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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第183話

「いやー、うん、凄かったね……」


 試合観戦後、真由美の最初の一言には偽りなき思いが宿っていた。

 立夏の奮戦空しく、桜香に届かないのはまだ許容範囲の中に入っている。

 予想を大きく逸脱した結果ではないのだから、驚くに値しない。

 問題は試合内容、決着の過程にあった。


「固有化が固有能力と組み合って危険なことになってるよ。あそこまでシナジー高いのはそんなにないね」

「厄介なのはそれを使いこなすだけの力があることだな。……ここで5系統複合であることも生きてくる」

「ただのコピーならいいが、アレンジではな……。それに今回の戦いで空間展開のコツを掴んだ可能性もある。……相手が強ければ強いほど、桜香も強くなる可能性があるな」


 桜香が見せた新たな能力。

 魔力固有化と魔導吸収能力を組み合わせたコピー、いや、アレンジ戦法の驚きで部室は満たされていた。

 原理としては立夏の魔力を吸収し、固有化の能力を使い性質をコピー、立夏の場合は『剣を生み出す』ことに特化した魔力を吸収したことで剣群を自在に生み出せる段階まで成長(・・)したのだ。

 あのコンボが発動するのは桜香が扱える系統に限るだろうが、戦闘を行う以上収束・身体・遠距離・浸透・創造のどれかは必ず保持している可能性が高い。

 そこから考えれば桜香の能力がどれだけ厄介なのかはよくわかるだろう。


「あおちゃんから見てどうだった?」

「そうですね……。今回の事は立夏さんと桜香が互いに似ていたことも原因だと思います。2人は万能型の魔導師という方向性が被ってますから」

「うんうん、なるほどね」

「なんでもすんなりコピー出来るというわけでないと思いますよ。例えば、私とかなら桜香の魔力に干渉しないですから」


 葵の感想に過ぎないがそこそこの信憑性はある。

 彼女の観察眼は確かなものであるし、見て取れた性質からもそこまでかけ離れていない。

 桜香の新しい能力はあらゆる魔導師に使用出来るわけではない可能性は十分にあり得るだろう。

 魔力に干渉すれば取り込まれるのだろうが、葵のように自分だけにしか作用しないならばそこまでの脅威ではない。


「健ちゃんは?」

「俺も同意見ですね。後、万能系は吸収しても意味ないと思います。これ、そんな強くなれるようなものじゃないんで」

「自分の系統なのにすごい言いようだね」


 健輔の物言いに少し場の空気が軽くなる。

 実際、万能系の能力を吸収したところで桜香は強くなるどころか、弱くなる可能性の方が高かった。

 現段階でかなりの万能性を誇る桜香に健輔の能力を吸収して得られるメリットはほぼ皆無に等しい。

 健輔の活躍はどちらかと言うと持っている武器の性能を活かす彼自身の性能が重要だった。

 

「……うん。でも、そうだね。ちょっと、複雑に考え過ぎたかな?」

「ああ、こちらはやれることをやるしかないだろうな」


 早奈恵が真由美に同意を示す。

 あまりにもインパクトが強すぎる能力だったため、流石の真由美も思うところがあったのだろう。

 実際、健輔もあれはヤバイと思った。

 直接対峙した立夏があれだけ冷静に戦えていたことが逆にすごいのだ。

 押されながらも最後まで喰らい付けたのは立夏の矜持と実力を証明していた。


「さて、と。とりあえず、今日は解散しようか。試合中の解析データはみんなに回すから月曜日までにちょっと考察してみて」

「葵と健輔は少し念入りに頼む。後、立夏たちのデータは健輔、『陽炎』の方に送っておく」

「ありがとうございます」

「了解。先輩たちもちゃんと考えてくださいよ」

「あおちゃん、その発言は挑発かな? いいよー、ちゃんと対策を立ててみせるからね」


 このチームに重い空気は似合わない。

 いくつかの意見を活発に交わした後に、その日は解散する。

 『アマテラス』と『明星のかけら』。

 両者の激しい戦いをしっかりと胸に刻んで各々、帰路に着くのであった。






 翌日、空き教室の1つで1年生の4人が集まっていた。

 議題は昨日の試合について、もあるが本題は立夏の戦い方についてである。


「うっす、悪いな。わざわざ休みなのに来て貰ってさ」

「いいわよ。こっちも1人であれを見て、解析するなんていやだもの」

「健輔さんの見識がいただけるなら私も助かりますから」

「僕の意見よりも、九条さんとかの方が役に立つだろうから異存はないよ」


 彼ら4人は学校では常に誰かと一緒にいるイメージがあるが、日曜日に集まるということは実はほとんどない。

 真由美の方針でオンとオフはしっかり分けるようにと指導されているのが表向きの理由のである。

 本当のところとしては、1人で何かをする時間も結構大事していた。

 普段の日曜日や休日には、美咲は読書、優香は買い物、圭吾は散策などで時間を潰している。

 健輔はオンでもオフでもどこかに魔導が絡んでいるので、真由美に幾度も注意されているが趣味が存在しないため、最近は真由美も諦めてきていた。

 『クォークオブフェイト』でも24時間魔導の鍛錬を続けているのは健輔と葵ぐらいであろう。

 その飽くなき向上心が彼をこのレベルまで押し上げたのだが、メンバー内でも付いていけるのは優香か葵しかいなかった。


「じゃあ、まず先に片づけておくのは桜香さんについてだな」

「ふふん、あなたが気になったところを当てましょうか?」

「おっ、わかるのか?」

「私も帰ってからいろいろと精査したもの。そうね、どうして桜香さんは、最初からあのアレンジ能力を使わなかったのか、とかじゃない?」

「それも、だな。1番はあれだ。今まで空間展開出来なかったのか、ってところだな」

「……確かに別にわざわざ、魔力を吸収しなくても桜香さんならそれぐらいやれそうなのにね」

 

 創造系の空間展開は確かに難易度が高い技能だが、桜香ならばやれない事はないだろう。

 圭吾ですら術式を用いれば疑似的な展開が可能なのだ。

 遥かな高みにいる桜香に出来ないとは思えなかった。


「いえ」

 

 その疑問に対しての答えを持つ女性がここには居た。


「姉さんは各系統の能力を十全には扱えてません。少なくとも、昨日まではそうだったはずです」

「そうなのか?」

「はい。……こ、こういうとあの、嫌味に聞こえるかもしれませんが系統の上限値は個人で差がありますから」

「……まさか」

「はい、姉さんは他の人ならとっくに極めている領域でもその類の能力が発現しませんでした」


 5系統も保持していることの弊害なのか。

 1つの事実として、桜香はそういった特殊な能力を固有能力など以外では保持することが出来なかった。

 少なくとも昨日の試合までそうだったのだ。


「今後はその辺りも考慮しないとダメだろうな。というか、あの人が女神と戦うと不味いな」

「……あらゆる自然を使いこなす桜香さん……。うわ、戦いたくないね」


 ある意味で桜香らしい能力だろう。

 無限の可能性と遥かな高みを感じさせる力は良く似合っていた。

 それでいて、単体ではそこまで能力を発揮しないのも良く出来ている。

 戦う側からすると頭を悩ませるしかないが、攻略の糸口がない訳ではない。

 恐ろしくシンプルでそれ故に難易度が高いものが1つある。


「攻略法としては、桜香さんに正面から勝つ。それも空間系とかを使わずに、か」

「桜香さんの魔力に干渉しなければ大丈夫だと思うわ。チーム内で覚えられると危険なのは真由美さんね」

「純魔力攻撃を吸収されると遠距離系を極められる危険性はあります。姉さんが遠距離も真由美さんクラスになったら……」

「僕もダメだね。後衛はほぼアウト、前衛も立夏さんがダメだったから……、知ってる人だとクラウディアさんも危ないかな」


 隠された条件などもあるかもしれないため、一概に判断は出来ないが大体無理なメンツは読める。

 健輔、葵、優香と以前桜香を倒したメンバーは健輔が若干警戒が必要な程度で基本的に問題はない。

 1日あけたことで衝撃が幾分緩和されたこともあり、皆が客観的な視点で物事を見つめれている。

 桜香のアレンジ能力は確かに強力だが、それだけならばそこまで警戒する必要は見受けられない。

 実際にはやってみないとわからないが、完全に手も足も出ないような事は避けられそうであった。


「まだ情報が足りない、か。国内は後いくつあった?」

「有力どころなら、それこそ、天空の焔と賢者連合かな。アマテラスはそこを突破すれば2位確定だよ」

「……クラウに期待だな」

「今のクラウでも危ないでしょうね」


 1対1で今のクラウディアが桜香に勝てるかと言われると疑問が付く。

 香奈子とのコンビネーションでも難しいだろう。

 しかし、まったく目がないわけではなかった。

 桜香の反射神経は魔力で強化されているが雷速に対応できるほどのものではない。

 威力と速度、連射性を並列出来るクラウディアは十分に桜香に対応できる人材であった。

 当たりさえすれば、と注釈は付くが可能性があるだけでも大したものである。


「こっちは追加の情報待ちだな」

「じゃあ、次の議題?」

「おう、立夏さんたちの補助術式だけど……」

「それは私の役割よね」


 今回の集まりの真の目的は、立夏たちが用いていた補助術式の数々について美咲から聞くことである。

 今後の戦いで実力以上のものを手にするために、あれらは必須だと少なくとも1年生たちは考えていた。


「魔導連携は私の理解を超えているから、ちょっとどうにも出来ないわ。あれは固有能力扱いされるくらいの技法だから……」

「そっちは時間を掛けるしかないわな。それよりも」

「ええ、元信さんの戦い方はきっちりと精査したわよ」


 元信の浸透系による肉体補助に特別な部分は存在しない。

 練習をしてみないとわからない部分もあるが、莉理子の技術よりも目があるのは間違いないだろう。

 健輔、圭吾と浸透系を使いこなす2人がここにいるのも大きい。


「他人の魔力と自分の魔力は本来、反発するものだ。それを抑え込むのは」

「浸透系の性質、同化と」

「受け手側の意思、ですね」

「ここをクリアしておけば……いろいろとやれそうだろ?」


 本来なら元信に弟子入りでもしたいところだが、今はまだ世界戦への挑戦を続けている間柄である。

 ライバルになる以上、必要以上の馴合いはお互いの矜持から考えてあり得ない。

 今は自分たちだけで進めるしかなかった。

 

「浸透系は他者に干渉する系統、だけどもっぱら戦闘に偏ってるもんね」

「そもそも支援系の術式は割と最近だからな。発達してきたの」


 技術の進歩で戦法が変わるのはよくあるが、魔導競技がここまで複雑、高度になってきたのは最近の話である。

 最近とはいえ、10年単位の話ではあるのだが、真由美たちが1年の頃と比べても大きく変わっている部分は多い。

 観客の動員数や、会場についてなどは最たるものだろう。

 転送陣の個人活用などと例をあげればキリがない。


「癪なことだけど、龍輝のやつの方向性はあってる。そういうことだな」

「今後はバックスがさらに重要になるだろうね」


 支援系の充実はそのままバックスの重要度を押し上げる。

 未開拓、とまでは行かないがまだまだ発展の余地があるからこそ、実力に劣る者たちはそこに賭けるのだ。

 健輔の実力は現段階でこれ以上の大幅な上昇は見込めない。

 ならば、自分以外の部分で貢献するのが最善の道だった。


「はぁ……。やることは減らないな」

「頑張りましょう! 私も微力ながらお手伝いします」

「いつも通りじゃない。なんだかんだでここまでやってこれたし、最後まで頑張りましょうよ」

「僕は世界戦、単独では戦えないからね。他力本願になるけど、健輔だけが頼りだよ。出来るだけの協力はするから、頑張ろう」


 健輔の次なる形、それに欠かせない仲間たちを見て、肩を竦める。

 誰もが健輔ならばやれると信じているのだ。

 やれるだけのことをやるのが、彼の誠意の返し方だった。


「中々、思い通りにはいかないな」

「そうかい? 健輔はきっちり活躍してるからいいじゃないか」


 親友の本気なのか、それとも冗談なのか今一判別が付かない言葉に苦笑する。

 自分でも思った以上に戦えていることは自覚していた。

 しかし、それは言うまでもなく周囲の協力あってのことである。

 健輔はそこまで自分に自信を持てていない。


「非才、非力の身ですが、努力しますよ」

「そう、じゃあ、まずはこの私が夜なべして作ったデータの暗記ね。得意でしょ? 丸覚え」

「げっ」

「私もお手伝いしますね。要点などを纏めておきますので、後日ちゃんと覚えているのか、テストしましょう!」

「ちょ」


 予想しないところからの課題に慌てる健輔を尻目に優香が笑顔で逃げ道を塞ぐ。

 確信犯の美咲はともかく、天然の優香に彼が対抗できるはずもない。

 諦めたように肩を落とし、


「お、おう! やってやるさ!」


 と虚勢で引き受けるのだった。

 テストも控えている状態でのこの所業に心の中で涙する。

 そんな内心とは知らずに、1年生の中心人物を仲間たちは三者三様の笑顔で見つめるのであった。


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