第162話
ド派手な戦いが多角的に行われているフィールドは見栄えが良く観客の目を惹きつけてはなさない。
そんな状況で熱狂している周囲とは異なり顔をめんどくさそうに試合を見ている男がいた。
「おい、武雄。どうしてそんな詰まらなそうなんだよ。すごい試合だぞ! どっちも一歩引かない接戦だ」
「んん? ああ、そうさな」
「……興味なさそうだな。どうしたんだ? 嫌いだったかこういう試合?」
「いーや、面白いのは面白いと思っとるよ。ただの――」
そこで意味ありげに言葉を区切り、『暗黒の盟約』中央陣地で風を纏う宗則の方へ視線を移す。
「あの厨2病、何やら考えがあるみたいでな。それまではこれが続くだろうよ」
「考え……作戦ってことか? ど、どんな?」
「さあ? わかるわけないだろうが」
「はあ?」
武雄の開き直った発言に翼の目が点になる。
友人のそんな様子に溜息を吐き、武雄は渋々といった風情で説明を始めた。
「策があるのは当たり前だろうが、あのチームはああ見えて自分たちなりの理論がある。狂人ではないからの」
「……そうか? だったらもうちょっとやり方があると思うんだが……」
「意味がわからなく見えても独自のルールがあるってことよ。今の儂らのやり方は整備されているから他よりも優れて見えるが同時に頭打ちも見えとる」
常識的であるということは1つの事実として読みやすいということでもある。
全ての情報を持っている状況で人がパニックに陥ることはそうはない。
突発的な事態であれ、知っていれば対処することは難しくないからだ。
しかし、まったく知らない状況で予想外の出来事に遭うと容易く混乱してしまうのも人間だった。
桜香ですら、知っているようで知らないことにあれだけ混乱したのである。
多少腕が長けていようとも彼女に劣るエースでは似たような結果が待っているだろう。
「ふむふむ、それで?」
「やつらはやつらのルールを作っているってことよ。創造系の使い方などはまさにそうだろうが」
「おお! ……そこまでわかってるのにわからないのか?」
翼の不思議そうな顔に僅かな苛立ちを見せ、些か乱暴に武雄は結論を述べた。
「クラウディアとかいう小娘が居っただろう?」
「ん、ああ、『天空の焔』だな。結構強いと思うぜ」
「あれが策の肝だろうよ。――ふん、等価交換というところだろう。お優しいことだな」
「武雄?」
「何でもないわ。宗則がまだ本気ではなく他のやつらも本気ではない。だったら狙いは簡単だろうて」
「タイミングを計ってるのか? なるほどね。その分余裕がある、ってことか」
攻める方はいつ本格的に攻めるのかがわかっている。
そのためある程度力の配分には気を使うことが出来るが防衛側はそうはいかない。
いつ終わるかもわからずタイミングもわからない以上は攻撃側よりもある程度力を出さないといけなかった。
僅かな差異だが、積み重なれば大きなものになる。
戦い方や他の事を考慮しても『暗黒の盟約』にしては堅実な策だろう。
堅実すぎて違和感を禁じ得ないのが偶に傷だったが。
「……割り切り、か。いい男だが運がないな」
武雄がこの状況を、ひいては試合を詰まらなく感じたのは彼の感性によるものだ。
客観的に見て悪い試合ではない。
そんなことは彼もわかっていた。
「同年代にあの『女神』がいた。笑い話にもならんわな」
「武雄?」
「あのチームなりに世界に行くのならランカーは超えておきたいんだろうよ。真っ向勝負、凶星を残しているのもそのためだろうしの」
『暗黒の盟約』の過去の戦歴から考えれば真っ向勝負を挑んだ理由の一端にその辺りの事があるのは間違いないだろう。
1度は軽く粉砕された『女神』を乗り越えようと思うならそれよりも格下の真由美程度には勝てないといけない。
理屈としては武雄にもわかるし、『クォークオブフェイト』の背後に『女神』の姿を見ていようとも彼は敵を侮ってはいないのだ。
問題視するようなことは何もなかった。
それでも武雄には気に入らないのだ。
「全力でやるから楽しいというに……。侮ってはいないが軽視しとるよ。宗則」
『暗黒の盟約』――宮島宗則に相手を侮るような意思がない。
それは事実であるし、武雄にもそんな事などわかっていたが、行動が相手を軽んじているのだ。
真由美をランカーとして見ているが背後に『女神』を投影する。
別に非難されることではないが、本心が透けて見えていた。
本命はお前ではない、と宗則の奥にある言葉が主張しているのが武雄にはわかる。
「見慣れた砲撃スタイル。バカの1つ覚え。あの女がそんなにアホならもっとやり易かっただろうに。長期戦は間違いなくあの女の希望に沿っとる」
そんな状態で戦って勝てる相手だと宗則は微塵も思えなかった。
この試合、それこそ『アマテラス』戦も含めて強豪たちと戦ってきた『クォークオブフェイト』だがただの1度も近藤真由美は魔導師としての底力を示していない。
彼女は1年生の時から有名であり、その頃の実力から『終わりなき凶星』という2つ名が付いたのだ。
2年時は正式にエントリー出来ていないため、公式的には戦績として判断されない。
これはあることを暗示している。
だからこそ、武雄は真っ先に真由美を潰したのだ。
「翼」
「お、なんだよ」
「今日の試合は荒れるぞ。それに面白いものが見えるだろうよ」
「お前が言うなら間違いないな」
「ああ、期待しておけや」
全力を出していたが全霊を振り絞っていない。
国内大会最大最後の試合ならばそれを発揮する場所に相応しいだろう。
「リーダーの差が器の差になって、ひいてはメンバーの差につながる」
「ん? なんだ格言か?」
「ふん、何でもないの……来るぞ」
「おっ」
「荒ぶる嵐か……『女神』に比する規模は流石だが、それでは『凶星』には届かんぞ。その女を舐め過ぎだ。どこのチームもな」
今大会ではそこそこ撃墜が目立つ真由美だが多くの魔導師があることを忘れている。
結局彼女を奇襲でしか落とせていないということを。
『賢者連合』が戦ったあの時、やろうと思えば被害を拡大させることは十分に可能だった。
例えば陣を展開すると同時に後衛の全力砲撃など手段はいくつもあったのにたった1発の奇襲に掛けたのは真由美に悟られないためである。
もし、万が一にでも残留してしまうとマズイ、だから落とす。
武雄はあの判断が正しかったと確信している。
今の今まで近藤真由美は去年と同じ力しか見せていない。
努力であの場所まで行った女が足踏みするなどあり得るのだろうか。
武雄はそんな都合の良い妄想を信じていなかった。
「必ず隠し玉がある。絶対に、な」
隠しに隠した切り札が絶対に伏せてある。
あるいは宗則も気付いていて放置している可能性はあった。
真由美の切り札程度、乗り越えられないで世界にはいけないと思っている節は見え隠れしている。
その微妙に敵を見据えていない姿勢が武雄には気に入らないのだが、ここで翼に言っても意味がないだろう。
何より言い掛かりの類だと武雄にも自覚があった。
「お、動くな」
「ああ、始まるな」
武雄が考えている内に宗則が――『暗黒の盟約』が勝負に出る。
何度も立て直しが出来るような甘い相手ではない。
一気にぶつかり、流れるように試合は終わりを迎えるだろう。
「各員通達、行くぞッ!」
『了解ッ!』
表面上、盤面だけを見るならば互角の両チーム。
どちらも強豪の名に相応しい実力を見せていたが宗則には、いや、彼だけはわかっていることがあった。
宗則の世界ランクは第13位。
惜しくも上位10名に届かないがこれには実力以外の面が関係していた。
固有能力の有無、である。
上位10名は全員が固有能力を保持していてその分役割が拡大している。
総合力という評価のランキングでそれは大きな意味を持つ。
7位の『魔導戦隊』、所属の『司令』こと星野勝とタイマンを行えば勝つのは宗則である。
戦闘能力では勝っているのは間違いないのだが、ある1点そこだけが問題だった。
固有能力、その差のために勝てる相手に劣っているという烙印を押されることになったのだ。
もっとも、宗則に何か思うところはなかった。
彼は今の自分が最強に至る存在だと強く『信じている』のだ。
創造系に限らず、魔導にはそういう思いも重要である。
出来ると信じることが必ず結果に繋がるのだ。
魔導は努力、という言葉もこの事を意味している。
「ただで負けるつもりはない。――同時に奇襲で勝つつもりもない」
『風』を最大限使えば『賢者連合』がやったように真由美を1撃で仕留めることは難しくなかった。
良くも悪くも砲撃に特化している彼女は序盤の対応、エンジンが掛かる前に大きな弱点を抱えている。
それを補うだけの仲間を揃えているが単純な速度で宗則を超えるのは不可能だ。
『風撃の暗殺者』――隙をついて仕留めるのは彼の領域である。
上位ランクでさえ、そこでなら屠れる自信があった。
選択肢としてはありなそれを選ばなかった理由はただ1つ。
「あの『凶星』に手が届くのか。それが知りたい」
健輔が未だに見えぬ頂点に焦がれるように彼は真由美を尊敬しているのだ。
奇襲も3度目には通じないだろうと思ってもいたのもある。
真由美が落ちた2回はどちらも本質的な意味での奇襲だ。
片やうすうす、あり得るかも程度の破壊系砲撃型。
もう片方は情報が一切存在しない切り札。
どちらも最上位のエースを落としえる札である。
同じ状況ならば宗則も成すすべなく落ちるしかない。
「……チームの皆には感謝しないとな」
それにこの国内大会に全賭けしてるような状況になったことには理由がある。
『暗黒の盟約』の主力たる2年生と3年生は世界戦でその実力を発揮出来ない可能性が高い。
正確には『彼女』がいる舞台で戦うことは不可能かもしれないのだ。
欧州の『女神』――当代最高クラスの創造系の使い手。
彼女に去年世界戦に出場した『暗黒の盟約』のメンバーは文字通りの意味で蹴散らされている。
その時焼き付いたイメージのせいで全力を出すことが出来ないのだ。
しかし――もしかしたらのレベルだが
「あのレベルの魔導師の本気に勝てるなら……」
――まだ世界に挑めるかもしれない。
続く言葉を飲み込み、宗則は精神を集中させる。
表面は明るく振る舞いながらもどこか諦めていた彼らが再び奮起したのは桜香の撃墜があったからだ。
上位3名をただの魔導師が倒した。
その衝撃は健輔が思っている以上の効果があったのだ。
序盤に『アマテラス』と戦い、敗北。
敗北のイメージを払拭できないまま、世界に行けるのか、行く前に負けるのかと目に見えない行き詰まりを感じていた彼らの道を切り開いたチーム。
そこのリーダーを正面から倒し、なおかつチームをも打倒出来たのならば――
「バックス、通達。頼んだ」
『総員、作戦開始!』
――自分たちを信じられるかもしれない。
後付けの理屈だが十分だろう。
彼らは実感したいのだ。
世界に挑もうと、頂点に立たんとしているチームが見ている光景を。
ある意味でもっともな純な魔導師の集団――『暗黒の盟約』。
名前に反して陰鬱な印象をまったく感じさせない彼らは全面攻勢に移る。
その戦気に反応しないものなど『クォークオブフェイト』には存在しない。
自分たちに真っ直ぐ向かってくる『敵』に各々、様々な感情を向けつつ迎撃を行うのだった。
「来るね」
『暗黒の盟約』の動きに対してもっとも機敏に反応したのは『終わりなき凶星』――近藤真由美であった。
彼女はよく要塞に例えられる。
圧倒的な火力、強力な防御能力と動かない彼女を貫ける術と技はそれほど多くない。
そんな彼女でも落ちる時は落ちるのがこの魔導大会のレベルの高さを表していた。
とはいえ、それら全てが序盤も序盤開始直後ばかりだったのは真由美の特性をよく理解していたと言えるだろう。
尻上がり、スロースターター、言い方はなんでも構わないが真由美は調子が上がるのに時間が掛かる。
砲撃魔導師というのは得てしてそういうものなので別に彼女だけが特別というわけではないが、本領を発揮するにはある程度の時間が必要だった。
「じゃ、こっちも行こうか。『羅睺』」
『魔力回路良好。モードトリプル。シュートバレル展開』
魔力回路が勢いよく魔力を生み出して、砲塔に魔力の圧縮を開始する。
彼女の本領とは今まで見てきたように雨のような砲撃で根こそぎ相手を消し飛ばすものだ。
それだけで敵を倒せるし、最適化された行動に無駄はない。
しかし、今回の魔導大会ではそこを弱点として狙ってくるチームも多かった。
そこを放置しておく程彼女はアホではない。
対抗策は用意しておいたのだ。
『暗黒の盟約』はそのような不意打ちも得意なのだから。
もっとも今回は活用されることなく終わりそうであった。
「どういうつもりかはわからないけど――」
目を瞑り、何かを思い返すように言葉を区切る。
相手が正面からの対決を望むならば、受けて立つ。
それが彼女の誇りだ。
安全策を放棄、全ての力を攻撃に回す。
「――私はそれごと消し飛ばす」
唸りを上げた魔力が、その威容を敵に見せつける。
真由美の正面に展開された3つ砲塔がまるで、怪物の咢のようで――
「モードケルベロス。そこから先にはいけないと知りなさい」
『発射』
――轟音を響かせて閃光は戦場を横断する。
3つの砲塔は別々の生き物のように動き、順に夥しい数の砲撃を前線に送りつける。
真由美の全力、特殊な固有術式を必要としないただの力押し。
やっていることは数が3倍になっただけの砲撃の雨だ。
彼女の技量だからこそ制御できるものだが優香の『プリズムモード』のような高難易度の術式ではない。
真似ようと思えば誰でも出来るはずのに、彼女以外にやれる人間はいない光の流星群。
凶星が降り注ぐ、1度発動したが最後、敵を全て消し飛ばすまで――。




