を塞ぐがその全てを軽やかに攻撃は避けていくのだ。
もはや、誘導弾などという領域のものではなかった。
「攻撃が、避けた? 意思でもあるって言うの!?」
障壁と接触する直前に、『蒼い閃光』が意思を持つかの如く接触を避ける。
まるで攻撃が自分で状況を判断しているかのような光景。
普通の誘導攻撃は目標とした相手の魔力の量で相手を追いかけるものである。
そのため、当たり前ながら無力化されることも多い。
誘導弾にしたことで威力が低下したりもするため、あまり人気がないのが常だった。
本来何かを操作するというのは浸透系の部類のため、創造系のみで成そうとするのは難しい話なのだ。
「優香、あなたは一体、何を!!」
「教えられませんよ。知りたければ、自分で攻撃に当たれば良いかと」
「っ、戯言を言う!」
感知できる魔力量から『蒼い閃光』が砲撃クラスの魔力を秘めているのは確実である。
検証のために、直撃など出来るはずもなかった。
『サラお姉様!』
「ヴィエラ、あなたは防御に専念しなさい! 今の優香を相手にして――」
「――隙を見せて、どうなるか。その身で味わって下さい」
「しまっ」
一瞬で懐に侵入した優香を見て、サラはミスを悟る。
しかし、今のサラには頼もしい後輩が付いていた。
本人の意思に関係なく、体が動いて障壁を展開する。
10枚の障壁が2人の間を遮断してしまう。
このまま動きを止めてしまえば、先ほどまでとは逆に優香が追い詰めれる事になる。
サラはいつでも対応できるように準備を始めた。
その時に気付く。
6つの『蒼い閃光』はどこに行ったのか、と。
砲撃は長時間存在出来ないため、数分もすれば霧散する。
普通に考えればそれが1番あり得たのだが、サラは念のため周囲の状況を調べた。
そして、『蒼い閃光』の本当の力を知ることになる。
「優香の反応が……7人!?」
優香のプリズムモードの存在を思い出して、先ほどの攻撃の意味を理解する。
術式の名前は同じだが、内容が変わっているのだ。
「ヴィオラ、ダメ!」
周囲の優香を見たヴィオラがサラの身体を操作して、防御を行おうとする。
――それこそがこの攻撃の狙いだと気付かないで。
ヴィオラからわかるのは、あくまでも情報としての戦況だけだった。
実際に戦っているサラの思考が伝わるのは、タイムラグが存在している。
戦場において、1秒の遅れは致命的であり、
「雪風!」
『貫通術式『細雪』』
「魔力が、粒になって……私の障壁を超えてくる!?」
双剣を合わせて、1つの大剣とし優香はサラの障壁に叩きつけた。
優香の魔力は雪の粒になって、障壁に付着する。
その後に、サラの障壁を犯すように広がる優香の色。
深い青が空の青に染まっていく光景はサラの鉄壁が塗り替えられていく証左だった。
脆くなった障壁で優香の攻撃をそれも7人分防ぐ術など存在せず、
「貰いました!」
「っ、このまま、終わりはしませんッ!」
必殺の距離、サラが生き残る方法はもはやなかった。
しかし、それとチームの勝敗は別問題である。
このまま、優香を完全な状態で放置出来るはずがなかった。
衝撃を逃さないように、四方に展開される障壁。
一種の密室となった空間を前にして、優香はサラの狙いを悟る。
それでも彼女は前に出た。
僅かでも躊躇すれば、生還の目が出てくる。
チームのために、ここでサラを落とす必要があった。
「はあああああッ!」
「――ハンナ、後はお願い」
サラの言葉を最後に2人は光に飲まれる。
覚悟の自爆。
奇しくも、健輔が撃破されたのと同じタイミングだった。
光が晴れて、そこには1人で佇む優香の姿がある。
「……お見事でした。無傷、とはいかないですね」
半分を切ったライフを前にして、優香は苦い表情を見せるが直ぐに戦士の顔に戻る。
まだ試合は終わっていない。
役割を果たしたパートナーの分まで彼女が頑張らないといけなかった。
先ほどの穏やかな『蒼』は消えて、いつも通りの色を身に纏い優香は真由美たちの元へと向かう。
どちらのチームも相応に消耗している中、総力を結集してぶつかり合う。
天秤は大きく揺れ動く。
決着の時を待ちながら――。




