第221話
「解説の立夏さん。この状況はどういう事なのでしょうか?」
目まぐるしく入れ替わる状況に何が起きているのか把握出来ていない観客たち。
彼らの意思の代弁者たる瑠愛は立夏に説明を求めてみる。
率直な言葉に苦笑しつつ、立夏は簡単に状況を説明した。
「まずは現在の状況がある意味で双方の合意で出来ている事に注目して欲しいですね」
「合意、ですか? それは一体」
「近藤真由美の魔力固有化はかなり強力な砲台なのですが、『鉄壁』の障壁は突破出来ませんでした。これは力不足と言うよりもサラと彼女の相性の問題になります」
「ふむ、なるほど」
サラの障壁は1枚の強度も高いが、最大の問題は数が多い事である。
おまけに彼女には収束系がサブとして付いているため、魔力切れがほぼ存在しない。
ここを無理矢理突破出来る後衛はおそらく香奈子だけだろう。
女神や桜香、それこそ皇帝すらも条件を揃えないと突破することは出来ない。
弱点こそあれど、『鉄壁』の2つ名は伊達ではなかった。
「前衛で佐竹選手を動員しているのは、それが理由な訳です。砲撃戦だと実は勝ち目がなかったのですよね。流石はシューティングスターズと言うべきでしょう」
前衛陣はサラを含めて、防御に秀でた魔導師を揃えて、敵前衛の進撃を阻止。
後は自慢の砲撃力で敵戦力を減らしていき勝利する。
これがシューティングスターズの基本戦術なのだが、世界戦になるとあの手この手でサラを突破してくるチームも増えていく。
サラを突破されるだけならば、まだ許容範囲なのだが問題はクォークオブフェイトには真由美がいることだった。
泥沼の砲撃戦、おまけに前衛が乱戦となれば攻撃力に優れるクォークオブフェイトに後れを取ることになる。
夏休みの敗戦は結局のところ、攻勢に耐えきれなかったのが原因だった。
「つまり、その壁を崩そうとして動いたのがこの展開。そういう事ですか」
「はい。順番的にはクォークオブフェイトが仕掛ける。シューティングスターズが殴り合いに応じる。そして、再度クォークオブフェイトが攻勢を仕掛ける。こんな感じです」
「……物凄い殴り合いですね」
「仕方がないと思いますよ。シューティングスターズはバランスは良いのですが、手札が少ないチームです。忘れてはいけませんが欧州の名門チームとかじゃないので」
シューティングスターズ及び、クォークオブフェイトの両チームは新興チームのため、チーム内での連携がそこまで上手く出来ていない。
こればかりは才能云々ではなく時間が解決する問題だった。
日本ならば、アマテラスなどが上げられるが、多様な戦術を取るには戦力の平準化が必要となる。
バランスが極端、つまりはタレントが優れているチームに細かい動きの統一などは逆に枷にしかならない。
よほど綺麗にチームの特性が噛み合わないと戦力を低下させるだけであった。
「そういえば、そうでしたね」
「ああいったチームは継承問題とかで結構揉めるんですよね。賢者連合などが国内では上手い事やったチームなんですが」
「後はツクヨミ?」
「安定しているチームはカラーが定まっているので、まあ、認識的には問題ないです」
個々の実力差に左右されない、けれど対策を簡単に取れないチームを作るのは難しい。
どのチームも無策な訳ではなかったが、上手く埋めれるかどうかは別問題だった。
「両者が相手を崩す方法を持っていたが、それには結構なリスクがある。だからこそ、この総力戦になった。そういう事でしょうか?」
「それで良いかと。他にも手段がない訳ではないでしょうけど……。クォークオブフェイト辺りはまだまだ隠したい手札が多いでしょうしね」
「それは……?」
「さて、どうなるのでしょうか」
瑠愛の問いかけを意図的にスルーして、立夏は視線を戦場に戻す。
両チーム、この時点で出せうる全てを出している。
戦場は全てでおよそ3つ。
アリス・ラッセル姉妹対優香・健輔コンビ。
ハンナ対葵・真由美コンビ。
サラ・アズリーコンビ対剛志・真希コンビ。
おまけに全ての戦いの場所が近く、ヴィオラの支援範囲はハンナまで届いている状況だった。
僅かにサラと剛志の戦いが離れているぐらいで、他の戦いは目と鼻の先で行われている。
いつ相手が変わってもおかしくない大混戦模様であった。
地の利が僅かとはいえ、自陣側に引き込んだ形のシューティングスターズにあるため、全体的な戦力比は本当に危ういバランスの上にある。
どちらに転ぼうが不思議ではない状況下、見守る者にとってはこれ以上ないほど心臓に悪い光景だろう。
実際に青ざめている菜月の表情が立夏からも見えている。
心優しい人物には本当に健康によくない試合だった。
「悪戯がすぎる師弟よね。ハンナ・キャンベルが気付かないとも思えないけど」
手品の種を知っているからこそ、落ち着いて立夏は試合を見守る。
冬休みの間、彼女の弟子だった男は本当に嫌な魔導師になっていた。
地味なのに、重要度が高すぎる。
彼が要なのだと、気付かなければそれだけでクォークオブフェイトのペースだと言っても過言でもないぐらいだった。
「頑張りなさい。私の技を持って行った以上は負けたら許さないわよ」
聞こえるはずもない激励を風にのせて、立夏は試合の決着を待つ。
試合開始から45分。
最初に大きく動いたのは、次世代の戦いからだった。
第2主戦場ともいうべき場所で戦っているメンツにはある共通点がある。
それは彼、彼女らが1年生であるということだった。
アリス、ヴィエラ、ヴィオラの3名はハンナによって見出された次の世代の主力選手である。
次の2年間は彼女たちが中核となって、シューティングスターズを引っ張っていくことになるのは明らかだった。
対するクォークオブフェイトも、健輔と優香という最強の組み合わせが相手となっている。
冬休み時点での優香のエースとしての力は、同年代のクラウディアなどと比べると些か決定力不足な面も多かったが、彼女が桜香の妹だと言う事を考慮に入れれば、それは大いなる可能性へと変わっってしまう。
健輔に関してはもはや語るまでもないだろう。
大味の攻撃特化チームでいろいろな事が出来る健輔はそれだけで重要な存在であった。
ましてや、シャドーモードを身に付けた今では、戦力としても侮る事が出来ない。
「お姉様!」
「ええ、わかってるわ!」
如何なる時も穏やかな様子を絶やさなかったラッセル姉妹が焦った様子を見せる。
ゴーレムを尽く粉砕されて、無防備な姿を見せているのだから当然なのだが、理由はそれだけでなかった。
彼女らの視界に映るのは2人の魔導師。
1人は水色の魔力を纏う――九条優香。
問題はもう1人の方だった。
真紅の魔力を身に纏い、朱い瞳を持つ魔導師――佐藤健輔。
彼の優香に対する援護が、状況を不利な方向へと動かしているのだ。
「――アリス様!」
「わかってるわよ! もう、やってるわ! でも!!」
障壁と誘導弾を用いる戦い方は後衛が前衛と戦う時の必須技能だ。
アリスもきちんと習得しているし、錬度も高い方だろう。
しかし、今の健輔にはまったく通用しない。
まるで、アリスの癖を知り尽くしていると言わんばかりの攻撃に、彼女は奥歯を噛み締める。
万能系、本職の後衛ではない者に撃ち負けるなど、悔しいというレベルを通り越していた。
「能力的にも、私より上。どういう理屈の能力なの……!?」
アリスが固有化染みた現象を使えるのは『ツインバースト』という術式のおかげである。
理屈としては単純だ。
姉妹であるアリスとハンナは魔力のパターンを含めて、類似の部分が多い。
無論、微妙に違う部分があり、そこが本来ならば反発する要素なのだが、反発する部分をヴィオラの浸透系を用いて整えているのだ。
後は、ヴィオラが繋いだラインを用いて、アリスからハンナへ魔力を流す。
これにより、ハンナは単純計算で2倍の魔力を持つ事になり、固有化を早期発動させることが出来るようになった。
シューティングスターズ最大の切り札であり、皇帝との戦いまで隠しておきたかったとっておきの1つである。
さらに、当初はここまでしか想定してなかったのだが、嬉しい誤算があった。
ラインを繋いだままにしておくと今度はハンナの魔力がアリスに流れ込んだのである。
固有化された魔力にはヴィオラも容易に干渉出来ないが、元々アリスの魔力も使っているためか大した苦労もなく適合。
固有化程ではないが、近い能力を得る事が出来ていた。
「健輔たちも、理屈は似ているはず。そこを万能系で補ったのはわかるけど……!」
それにしても撃ち負けてしまうのは理解出来ない。
適切なポジションの移動、さらには優香に対する援護と後衛として熟達した動きだった。
アリスはまるで、ハンナと戦っているのような錯覚を抱くほどである。
「おい、どうしたんだ? こんなものかよ、ハンナさんの妹!」
「っ、むかつく言葉ね! 日本人は礼節の民族なのでしょう! 恥を知りなさい!」
「おっ、それは悪かった。あんまりにも大した事ないので、つい本音がな」
「安っぽい挑発よ。そんなものに頼らないといけないなんて、私が怖いのかしら!」
頭にくるのは間違いないのだが、挑発に乗る方がもっとマズイ。
現状でさえ、ほとんど撃ち負けているのだ。
冷静さを失ってしまえば、勝てる戦いを落とす事になる。
戦力比では有利、どちらかを落とせば一気に形勢は傾くのだ。
奥歯を噛み締めて、必死に耐える。
「ヴィオラ、なんとかならないの!」
『難しいですわ。ハンナ様とラインは繋がってますから、そちらの維持にも気を取られてますから』
「……健輔にはラインが見えない。どうしてかわかる?」
『恐らく、転送陣です。転移の攪乱自体は行っていますが、それは空間に対するもの。最初から人体を起点とされた場合はどうしようもありません』
健輔が自分と真由美を繋ぐように常時転送陣を展開している。
ヴィオラの見解はそのような内容だった。
確かに魔力のラインを繋ぐだけならば、それでも大丈夫だろう。
その状態で戦闘行為が出来ると言う事にかなりの驚きを感じるが、不可能な事ではなかった。
「このまま分断されてるぐらいなら……」
いっそ、戦場を繋げた方が良いのではないか。
アリスの胸に、ある考えが浮かぶ。
この方法は敵もある程度戦力が合流することになる。
また、ヴィオラの最後の切り札を用いる必要もあると、今後を考えると避けたい面も多かった。
「次があるかは……わからないから」
それでも、このまま負ければ、まだ出来る事があるのに抱えたまま落ちてしまう。
ここまで頑張ってきた1年間を思えば、全力を出せない終わりは避けたかった。
「ヴィオラ! 上に合図を出すわ。準備をお願い!」
『――わかりました。お姉様!』
『ええ、大丈夫よ』
用意の良い友人たちに笑みを作る。
世界戦、それも姉のライバルチーム相手に実力を隠したまま勝利するなど元から無理だと思っていたのだ。
最初からこうしておくべきだった。
アリスは確信と共に、空へ閃光を放つ。
空に輝く淡い黄色の光。
それは次の世代の輝きを象徴するものなのかもしれなかった。
アリスが打ち上げた光を見て、ハンナは素早く真由美と距離を取る。
後ろからついてきているだろう葵には置き土産を用意しておいた。
「ちょ、ちょっと! 逃げるな!」
「安心して、少しだけよ!」
葵の予想通りの言葉につい笑ってしまうが、直ぐに表情は真剣なものへと戻る。
前を見るハンナの瞳は強い輝きを見せていた。
空に輝く光はアリスからの要請である。
シューティングスターズ最大の術式をアリスが使用したいと意思表示しているのだ。
リーダーとして、それに応えないといけない。
「バックス、転送陣起動。全員を集めるわよ!」
『了解です!』
直後、ハンナを覆うように転送陣が展開されて、一気に場所を移動する。
切り替わる景色。
目の前には少しだけ申し訳なさそうなアリスの姿があった。
ハンナは妹に笑いかける。
仮にアリスが要請を出さなくても、ハンナが指示を出していた。
万が一にでも、ヴィオラが撃破されてしまう事を考えると、そろそろ潮時だったのだ。
「気にしないの。あなたの判断は間違ってないわ」
「……はい。ありがとう、ございます」
アリスの言葉に軽く微笑み、視線を前に向ける。
健輔と優香。
特に健輔の方は見覚えのある真紅の輝きを纏っている。
大凡の事態を把握して、アリスの判断に内心で賛意を示す。
各個に磨り潰される可能性などあまり考えたくはない。
先ほどまでの戦いも妙に近接戦で硬い真由美に手を焼いていたのだ。
あのままだと、相討ちという未来が十分にあり得た。
仕切り直しの機会になった事を考えても悪い判断ではない。
「ヴィオラ。全体とのリンクは大丈夫ね?」
「はい、ハンナお姉様。バックスの方から各自の魔力パターンはいただいております。やれるだけやってみますね」
「あなたには負担をかけるわ。アリス、必ず守りなさい」
「わかりました!」
クォークオブフェイトの面々も転送で集まってくるのを見て、ハンナは高らかに魔導機を掲げる。
1年目の世界戦に出場した時から、ハンナが考えていた1つの案。
それが今、姿を見せる。
「ヴィオラ、頼むわ」
「――術式展開『シューティングスターズ』!」
薄く飛散していた魔力を再び集めて、ヴィオラは一気に魔力を高める。
彼女から伸びる魔力のラインは都合8つ。
チーム全体を繋ぐ、浸透系の技。
そのラインを転送陣で隠すと準備は完了する。
「出来ましたわ」
「ありがとう」
アルマダが誇る『意識共融』をヒントに開発した術式『シューティングスターズ』。
チームの名を冠した術式はチーム全体の戦力を上手く繋げるための術式だった。
全体の把握に優れており、何かを操る事に長けたヴィオラを中心に据える事で、集団としての戦力を1段階上に押し上げる。
皇帝という無個性な集団を打倒するために、ハンナが考えた絆の集団。
シューティングスターズ最大の術式が牙を剥く。
「いくわよッ! 真由美」
「ええ、きなさい! ハンナ!」
ハンナが魔導機を構えて、同じように真由美も魔導機を構える。
チャージされる2色の光。
始まりと同じように最後の戦いも、2つの閃光が開戦を告げるのであった。




