第220話
天に昇る黄色の魔力光。
葵の正面の女性のものと、もう1つ明るい黄色の魔力光が連鎖するかのように天に向かって雄々しく存在を主張していた。
葵はその光景を前に息を呑む。
2つの大規模な魔力放出現象。
目の前の人物の実力から考えれば、何が起こったかは明白である。
――魔力固有化。
彼女たちのリーダー『終わりなき凶星』近藤真由美と同じ変化が目の前で起こっている。
「洒落にならないわね。まったく」
気軽に言っているが、内心では必死に生き残るための計算が行われていた。
魔力固有化の強さはよく知っている。
本来ならば、50分近い時間を全力で戦って初めて使えるようになる技なのだ。
時間が掛かる分、発揮される力は圧倒的だった。
暗黒の盟約との戦いで、実質的に1人で敵を粉砕したのを葵は忘れてはいない。
今、その力が敵として目前に存在している。
度胸には自信がある葵でも、この苦境を楽しむ余裕は皆無だった。
葵の緊張を察したのか、女帝は不敵な笑みを浮かべて宣誓する。
「……さあ、始めましょうか!」
「っ、ええ、やってやろうじゃない!」
ハンナの宣言を聞き、葵は自身に喝を入れる。
気圧されている場合ではなかった。
今回の全面攻勢は言うまでもなくチームの命運が掛かっているのだ。
凌がれれば負ける。
これは絶対の事実なのだ。
「殴り飛ばすッ!」
「ふふ、いいわよ。来なさい」
余裕を見せるハンナに葵は苛立ちを込めて、全力で仕掛ける。
突き出される拳、葵の全力を込めた1撃は今までと同じように敵を仕留めるために勢いよく突き出された。
「ぐっ、硬い!」
「今の私が簡単に倒せると思われるのは心外ね。でも、いいの? ――そこで止まってると撃ち落とすわよ」
「わかってるわよ!!」
強固な障壁を前に今まで数多の敵を屠った攻撃が完全に止められていた。
びくともしない障壁を前に、葵は奥歯を噛み切らんばかりに力を入れる。
もしかしたら、そんな風に思っていた光景が現実に現れてしまった。
冬休み、真由美の魔力固有化と模擬戦を行った時に生み出された光景とそれは寸分たがわない。
――ならば、結末も類似のものとなる。
「まだまだッ! てりゃあああッ!」
「流石ね。これで折れないのだから、立派なものよ。でも、こちらは急ぎなの。真由美が来る前に決着を付ける!!」
葵は素早く障壁を足場にして、態勢を立て直し再度の攻撃を加える。
それでも、攻撃は一切のダメージをハンナに与えない。
前衛と後衛の相性を完全に塗り替える脅威の防御力だった。
魔力固有化により、ハンナの能力は全般的に高くなっている。
元から硬かったものが、障壁突破の技術なども通じないより強固なものに変化しているのだ。
葵の破壊力は障壁に干渉して、浸透破壊するなどの技術的な要因も含まれている。
魔力固有化はその性質上通常の魔力といろいろと異なる部分が多いため、既存の技術が通用しなくなるのだ。
応用しようにも、固有化現象すらもまだよくわかっていないため、葵には手の打ちようがなかった。
残りの方法は力で無理矢理突破するぐらいだが、元が葵のパワーを上回っている相手である。
通用するとは思えなかった。
純粋に力で上回られ、その上技術も封殺される。
最悪の相性を前に出来る事はそこまで多くない。
「一気に潰す!!」
宣言通り、ハンナは夥しい数の誘導弾を生成する。
葵を逃がすつもりなど微塵もない全力攻撃だった。
「舐めないでよッ! 簡単に落ちてやるものですかッ!!」
一撃が砲撃にも匹敵するだろう誘導弾。
しかも、それが数任せに襲い掛かってくる。
前衛殺しの技を前にして、逆に葵の闘志は燃え上がった。
死なば、もろとも一撃くらいはくれてやろう。
迫る砲撃群、視界全てを覆う攻撃を前に葵が前に出ようとした時――、
『――ち――はその――――。――ね』
「――もう! わかりましたっ!」
――誰かの声がそれを押し留める。
周囲に響く爆音と閃光、葵はそれに飲まれてしまい姿を消す。
誰もがハンナの勝利を確信していたのだった。
ハンナが強制的な魔力固有化の発現術式『ツインバースト』を発動させたのとほぼ同時刻。
迂回して侵入を狙っていた優香の前に2人の門番が姿を現す。
「ふふふ、2人目は優香様になるだなんて、今日は本当に素敵な日だわ。そうは思わない? ヴィオラ」
「ふふふ、そうですね、お姉様。お2人程の方にならば、私たちも腕の振るい甲斐がありますもの」
「ヴィエラさんに、ヴィオラさん」
ラッセル姉妹は変わらぬ笑顔で優香を出迎える。
そこに自軍が不利になった事に対する不安など微塵も存在しない。
乱戦模様と言う事は個々の戦力が重要になる。
真由美の援護能力も近すぎれば有効に活用できないのだ。
強力過ぎるゆえに下手に撃てば、味方を巻き込みかねない。
局所的には戦力は互角。
それがわかっているからこその余裕だった。
「さあ、いきますよ」
「楽しいダンスにしましょうね」
楽しげに準備を始める2人を前に優香も術式を展開する。
『プリズムモード発動します』
「お願い!」
ヴィオラから灰色の魔力が広がっていく。
彼女たちを守るように誕生する砂の巨人、今度のゴーレム生成に制限は存在しない。
優香から見える範囲で生成されたのは5体。
全てが強力なゴーレムであることは一目でわかった。
雪風を構え直して、優香も魔力を高めていく。
夏の頃とは、優香も戦い方自体が異なっている。
生み出された分身は3体――4人の優香はこの試合に参加している魔導師で最高の速度を活かして、一気に攻撃に移った。
「はああっ!」
魔力を込められた雪風が切れ味を増して、立ち塞がる巨人を切り裂いていく。
砂の巨人は腕を消し飛ばされて、大きく体勢を崩す。
それだけの隙があれば、術者に近づく事は簡単だった。
『蒼い閃光』九条優香。
人気先行型だった彼女の2つ名だが、今はそのような事はない。
クォークオブフェイトを支える魔導師の1人として、確かな実力を持っている。
2つ名の如く鮮やかな軌跡を描いて、彼女たちは空を舞う。
4つ軌跡が重なる果てにいるのは、ヴィオラである。
ヴィエラよりもヴィオラの方があらゆる意味でシューティングスターズにおいては重要な存在だった。
操者である彼女を落とせば、ヴィエラの戦闘能力自体は大した事がない。
あっさりと――本当にあっさりと優香はヴィオラに接近する。
「あら、流石は優香様。ここまで真っ直ぐなのは羨ましいですわ」
「何を言って――」
ヴィオラは敵が接近したというのに変わらず笑みを浮かべている。
優香は訝しがるように、目を凝らす。
そんな様子がおかしかったのか、くすくすと気品のある笑い漏らしたヴィオラは簡単に種明かしをした。
「この魔力の霧。私がただ垂れ流しているだけだと思いますか? ふふ、私と優香様の相性は悪くないみたいですよ」
『いけません、マスター!』
「っ、まさか、バレてる!?」
ヴィオラの言葉を最後まで聞くことは出来ず、優香は背後を振り返る。
切り裂いたゴーレムが再生しているのは、予想通りだが全てが本物の優香に殺到するのは予想外だった。
雪風の警告を受けて、魔力を放出して防御を行うが、
「ダメですよ。言ったはずです。私と優香様の相性は悪くない、と」
「魔力干渉、ここまでっ!」
薄い霧のように広がったヴィオラの魔力が綺麗な放出を妨害する。
妨害効果そのものは大した脅威ではないが、複数の事象を組み合わせる事で危険度は一気に上昇していく。
本体がここまで追い詰められてしまえば、分身の方も動きに精彩がなくなってしまう。
砂で出来たゴーレムは姿を自在に変えて、優香たちに襲い掛かる。
持ち前の機動力で間一髪で避け続けているが、先にヴィオラと戦っていた健輔と同じでこのままではジリ貧だった。
おまけにここにいるのは、もう2人だけではない。
「突破を」
「させないわ」
突如として乱入する第3者。
予想しなかった介入に優香は声を上げる。
「アリスさん、どうしてこの距離を――転送陣!?」
「姉さんの奇襲も同じよ。乱戦を挑むなら、自陣での転送を許可した方がいいでしょう? もっとも、いつまでも出来るようにしてはいないけどね」
アリスの変化した姿を見て、優香は警戒レベルを引き上げる。
真由美の魔力固有化と類似した状態を警戒しない方がおかしいだろう。
事前の予測ではアリスは強くなっているが、魔力の固有化を発動できる程とは考えにくかった。
真由美ですら、2年生の後半、実質的には3年生でマスターした収束系の奥義とも言うべきものを簡単にマスター出来たら苦労しない。
アリスならば、後2年あれば会得出来るだろうが、時間という壁がある以上不可能なはずだった。
しかし、優香にはそれを成せる現象に心当たりがある。
「……ハンナさんとの共鳴現象。覚醒した魔力を流し込んで、強制的に力を引き摺り出す。……無茶な事をしますね」
「やっぱり、わかるんだ。ふふ、不思議ね。どちらのチームも似たような切り札があるなんて」
「そうですね。でも、少し異なる部分もあるようです。制御はヴィオラさんが担当なされているのでしょう?」
「さあ? 答えは自分で見つけてみなさい!!」
完全な固有化とは言い難いが、それでもアリスの力は大きく上昇している。
攻勢を逆手にとって、ここで勝負を決めるつもりなのだろう。
おそらく隠していた札を全て使って、勝ちを取りにきている。
3対1、数の上でも不利だがヴィオラとの相性が極めて悪いのがこの状況を難しくしていた。
周囲に広げられた霧のような魔力は、攻撃手段であると同時に防御手段であり、索敵手段でもあるのだ。
優香の本体を容易く見破ったのも、魔力で構成された分身体がわかるからだった。
分身は魔力体をそのように見せかけているだけだ。
普通の魔力索敵ならばともかく、ヴィオラのものは浸透探知とでも言うべきものである。
肉体が魔力で出来ているかの判別が出来るのだろう。
必然として、魔力で体が構成されていない者が本人となる。
「転送妨害は解除されている。ならば、必ず近くに来てるはず」
念話を広域で妨害されているため、後ろの状況はわからないが、真由美たちが何も考えていないのはあり得ない。
健輔のシャドーモードはまだその真価を見せていないのだ。
必ずこの状況を崩してくれる。
優香がするべきことはそれまで絶対に撃墜されない事だった。
「参ります!」
「来なさい!」
「お姉様!」
「ええ、ふふふ、始めましょう! 素敵な素敵なダンスパーティ!」
優香は不利な戦場をいつも通り駆け抜ける。
そこには背にいるものへの信頼があった。
切り札を使ったシューティングスターズをクォークオブフェイトが受け止める。
黄色の閃光が葵を飲み込むその瞬間に、真紅の影がやって来た事を優香はまだ知らなかった。
個人単位での転送陣の使用は日常生活においては、かなり厳しく統制されている。
あらゆる距離を無視出来る夢の技術だからこそ、扱いは慎重なものとなっているのだ。
法整備なども含めて課題はまだまだ山積みになっているため、仕方のない事ではあるが、学生の1部などは残念に思っていた。
では、魔導競技における転送関係はどうなっているのかと言うと、こちらは特にルールで規制されてたりはしていない。
そもそもの問題として、使えるものが限られているというのが大きい。
創造系が基本技能として必須であるし、おまけにバックス関係の技術も必要となる。
そのため、基本的に転送を扱えるのはバックスがメインとなっていた。
しかし、国内大会で『賢者連合』や立夏のディメンションカウンターなどが示すように少しずつだが、試合にも姿を見せ始めている。
それでも世界的に見れば、まだまだな発展途上な面は強かった。
理由としては、先ほどのものがあるが、他にも大きいところで転送陣は妨害が容易だということが上げられるだろう。
空間を少し揺らすだけで使用不能になるし、魔力を乱すだけで使用出来なくなる危険性を孕んでいる。
移動途中にそんな事をされれば、どうなるかなど想像もしたくない。
そのような理由もあり、敵陣に転送で奇襲を仕掛けるというのは原則行う事が出来なかったのだ。
――では、逆を言えばタイミングを見計らえば、使用出来る機会もあるという事となる。
目の前に現れた真紅の光。
自分が身に纏うのと似た魔力光を前に、ハンナは予想通りの展開に笑みを浮かべる。
「来ると思っていたわ。私たちが転送陣の使用を解禁するのを待っていたのでしょう? 魔力固有化を得て、私も思ったもの、これだけ強いと遠距離よりも近づいた方が使えるってね」
煙は晴れて、向こう側から真紅の魔力光を纏った女性がハンナの前に姿を現す。
今のハンナと同じように魔力の光に染まった瞳と髪。
クォークオブフェイトリーダー近藤真由美が葵を庇うように立っている。
似たような思考回路を持つハンナには、真由美がこの状況を狙っていた事がわかっていた。
強力すぎる能力である魔力固有化は、破壊力を筆頭とした戦闘能力が大きく向上する。
あまりにも強力なため、援護攻撃などには向かないのだ。
後衛の本来の役割が果たせなくなる。
それぐらいならば、前に出た方がよかった。
圧倒的な防御能力も備わっているのだ。
それこそ、今のハンナたちを止めたいのならば桜香クラスの魔導師が必ず必要になる。
「ここからは作戦も何もないわよ。決着を付けましょう? こちらの陣に乗り込んできたってことはそのつもりでしょう?」
「随分、自信満々だね。こっちは2人でそっちは1人。あおちゃんだけだと不利だったけど、私がいてそんなに簡単にいくと思う?」
「あら、そっちも自信がある感じね?」
「ま、いろいろあるからね」
一瞬、僅かだがハンナは真由美の物言いに引っ掛かるものを覚えた。
流れてくる魔力の圧力、感じる威圧感、後は魔導機の構えなど全てが眼前の存在を真由美だと示しているが、何かが違う感じがするのだ。
ピリピリと首筋に走る嫌な予感。
ハンナは目を細める。
具体的な事はわからないが、相手をそのまま真由美だと思って戦うのは危険かもしれない。
万能系――上手く使えば姿を誤魔化すくらいは訳がないだろう。
バックスに念話の妨害と共に、相手の調査を命令しておく。
肝心な部分で足を掬われるのはハンナも遠慮したかった。
魔導機を構えて、交戦態勢に入る。
向こうの念話妨害もあり、正確な状況判断は難しいがどこも戦闘に移っている事は戦場の雰囲気から察することが出来た。
特に妹と推定『佐藤健輔』が向こうにいることはわかっている。
「……ここまで考慮に入れて、姿を見せなかったのね。ふふ、こんな感じで戦うのは久しぶりね」
油断なく相手を見据えて、戦意を高めていく。
国内での戦いはこの段階――最終攻撃に入った頃には大勢が決していた事が多い。
このように、自分だけでなく周囲の戦闘結果次第で大きく結末が変わるのは久しぶりの事だった。
不謹慎かもしれないが、ハンナは楽しくなっていく心を抑えられない。
行き先のわからない試合程、ワクワク出来るものは存在しないのだ。
ここで勝利出来た時の喜びはこれまでにない程のものとなるだろう。
そう思うと、頬が緩むのを抑えられなかった。
眼前のライバル――真由美も同じように笑っている。
「さあ――」
「さあ――」
同じ言葉を発し、両者は魔力をチャージする。
狙うは大将首、敵のリーダーを落とせば得られる果実はとてつもないものになるだろう。
自身の全霊を超えて戦う意味がそこにある。
両雄激突――世界ランク4位と5位の魔導師が、前線で殴り合う前代未聞の戦いが始まるのであった。




