第176話
一言に術式と言ってもいろいろな種類がある。
支援術式、攻撃術式、防御術式。
戦闘で使用される代表的なものは大別すればこの3つのどれかに割り振られる。
各自の効果は名が示す通りとなっているが、中には別の領分に食い込んでいるものもあるにはあった。
それらは便宜的に汎用術式と名付けられている。
この4つの術式が魔導競技で使われている、といってよいだろう。
もっとも、選手がアレンジしたため元の物とはかけ離れた結果、固有術式と呼ばれるものもあるため、全てが厳密に分けれるというわけではなかった。
そして、固有術式の例を見ればわかるが、術式には個性が反映される。
なるべく多く者が平等に効果を受けることが出来るように、日夜改良が進められているのだが、大本の部分たる魔導が残念なことに個体に依存する傾向が強いのだ。
改良と言っても出来る限界が存在していた。
無論、悪いことばかりではない。
個性的な術式の多くは数多の失敗作もあったがそれ以上に素晴らしい効果を齎したものある。
女性用の身体保護術式などはイタリアで開発されたものだし、天候操作を可能する術式はアメリカで開発されたものだ。
1選手が情熱のみで生み出したにしては破格の効果だと言って良いだろう。
競争という名の争いは少なくとも現段階においては正しく機能していた。
「お疲れ様。昨日はいい試合だったよ」
授業の合間、休憩時間。
合流したクラウディアに昨日の勝利に対して改めて祝いの言葉を送る。
「ありがとうございます。見に来てくれたようで嬉しかったです」
クラウディアは品良く頭を下げる。
健輔も最近、実感したことだが品が良いというのはそれだけで1つのステータスだと言えることだ。
どんな人間でも礼儀がなっていない人間よりも出来ている人物を好む。
健輔も優香などを見習って姿勢のレベルから矯正に励んでいた。
「それにしても、かなり強くなったな。あれが練習成果ってやつか?」
「宗則さんにはとてもお世話になりました。理論としては、イメージによる超克は知っていたんですが実践するのはまた違いますね」
「おうおう、流石欧州だな。そっちの研究も盛んか」
「ええ、天祥学園も面白い研究がたくさんありますけど、こっちは大会が大会ですから」
「まあ、因縁のある国には勝ちたいよな」
天祥学園が劣っているというわけではなく単純に方向性の違いであった。
最新の研究もバンバン公開して選手たちがそれをフィードバック。
結果としてさらに戦いが過熱している欧州に対して、日本の研究はある程度安全性を確認してからの公開が多い。
教育機関として正しいのは後者だが、生徒的には最新の研究に触れられる機会が多いのは吉であるとも言える。
双方メリットがあるため、後は方向性の問題であった。
「最後の術式も欧州仕様だったのか? あんまりそういうのは使わないからてっきり縛ってるのかと思ってたわ」
「……そ、そのお恥ずかしいことですが、思い上がりといいますか。……な、舐めてた面があったので……」
「ああ、うん。わかった、わかった。別に軽蔑したりせんから」
「ありがとうございます。こっちにも貫通術式はあったんですが」
「火力が足りない?」
「はい」
天祥学園で主流の貫通術式は相手の術式構成に干渉してすり抜けるタイプのものだ。
対してクラウディアが用いたのは相手の術式が砕けたようになり、まるで穴でも開いたように貫通させるもの、結果として起こる事象は同一だが過程が異なっていた。
「パッと見は魔力を吸ってたというか、あれだな妙な感じだったんだが」
「正確には構成式を直接破壊したんです。魔力をオーバーフローさせて壊す。原理としては破壊系と同じですね」
「なるなる。疑似的な破壊系ってわけか。……それって滅茶苦茶魔力いるじゃん」
「ですので、私もあれは1発限りの切り札ですよ」
クラウディアの貫通は彼女の説明通り、破壊系を元にしたものであるらしい。
魔力の結合を阻害して事象を破壊する破壊系に対して、術式の繋がりに無理矢理大量の魔力を送り込んでぶち壊して進むのがクラウディアの、欧州の術式だった。
天祥学園のものは技術があれば誰でも使えるが、欧州の物は最低でも魔導砲撃クラスの魔力は消費するため、収束系を持つ魔導師であることと、高錬度が要求される。
素人、というと御幣があるが扱い易い日本の術式に対して、エース仕様に特化したのが欧州式と言えるだろう。
この辺り1つ見ても天祥学園――日本とは風土が違うことがわかる。
簡単に扱えることを前提としている日本の術式とは根幹の思想が逆なのだ。
「欧州の術式は競技用と授業用で異なりますから。私が使ったのは競技用の貫通術式ですね」
「武雄さんが気付いていてもどうにも出来ない、か」
術式に差異があるのは知っていて、さらには相手が元は欧州の人間ということもわかっていても普段は目にしないと意識は出来ないだろう。
狙ったつもりはないのだろうが、結果として武雄を嵌めることになったのがあの結末を導いたのである。
「それにしても大分戦い方が変わったな。前はパワー1点ばりだったのに」
「ひ、人を力押ししか出来ないように言わないでくださいよ! もうっ」
「悪い、悪い」
冷静なクラウディアが少し顔を赤らめて抗議する。
女性としてこういう評価は微妙なようだった。
健輔も脳筋と呼ばれるのは流石に嫌なので気持ちは理解出来る。
「そっちの方はどうなんですか? 健輔さんはいろいろと考えているみたいですけど」
「……へー、わかるか」
「よく見れば、ですけど」
クラウディアの指摘は健輔が考えている次の段階についてのものだ。
ソリッドモードとシルエットモードから探り当てるのだから、素の頭の良さがよくわかる。
「そうだな。まあ、たのし――」
『マスター、時間があまりありませんが』
「っと、すまん、授業だ」
「いえ、では、また今度」
クラウディアに伝えようとすると、『陽炎』から警告が入る。
時間を確認すると次の授業まであまり時間がなかった。
クラウディアとは別の授業のため、このまま話を続ける時間はないだろう。
2人はその場で別れる。
何れ来るかもしれない、激突を意識しながら。
「あー、無事ここまで来れてよかったよ」
「薄氷の上も良いところだがな。……ここからが本番だ」
「ぶー、さなえんはもうちょっと喜びを見せようよッ!」
「参謀が感情を全力表現してどうする。それはお前の役割だ」
部室での変わらない光景。
真由美が愚痴り、早奈恵が呆れる。
幾度も繰り返してきた光景を今日も彼女たちは続けていた。
国内戦は残すところ後、10戦に満たない。
『暗黒の盟約』との戦いが終わったばかりだが、早速1戦戦ったばかりである。
ラストスパートとでも言うのか、どこのチームも試合が詰まっていた。
「さて、勝って兜の緒を締めよ、とは言うが残りは安心して良いだろう」
「となると、次の事を考えないとダメよね」
国内大会の懸念についてそこそこに妃里は今後のことについて確認する。
世界戦――言うまでもなくこちらが彼らの本命なのだ。
前哨戦だと侮ったことなどないが、こちらはレベルが違う。
国内戦の強豪チーム、その中でも最精鋭クラス『アマテラス』に比するチームしか出てこないのが世界戦のレベルである。
どこのチームも一筋縄ではいかない。
「こちらの広報に問い合わせたがやはり、欧州、アメリカどちらも情報封鎖を掛けているな。まあ、民間に流れたものからある程度は想定できる」
「こんなところで情報戦なんて怖いよねー。ま、向こうはガチガチだから仕方ないけど」
「情報封鎖と言っても公式にはってだけよね? 大体の予想は出来るし、どうせ初見の切り札くらいはどこも用意するだろうから同じよ」
常に戦い方が変化する健輔がチーム内にいるのだ。
その辺りは左程期待していなかった。
魔導師、それも世界に来るようなレベルは大体個性的なのだ。
深く考えても仕方がない面は多い。
「ま、出てくるチームの強さも大体わかってるしね」
「『ヴァルキュリア』『パーマネンス』『シューティングスターズ』、他には」
「『アマテラス』、だろうね」
真由美の憂鬱そうな溜息。
出場チーム10の内、既に5チームは判明している。
自分たちを除いて4チーム。
どこも厄介なところばかりであった。
「『ヴァルキュリア』は言うまでもないな。『女神』、今代は『元素の女神』もしくは――」
「――エレメンタルマスター。変換系の祖、創造系における歴代の魔導師で最高クラスの使い手。あのクラウディアさんの『雷』も彼女から派生したもの、だよね」
「フィーネ・アルムスター、4系統を保持する怪物魔導師だ」
『女神』――その称号が持つ意味は天祥学園における『太陽』と同じ重さを持つ。
他にも類似の称号で『魔女』や『騎士』などがあるがもっとも有力なのが『女神』であった。
そして、歴代最高の誉れ高いのが今代の『女神』である。
奇しくも日本における最高位の魔導師と、日本における最高位の魔導師がぶつかったのが、去年の出来事だった。
新しい制度へのごたごたなどもあったが、大筋は今年とそこまで差がない内容である。
強さも厄介さも観戦したのだから、よく知っていた。
「ポジションは前衛。……なんだけどね」
「真由美クラスの火力を持つ高機動砲台だ。機動力で負ける真由美ではな」
「火力は負けないけど、真由美はそれ以外で全部負けてるからね」
「ぶー、私が弱いみたいに言わないでよッ! 魔導師は特化するのが普通なんだから、あっちがおかしいの! 私は普通!」
真由美の抗議の声をスルーして、3人は考察を進める。
能力や相性云々は訂正の余地があるが、真由美が普通などという寝言は無視であった。
「葵でも対抗出来ん。遠距離から雷撃されるだけでも致命傷だ」
「優香ちゃんも厳しいよね。桜香ちゃんとは組み合うことは出来たけど『女神』はまず組み合うのが困難だもん」
今代の女神は桜香が登場するまで圧倒的なステータスで2位を堅持していた。
歴代でも最高峰と言われる元素――自然現象全般を操る能力は破格である。
しかも4系統複合――創造・浸透・収束・身体系を全てメイン系統として扱えるインチキ染みた才能も持っていた。
そのため、創造系と浸透系を組み合わせた創造により破壊系で魔力が打ち消されることがない。
「考えれば考える程隙がない、か」
「こんなの撃墜したんだから、桜香ちゃんはすごいよね」
『女神』は桜香に比する才能を保持しているが相性が悪かった。
彼女は前衛として戦っているが本来は後衛の方が近い。
ある意味で『皇帝』と同じく全域魔導師ということなのだが、ガチガチの前衛である桜香には届かなかった。
他にも天秤を決定的に傾けた要素がある。
桜香が保持している固有能力――魔導吸収が完全に鬼門だった。
魔導吸収能力は魔力の種類、形態を選らばない。
任意発動であり、常時使えば消耗するとはいえ、今までの戦い方がまったく通用しない桜香に敗北した。
不意打ちだったのもあるだろう。
いつも通り、風と雷、そして水と火、おまけに岩石と5つの属性を駆使した攻撃を何事もないように突き抜けてきたのだ。
桜香が初めて魔導吸収能力を使った相手、それがフィーネだった。
初見の能力、奇襲という要素もあり拮抗していた実力だからこそ、決着はあっさりと付いてしまった。
「……普通、弱点は潰すよね?」
「近接戦でも強くなってるだろうな」
「火力押しの危険性ははっきりと認識してるだろうな。クラウディアが自動迎撃術式を構築していたらしいが、女神もその程度はやってくるだろう」
桜香に敗れたとはいえ、それは桜香だからこそ出来たことだ。
当たる可能性がある以上、対策は考えておく必要があった。
「……これから1ヶ月、じっくりと考える必要があるな」
「ま、前々から準備してたのもあるし、手も足も出ないとかはないから大丈夫だよ」
「向こうも対策してるだろうけどな」
この辺りは魔導競技に限らないだろう。
どこも勝利のために努力を重ねている。
最終的に運も込みで天秤を傾けたチームが勝利するのだ。
「ハンナたちは言わずもがな。『皇帝』に関してはシード枠でもあるし、とりあえずは後回しだな」
「他はどこが出てくるのか読めないしな」
「イギリスの『魔女』も勝ち残れるのか、微妙とのことだ」
「今年は『ナイツ・オブ・ラウンド』が来れなさそうな感じみたいだよ」
真由美たちも全てのランカーに対策をすることは出来ない。
自身より下位に関しては力押しを前提とするつもりだった。
ハンナとは僅差だが応用力で向こうの方が優れている。
国内のチームともぶつかることを考えるとやることはまだまだたくさんあった。
「テストっていうか、卒業論文もあるのになー」
「そっちは試合が終わり次第、チーム全体で合宿だな」
国内大会の終わりはそのまま今年の終わりにも直結している。
3年生には卒業のためにもやらなければならないことがあった。
1年、2年は普通にテストが近づいている。
「そういえば真由美はどんな研究にしたのよ?」
「えー、まあ、あれかな『固有化について』みたいな?」
「うわ、卑怯くさい」
必ずというわけではないが3年生は卒業時に研究発表を行うことが出来る。
あくまでも大学に向けての練習程度だが、公式な成果として扱われるので重要なイベントでもあった。
妃里と隆志は見送ったが教師になりたい真由美と、研究者志望の早奈恵は提出予定である。
ちなみに早奈恵は自分の専門でもある転送関係の論文を纏めていた。
「一息は吐けたが……まだまだやることはたくさんだな」
「いいじゃない。何もないよりはマシだよ」
「それもそうか」
世界という驚異と現実という脅威が待っているがただただ前に進むしかない。
真由美たちもまた、健輔たちと同じように自分たちに出来ることを精いっぱい積み重ねていくのであった。




