第206話
冬休みは終わり、魔導師たちは短い休息から戦いの日々へと帰ってくる。
1月も半ば辺りに差し掛かり、選手たちは最後の戦いへ向けて仕上げを始めていた。
「ああ、もう!」
前よりも少しだけ短くなった髪を振り乱し、彼女――橘立夏は吠える。
今から4ヶ月程前に戦った時は、もう少し可愛げのあった相手だったのだが、激闘を超えて彼女がイライラするほどに小技が上手くなっていた。
追いかける彼女を妨害するために仕掛けられた設置型の術式。
進路を妨害する置き土産。
おまけに定期的に入る跳躍攻撃、全てが嫌がらせのためにあるラインナップだった。
「へ、平常心、平常心。落ち着きなさい、いったい何回、あいつに嵌められたと思ってるの。学習するのよ。今度こそは、ぶちのめす」
『随分な意気込みですね。立夏さんにしては珍しい感じがします』
「莉理子ちゃん。誰だってね、何回もおちょくられたら苛立ちくらい覚えるわよ」
『はぁぁ……、これはまた負けそうな感じです』
「ちょ、ちょっと! 縁起でもない事言わないで――」
莉理子と会話しているのを隙と見たのだろう。
立夏の至近距離を砲撃が駆け抜けていく。
一切の遠慮が存在しない攻撃、立夏の額に青筋が浮かぶ。
練習だろうが何だろうが常に全力、必ず勝ちを狙う。
挑発など序の口、練習でも負けないという全力投球に付き合わされる方は大変だった。
生き方、戦い方が嫌になる程、彼らのリーダー、近藤真由美とそっくりである。
国内大会終結後、三顧の礼さながらの真由美の嘆願を受けて練習相手を務めている立夏たちにしてよい仕打ちではなかった。
何度やめてやろうかと思ったかわからない。
「どうせ、早くリンゲージを出せよ、とかって愚痴ってるわよ! 私は個人でも強いっての!」
『わかってるから立夏さんを相手にしてるんだと思うんですけどね』
「莉理子! あなたどっちの味方なのよ!!」
『立夏さんですよ? 練習にムキになってどうするんですか。向こうはいろいろと試してるだけなんですから、先輩としての度量を見せてください』
「ぐ、ぐぬぬぬ……」
立夏とてわかっているが、それでも言いたくなってしまうのだ。
絶妙に立夏の感情を煽る罠の設置をしている。
物理と精神、両方から立夏に攻撃を仕掛けるのは見事と言ってよい。
対象が自身でなければ、立夏も手放しで褒めたはずである。
『相手の狙いもわかっていますし、無難に対処してください。相手もそれを望んでいますよ』
「わ、わかってるわ。……はぁ、助っ人ってこんなにしんどかったっけ?」
『……私にもわからないですね』
「霧島くんとかは楽そうだったのに、私はいつもこんな役回り、か。……真剣に自分の3年間について悩みそうだわ」
雷の申し子とも連日バトルしていたし、破壊の魔導師にもいろいろとリーダーとしての心構えを伝授した。
模擬戦もこの短い期間に10や20では足りないぐらい戦ってきたものである。
この学園の頂点、全ての魔導師の上に立つ『太陽』になるかも知れなかった者として、学園に全力で尽くす勢いで冬休みを捧げた。
しかし、現実は彼女の思いを凌駕していたのだ。
敗戦を吹っ切るためにも、我武者羅に練習相手を求めた立夏を超えるほどに餓えた修羅。
世界戦出場チームの大半がそんな物騒な連中だったのである。
立夏も精神を慮るどころか、死体でも働けと言わんばかりの態度だった。
「……もう! 自分でやり始めた事とはいえ、迂闊だったかな。ちょっとは遠慮して欲しいよ、本当に……」
『いいじゃないですか。それだけ求められている。立夏さんの3年間が認められたみたいで私も嬉しいです』
「……そっか」
後輩の率直な思いに恥ずかしくなったのだろう。
立夏は慌てたように話題を転換する。
「り、莉理子、誘導をお願い、あの子はここで落としておくよ」
『了解です。それでこそ、『曙光の剣』ですよ』
莉理子の言葉に面映そうに笑い、立夏は空を舞う。
敗北しても彼女の輝きは曇らない。
世界に向かう戦友たちを次のステージへ導くため、彼女は全力で輝くのであった。
その輝きが、彼らの先を照らすと信じて――。
「お前は本当にアホだの。頭の使い方を知っとるのか?」
「ん……。め、面目ない」
「謝るだけなら、餓鬼でも出来る。反省点を速やかに述べろ」
「ん……、わ、わからない」
「はぁぁ……、今時小学生の方が頭を使うぞ」
地面に正座する長い黒髪の女性。
『破壊の黒王』と国内では正式に命名された2つ名持ちの魔導師。
『天空の焔』リーダー・赤木香奈子である。
対するは惜しくも世界には行けなかったが、戦術という分野で他チームを寄せ付けなかった『賢者連合』リーダー・霧島武雄だった。
彼がこの場に居る理由は、立夏たちが健輔たちのサポートをしているのと同じ理由である。
世界戦へ出場する3チームは国内の様々なチームへ協力要請を出し、彼らと協力してチームの総合力を高めてきた。
天空の焔もその1つである。
彼らの弱点は国内最終戦でも明らかになったもの――チーム力不足。
一朝一夕で埋めれるはずもないこの差を埋めるために彼らが助力を請うたのが、戦術の魔導師、霧島武雄だった。
「お前たちのチームの弱点は大きく分けて、2つ。散々言ったことだろうが、もう1度言ってみろ」
「ん、全般的に経験が少ない事。後は、大味に過ぎる事」
「正解だ。まあ、どっちも一言で言えば長所であり、短所だ。チーム力不足という大本の問題にも繋がるがな」
個々の問題点を無視して、チームとして見た時に残る問題がその2つだった。
最終的にはどちらもチーム力不足に結びつくのが、武雄があえて分けたのには理由がある。
チーム力が不足している場合、補う方法として簡単に思い付くのは3つほど存在していた。
1つは、順当に努力して強くなること。
これは至極当たり前のことであり、現在進行形で焔のメンバーが実施している。
問題点も単純明快だ。
そんな簡単に強くなれるのならば、格差は生まれないということだった。
「お前たちのチームは粒が小さい。お前と雷光を除いてな。次点が坪内では程度が知れとる」
「……」
「むくれても現実は変わらんぞ。そこを埋めるために指揮を学びたいんだろう? 情に絆されず、数字で最適解を選ぶのが指揮だ。お前はそこが出来ん」
残る2つの方法の内、1つは直ぐには取れない手段。
早い話が補強である。
無いのなら他から持って来れば良い、ということだがこれは魔導競技では些か難しい。
よって、実質的に最後の方法として上げられるのが――戦術、その中でもお手軽なのが指揮だった。
武雄が実績で示したように格上を戦術で負かす事は不可能ではない。
それを成立させるための手段が戦術であり、要素が指揮であった。
「お前の人格以外にも問題はあるぞ。そもそも、天空の焔の構成だ。火力型のエース2名にそれを支える補助。これでは作戦なんぞ遂行出来んよ」
言外に天空の焔に知略線は出来ないと宣告しているのだ。
武雄たちはバックス技能の多彩さで格上殺しを実現してきた。
似たような事例では健輔もこの部類に入るだろう。
桜香のように飛び抜けた魔導師や健輔のような万能系を除いて、基本的に魔導師のステータスというのものは歪んだ形をしている。
武雄はそこを突く手段を持っていた。
だからこそ、賢者連合は上手くいったのである。
「お前さんの計画は聞いたがな……」
「ん……ダメ?」
指揮能力を向上させて、戦術などを以って差を埋めていく。
香奈子のリーダーとしての素養を伸ばす事を目的とした強化だった。
しかし、今日まで香奈子を見てきた武雄はある結論を出す。
「はっきり言おう。貴様は指揮に向いてない。今まで通り、砲台をやっとる方が強いだろうな。健二の奴と同タイプだ。そこが『凶星』に劣るの」
「……じゃあ、私たちのチームは誰が良い?」
「最善はクラウディアだろうよ。多少熱くなりやすいが、視野は広い。後、お前さんよりも冷淡だ。勝つためにすることを出来るからの」
「……でも」
「前衛で強敵と戦わせて、指揮までは出来ない。そんな事はわかっとるよ。儂は少数派だからの」
スサノオのリーダー望月健二がそうだったように適性的に向き不向きというのはどうしても存在している。
香奈子は魔導師としては異端染みたレベルで強力だが、統率者として見た時には不適格な部分が多かった。
無論、なんでも出来る方が少数派であるし、情に深い事は普通に考えれば良いことである。
ただし、世界大会を見越した強化にだけは死ぬほど向いていなかった。
「……どうすれば良い?」
「初戦の相手は『ヴァルキュリア』。ハッキリ言おう。生半可な策は1つも効かん。そして、チーム力で圧殺される。1番あり得るのはそこだ。だから、発想を変える必要があるの」
「発想?」
天空の焔が1番当たってはいけなかったチームと初戦に当たる事は悲劇としか言いようがない。
チーム力に劣るチームが欧州最高のチームと当たるのだから、神様というのは悪戯好きだった。
おまけにエースと因縁の相手までいる徹底ぶりである。
「まずは指揮を捨てろ。前々から密かに坪内には言っておいたが、お前が合わせるのではなく、周りがお前に合わせるようにするべきだ」
「……なるほど、理解した」
「その上で、1つ面白い事をやってみるか」
「……面白い?」
「ああ、楽しくなるぞ。あの女神の澄まし面に横合いから蹴りを入れてやろう。九条姉だけが魔導師ではないと教えてやれ」
優勝候補でもあるチームに勝つために、武雄は秘策を香奈子へと伝授する。
天空の焔。
国内第3位の名を背負い、彼らもまた戦いに向けて雄々しく燃え上がるのだった。
「因縁だねー。イリーネは嬉しい?」
「どうでしょう? 私としては早すぎるような気もしますわね。こんなに早くぶつかるとは思ってなかったですもの」
チーム『ヴァルキュリア』1年生エースの2人。
イリーネ・アンゲラーとカルラ・バルテルは机の上に置かれた対戦表を指さして笑っていた。
初戦の相手チームに、彼女たちとも因縁深い相手であるクラウディアが所属していたことに不思議な縁を感じていたのだ。
戦えるかどうかはわからない。
以前はそんな事を述べたのに、思ったよりも早い再会にイリーネはなんとも言い難い気分となる。
彼女とカルラ、そしてクラウディアの3人は日本での中等部にあたる頃から次代のエースとして期待されていた。
優香と似た感じだが、彼女と違うのは欧州校では成績が優秀な魔導師は3ヶ月ほど早く高等部の戦闘環境を体感出来るようになっていたことだろうか。
先行体験のおかげもあり彼女たちは入学後、チームを決めて直ぐにスタメンとして試合に出場することが出来るようになったのだ。
この恩恵はクラウディアも受けていた。
彼女がそこで何を思い、何を感じたかはわからないが僅かに『ヴァルキュリア』に席を置いて、しばらくしたら日本に旅立ってしまっていたのだ。
イリーネは留学前に少しだけ話をしたが、真意の程は聞いていない。
聞き出すには良い場所であり、良いタイミングではあった。
「……クラウとの戦いは楽しみですけど。良い勝負が出来るかは微妙ですわね」
「ああ、それはそうかも。面白いチームだけど、見所がほとんどないからね~」
しかし、イリーネを躊躇させるのがクラウディアが所属しているチームである。
既に彼らのデータはきちんと揃っていて、確認も行っていた。
2人のエースを主軸としたチームであり、両エースは共に欧州でも最高峰に数えられる実力がある。
特に最終戦のデータはチームメンバー全員が興味深く見ていた。
「エース両名は共に素晴らしい。言うべきことは何もないです」
「うん、香奈子? だったけ、あの人はすごいね。砲撃能力も防御能力も抜群だよ。データで見た『終わりなき凶星』よりも後衛としては怖いかも」
「ええ、同時にあのチームはそこだけが脅威です。どれほどの対策をしても、1ヶ月程度では限界があります。実質的には2週間程でしょうしね」
「私たちのところじゃなければもっと良い勝負だったんだろうけどね。よりにもよって1番相性が悪い私たちじゃね」
今年のヴァルキュリアは玉座の奪取を狙うフィーネの気迫も込みで過去最強と言って良いレベルになっている。
国内大会であっさりと全勝を決めた層の厚さは半端ではなかった。
クォークオブフェイトが新興チームの勢いも利用したのに対して、純然たる実力での勝利である。
イリーネたちを含めて、タレントにも事欠かない。
それを証明するかのようにイリーネたちの背後からやってくる人物が1人。
音もなく近寄り、穏やかに声を掛ける。
「あまり侮るものではないですよ。何より今年はフィーネさんの最後の年、万が一は避けないといけません。礼儀の意味でも全力で行きましょう」
「レオナ様」
「あっ、レオナさん! どうしたんですか? 後衛は練習のはずですけど」
「対戦相手も決まったので、少しやり方を変えるそうです。私はその連絡ですね。そうしたら、2人の声が聞こえたので、つい」
随分と年上に見える美しい女性は柔らかく笑う。
ふんわりとした淡い雰囲気が良く似合っていた。
彼女の名はレオナ・ブック――『光輝の殲滅者』の2つ名を持つ『ヴァルキュリア』が誇る後衛魔導師である。
穏やかな雰囲気に反して、戦闘時は容赦なく選手を薙ぎ払ってしまう。
昨年は扱いが難しい属性だったこともあり、活躍出来なかったが今年の頭に制御に成功。
その実力を以って、チームのナンバー2に至った次期部長候補でもある。
「侮りに見えますか?」
「ええ、大分。私たちは強いですが、なんとかしてくるのが魔導師ですよ。特にクラウディアさんのチームなのだから、自覚ぐらいはしているでしょう」
「……やっぱり危ないですか?」
「1年生には見えない程あなたたちは落ちついてますからね。でも、少しは緊張が見え隠してます。ダークホースはどこにいるのかはわかりませんよ?」
レオナは言外に去年、日本で強いと言われてはいたがそこまで苦戦することはないはずのアマテラスに敗北したことを言っているのだ。
桜香が一気に跳ね上がったのは世界戦に来てからの話。
国内戦でのデータだけでは彼女の強さはわからなかった。
今回、同じことが天空の焔で起こらないとは誰にも断言出来ない。
「ご助言ありがたく」
「うん、流石レオナさんっ!」
「いえいえ、大した事でもないのを訳知り顔で語っただけですよ。では、そろそろ準備も良いみたいですし――参りましょうか」
「へ? あの、どういう」
「カルラ、わざわざレオナ様が直接やって来たのは驚かせるためよ。相手はもしかして?」
「ええ、フィーネさんですよ。あのクラスに粘れるようになれば、何も怖くはないですから」
雪辱に燃えるフィーネを支えるために、彼女クラスの相手がやってきても負けないようにしないといけない。
アマテラス、そしてパーマネンス。
両チームに限っては彼女たちでも勝率が予測出来ない。
アマテラスとは当たるとしても決勝だが、パーマネンスは3回戦で当たるのだ。
対策をしておく必要があった。
残り僅かな期間を無駄には出来ない。
「参りましょうか。カルラ、準備は良い?」
「問題ないよ! うん、今日こそフィーネさんに1発入れるよ!」
「その意気ですよ。では、行きましょうか」
先を見通して、彼女たちは歩む。
途上にあるものの思いを、無視してしまう事の危険性から目を逸らして――。




