第214話
始まりは必然として、かつての対戦と同じように始まる事になる。
試合開始の合図と共に、開戦の号砲が響き渡らせるため、空に舞い上がる2つの星。
戦場を照らす赤と黄の2色の閃光。
彼女たちの輝きが戦場を照らす。
「いくよ、羅睺!!」
『バレット展開。フォームバスター』
真由美が最速で赤き閃光をチャージするのとまったくの同時に、反対側では黄色の光が産声を上げている。
まるで示し合わせたかのように、同じプロセスを経て彼女たちは攻撃を始めるのだった。
「いきましょうか、シューティングスター!」
『イエス、マスター。バレット展開。フォームバスター』
マシンガンの如く連射される大規模砲撃。
赤き巨星と黄色の流星が戦場を暴れ回る。
戦場を消し飛ばす2つの閃光。
その中を掻い潜って、敵を仕留める事を強いられる。
これこそがクォークオブフェイトの戦場であり、シューティングスターズの戦場だった。
「健輔行くわよ。剛志はポイントで待機いいわね? 基本は作戦通り、後は臨機応変に対応しなさい! はい、スタート!」
「言われるまでもない。そちらも頼んだぞ」
「了解です!」
真由美とハンナの撃ち合いは想定されていた事態だ。
特に慌てる事もなく葵の号令に従って、健輔たち前衛3名は作戦通りに動き始めた。
今回は戦闘フィールドの問題もあり、体力配分なども重要な要素となっている。
砂漠戦フィールドは魔導が無ければ生存に厳しい環境となっているため、後半の消耗した状態だと体力をガンガンと削っていく。
そして、消耗した状態で戦い抜けるとは誰も思っていない。
「相手はハンナさんだけか。……アリスを動かさない? それとも……」
『葵、準備はどうだ?』
「こっちはオッケーです。前衛は予定通りに。後衛はお願いします」
『了解だ。美咲を通信に付ける。後は上手くやってくれ』
「わかりました」
転送された情報を睨みながら、葵は攻め時を待つ。
今はまだ序盤、ハンナと真由美がじゃれ合っているだけに過ぎない。
大地を消し飛ばし、巨大なクレーターが多数生まれる光景を横目に葵は次の動きを待っていた。
「サラさんが動けば……次はアリスも動くでしょう。向こうも何かを探ってるの? 序盤は退屈な感じになりそうね」
序盤は後衛が試合を動かす。
前衛も動くには動くだろうが、本番は試合も半ばを過ぎた後だろう。
それまでの小競り合いを如何に上手く対処して、最後まで戦えるだけの体力を残すのか。
それがこの試合での1つの焦点となる。
つまるところ、待ちの姿勢が重要になるのだ。
葵としてはあまり好きではないのだが、ここで拙速に逸るほど無鉄砲ではない。
作戦は作戦として、しっかりと飲み込んでいた。
しかし、趣向として好みではないのは間違いない。
「ああ、いいなぁ。楽しそうだなぁ……」
激しく語り合うハンナと真由美に羨望の視線を送って、その身を完全に隠す葵だった。
『サラさん、壁はまだですか?』
「慌てないの。アリス、この試合はそんな直ぐには終わらないわ。全部出し切る。そのつもりで来たでしょう?」
『わかってます……でも!』
「アリス」
『っ……わかりました。ごめんなさい』
ハンナが真由美の迎撃に集中しているため、全体の指揮を執るサラにアリスから抗議の声が入る。
アリス、そしてラッセル姉妹と主力の半分を1年生で占めた代償というべきだろう。
堪え性がないのだ。
ハンナと真由美の加減なしのぶつかり合い。
確かに見世物としては素晴らしいが同時に見世物でしかない。
こんなものは彼女たちの本領からは程遠いものにすぎなかった。
「仕方ないけど、5分も耐えれないなんて」
『しょうがないですよ。魔導師だったら、血が滾る光景ですもの』
「アズリー……。あなたがアリスを抑えてくれないと困るのよ? ちゃんとお願いね」
『ガス抜きは必要ですよ。自分の力を試したくて仕方ない。因縁もありますからね』
「よく我慢してる方、そう言いたいの?」
『私の意見としてはそうですね』
独断で勝手に行動しないだけマシなのは確かだが、僅かに不安も感じてしまう。
サラの性格的な問題もあるのだろうが、作戦は慎重に進めないといけないのだ。
僅かなズレが致命的な事態を生むことがある。
経験則からサラはその事を良く知っていた。
「ふぅー、わかった。そっちはあなたの判断に任せるわ。必要なら先に進めてね。私はそろそろ前に出るから」
『了解です。――ご武運を』
「ありがとう。そっちも頑張って」
念話を切り上げて、サラは前方を睨む。
状況は半年前の光景とよく似ている。
真由美の質を重視した魔弾たちは僅かずつだが、ハンナの攻撃よりも深く陣に侵入を始めていた。
前はここから全力の近接戦へ移行。
砲撃が飛び交う中、格闘戦を行うひどい乱戦模様になった。
サラもあの合宿はよく覚えている。
その後の真由美の行動が、敵味方どちらも吹き飛ばす、だったのだから印象に残るのも当然だろう。
「今回はそんな事に付き合う訳にもいかないけど……。そうも言ってられないでしょうね」
サラが守り、ハンナが穿つ。
どれほど人材が多彩になろうとも根幹にあるのはこの戦法だった。
サラが守れば、ハンナは徐々に真由美を押せる。
しかし、それは前衛の攻撃を招く。
相手のメンバーを見れば、サラの相手は明確だった。
「……行きますしょう。ヴィオラ、ヴィエラ、準備は良い?」
『お任せをサラお姉さま。精いっぱい躍らせていただきます』
『殿方は喜んでいただけますでしょうか……。未熟ながら、私も1曲頑張らせていただきます』
「ふふ、行きますよ」
『鉄壁』出陣。
両チームが一気に動き出す。
砲撃が飛び交う危険な戦場を愚かな魔導師たちが駆け抜けるのだった。
『サラさんが来ました! 真由美さんの砲撃が防がれます!』
『ハンナさんの攻撃が加速したよ。いやはや、これって不味くない?』
「――いくわよ」
「了解ッ!」
サラが陣地の境目、索敵範囲のギリギリまで出てきた。
これはシューティングスターズが攻勢に移る合図でもある。
先ほどまでは敵の陣に押し込んでいた攻撃が今度は押し込まれるようになっていく。
サラが致命傷を防いでしまうため、ハンナは安心して攻撃に全力を向けられる。
最高にして、最硬の防御型魔導師。
破壊系という弱点は存在しても、脅威は微塵も陰らない。
「流石だ。でも、好きなようにはさせない」
地面スレスレを高速で飛行しながら、健輔は前線に向かう。
ラッセル姉妹を含めて、確実に相手は待ち構えている。
そこに葵と2人で突入することに僅かだが恐れを感じる。
しかし、それ以上の歓喜もまた健輔の胸にはあった。
これこそが魔導、超常の戦いである。
『これは――警告! 大規模魔力反応! ハンナさんと同規模……、アリスちゃんの攻撃が来ます!!』
「ち、健輔、先に行きなさい。私はちょっと囮になるわ」
「わかりました。待ってます」
「よろしい。――行け!」
葵が上に飛びあがるのと同時に光が煌めいた。
次の瞬間には物凄い数の砲撃が健輔たちの真上を通過していく。
色が僅かに異なるがそれ以外はハンナとほぼ同等規模の砲撃群だった。
「固有能力に覚醒してるんだったか……。類似能力とかありかよ」
アリスはランク付けされていない事もあり、まだまだ詳細がわからない魔導師だ。
今回の戦いでも要注意対象の1人だった。
自分と同年代がリーダーである真由美に匹敵するような砲撃をしている。
夏休みと比べれば格段の進歩と言えるだろう。
健輔の心に僅かだが、嫉妬の色が浮かぶ。
「……ふん、潰しがいがあるさッ!」
心の中の鬱憤も込めて、叫び声を上げて健輔は地面に拳を叩き付ける。
突然の行動だが、意味がないわけではない。
その証拠に土煙の向こうから、称賛するかのように場違いな拍手が聞こえてきた。
「――流石ですわ。私の魔力にお気づきになられて?」
「わかるわけないだろうが、勘だよ、勘」
向こう側に誰が居るかなど知らない。
健輔はただ敵の気配を感じただけである。
――狙われている。
そう感じたから、1番怪しいところを叩いただけだった。
健輔の答えに煙の向こうから現れた美少女は含み笑いをする。
「ふふふ、少し離れている間に随分野生的になられたのですね。データからはこういうのはわかりませんわ」
「そっちこそ、夏よりもピリピリした空気を持ってるな。前にいるだけでやばく感じるぞ」
「あら、そんなつれないお言葉よりも賛辞をいただきたいですわ。少しは女性らしくなったつもりですのに」
開会式で見た時から思っていたが、彼女は何も変わっていない。
まるで時間が止まったかのように人形のような美しい容姿に変化はなかった。
姉であるヴィオラとよく似た姿、灰色の魔力光と僅かな雰囲気の違い以外からは差は見受けられない。
しかし、健輔はよく知っていた。
このヴィオラという少女を甘く見ると痛い目に合う。
ゆっくりとヴィオラから周囲へと広がっている灰色の魔力光がそれを証明している。
「魔力の放出で……へー、浸透系は別にラインで繋がなくても使えるんだな」
「ふふ、直ぐにわかりますか。目立たないですけど、万能系はそういった特性でもあるのですか? とびっきりの技なのにあっさりと見破られてしまい少し悲しいです」
「はっ、抜かせ!」
ヴィオラの系統は収束系がメインの系統となっている。
収束系は魔力を集めて、副産物として大規模に放出することも可能な系統だ。
そこに浸透系を組み合わせた技が目の前で展開されていた。
徐々に広がる魔力を前にして、健輔は一気に攻撃に出る。
選択するシルエットは妃里。
健輔は障壁を前面に展開しながら、ヴィオラに正面戦闘を挑む。
その瞬間、まるで空気が意思を持つかのように健輔へ襲い掛かるのだった。
「ぐっ――これは、そっちも操作できるのか」
「潰れなさい」
「陽炎ッ!」
『シルエット変更――葵』
広がった魔力の範囲を浸透系により、操作する。
魔力糸よりも精密動作は劣るが、範囲攻撃としては優秀な技だった。
操られた空気の流れが凶器となる。
収束系と浸透系を組み合わせた厭らしい技だった。
発動される瞬間まで何を操作されるのかわからない。
敵に接近を許すという弱点があるが、それを補うだけの力があった。
健輔でなければ、ダメージを与えるのは容易だっただろう。
しかし、万能系として魔力のパターンを把握できる健輔は収束系の中に浸透系が紛れているのを見逃さなかった。
何で仕掛けてくるかはわからずとも何かで仕掛けてくるのはわかっていたのだ。
速やかな対応も予想出来ていたからである。
「はっ!」
「どうして、地面を?」
健輔が何故か地面を攻撃する。
訝しげな表情を作るヴィオラだったが、直ぐに思惑はわかった。
「土煙……。これで身を隠したつもりですか?」
落胆したかのような響きが声に籠る。
魔力の検知を行えば、視界が塞がれていてもどうとでも出来るのだ。
さらには見失ったぐらいでは彼女の攻撃は止まらない。
「消し飛びなさい!」
広がる魔力に意思を通して、風は刃となり健輔が居ただろう場所を吹き飛ばした。
さらに舞い上がる土煙、周囲を完全に覆う形になってしまう。
「もしかして、これで終わったなんて……。いや、流石にありませんか」
『勿論だとも、ダンスパートナーとしては合格を貰えるかな?』
「っ、下から!? そんな、一体どうやって!?」
砂漠の中から突然現れた手に足を掴まれる。
普段の認識からか、流石に地下は探知範囲に入っていなかった。
あの攻撃から刹那の間にどうやって潜行したのかは、ヴィオラの知識でも答えが出なかったが、脅威に先に対処しなければならない。
「どんな術式かはわからないですけど、詰めが甘いです。上は私の領域ですよ!!」
『偶然だな。俺の領域でもあるんだよ』
「ま、魔力糸、一体何を……? いえ、先に潰してしまえば!!」
掴まれた足から糸が伸びてくる。
ヴィオラは一瞬動揺を示すが、直ぐに覚悟を決めて対処を優先させた。
魔力を地面に流して、性質を変化させる。
健輔が如何なる術式で一瞬の内に地面に潜行したのかはわからないが、下にいるのならばその状態から脱出できないようにすればよい。
後は上から攻撃を加えれば、ヴィオラの勝ちである。
「これでッ!」
『甘い、甘い。俺は万能系だぞ? もう、忘れたのか。ついでに俺の得意技もお忘れみたいでお兄さんは悲しいよ』
「えっ」
健輔の言葉にヴィオラは固まる。
複数の思考が素早くミスを検索するが、探知範囲が甘かった以外でミスらしいものはなかったはずだった。
しかし、ここでヴィオラはある違和感を覚える。
どうして、健輔は腕しか見せずいつまでも掴んだ状態で放置しているのだ。
一瞬で潜行出来るならば、逆も出来て然るべきだった。
それをしないという事は――
「――まさか、魔力分身!? それに得意技って、まさか自――」
最後まで言葉を発する事なく腕だけ見せていた健輔の分身体が大爆発を起こす。
足元で炸裂した爆弾にヴィオラは飲まれる。
最初の攻防、1対1の戦いは健輔がヴィオラを制したのだった。
「ぷはっ!! ぺっ! クソ、口の中に砂が入った……」
ヴィオラが最初に攻撃を加えた地点から健輔が地上に顔を見せる。
口に入り込んだ砂を吐きだしつつ、戦闘態勢を整えていく。
『マスター、気を抜かないでください。敵の魔導師の推定ライフは50%。まだまだ戦闘は可能です』
「わかってる。クソ、こっちも多少は傷ついたか」
『ライフは80%。気をつけてくださいね』
「ああ、そのまま警戒を頼むわ」
『了解です』
こんなところでヴィオラと激突するのは完全に予想外だったため、幾分か手間取ったが中々の戦果だと言えるだろう。
冬休みの間に鍛えた小技たちが役に立っていた。
「これで向こうも本気になるだろう。……さて、どうするかな」
次はヴィエラとのコンビでやってくる。
彼女たちは2人揃った時に真の力を発揮するのだ。
単体でならば、健輔は負ける事はないだろう。
「……こちら健輔、状況を教えてくれ」
『ごめ――さい。――されてるから――聞こえ――』
「何? こっちに念話封鎖だと……」
空で戦っている葵対アリス。
砲撃の応酬、真由美対ハンナ。
和哉は葵の援護で、真希はアズリーという同じ狙撃型の魔導師を相手にしている。
剛志が向かっている相手は確実にあの人。
健輔が戦うべき相手は最初からラッセル姉妹だったが、こちら側の陣に僅かとはいえ入り込んでいる場所で交戦するのは予想外だった。
こちらが向こうに攻めて、そこで交戦するものとばかりに思っていたのだ。
「向こうの狙いは……まさか」
この程度は向こうも予測していただろう。
お互いに想像出来る余地はそこまで多くない。
その上で、考えるべきはどこを潰すのかという事だった。
クォークオブフェイトはサラの撃墜を最優先事項としている。
人員もそのためのメンバーだし、試合の展開もそれを狙ってきた。
しかし、シューティングスターズもまた狙っている相手がいたようである。
「俺狙い? いや、マジで?」
強固な情報遮断。
わざわざ温存していたアリスを使って、葵と健輔を分断するかのような動き。
引っ掛かった行動を並べていくと答えが出てきてしまった。
まさかの事態に流石の健輔も驚くしかない。
「その通りですわ。健輔様」
「えっ……」
涼やかな声は先ほど爆破した人物のものに間違いない。
少しだけ汚れた衣装を見ると、攻撃は効果があったようである。
「流石と言いましょう。あっさりと終わるとは思いませんでしたが、中々にダメージを受けました」
「……ここからが本番か?」
「はい。健輔さんは本命。他にも対抗などがいますが……そこは頑張って予想してくださいませ。――そのような余裕があるかはわかりませんが」
ヴィオラの足元にある土が小さな粒となって空へと舞い上がり、2人を包み込むように巨大な砂嵐となる。
健輔対ヴィオラの第2ラウンド。
まだまだお互いに札は隠し持っている。
離れていた半年間を埋めるには足りない。
「私たちの人形劇、是非に楽しんでいってください。お代は要りませんよ?」
「そうか。だったら、そっちも俺の影絵を楽しんでくれよ。受ける事は間違いない」
不敵に笑う2人。
夏以来の激突に両者のボルテージはドンドン高まっていく。
「では――行きますよ」
初手はヴィオラ。
大味の攻撃に隠された本命の攻撃を見抜かねばいけない。
焦りを隠して、不敵な笑顔で健輔は迎え討つ。
情報を遮断され、外の状況がわからないからこそ健輔は正面の敵に集中するのであった。




