第202話
『「っ、厳しい、かな……」』
合一化状態では立夏の思考を莉理子がトレースする形になっている。
基本的には立夏として思考しているのだが、莉理子の能力や考え方が使えないわけではない。
分割思考と似た要領で判断基準の1つとして扱う事が出来るのだ。
立夏単独の場合よりも数多くの情報を扱い、そして決断することも出来、さらには戦闘能力も倍増する。
魔導連携は目立たない部分でも立夏に大きな恩恵を与えていた。
しかし、情報が多いというのはメリットばかりではない。
先が見えすぎる事が時に仇となることもある。
今回の試合状況はまさにその状況にピッタリと当て嵌まるものだった。
『「このままいくのは、マズイかも」』
健輔が看破したように今回の試合で明星のかけらも小さなミスをいくつか犯している。
その中で戦況にダイレクトに響くのは戦力関係の問題だった。
後衛が事実上役に立たないのに前衛が立夏しかいない。
由々しき事態と言ってよいだろう。
人数で勝っているのに、戦力比でみると立夏は1対1で香奈子と相対することになっているのだ。
これではせっかくの優位も意味がなかった。
『「……今更、過ぎるかな」』
戦うことで落ち着いた、というのは些かに変な表現であるが今の立夏の心境はそうとしか表現出来ないものだった。
試合を客観的に見つめる立場である莉理子の思考と、勝利への最善手を考える立夏の思考がここでは噛み合いを見せている。
自分たちがミスしていると自覚したのだ。
無意識下でドンドンと傷を溜めるよりはマシだったが、それで現実は変わることがない。
表面上は慌てた様子を見せず、立夏は後方に交代を指示した。
ミスはあったが、今はまだ挽回出来る程度である。
最も、相手がそれを甘んじて受けてくれるとは微塵も思っていなかった。
距離があって、1対1の状況で香奈子が動かないはずがない。
『「っ、来る!」』
連続して放たれる砲撃を何とか避ける。
ディメンションカウンターは確かに強力な術式であり、防ぐのが困難な代物だが、香奈子本人に限ればそこまで怖いものでもない。
対クラウディアのように破壊系に備えがない者には必殺の攻撃になるが、立夏が示しているように対抗手段さえあれば、通常の攻撃と同じように対応が可能だった
立夏がカウンターしたところで香奈子は普通に迎撃してしまえば良いのだ。
迎撃を防ぐには香奈子の隙でも見つけて、必殺のタイミングで放てば良いのだが、
『「近づけない!」』
連続して放たれる砲撃がそれを許さない。
元より、距離は香奈子の味方である。
立夏があらゆる距離に対応できると言っても、限度はあるし、何より本職に優ることなどあり得なかった。
『「……困ったな」』
『立夏、一旦下がるのはどうなの? こっちが2人を交代させてから攻めれば良い感じになると思うけど』
慶子からの念話が入るが、立夏にしては珍しく決断出来なかった。
交代を待って再度の攻勢を仕掛けると言う事はその間、香奈子の圧力を受け続けるということである。
地上に潜んで、穴でも掘れば身を隠せるだろうし、攻撃もある程度の減衰を期待できるため悪い作戦ではなかった。
しかし、同時に陥穽もある。
ここで下がると言う事は勢いを捨てるに等しいことなのだ。
主導権を向こうに投げて、受けに回る。
あまり立夏の好みの戦法ではなかった。
ましてや、国内最後の試合でエースが残っている状態でやってよい事ではない、と少なくとも立夏は思っている。
勝ち方も考えないといけないのが、強豪というものなのだ。
勝てば良いというのは真理ではあるが、勝つだけではダメなのも、真理であった。
傍から見れば一瞬、立夏にしては長い時間を掛けて、彼女は決断する。
『「……このまま攻める」』
『……もう、わかったわ。交代した子には直ぐに追いかけるように言っておく。私も焼け石に水でしょうけど、最大限の努力はするわ』
『「ごめん、ありがとうね」』
『いいわよ。それよりも魔導連携を解除しなくていいの? こんな長時間の合一は厳しいでしょう?』
『「そうだね。――でも、ごめん、無理」』
言葉少なく、立夏はそれだけを口にした。
親友にはそれだけで十分だとわかっていたからだ。
『そう……。はぁ、本当、大人しく見えるのに頑固なんだから』
『「自覚はあるよ。……もしもの時はお願いね?」』
『任された。全力でやりなさい』
我儘を認めてくれた慶子に心の中で礼を述べる。
再度、立夏は前方を見据えた。
敵の姿は見えないがピリピリとした空気は敵が彼女を狙っていることを教えてくれる。
立夏もクラウディアの奮闘により相応に消耗しているとはいえ、ここまでのプレッシャーを感じさせる魔導師は世界を見渡しても多くはないだろう。
時間が経つに連れて感じる圧が大きくなっている。
『「……やっぱり、似てるよね」』
立夏が早急に勝負を決める事を急いだもう1つの理由。
それは香奈子が本来の力を取り戻す事を避けることだ。
経験が足りないということはうまく集中出来ないということである。
真由美とは違った意味で時間を与えるのはマズイと立夏は直感していた。
試合の緊張に慣れた分だけ、必ず香奈子は強くなる。
『「単体だと私でも厳しい。……真由美を超える、眉唾じゃないね」』
2枚看板にして、本命。
天空の焔、最大最強のエースは単体でも、いや、むしろ最後の1人になった時に真価を発揮するのかもしれない。
砲撃の精度、感じる圧力、1人落ちる度にそれが増大していた。
時間と追い込まれた状況が相手を覚醒させるとしたら――。
『「……見たくもあるけど、そこまでの博打は出来ない」』
唾を飲み込み、汗を拭う。
ここから先へ進む時に余計な思考を抱いていれば、立夏が負ける。
彼女の積み重ねた経験と第6感が囁いていた。
『「……あなたを倒す。考える事はただ、それだけで良い」』
リーダーとしての重責、試合の行方、今後の事。
全てを忘却して、1人の魔導師として集中する。
香奈子を超えなければこの試合に勝てる事はない。
それを正確に理解した故の立夏の猛攻が始まるのであった。
天空の焔の陣深く。
黒い光を身に纏い、1人の女性が彼方を見つめる。
「はぁ……、はぁ……。ん、ここまではなんとか……」
汗を拭うこともせず、彼女はただ相手を待ち受ける。
元信を拘束、そこを撃ち抜いたことで立夏と1対1で戦う時間を獲得出来たのは僥倖だったが、いくつか代償もあった。
言うまでもなく人数的な不利である。
香奈子以外にも1人残っていたのだが、元信撃墜の間隙をついて立夏が軽く撃破してしまった。
これにより、彼女は戦場で最後の1人になってしまう。
4対1、普通に考えれば絶望的な状況、しかし、不思議と香奈子の心境は落ち着いていた。
あまりにも強すぎる相手と相対したことで感覚がマヒしたのだろうか。
香奈子にもよくわからなかった。
「『曙光の剣』……橘、立夏」
クラウディアが決死の覚悟でライフを削ったが以後、誰もダメージを与えられていない。
元信に集中していた2人はともかく、距離も十分にある香奈子がダメージを与えれないのにはいくつかの要因が関係していた。
1つは香奈子の攻撃は砲台、すなわち1撃の威力は大きいが、細かいダメージを出すのは得意ではないのだ。
香奈子はよく真由美と比べられるが、真由美は移動要塞と言われることが多い。
これは真由美の攻撃は魔弾なども含めて多彩であり、器用さを備えていることからそのように呼ばれている。
身も蓋もない言い方をすれば、香奈子は不器用なのだ。
愚直な破壊力が取り柄であり、同時に弱点となっていた。
系統的には出来ないことがないのに、やれないのはイメージの問題だろうか。
全てを粉砕する攻撃をイメージ出来ても多彩な攻撃は出来ないのが彼女だった。
そんな風に自身を客観的に考察しつつも、香奈子は相手への警戒を怠らない。
「……ん、皆」
どこか祈るような感じでチームの皆を彼女は思う。
全員が彼女を信じてその身を投げた。
そこに最大の感謝と、溢れんばかりの思いしか感じられない。
「私は、勝つよ。……見ててね」
不利な状況、それでも香奈子の闘志に衰えは微塵も存在しなかった。
むしろ、より激しく強く燃え上がっている。
不利な要素も数えきれない程存在しているが、同時に勝つための要因も大量に存在していた。
そもそも、現在、場の主導権を握っているのは香奈子である。
彼女は断言することが出来た。
なぜならば、この状況は天空の焔が試合前に想定した状況とほぼ相似しているからだ。
「……後は、ここから私が引き寄せるだけ」
悲観的な予想だったが、だからこそ正確だと言えただろう。
天空の焔が、それこそクラウディアを捨石にしても立夏には届かない、そう予想していたということなのだから。
明星のかけらは強い。
万全かはともかく作戦なども含めてコンディションで天空の焔は優っているだろう。
対する明星のかけらは試合前の段階で不安要素がいくつもあった。
その状態で失策を重ねた上で互角。
実力差というものを示すのにこれ以上、明確なものはあるだろうか。
「でも、今ならばっ」
立夏との正面対決に香奈子が勝利すれば、後は流れで押し切れる可能性がある。
また香奈子の本領は格上よりも格下に対する圧倒的なまでのアドバンテージなのだ。
慶子のような準エースクラスですらも、同じ舞台にいる限り相手にならない。
そこを活かすために仕留めなければいけないのが立夏だった。
勝利のためには、そこだけは避けて通れない。
高まる彼女の戦気に呼応するように、高速でプレッシャーが近づいてくる。
「……来なさい、橘立夏っ!」
香奈子を打倒出来る魔導師は明星のかけらに後、1人だけしかおらず。
立夏を打倒出来る魔導師も最初から、天空の焔には1人しかいなかった。
人数的な不利を帳消しに出来る、この攻防に全てを賭けるため、他のメンバーは人柱になったのだ。
その思いに答えるために、負けるわけにはいかなかった。
「――見えたッ!」
高速で飛行する影。
これまでは視界には収まっていなかった敵がついに香奈子の見える範囲へと侵入してきた。
バックスから詳しい座標が送られ、香奈子は速やかに狙いを定める。
「穿て、『カタストロフィ』!」
『了承』
注がれた魔力は黒い光を帯びて、展開された砲塔に集まる。
シンプルな攻撃、破壊力において世界でも5指に入る1撃が放たれた。
一閃、激しい光と音を周囲に撒き散らして、香奈子の攻撃は獲物を追う。
凡百の魔導師ならば、成す術なく粉砕される破壊の1撃。
しかし――
『「甘い!」』
――相手は『曙光の剣』橘立夏。
どれほど強力だろうがただ砲撃をして落とせる相手ではなかった。
香奈子の攻撃が来る方向を誘導していたのだろう。
空間に空いた穴のようなものへ香奈子の砲撃が吸収される。
転送系の反射攻撃術式――『ディメンションカウンター』。
簡単に転送系の技術を扱えるだけでも驚きだが、それを戦闘に転用できるのは立夏の高い技量があってこそだった。
普通の魔導師ではそもそも使用の許可がおりない。
転送系は現在の技術水準を大きく超えた奇跡の産物であり、世界でも扱える者はそれほど多くないのだ。
「……っ、厄介な」
そんな事情など実際に戦っている香奈子には関係がないだろう。
1つだけ確かな事はあれをどうにかしないとダメージを与えれないということである。
おまけに、
『香奈子さんっ、後ろです』
「っ――」
奪われた攻撃に対処する必要がある。
バックスを総動員することで発動の兆候は掴めるが、それは逆に言えば立夏に行動を誘導されるということでもあった。
主導権を奪われる。
その怖さがわからない程、香奈子も経験不足ではない。
「元から、不利……それはわかってた!」
距離が近づく程に不利になっていく。
遠距離型と近距離型の宿命である。
ましてや、強敵の対戦経験で立夏に負けている。
それが戦局を左右することなど、香奈子もわかっていた。
「……私にも、意地があるッ!」
『「捉えた! ここで終わりなさいッ!」』
真由美のように砲撃を連射することが香奈子には出来ない。
砲撃の連射は真由美の固有能力由来の技能だからだ。
誘導弾などは扱えるが立夏に通用するとは思えなかった。
結局、頼るべきは破壊系の砲撃しかない。
どれほど繰り返したかわからない砲撃の基本動作、流れるように迎撃へと移り、砲撃を放つが、
『「剣よ!」』
「――障壁展開ッ!」
気勢を容易く制されてしまう。
迫る魔剣の群れ、クラウディアも対処できない猟犬たちを香奈子は睨み返し、
「壁よ、敵を押しつぶせ!」
『「障壁を移動させる。これは――」』
黒い壁と黒い剣がぶつかり合い、剣は砕け散る。
香奈子の魔力は何から何まで破壊系の魔力を帯びているのだ。
物質化した魔剣でも破壊系の影響から完全に逃れる事が出来るわけではない。
多少は脆くなるし、今の立夏の剣は砕けやすくなるようになっていた。
本来、防御用の魔導である障壁を攻撃へと転用する。
香奈子にしか、出来ない芸当だろう。
障壁すらも桁違いの破壊力を有するが故の技だった。
「――押し切るッ!」
壁が剣を粉砕して、進撃する。
思わぬ形で防がれた魔剣だが、立夏は笑った。
『「剣だけに集中して大丈夫なの? 私は別にあれが本業じゃなんだけど」』
「しまっ――」
剣群はあくまでも手段の1つ。
それを潰すために障壁を捨てた香奈子は防御力が低下していた。
相手の能力に対処しようとする、それ自体が既に後手に回っているのだ。
一気呵成に懐へと立夏が入る込む。
『「はああああッ!!」』
「――っ、この、」
『赤木選手、ライフ80%! この試合、始めてのダメージです』
『「このままッ!」』
2つの剣の軌跡が重なり、香奈子にようやくダメージを与える。
試合を決めようと再度の攻撃を仕掛ける立夏だったが、香奈子は魔力をチャージした状態のまま魔導機を打撃武器のように扱い、
「離れなさいッ!」
『「えっ!? 嘘ぉ!!」』
立夏の障壁に叩きつける。
破壊の魔力を帯びた魔導機はそのまま障壁を突破し、
『「かはっ!?」』
「はああああッ!」
立夏の脇腹に直撃、香奈子はそのまま魔導機を振り抜いた。
魔導機を武器に見立てた直接攻撃、流石の立夏も後衛魔導師がそんな攻撃を行うとは思わず、直撃を受けてしまう。
今度は香奈子が隙を逃さないと言わんばかりに砲塔を向けたが、
「剣が……! やっぱり、ダメ……」
『「この、なんて、無茶を!」』
魔剣群が香奈子の妨害を行う。
香奈子の額に汗が浮かぶ。
状況は振り出しに戻ったが、優勢なのはどこから見ても立夏だった。
奇策は1度しか通用しない。
香奈子の突然の近接攻撃に驚いたため、隙を見せてくれたが2度目はあり得なかった。
奥の手は用意してあるが、決定的な瞬間に使わないと防がれる可能性がある。
攻めきれない、香奈子はそれを強く実感していた。
「……なんとか、しないと」
そして、ほぼ同じ事を立夏も思っていた。
1度の攻防でかなり精神を削られる。
先ほどの近接攻撃も突発的な動きだったにも関わらず、有効打になってしまった。
破壊系の砲撃型というセオリーにいない相手は立夏の経験でも対応に限界が存在する。
『「っ、はぁ、はぁ……。多少時間はかかるけど、やり方を変えないと」』
剣群による間接攻撃に攻め方を切り替える。
時間はかかるが確実な攻め、万が一のためにもカウンターの準備だけはしているがこの戦法はあまり取りたくないのが立夏の本音だった。
『「時間をあまり与えたくないんだけど……」』
立夏とてクラウディアとの戦闘で疲弊している。
消耗がほぼ存在しない香奈子と時間の競り合いがマズイことはわかっていた。
何より、先ほどの攻防で直感したが、明らかに実力以上のものを発揮しだしている。
拙速に逸れば、いらぬ攻撃で沈む危険性があり、巧遅を取れば妙な覚醒をされる危険性が跳ね上がってしまう。
直ぐ傍を通過する砲撃を避けながら、二律背反の状況で立夏はなんとか早期決着の糸口を探す。
『「これは、きつい」』
「やらせないっ!」
剣を薙ぎ払うように掃射される砲撃。
1撃でも当たれば立夏は撃墜される。
余計な思考をしたくないが、考えさせられてしまうのだ。
思考を分割し、苛立つ部分を封印しつつ戦闘を続行する。
『「危ないッ! ええい、もう!」』
「『カタストロフィ』!!」
『発動』
『「まだ余力があるの!?」』
立夏の攻撃を受け続けながらも香奈子は只管に反撃を続ける。
新たな術式の発動と同時に魔力が大きく高まり爆発した。
『「……精度が、それに威力も……、なんて子」』
「もっと、もっと!」
至近弾が徐々に増えている。
香奈子の集中力の高まりと共に砲撃精度がドンドン上がっているのだ。
未だに香奈子のライフは70%は残っている。
『「――それでも勝つのは私よッ!」』
「――いえ、勝つのは私です!」
返事とばかりに叩き込まれる砲撃。
プレッシャーに汗を流しながらも立夏は回避を続け、攻撃を放つ。
『「はぁ、はぁ、あの子との戦いがなければ……」』
啖呵を切ったのはいいが、低下した体力では攻撃と回避の両方でパフォーマンスを維持するのは厳しいものがある。
ここにきて、クラウディアとの戦いが大きく響いてきた。
あの戦闘で立夏は使える術式の中でも最高クラスのものをいくつも使用してしまっている。
結果、消耗した今では最大で4ケタの剣を生み出す『剣の嵐』が最高火力となってしまった。
ディメンションカウンターを使いながら、空間展開する余裕は残っていない。
『「このままじゃ、ジリ貧……!」』
「どこを見てるッ!」
『「マズイッ!?」』
思考に気を取られて、判断が遅れる。
香奈子は実戦経験こそ少ないが砲撃に関しては十分な能力を持っているのだ。
目の前で悠長に考えさせるほど甘くはない。
黒い光が隙を見抜いて、相手を貫こうとする。
しかし、それを許さないと言わんばかりに緑の光が邪魔に入った。
生み出せる時間は刹那、瞬き程度のものだが、離脱するには十分である。
立夏は危地から身を翻らせて、礼を述べた。
『「ありがとう、慶子」』
『油断しないで。こっちも援護だけはするわ。……なんとか切り込んでちょうだい』
『「ええ、わかってる!」』
「しぶといっ!」
明星のかけら本陣が大きく動き出す。
これまでも援護攻撃はあったが、立夏を巻き込みかねないレベルのものに変化が始まった。
さらには、おまけでもう1つ。
「立夏さん! 下がって!」
『「ありがとう」』
「増援……!」
後衛の1人を交代しただろう前衛が増援にやって来たのだ。
香奈子にダメージを与えるには魔導機による直接攻撃しかないだろうが、1対1だった状況よりはよほどマシだった。
立夏に掛かるプレッシャーや、疲労などが大きく低減される。
そして、効かないとはいえ支援砲撃で先ほどのように反撃の起点が潰されるようになるのも容易に想像出来た。
交代の間の疑似的に1対1を強要できる時間が香奈子の勝機だったのだ。
それが失われて正しい戦力比へと戻ろうとしている。
『「これで、今度こそ本当に!」』
「合わせますッ!」
「あっ……」
状況の全てが香奈子の、天空の焔の敗北を示している。
ここから先は彼女のチームが負けるという結果を確定させるための作業に近い。
時間は立夏の敵であったが、同時に味方でもあったのだ。
香奈子がもう少し早く立夏を仕留めれていれば話も違ったかもしれない。
万全の準備を整えてしまった明星のかけら。
不利な状況の中で香奈子は何故か安心したような、重荷を下ろしたような安らいだ笑みを浮かべた。
諦めたのか、香奈子の心境は立夏にはわからないが、何かをされる前に勝負を決めようと最大火力を放つ。
「ん、ここまで、か……」
『「何を考えてるかはわからないけど、ここで終わらせます! 『曙』!」』
『最大展開、2番、3番、『剣の嵐』』
最後の攻防、前衛2名に対して香奈子が取りうる手段はなく。
この戦いは終わりを迎える――はずだった。
迫る2人、迫られる香奈子。
優しい笑みのまま、香奈子は下を見て、一言。
「皆、ありがとう」
『「――え」』
香奈子はチャージしていた膨大な魔力を砲撃として、下に向けて放った。
同時に現れる巨大な魔導陣、黒い光は一気に大地へ広がっていく。
そして――、
『「――戦術魔導陣、誘いだった!? でも――!」』
光が爆発する刹那に魔導機を放り投げて立夏も陣を展開する。
直後、
『これは、まさか!?』
実況の驚きの声をBGMに天空の焔の陣を巨大な黒い光が多い尽くすのだった。




