第159話
「小粒揃いのチーム同士がぶつかる。それも総力戦でかい、これは面白くなりそうだの」
「お前がそう言うならそうなんだろうな」
小汚い部室でソファに寝ころびながら『賢者連合』霧島武雄は笑う。
世界戦を争う中でありながらその在り様には余裕があった。
後がない状況だからこそ、彼はいつも通りから外れない。
「他所の試合よりも俺たちが世界に行くための方策を考えて欲しいんだが、その辺りはどうなんだ?」
「ああん? それは考えて実行しとろうがっ。もうやることなんぞないわい」
「マジかよ……」
『クォークオブフェイト』が順調に無敗で勝ち進んでいる中、2位、3位争いは物凄い勢いで加速していた。
1敗のチームは2位を狙って、2敗のチームは決定戦での決着を狙いといった思惑になっている。
武雄たち『賢者連合』も言うまでもなくその渦中にいるのだが、彼はそんなものに重荷など微塵も感じていなかった。
代わりに翼の胃がプレッシャーではち切れそうだったが。
「あのさ。俺たちまだ世界を狙えるんだぜ? 行く気あるんだよな?」
「当たり前じゃろう? しかし、やれることとしか儂もやれんよ」
「やれることってなんだよ?」
「そりゃ、決まっているの。――楽しむこと」
ドヤ顔で言う武雄に頭痛に耐えるかのように翼は額を押さえる。
リーダーが本気で言っていることを感じたため事態はより深刻だった。
「こんなのがリーダーなんだから俺たちのチームって……」
「選んだのはお前たちじゃろうが。リーダーはお前しかいないと言っての」
「後悔してないけど、後悔しそうになるわ」
「ハッ、お前がそんなタマかよ。ま、真面目に答えると儂らはかなり厳しいわな」
「……やっぱりか」
「当たり前よ。既に切り札も見せた。儂らは丸裸よ。これで有利とか思うなら頭沸いとるわな」
魔導大会の国内部門は既に佳境も佳境、結果が見えてきている。
開催期間は12月の第3週当たりまで取られているためまだギリギリ1か月程存在しているがそれは慰めにはならないだろう。
強豪と数えられたチームの中にも3敗を超えたため、脱落しているところが多い。
『ツクヨミ』が『アマテラス』、『クォークオブフェイト』、『天空の焔』、『明星のかけら』などのチームに負けて脱落。
『スサノオ』も新興勢力に押されて既に出場の目はない。
「3貴子は2つが落ちた。問題は残りの新興勢力たちの争いよな」
「大体が1敗で奇跡的にここまでぶつかってなかったからな」
「おうよ、じゃあ、残りのメンツでどこが勝ち残るのか、想像は出来るだろう?」
「……」
『賢者連合』『天空の焔』『アマテラス』『明星のかけら』『暗黒の盟約』『魔導戦隊』とこの6チームが残りの枠争いをしている。
この中で2位争いに残りそうなのは『アマテラス』だけだった。
『暗黒の盟約』を除いて未だに他のチームは『アマテラス』と戦っていない。
あの『不滅の太陽』と戦い勝利するのは不可能ではないが高いハードルであることは変わっていなかった。
ならば3位争いが焦点になるのは当然の帰結であろう。
「ま、大番狂わせがないことはない……しかし、どっちにしろそこは3位争いには絡まんだろう」
「まだ底知れないチームが残る、か」
「『暗黒の盟約』は逆に『凶星』との試合で変わる。もしかしたら、あいつらが落ちる可能性もあるが……」
「俺たちの立場は変わらない、か」
仮に『クォークオブフェイト』が敗北したところで『賢者連合』が世界に行ける確率は変わらない。
むしろ不確定要素が増える分、やり難くなる可能性すらもあった。
「脱落が近いのは『魔導戦隊』よな。龍輝も努力しとるがあの『黒王』相手には分が悪い」
「チームの相性がなんともし難いもんな」
「これで2つは消える。残りは4つ」
『魔導戦隊』がどのような手段を用いて香奈子を倒すのかはわからないが順当にいけば負けるのは彼らだ。
これで3敗。
優勝争いからは落ちる。
『アマテラス』が残り、『魔導戦隊』が消えるならば残りは4枠。
このうち、『暗黒の盟約』は先ほどの通り、試合結果で未来が変わる。
では、残りの3枠での戦いを考えた時に相性などを勘案すると――
「ここまで言えばわかるか? 相手がどっちでも厳しい試合になる。策は十全。チームの士気もある。じゃがの――運だけはどうしようもないわな」
「そうだな……。『明星のかけら』は」
「小娘がおる。儂らとあれはじゃんけんのグーとパーよ。絶対に勝てん」
運がなかったと言えばそれまでだが厳しい試合運びになるのが確定しているのだ。
『賢者連合』はまだ『暗黒の盟約』などとも戦っていないがそれら全てが済んだと仮定して、最低でも『天空の焔』と『明星のかけら』どちらかに勝利する必要がある。
この内『明星のかけら』は相性が最悪のため、どうにもならない。
バックス主体の戦闘チームでは国内最強のバックスが居るチームに打つ手がないのだ。
真由美を落とした切り札も両チームには微塵も効果がない。
レーザー術式は時間がかかるため粉砕されてしまうといろんな意味で絶望的である。
「後は当日を待つのみ。今から気を張っても仕方がないわ」
「同意するのは悲しいがそういうものか……」
かつて打ち破った強敵たちも先を見据えて機会を窺っている。
泰然自若とした武雄の様子に頼もしさを感じるも先行きの不透明さに不安を覚える翼であった。
「めんどくせー……」
「そ、そうね」
「……ですね」
「僕も同意見だよ」
1日の授業を終えて真由美から対『暗黒の盟約』について情報を受け取った健輔たちは一様に感想を抱いた。
曰く、めんどくさい、である。
以前から言われていたことだが『暗黒の盟約』は強い。
実力に優れチームとしての完成度も高い、と国内最後の強豪としては十分な物がある。
「紡霧瑠々歌、多分優香を狙ってくる相手だって話だけど」
「実技でクラウよりも上の子ね。座学は壊滅してるらしいけど」
「有名なのか?」
「ええ、番外能力持ちでもあるし、結構ね。ただ魔導師としてよりもこう、なんていうの?」
「おもしろ人間?」
「そんな感じね」
真由美たちの話によると『暗黒の盟約』にはピンポイントでこちらの人材と噛み合うものが何人かいるらしく彼女はその1人らしい。
噛み合う相手は優香。
同学年の女子にそんな人物が居たとはまったく知らなかった健輔は添付された画像をよく見てみる。
小柄な体格とほんわかした雰囲気に反してバリバリの肉弾派の魔導師らしく葵と気が合うだろう、と書かれていた。
葵のような性格をした幼女を想像するが予想以上に怖く頭から追い出す。
彼女の情報でもっとも重要なのは容姿や戦い方ではない番外能力なのだ。
「番外能力『コードブレイク』か」
「本人は身体系と収束系の魔導師だけどこれは創造系寄りの能力みたいね」
「そんなのあるのか?」
「割とあるわよ。番外能力は魔導を学んでいる途中で発覚するものだもの。系統を選らんだ後にわかるなんて普通よ、普通」
番外能力『コードブレイク』。
創造系の特殊アビリティの中でも最上位の空間系のアビリティで一定範囲内の術式結合を無効化する効果を持っている。
発動対象はある程度任意で選べるため、問答無用で全てが無効化されるわけではないのがこの能力の使い勝手の良いところだった。
また術式が無効化されるのは本人も該当するため、基本的に飛行術式などは妨害されず逆に遠距離系の攻撃、例えば『蒼い閃光』などは無効化される。
「肉弾戦を強要するフィールド魔導。それだけ自分の戦闘能力に自信があるんだろうな」
「他にも細々と厄介な魔導師がいるね」
与えられた情報から総合力で比するチームという評価は妥当だと言えた。
違いは個々のタレントでは健輔たちの方が上だと言うことだろうか。
単純にぶつかれば負ける可能性は低い。
だからこそ、相手は普通にぶつかろうとはしないはずだった。
「でも、あれだね。この『暗黒の盟約』との戦いが終わったら一気に世界が現実のものになるんだね」
「……そう、だな。うん、いや、実感ないわ」
「あの、試合が終わるわけではないので気を抜くのはダメだと思いますけど」
「優香の言う通りよ。せっかく勝ったけど油断してたから『黎明』みたいなチームに負けましたってなったら台無しよ」
「わ、わかってるよ。言ってみただけだって」
「怪しいなー」
美咲の視線に狼狽えるも態勢を立て直して見返す。
「健輔……何をやってるんだい」
「女性をマジマジと見つめるのはその……どうかと」
「……なんで全部俺が悪い感じになってるんだよ……」
微妙な阻害感に健輔がいじけたように漏らすと、
「健輔ってそんな扱いでしょう?」
とトドメを刺されるのだった。
最後の戦いは近づいている。
ここで何としてでも勝負を決めたい『クォークオブフェイト』1年生の面々であった。
現在徐々にその裾野を広げている魔導。
では魔導先進国であるのはどこかと問えば、魔導関係者は口を揃えて同じことを言うだろう。
すなわち、それはアメリカだ、と――
広大な国土を存分に活かした各種の設備はのびのびとした環境で魔導師を育成し、国内だけで30近い分校を抱えている。
さらに学校ごとの競争を推奨することで個々のレベルまでも高い。
同じことを国単位でやっている欧州も負けてはいないが団結力ではアメリカに劣っていた。
スキルの欧州、技術の日本、そして総合力のアメリカと言われているが実際のところはそこまで細かい差はない。
しかし、個々の魔導師のレベルが高いのは言うまでもなく3年間に渡り王座を守り続けている『皇帝』を有していることがそのような評価に繋がったのである。
そんなアメリカの国内大会では、1つの重要な試合が行われていた。
『皇帝』率いる『パーマネンス』対『女帝』率いる『シューティングスターズ』の激突である。
3年間の戦いの総決算。
3回目にして最後になる国内の戦い、常に国内で2番手に甘んじてくた『女帝』が雪辱を晴らすのか注目が集まった戦いは激戦となっていた。
「姉さん!!」
「わかってるッ!」
妹の声にハンナは怒鳴り返す。
健輔たちの前では常に余裕のある笑顔を絶やさなかった彼女の表情。
今代わりにあるのは――焦り、それだけであった。
ハンナ・キャンベルは決して弱い魔導師ではない。
実力もそうだが固有能力も安定した戦力を発揮するためのものであるし、何よりも妹を含めてチームは戦いを通して大きく成長していた。
単純に比較出来るものではないが、健輔たち『クォークオブフェイト』と相性などによらず互角に戦える数少ないチームだろう。
後衛としての彼女に比する相手など、それこそ真由美程度しか存在していないはずだった。
ならば、目の前に広がる光景はなんだろうか。
相手のチームは応戦していない。
彼女たちに反撃を行っているのは『皇帝』ただ1人である。
「っ、これが『皇帝』!?」
僅かに語尾が震えてしまったアリスを責めるものはいなかった。
それだけ衝撃的な光景だったのだ。
チームの実力ではそこまで負けていないはずなのに、それをたった1人に覆される現実。
国内でもっとも『彼』を知っているのは間違いなくハンナであり、それは譲らない。
だからこそ、戦力評価も正しく行えていた。
これに勝つのは厳しい、と。
桜香が個体の極地たる才能の持ち主ならばこれは総体として才能の極地である。
次代の『皇帝』と目されるものも弱くはないが今はまだ、ここまでの理不尽さはない。
「腹が立つ力ね。こうも同じ射線で返してくるなんてッ!」
「サラさんがマズイ、どうする!?」
「っ……ここで攻めるのも……」
相手の陣からハンナとアリス、2人分の弾幕を上回る攻撃が降り注いでいる。
それからチームメイトを守るため、サラは既に極限状態で戦場に投入されていた。
砲撃における最強の一角、ハンナ・キャンベルが砲撃で手も足も出ない。
「あの、ナルシストッ! 毎年、毎年、同じことばっかりしてッ……!」
何よりも腹が立つのはこうなるのがわかっているがどうしようも出来ないことである。
『皇帝』の固有能力は発動を妨害しなければこの状況に追い込まれてしまう類のものだが、そもそも発動を妨害することが出来ないというインチキな性能を誇っているのだ。
出せば必ず勝つ切り札、これは桜香が登場するまでは揺るがない真実であった。
『皇帝』でもどうにも出来ない個体など『女神』と桜香ぐらいしか存在していない。
事実として、ハンナですらそこらの魔導師と大差ない存在となっていた。
「……アリス、体をぶっ壊すつもりでいくわよ」
「うん、わかった」
「はい、でしょ?」
「あっ、はい、リーダー」
「よろしい!」
渾身の力を絞り出してチーム『シューティングスターズ』は最大の敵に立ち向かう。
たとえその奮闘に意味がないとわかっていても。
全面攻勢に出た『シューティングスターズ』を『パーマネンス』は危なげなく退ける。
どちらも世界ランク上位を抱えていながらまるで格下を潰すかのような圧倒的な力に観客は熱狂した。
健輔たちがそうであるように世界の戦いも終局へ向けて加速を続けている。
『暗黒の盟約』との戦いの果てに彼らが待っているのだ。
そのためにもまず、『暗黒の盟約』に勝たないといけない。
負けられない試合はすぐそこにまで迫っていた。




