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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第4章 冬 ~終わりの季節~
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第222話

「剛志!」

「わかっている!」


 前衛の2人が素早い動きを見せて、健輔と真由美は援護態勢に入る。

 シューティングスターズが術式を完成させるのと、ほぼ同時にクォークオブフェイト側の集結も完了していた。

 敵の動きを待つことなく、初動を制するために前に出る。

 しかし――

 

「来るっ!」

「ちぃ!!」


 ――発動速度では女帝に勝てない。

 始まりと同じ黄色の絨毯爆撃。

 逃げる隙間もない攻撃の光景はそれ自体は今までと差異がない。

 違いをあげるのならば、砲手が極めて強力になっている事と、2人の連携に隙が見当たらないことだった。

 視界に映るハンナを見て、葵は忌々しそうに舌打ちをする。

 固有化した攻撃はもう葵でも迎撃すら出来ない。

 後ろに任せないといけない、という事自体が彼女にとっては不愉快だった。

 それでも表情に不安はない。

 己の実力に不満はあっても背後を守る者たちへは信頼しかなかった。


「健ちゃん、いくよ」

「りょーかい」


 葵の内心はともかくとして、真由美と健輔も迎撃に移る。

 放たれる真紅の双閃は威力において、ハンナたちの攻撃に優っていた。

 2つの光は戦場を薙ぎ払うように放たれるが、肝心の射手には届かない。

 絶対の壁が後ろへの通過を許さないのだ。

 さらに、初戦と異なる部分もあった。

 真紅の光は威力絶大であり、ハンナたちの攻撃を完全に消し飛ばしていたが、彼女たちの攻撃を止めることが出来ていない。

 一糸乱れぬ弾幕の嵐は変わらずそこに存在していた。


「これは、タイミングを読まれてる?」

「いえ、それだけじゃない感じです」


 2人の攻撃で敵の弾幕は消滅はしている。

 しかし、相手はその間を連携で埋めていた。

 健輔と真由美が攻撃を打ち消した部分に、追加の攻撃が届くように間隔を計算して攻撃しているのだ。

 葵たちに被害はないが、前に進むという目的が果たせない。

 また、警戒すべき攻撃はそれだけではなかった。


「藤田、防御だ!」

「え、きゃあああ!!」


 剛志の言葉に従い、咄嗟に防御を行ったおかげで撃墜は免れたが、葵のライフが一気に半分近く削られる。

 狙撃の一撃、意識の間隙を突いた完璧なタイミングでの攻撃だった。

 ここまでされれば、全員が術式『シューティングスターズ』の正体に嫌でも気付く。


「メンバー間の感覚の同期と操作。ヴィオラさん、まさかここまでとは……」


 優香が僅かに感嘆の意を乗せて、言葉を発した。

 浸透系は前衛に用いられる系統の中でもかなり地味な系統である。

 直接戦うには非力に過ぎて、絡め手をしようにも創造系の汎用性に負けてしまう。

 日陰者の系統、と口が悪い者は言ったものだが見る目がないと言うべきだろう。

 この系統は仲間を連携させるという点において、莫大な力を発揮する。

 単体よりも群体でこそ真価を見せるのだ。

 1年生にして、既に世界でも有数の使い手であるヴィオラはチームメイトの感覚を完全に掌握してみせる。

 仲間は本当に1つの生き物になったかのように、相手をサポートする行動が行えるようになっていた。

 ヴィオラが鍛えあげてきたゴーレム操作の究極系。

 さらに双子の姉妹たるヴィエラとリンクすることで、彼女たちも実力を大きく向上させる。

『ツインバースト』の術式は別に固有化専用というわけではなのだ。

 魔力パターンが一致するならば誰でも扱える。

 無論、そのための技術的なハードルは高いが血縁というファクターがそこを抑えていた。

 チームという絆だけでなく、血縁という絆すらも力として取り込んでいるのだ。

 アルマダとは似ているが、方向性が異なるもう1つの集団にして、個たる魔導師たちの集まりだった。


『――という解析結果だな。大丈夫なんだろうな? 真由美(・・・)

「ん? まあ、なんとかなるよ。私と健ちゃんで向こうに乱入するよ。剛志くんとかにはお願いね」


 敵に恐るべき連携を前に真由美は恐れるどころか、笑みすらも見せる。

 確かに素晴らしい術式だが、弱点はいくつもあった。

 必要以上の恐れは必要ない。

 向こうがヴィオラを中心とした態勢を最後の切り札としたように、こちらにも世界戦で優勝するために生み出した術式がある。

 既に用いているそれの力は決して、ハンナたちに劣るものではなかった。


「さて、行こうか」

「うーす」


 今の状態ならば、わざわざ言葉で伝える必要はない。

 隣にいる健輔にリンクで作戦を伝えておく。

 どこか呆れたような意思が伝わってきて、真由美(・・・)は笑みを深くした。

 影、とはよく言ったものである。

 かなりの負荷になっているだろうに、光源に合わせて弱音すらも吐かないのだから。

 真紅の光が激しく光り出す。

 まるで共鳴するかのような赤い輝きが周囲全てを照らした後に、クォークオブフェイトの姿は消えてしまったのだった。






 シャドーモード。

 健輔が発動した新しい必殺技。

 冬の間に苦手な勉強にまで手を伸ばして、彼が完成させた切り札。

 未だに完全に使いこなせておらず、本来の目的から考えれば力の半分も発揮出来ていないのだが、その有用性は圧倒的である。

 真由美を短時間で魔力固有化に導けるのだから、言うまでもないだろう。

 戦場で暴れ回るのは真由美であっても、そんな怪物を解き放ったのは健輔である。

 戦果が両者の協力であることは明らかだった。

 しかし、ここで疑問が残る。

 そもそも、シャドーモードとは何なのか。

 その重要な答えが何1つとして、示されていない。

 ハンナたちもハッキリとした確証はないままに戦ってきた。

 その答えが、今明かされようとしている。


「後ろ!」


 突如として姿が消えたクォークオブフェイトの面々だったが、奇襲という点ではあまり意味がなかっただろう。

 術式『シューティングスターズ』はバックスも取り込んでいるのだ。

 俯瞰姿勢で試合を演出するヴィオラに奇襲などほぼ意味がない。

 ヴィオラからの警告を受けてハンナが叫ぶ。

 同時に彼女の意を受けるまでもなく身体が反応を見せている。

 ヴィオラからの浸透操作は限界を超えた領域での反応速度なども実現していた。

 その上、


「ハンナ!」

「ナイスよ、サラ!」


 連携にまで隙がない。

 広い視野を持つヴィオラがチーム内全ての情報を掌握して、彼らを人形のように操る。

 神の視点を持つ操り手は戦場という舞台において圧倒的な強さを見せつけていた。

 真由美たちは転移したは良いものの、分断されて各個撃破の構図へと持ち込まれてしまう。

 ハンナを狙ってきただろう真由美を落とすために容赦のない火力が投入されていく。

 チームの精神的支柱、ここでリーダーを撃破することの意味は大きかった。

 逃げ場を塞ぐように展開される障壁。

 正面から迫る砲撃。

 真由美がたまらず防御態勢に入るが、


「甘いわよ、真由美!」

「っ……」


 すかさず間合いに侵入したハンナに近接戦を仕掛けられる。

 ハンナを守るようにサラの障壁が部分的に展開されているため、防御面においても真由美の勝ち目はない。

 しかし、終わりなき凶星もエースだった。

 周囲の様子に頓着することなく、魔力を大放出する。

 真紅の力の暴力的な噴出現象。

 圧力に押されて、ハンナも僅かに後退する。


「これぐらいで――」

 

 真紅の光を押し返す黄色の光。

 ハンナの勢いに押されて、紅い光は粒子となって四方に飛び散る。

 

「――止められると思わないで!」

「っ……!?」

「ハンナ、行って! 今の内に真由美を!」


 サラの声に押されるように、ハンナが一気に前に出た。

 真由美の近接戦闘能力を彼女は良く知っている。

 だから、この1撃は決まると確信していた。


「貰ったわよ!」

「あっ――まずっ」

「えっ……」


 展開された障壁を叩き割り、0距離で砲撃を放つ。

 ハンナの固有能力『ポイント・ゼロ』は圧縮時間も一瞬にしてしまう複合的な能力である。

 近接戦闘でもハンナが戦闘能力を減じない理由がこれだった。

 野性的な笑み、勝利の確信を前に笑ったハンナの表情が、真由美の顔を見た瞬間に凍りつく。


「バっ――」

「おっと、バレたか。悪いな、ハンナさん」

「――っ、サラ!」

「障壁展開!!」


 先ほどまで確かに真由美の反応を示していた魔力がいきなり別の人物の者になる。

 美しい表情は消えて、中からは似ても似つかない男性の顔。

 バックスとの連携も行っているため、多大な情報を握るヴィオラですらも息を呑んだ。

 一体、どうやって。

 シューティングスターズの面々に張り付いた表情に答えを返す事なく、健輔は不敵な見を浮かべて、


「ディメンションカウンター!」

 

 日本最高のカウンター術式を発動させる。

 ハンナの必殺の攻撃はそのまま術者に跳ね返ってしまい、ハンナは光に飲み込まれる。

 完璧な奇襲を演出したことで、一瞬だが確かに固まるシューティングスターズ。

 ハンナは辛うじて、サラの防壁があるから無事にも関わらずヴィオラを含めて全員が意識を集中させてしまったのだ。

 1つの生き物であり、多くの視点を持っていて、俯瞰している。

 しかし、逆に言えば、意識を集中させるような事を起こせば目を奪われてしまうということでもあった。

 健輔の詐術が完璧なタイミングで決まり、真由美は笑みを深くする。

 本物の真由美が戦っている相手をこの時、多く者が意識していなかったのだ。


「貰ったよ、アズリーちゃん」


 真紅の暴虐が1人の選手に狙いを付けて、光に飲み込む。

 この試合、最初の脱落者はシューティングスターズの選手からとなる。

 乱戦の中、クォークオブフェイトは試合を1つ有利に動かした。

 動揺が走るチームを逃さないとばかりに葵たちは先ほどまでとは逆に敵に襲い掛かる。

 必死に皆をサポートしながら、絶望的な光景にヴィオラは立ち向かうのだった。






 万能系は『魔力を操る系統』。

 仮説として聞いた事があった健輔だが、自分のレベルが上昇するのに合わせてその事を強く実感し始めていた。

 つまるところ万能系とは、特定の魔力に姿を変える事で他の系統の力を発揮しているのだ。

 シャドーモードはそれを強く実感した健輔があることを実践するために生まれたものである。

 魔力を操る、つまりは他人の魔力にそっくり擬態することも可能ではないのか。

 健輔の思いつきはその程度の事だった。

 行動を開始して思った以上の難易度の高さに、何度も挫折しそうになりながらも、ついに健輔は術式『シャドーモード』を生み出したのだ。

 未だに真価の全てを発揮した訳ではなく当初の予定とは異なる形だったが、この新しい必殺技は思わぬ副産物をチームに齎した。

 それこそが『真由美と健輔の魔導連携』である。

 莉理子の魔導連携とは違い、意識の共有まではいかないが、同じ波長の魔力が共鳴することで、力を倍加させる事がわかったのだ。

 おまけとばかりに、真由美を補助する健輔にも恩恵があったのは、既に試合で示されているだろう。

 光源が輝くほどに影も強くなる。

 仲間との協力あってこそのシャドーモード。

 本人の協力があれば、限りなく本物に近づく影の力。

 それを健輔は存分に見せつけていた。

 健輔はハンナに完璧なカウンターを決めて会心の笑みを浮かべる。

 全てが思惑通り――そう言わんばかりの笑みだった。


「って、勘違いしてくれると良いんだけど」

『マスター、ハンナが物凄い表情で睨んでいますよ』

「ですよね。知ってた」


 言葉を発することすらなく、ハンナから大量の砲撃が放たれる。

 予想通りの行動に健輔は冷静に対処した。

 アズリーを撃破して、人数的には有利になったがまだ敵の主力は存在している。

 油断してよい状況ではない。

 おまけにディメンションカウンターを放つために、真由美との魔導連携は解除されてしまったいるのだ。

 健輔には既に、固有化の恩恵はない。


『次は横へどうぞ、ってね』

「はい、って危な!?」


 健輔に着弾しそうになる攻撃を別の攻撃が相殺する。

 アズリー撃破によってフリーとなった真希が健輔の援護に来たのだ。

 既にシャドーモードは解除されており、健輔は普段通りの戦力も発揮出来ない。

 一時的に、とはいえ真由美と同レベルに近い能力を与えるほどの術式がノーリスクなはずがなかった。

 シャドーモードの代償として、今の健輔は遠距離・収束系の能力が著しく低下している。

 追加で全身を走る激痛もあるため、笑って誤魔化しているが結構危険な状態だった。


『マスター、魔力の循環に滞りがあります。……避難を推奨しますが?』

「まあ、無理だわな。これだから、シャドーモードはしんどいんだよ……」


 健輔としては大幅なパワーアップの代償として、解除後大きく戦闘力が下がるのは仕方ないと受け入れていた。

 受け入れていたが、実際に己の身に降りかかると憂鬱にはなる。

 ハンナの砲撃をいつまでも避けれるような粘りが今の健輔にはないのだ。

 

「ハンナさんの注意をどこまで向けられるやら……」

『ま、私も援護するから頑張って。出来れば、後1人は欲しいしね』

「後輩を特攻させるとか、この先輩たち鬼ですわ」

『ノリノリで真由美さんの振りしてた子に言われたくないんだけど』


 怒れる女帝の攻撃は2人が漫才をしている間にも激しくなる。

 健輔は既に役割を果たしていて、戦闘能力も大きく低下しているため、ハンナが相手をする必要性は微塵もないのだが、向こう側もわかっていないのだろう。

 シャドーモードに欠陥があるかどうかなど知りようがない以上、どうみてもめんどくさい健輔を先に潰すのは当然のことだった。

 鍛え上げた直感と、親友の戦い方を参考にして、健輔は必死に逃げる。

 

『予測時間は5分。真由美にも連絡しておきます』

「おう。あー、体が痛い……。くそっ、もうちょっと絞ればよかった」


 真由美からの膨大な魔力供給に浮かれて遠慮なく砲撃していたツケが回っている。

 事前に明星のかけらとの対戦などで感覚は掴んではいたが、実際の試合だと想定していたよりも消耗が大きかった。

 公式戦、しかも世界大会初戦と練習試合を比較してはいけないとわかっているが、それでも愚痴らざるおえない。

 もっと上手く力の配分が出来ていれば、もう少し戦闘時間は長かっただろうし、何より再度の制御が短時間で可能ならば、ハンナともきちんと戦えたのだ。


「実力不足が痛いな」

『マスターは最善を尽くしました。十分な戦果だと思いますが……』

「完璧なカウンターだったけど、サラさんに3割は減衰させられたな。まあ、それでも結構なダメージだとは思うが」


 陽炎に応えながら、分身を展開する。

 逃げてばかりだと向こうが疑念を持つかもしれない。

 少しでも意識を縛り付けるのが、健輔の最後の仕事だった。


「ふぅぅー」


 砲撃の雨の中で、1度深呼吸をしておく。

 世界ランク第4位の魔導師を特大のペテンにかけたのは気持ちよかった。

 可能ならば、このまま撃破するのがベストだったが、世の中そこまで甘くはない。

 精神的動揺からも立ち直ったハンナが、極限の集中力を以って健輔を仕留めに掛かる。

 この状況で生き残れると思うほど、健輔は自分を評価していなかった。

 それでも真由美と約束した通り5分間粘ったのは流石の一言であろう。

 健輔がハンナ相手に稼いだ5分。

 この5分が試合を大きく動かすになる。

 戦いの舞台はヴィオラが演出する4対4の戦い。

 主力同士の決戦が行われているその場所が、この試合を決める運命の戦場となるのだった。


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