第209話
「はああああッ!」
「っと、そらよ」
「――っ、これを返しますか!」
分身を用いた前後同時攻撃。
優香が得意とする立夏とはまた違った形の立体攻撃を健輔は難なく捌いていた。
内心ではビクビクを通りこしているのだが、表情には出さない。
予想していたかのように、平然と対処してみせていた。
「お礼だ!」
健輔は不敵な笑みを浮かべ、砲撃を放つ。
普通の魔導師ならば、ここで終わる1撃。
渾身の攻撃を放った後の隙を突かれているのである。
対処出来る方がおかしいのだが、健輔は確信を持って次の動作に入っていた。
この程度の攻撃で落とせるとすれば、彼はここまで苦労する事はなかっただろう。
『チャージ完了。行けます』
「はっ!!」
魔力で作られた水色の斬撃が健輔の砲撃を消し飛ばす。
優香の機微だけでなく、敵の呼吸も読むようになった魔導機は主が望むタイミングで適切な手段を提供する。
人機一体、双方の意思疎通は完璧だった。
無謬の連携を披露される方としては溜まったものではないが、その動作には敬意を感じている。
「ちっ、こうなるわな!」
完璧に防がれた渾身の攻撃を惜しむ事もなく、健輔は当初の予定通り系統を切り替えていく。
防がれる事は想定内、問題はここからである。
『次はおそらく四方から来ます』
「物量か、わかりやすいな」
僅かな隙すらも見逃さない。
優香は国内大会を乗り越えて、その天性の素質が花開こうとしている。
前衛魔導師の嗅覚も既に並みではなかった。
健輔が陽炎と会話した一瞬、系統を切り替えた直後の硬直を彼女が見逃すはずがない。
予想通りに、そして予想以上の速さで優香は健輔へ肉薄する。
いつの間にか増えた分身が本体と変わらない密度、速度を以って健輔を空から追放しようと刃を放つ。
「「「「終わりですッ!」」」」
「――ふっ、それはどうかな?」
「「「「えっ――」」」」
4人の優香の声の重なり、彼女が確信と共に放った斬撃は何故か全てが健輔の身体を通過する。
驚愕の声を上げる分身、驚き固まる分身、すぐさま防御に入る分身、そして――再度の攻撃を加えようと前に出る分身。
各々がまったく別の動きを見せる中、健輔は迷わず最後の――前に出てきた分身へと攻撃を仕掛ける。
この状況で攻め気を見せてきた。
直感に過ぎないが健輔は本体ではないかと感じたのだ。
「反応が生っぽいな。――お前か?」
「っ――」
健輔の問いかけに答えるわけもなく、優香は そのまま前に出てくる。
思いきりの良さ、決断の早さ、後は前に出てくるという判断。
全てが優香らしかったが、今度は当て嵌まりすぎる事が違和感を助長する。
本当に本物なのか、いや、そもそもこの中に本物はいるのだろうか。
僅かにでも疑惑を感じれば、それは動きにも反映される。
数的な有利はまだ相手にあるのだ。
健輔は奇策でそこを少しだけ崩したに過ぎない。
『マスター』
「封糸結界、発動」
「これは、圭吾さんの!」
背後から迫っていた3人を糸の罠が捉える。
魔力を吸引して粘着力を高める糸は背後の3名の行動を阻害していた。
分身は消滅させても大した痛手にならない。
優香の分身攻撃最大の敵は捕獲系のトラップだった。
追加の分身を呼び出す事が出来なくなるし、何より脱出の方法が限られてしまっている。
1つは強行突破だが、これは本体でないと難しい。
分身は魔力体をそれらしく見せているのであり、優香ではないのだ。
真似出来る事は限られている。
もう1つは――、
「くっ、ビンゴか! お前が本体だな」
「お見事です。でも、まだッ!」
――分身を消滅させることである。
お手軽な脱出方法であり、デメリットなどないように見えるが、致命的な欠陥が1つあった。
本体の居場所、より言えば本物がどれかわかってしまうのだ。
分身攻撃の強みの1つは発動のタイミングや、発動後の動きで本体がわからなくなることである。
本体だと思って切り結んだ相手が分身で自爆でもされたら、大変な事になってしまう。
また、先ほどのように迷いを助長されるというメリットも存在している。
しかし、1度ハッキリとわかってしまえば対処方法はいくらでもあった。
「またかっ! 芸がないぞ!」
「それは勝ってから言うべきことです!」
「はっ、口は達者だな!」
「相棒の口が悪いので、仕方ありませんね!」
「――抜かせ!」
口の減らない相棒だった。
健輔はそろそろ決着を付けるべく、術式の準備を始める。
シルエットモード、ダブルシルエットモードに続く、3つ目の切り札。
世界戦に向けて準備した術式を以って、この戦いに決着を付ける。
「いくぞッ! 陽炎、『シャドーモード』術式展開」
『シャドー、発動します』
「ここで使いますかッ!」
健輔は不敵な笑みを浮かべ、決戦に臨む。
新術式を用いて挑んだ朝の日課たる対戦。
――結末は残念ながら健輔の敗北となる。
世界戦を前にしたこの段階でもまだ未完成の必殺技。
安定感に欠ける技の暴発によって、黒星がまた1つ健輔に加わるのだった。
「健ちゃんが負けたんだって? この時期にまだ不安定なのは不安だね。どうしようか?」
「香奈が再度の調整を掛けるそうだ。仕様から考えても些かに無茶がある術式だからな。だからこそ、切り札になるだけの破壊力もある」
「本番に強いからなんとかしてくれるとは思うけど……。う~ん」
真由美と早奈恵はチーム全体の進み具合を報告し合う。
彼女たちも個々で世界戦への準備を行っているため、少し放置気味になっている事を気にしていたのだが、後輩たちは何も問題なくやっているようだった。
それはそれで少しだけ寂しくなる真由美だったが、気分を切り替えておく。
やるべき事はまだまだ残っている。
「次は何だっけ?」
「速報、とでも言うか。シューティングスターズは出場メンバーが確定。ヴァルキュリアも同様だな」
「ふーん。……Bブロックはどうなってるの?」
「勝敗予想はアマテラスが1位だが、後は横並びだ。ナイツオブラウンドは弱くないし、アルマダも同様だ。クロックミラージュは不透明だが、ここまで来て弱いはずもない」
「そっか。ハンナたちは大体想像が付くけど……」
早奈恵は頷くと印刷した紙を真由美に渡す。
受け取った真由美は溜息を吐いてから机に突っ伏した。
「ヴィオラ、ヴィエラ、サラで前衛。アリス、ハンナ、後は」
「アズリーだな。2年筆頭、合宿の時は上手く隠されたが今回は来るだろう」
「大半が1年生でバックスぐらいにしか3年がいない。ハンナは賢いよね。知られていないメンバーならそれだけで奇襲になる」
「去年から考えてたんだろうが……。夏も布石なのだろうな」
夏休みの合宿でシューティングスターズには勝利しているが、その時は事は忘れた方がよさそうだった。
ラッセル姉妹もそうだが、原点は夏にあったとしても実力はまったく違うだろう。
健輔や優香などの自チームの後輩と同じ、もしくはそれ以上に伸びていると判断した方がよかった。
何より、ハンナが満を持して投入する来年以降も見据えた布陣である。
弱いはずがないのだ。
「こっちも期限が近いからね……。うん、早めに決めとくよ。大体、意見は出尽くしたからね」
「そうしてくれ。ヴァルキュリアの方にも目を通してくれよ?」
「はいはい。うげ……ひどいなー」
欧州最高のチーム力と謳われるチームを見て、真由美は顔を顰める。
これに匹敵するナイツオブラウンドもそうだが、欧州の名門は総合力が高すぎだった。
注目すべきはヴァルキュリアのメンツが女神以外、全員下級生だと言う事だろうか。
後衛3名は全員2年生で各々が変換系のエキスパート。
遠距離に限るならば宗則すらも超える風の使い手や、2つ名持ちのレオナなどタレントには事欠かない。
前衛2名は1年生でクラウディアに匹敵するのだから、考えるまでもなく強敵だった。
女神に関しては今更語るまでもない。
「流石史上最高のチーム、とかいうだけはあるね。見ただけで負けそう」
「層の厚さは流石だな。全員が準エースもしくは、エース格だ。最もわかりやすい強い布陣だよ」
「あんまり好きじゃないけどね。シンプルなのは認めるけど」
「同感だな。力押しが正義、などというのは些かに無粋すぎる」
「私が言うのはあれだけどねー」
ナイツオブラウンドも同様の傾向を持っているチームのため、アマテラスも楽ではないだろう。
真由美としては彼らがアマテラスを打倒してくれる事を期待している。
仮に桜香が消えてくれるならば、心労の1つが消えるからだ。
――同時に無理だろうという思いも抱いていた。
「決勝の相手は桜香ちゃんのつもりで進めるよ。2回戦は……ちょっとわからないかなー」
「有利はヴァルキュリアなのだが……女神は妙に運がないからな」
「香奈子ちゃんは何か持ってるし、可能性はあるよね」
フィーネが妙に運がないのは以前から言われている。
今年も何かあるのではないかと言われている程度には有名な話だった。
才能に恵まれ、チームもさらには仲間も優秀。
過去2年間も同じような感じだったのだ。
しかし、1年目はインチキ染みた『皇帝』に敗れ、昨年は突如覚醒した『太陽』に粉砕された。
運がないとはまさしくこの事を言うのだろう。
「でも、今年の女神は怖いよ」
「最後の年。掴めるはずの栄光……そうだな。下手をすると皇帝よりも怖いだろうよ」
フィーネの悔しさと餓えはおそらくピークだろう。
あれだけのスペックを誇って、挑戦者としてのハングリー精神も持っている。
楽に勝てる相手でない事は確かだった。
「あー、もう、難しいなー」
「悩めよ。お前が決断して、私たちが動く」
「わかってるよー」
早奈恵はうんうんと唸る真由美に含み笑いをする。
彼女たちの3年間が終わりを迎える時、笑って終われるのか。
早奈恵の胸中で僅かな不安が渦巻くのであった。
部屋に鎮座するのは円形の机。
彼らがモチーフとした伝説にも出てくるそれの周りには12人の魔導師の姿があった。
イギリスが誇る騎士のチーム――『ナイツオブラウンド』。
総合力においてヴァルキュリアに並ぶとされる騎士たちは少しだけ険しい表情で中央の映像を見ていた。
見ている映像は『アマテラス』対『明星のかけら』。
桜香が圧倒的な強さを見せつけた試合のものだった。
「……これは」
「凄まじいですね……」
精強でなる魔導師の集団ですら、感嘆の声を抑えられない。
激戦の欧州、その中で近接精鋭集団として知られる『ナイツオブラウンド』を以ってしても今の桜香は規格外の存在だった。
昨年も強かったが、敗北を喫した今年は比でない強さとなっている。
「……さて、私たちはこれを相手に勝利しないといけない訳だ」
「何か意見はあるか?」
いつもは柔和な笑顔を浮かべる表情にはらしくない緊張の様子が窺えた。
ナイトリーダー、騎士たちの頂点すらも『不滅の太陽』には畏敬の念を隠せない。
サブリーダー、参謀を務める者がメンバーに意見を求める。
「ん? 何かあるのか」
「はっ、発言よろしいでしょうか?」
「許可する」
サブリーダーが挙手した魔導師へ発言を促す。
重苦しい場の空気が少しだけ前向きな物となる。
彼らも歴戦の魔導師、敵の強大さを認めても諦めることはしない。
「前提として、アマテラスは『不滅の太陽』が最大の脅威であると同時に最後の砦。これは間違ってないでしょうか?」
「侮りは危険だが、間違ってはいない」
桜香を除けばアマテラスは強豪には入るが特色が一気に薄くなるのは避けられない。
偉大すぎる存在の弊害だろう。
彼女に頼り切りになっているのは傍から見ても簡単にわかる事だった。
「アマテラスの戦法は大筋2種類です。これは『不滅の太陽』撃墜後も変わっていません」
「ほう、パターンを見つけたのか?」
「はい。少し難しく考えすぎでした。あのチームは太陽を囮にして、周囲をチームメンバーが落とす勝ち方と、太陽が相手を撃墜する勝ち方、2つの戦法で戦っています」
「……根拠はあるのかい?」
「あります。今までの戦いのデータなどから判明しました」
桜香を核としたアマテラスはそれまでのノウハウを流出してしまい、チームとしては大きく弱体化している。
仁たちは弱くはないが、飛び抜けて強いわけではない。
仁だけが辛うじて準エースであり、他のメンバーはベテランクラスで構成されている。
世界ランク上位のチームとは思えない構成だが、これで大会上位に行けるのは桜香の実力が大きかった。
ベテランクラスも3人いれば、準エースを落とすのは楽になる。
桜香は相手が3人でも互角どころか、勝利しかねない魔導師なのだ。
彼女に戦力を集中したくなるのは、心の動きとしては至極普通の事だった。
自然な心の動きだからこそ、それが桜香の――アマテラスの思惑通りだと気付かない。
「『アマテラス』と『クォークオブフェイト』の試合は良い戦訓が得られたと言えます」
「……九条桜香を撃破すれば勝利出来る、という事か」
「はい。問題はそこに至るまで過程です」
最終的に桜香を撃破しないといけないのは変わらないが、後か先かで変わる部分も多い。
健輔たちは先に撃破を狙い、ギリギリの勝利を掴んだ。
しかし、あの戦いにはいくつかの幸運も味方している。
仁たちが桜香と健輔の一騎打ちを妨害しなかった事などは最たるものだろう。
真由美の援護があったといえ、妨害を入れる事は可能だったのだ。
仮に誰かの手が入っていれば、勝者はアマテラスだったに違いない。
他にも桜香に勝利したが、残存5名と3名では有利なのは前者である。
確実に勝てるとは言い難い。
「つまり、お前が言いたいのは?」
「九条桜香を最後に潰す。チーム力で押し潰しましょう」
「それは……」
桜香を最後に倒す。
健輔たちとは逆の事に挑戦するという事だが、ある問題点が残っている。
桜香を抑えるには、1人ではきつい。
最低でも2、撃破を望むならば3人は必須となる。
あるチームなどは5人掛かりでも返り討ちにあった事もあるため、上記の人数ですら確実な方法ではない。
しかし、クォークオブフェイト戦から桜香であっても3人で討ち取れる可能性は生まれていた。
それでもチームの半分を差し向けないといけないところが彼女の恐ろしさと言えるのだが。
「リーダー」
「ああ、わかってるよ。――私が抑えている間に皆が回りを片づける。そういう事だね?」
「すいません。策と呼べる程の物ではなくて……」
「いや、十分さ。それに一騎打ちは望むところだよ。太陽に挑む。これほど心躍る事はない。同年代の魔導師ならば、皆がそう思っているさ」
ナイツオブラウンドリーダー――アレン・べレスフォードは爽やかな笑顔の中に凄みを加える。
数少ない2年生リーダーとして、同年代で最高峰の実力者である桜香に1対1を挑む事に異論などなかった。
彼が抑えて、全員で戦えば勝てる。
仲間に対する信頼がそこにはあった。
「作戦は決まった。後はその日まで各員、刃を研ぎ澄ますように」
『了解ッ!』
騎士たちが太陽に挑む。
難業だからこそ、超える意味があると彼らは信じているのだった。




