第157話
学園の外から見た魔導の評価とは大体して2つに分かれる。
野蛮で危険な技術だと言うものと、便利でかっこいいと言うもの。
大凡この2つが魔導に対する世間的な評価となる。
大昔、とは言い過ぎだが50年ほど前は前者の方が優勢だった。
そこから大きく巻き返して徐々に受け入れられたのは卒業した魔導師たちの努力と魔導技術の発展が大きい。
今では大分受け入れられて世間からも広く認知されているがそれでも初期の印象を引き摺っている辺り、魔導競技の派手さが足を引っ張る側面もあると思ってよいだろう。
そんな魔導競技を行っている天祥学園だが、では内部にいる学生や人間はどう言った思いを抱くのか。
これは簡単である。
学生は大体にしてファンになり、自分もそうなりたいと思う。
実際に身近にいるものとしてこの傾向は強い。
幸か不幸か、代々トップクラスの魔導師はいろいろな意味で偶像に適したものたちが多かった。
それもこの傾向に拍車をかけたと言って良いだろう。
しかし、世の中には何事も例外というものがある。
すなわち、光溢れる彼、彼女ではなく、ただただ実力のみで特定の魔導師に惹かれるものもまた存在しているのだった。
「なっちゃ~ん、元気になってよかったわ~」
冬の空に響き渡るほんわかとした声。
校内に限らずその声を聞いたことがある人間は多い。
魔導の学び舎、天祥学園でもっとも注目が集まるイベントで聞くことが多いのだからそれも当然であろう。
本人は回りの思いなど知らないとばかりに緩く友人の復帰を喜んでいる。
あまり周りに興味がない――正確には興味を持っているような余裕はない――健輔が名前を知っている数少ない女性の内の1人。
彼女の名前は斉藤萌技、普段『クォークオブフェイト』などの試合を中心に実況を行っている1年生放送部コンビの片割れである。
身長145センチの小柄な体格でありながらたわわに実ったバストが特徴の巨乳美少女。
放送部の男子が密かに調べた校内美少女ランキングの第6位の人物である。
「萌技……ありがとうね」
「気にしないで~。それにしても~ねー、はるちゃん~」
「そうね、知恵熱を出すなんて可愛らしいわね。菜月」
「ちょ、ちょっと、悠花!」
萌技に話を振られた少女は木村悠花、2人と同じ放送部で主に担当するチームは『アマテラス』などである。
女子からの人気が高く、男装が似合いそうだと1部の男子生徒からも人気があった。
『アマテラス』の担当が多いため、同チームの二宮亜希と比べられることが多いが本人は女性と思われたいらしくそういう扱いを好んでいない。
「尊敬している魔導師に何を聞くかで熱が出るんだから菜月は真面目ね」
「だ、だって!」
「同じ年で固有能力もないのにあの『不滅の太陽』九条桜香に勝ったんだよ、でしょう? 耳にタコが出来るくらい聞いたからもう、そらで言えるわよ」
「私もよ~」
「ふ、2人とも、もうっ!」
最後の1人が紫藤菜月。
メインに担当しているのは萌技と同じく健輔たち『クォークオブフェイト』で初戦の頃からの付き合いである。
健輔たちの激闘をある意味でもっとも近い場所で見続けてきた彼女だが、クールな外見に反して激情家であり、感情の振れ幅が大きい少女だった。
魔導オタクのような感じだが実際に扱うよりもより広く周知する道を選んだので『暗黒の盟約』ほどひどくはない。
それでも気に入った選手のデータなどはしっかりと集めているあたり根の部分が真面目なのは間違いなかった。
「まあ、無事に復帰したようで何よりね。今日からインタヴューを始めて我が校の誇れる魔導師を世界にアピールするんだから」
「大変よね~。世界戦ももうすぐあるし~」
「そ、そうだね。国内大会と違って、私たちは実況出来ないから」
世界戦は国内大会とはいくつかのレギュレーションが異なる。
大きなものでは実況がないこと、選手たちには聞こえない形で行うだけだが情報の伝達などがより厳密に行われるようなっていた。
他には全てがベーシックルールで行われること。
そのため、交代が国内大会よりも遥かに重要になる。
ルールによっては、というか国内大会は情報が集めやすいため事前にチーム相性というのをある程度調節して戦えるようになっている。
世界戦はそういった緩い部分が無くなるのだ。
より本格的に競技として整備されている、と言えるだろう。
「萌技もインタヴューに行くんでしょう? 失礼のないようにしなさいよ」
「あ~ひどい~、私はきちんと話してるのに~」
「それでも、よ。私たちは真面目にやってるのを知ってるけど初対面の人にそれを期待したらダメでしょう?」
「む~、なっちゃんっ~」
「悠花の言う通りよ。……わ、私だって緊張してるんだからね!」
彼女たち3人が1年生の放送部のホープというべきだろうか。
堂々とした実況と綺麗な声、後は容姿も揃っているため彼女たちのファンも居たりする。
魔導師としてはそこまでのレベルではなく学年相応だが、だからこそ身近に感じるものたちも多い。
直接戦っているわけではないが魔導大会という巨大なイベントを扱う一員として彼女たちもまた尽力しているのだった。
「まさか本当に来るとは……」
美咲から噂話としては聞いてはいたが、いざその連絡が届いた時は悪戯を疑ったのは仕方がないことだろう。
たとえ校内だろうがインタヴューなどという行為に自分が携わるなど夢にも思っていなかったのだ。
緊張していないだけ大物だと言えるだろう。
いつも通り制服を着込み、指定された場所へと向かい軽い雑談をこなす。
葵などから収集した情報だとその程度の物らしい。
インタヴュアーによってはその後に微妙に時間を取られたりするらしいが余程熱心な相手でない限り適当に相手をすれば良いとのありがたいアドバイスを貰っていた。
「熱心ねー……基準がわからんな」
葵の時はナンパ野郎だったらしく笑顔で沈めたらしいが真由美などは彼女に憧れている後輩だったようで食事などに付き合ったとのことだった。
葵と真由美の差に妙に納得していたら葵がイイ感じの笑顔になったため、慌ててその場を後にしたのは健輔の直感が鍛えられた証拠だろうか。
「紫藤菜月ね。いつも実況してくれてる子だけど……ま、失礼にならない程度にやればよいか」
健輔とてデリカシーというものは弁えている。
同じ年の女子に対して積極的に失礼を働くつもりなど微塵も存在しなかった。
紳士であると胸を張って言えるほどの経験もないが、かと言って別に悪漢でもないのだ。
ごくごく普通に接すれば良い、とこの時は軽く考えていた。
それが間違いだったと悟ったのは、顔合わせをした瞬間である。
コンコン、と控えめなノック音がしたため、
「どうぞー」
と軽く返す。
「し、失礼しますっ!」
扉を開けて入ってきたのは優香に見慣れた健輔からしても十分に美少女と呼べる女の子だった。
切れ長の瞳にショートカットの髪を綺麗に揃えている。
身長も女子にしては大きい方だろう。
将来は男性から見た綺麗な女性に成れる素養が見て取れる。
「は、初めまして! 天祥学園放送部1年生のし、紫藤菜月と申します! ほ、本日はお時間をいただきますが、ご、ご了承の程よろしくお願いします!」
「あ、……え、はい」
流石放送部と言えば良いのかやたら良い発音と大音量で勢い良く頭を下げる。
健輔が驚くほどのアッパーなテンションに一瞬の対応が遅れてしまい妙な反応を返すことになってしまった。
それはただでさえ緊張している彼女にプレッシャーを掛けるという鬼畜の所業になってしまい、
「そ、それじゃあ、は、始めます、ね?」
事態を混迷させる結果となるのだった。
この時点で健輔の頭脳はここを対桜香戦にも劣らない修羅場であると認識。
何故だがわからないが瞳に涙を溜めて半泣きになっているのを確認した以上速やかな行動が必要だった。
仮にここで泣かせてしまえば帰った後の折檻は確実である。
同時に何故か連鎖して優香も泣きそうになってしまうだろう。
それだけは避ける必要があった。
相手を刺激しないようにまずは落ち着いてもらわなければならない。
そのためにも健輔が主導権をもぎ取る必要がある。
今の状態のまま進めても最後は健輔のデッドエンドが待っているだけだった。
「えーと、いきなりじゃなくて自己紹介から始めない? 俺も緊張してるしさ」
「あ、え、はい! じゃ――」
「ああ、その前に紫藤さんっていつも実況してくれてる人、であってる?」
「は、はい!? あってますっ」
難敵である。
何を言っても誘爆する気配しかいない。
乏しい対人能力の健輔が悟れる程にテンパっていた。
このままでは最悪の事態に向かって全力疾走である。
話題をなんとか逸らす必要があるが相手のウィークポイントがさっぱりわからない五里霧中状態では戦闘モードの健輔でも厳しかった。
しかし、ここで健輔の頭脳に一筋の希望が下りてくる。
2人っきりだからこそ相手は緊張しているのではないか、そう考えた時に健輔には半身とも呼べる相棒がこの場に居たことを思い出したのだ。
「じゃ、じゃあさ、知ってると思うんだがもう1人、ここに追加しても良いか?」
「は、え、あ、わ、わかりましたっ! だい、大丈夫です。あ、ありがとうございます!」
「それはこっちのセリフかな。『陽炎』挨拶を」
『初めまして菜月』
「あっ、はい! すごい、もうこんなに成長したんですか!」
「ん? え、ま、まあね。相棒には早く1人前になって貰いたいから」
「素晴らしいと思います!」
感動したのか、緊張などは薄れたようだが今度は健輔が引っ掛かりを覚えた。
話のネタとして『陽炎』を出したのは健輔だがあまりにもあっさりと受け入れられたことに違和感を感じたのだ。
『陽炎』のことは別に隠してはいないが健輔を個人的に調べてでもいない限り最新の人格搭載型の魔導機であることは知らないはずである。
思えば先ほどの感動した様子も何もまるで有名人の私物を見たような感じであった。
警戒するというわけではないが健輔は様子を見守ることを決める。
「じゃ、始めよう」
「は、はい! では、その、どうして魔導師を――」
それから30分ほど基本的な事を質問されて時間は過ぎていく。
己の抱いた疑問も忘れて健輔は楽しく会話に応じていくだった。
「も、もし、もしもでいいんですけどお時間が空いているなら食事でも一緒にどうですか? 学食で良いので。予算が下りてますから代金はこちら持ちで良いですから」
「別に構わないけど、食堂くらいならこっちが奢るよ。女の子に奢らせるとか流石にない、ない」
「じゃ、じゃあ、また夕食で!」
「お疲れ様」
インタヴューの終わりに意を決して問いかけた甲斐があり、無事に食事の約束を取り付けたのがお昼の話である。
これまで多くのものがそうだったように紫藤菜月もまた、絶好の機会に少しでも交友を深めようと挑戦していた。
健輔が感じ取った違和感、つまりは相手が自分を知りすぎている、ということだ。
知っていて当然だろう。
彼女は健輔のファンであり、実況の関係上細かい情報を手に入れる機会が多いのだから。
「へ、変じゃないよね……」
いつもと同じ制服姿だが憧れている人の目の前に出ると考えると途端に自信がなくなるのは何故だろう。
特に彼女の勘では健輔は目が肥えているはずだった。
もっとも身近にいる女性があの九条優香である。
仮に彼女と比べられたら自信を喪失するなどというレベルではない。
「平常心、平常心……」
そういう場合は服装などで誤魔化すのだが、あまり着飾るのも不自然である。
何せ私的に話すのは初めてなのだ。
やたらと気合を入れた格好で行っても困惑されるだけなのは間違いなかった。
「いろいろ聞けたらいいんだけど……」
例えば、九条桜香と戦った時の心境など、他にも聞きたいことはたくさんあった。
菜月は放送部所属の学生として世界中に存在する魔導師のレベルというものをよく知っている。
欧州の『女神』などは交流の関係で試合をしているところを直に見たこともあった。
アメリカの『皇帝』の能力についてもよく知っている。
だからこそ、九条桜香がどれほどの魔導師かよく知っていたのだ。
先輩たちの話からも分かるほどに飛び抜けていた『不滅の太陽』。
それこそ、あの日健輔に敗れるまで撃墜されるということなど考えたこともなかった。
以前から少し気になっていたが決定打はあの試合だろう。
あそこから彼女は健輔について調べてファンになったのだ。
『クォークオブフェイト』そのものはよく実況を担当していた間柄もあり、応援していたチームである。
スターにも事欠かないあのチームでどうしてパッとしない健輔に注目したのか。
菜月にもわかっていなかった。
ただ、あの努力に、戦い方に目を惹かれたのだ。
「挑戦することを諦めない……」
性格も良い人だったら嬉しいな、と心の中に希望をのせて少女は夜を待ちわびる。
双方にとってこの出会いがどのようなものになるのか。
激しくくしゃみをしている健輔はまだ知らなかった。




