第155話
「健ちゃん、何をやったのかはわからないけど絶妙に相手のやる気を引き出したね」
控室に戻るなり真由美が冗談めかして健輔に尋ねる。
理由など大凡予想が付いているだろうにわざわざ訪ねてくるのだから、中々に良い根性だと言えるだろう。
健輔は苦笑しながら本音で返した。
「挑発したら一周回っただけなんですけどね」
「ふーん。……狙ったんじゃないの?」
「んー、5分5分くらい?」
「へー、それであそこまでうまくいくんだ」
真面目な話題なのにどこか気が抜けるような2人の会話。
周囲にいるチームメンバーは呆れた表情でそれを見ていた。
「おい、雑談していないで纏めろ」
「あ、ごめんねー。お兄ちゃん」
隆志の注意で脇に逸れたものが本道へと戻る。
無事に勝利で終わったこともあり場の空気は軽い。
優香が少しだけ落ち込んだ表情をしているぐらいで多くはスッキリとした表情を浮かべていた。
実質的に快勝だったのだから、無理もない話である。
十分な実力を発揮出来なかったとはいえ、『スサノオ』は強豪チームなのだ。
決して勝って当たり前の相手ではない。
「っと、じゃあ、皆、お疲れ様です」
『お疲れ様です!』
「今日の試合も無事に終わって良かったかな。……うーん、流石に言うことが無くなってきたなー」
「まあ、気を緩めずに行こう。残りは11月のラスト。『暗黒の盟約』でほぼ俺たちの世界行きは決まるからな」
万事順調だからこそ、気を引き締めろ。
隆志が毎度の如く口を酸っぱくして言っていることだった。
実際、現在の『クォークオブフェイト』に注意することなどそれくらいしか存在しないのだ。
『アマテラス』を破った以上国内で対抗できる勢力はほぼ存在しない。
総当たり戦であるため、ダークホースもあり得ないため、残り1戦『暗黒の盟約』に勝利さえすれば残りは消化試合となる。
「体を休めて英気を養ってね。次の戦いを乗り越えたらいよいよ本番だから」
「今までは意図的に封鎖していた各種の情報も公開することになる。心積もりと準備だけはしておいてくれ」
『はいッ!』
「じゃ、今日は解散で。明日はいつもの時間で反省会でーす。当番の人はレポート纏めておいてね」
「あっ……やばい」
「ふふ、じゃあ、解散!」
次の反省会で議題などを纏める係は健輔である。
すっかり忘れてたことを思い出して、闇を背負うことになった。
まったく準備をしていなかったため徹夜が確定したからである。
「ミスった……」
「ご愁傷様。肉体的な疲労は誤魔化せるんだし、頑張りなよ」
「手伝おうとかは思わないわけ?」
「真由美さん、怒るよ」
「ぐっ……」
必要以上に課題などを手伝わせることを真由美は好まない。
その人の考えが知りたいのであって、正解を探りたいわけではないからだ。
魔導のおかげで肉体的な疲労はないため、真由美に笑顔で嫌味を言われるくらいなら徹夜することを健輔は選ぶ。
それでも精神的には結構憂鬱になるのが徹夜である。
これで楽しいことでやるのならともかく反省会のレポートでは楽しくなる要素は皆無であった。
まして今回、健輔は健二に負けているため尚更だ。
「かー、めんどくさいな……」
「あのね。反省会は大事でしょうが! どうしてそんなにやる気ないのよ」
「自分が負けてるところを何度もリピートする辛さがわかる?」
「……でも、必要なことでしょう? 勝利よりも敗北の方がずっと大事だわ」
「わかってるよ。愚痴だからそこまで気にすんな」
「だったら良いけどさ……」
美咲の忠告に苦い顔で礼を返す。
負けたからこそ反省が必要なのは理屈として理解しているからこそ、徹夜でもやる気はあるのだ。
これで意味のない行為だったら、健輔もぶっちしている可能性はある。
なんだかんで真面目なため、実際放り投げるかと言われると微妙なところだったが。
こう見えて健輔は夏休みの宿題などをなんとか最終日であっても終わらせるタイプである。
期限を過ぎるような事は1度もなかったりするのだ。
「優香もあんまり気を落とすなよ? あの人、普通に強かったからな」
「はい、それは大丈夫です。ただ、思うところがあっただけですから」
「……そっか。それなら良いんだけど」
1年生4人はそんなことを話しながら控室を後にする。
既に他のメンバーは更衣室に向かっているようだった。
授業がある先輩もいるため、その辺りがまちまちなのはしょうがないことでもあった。
遅れてだが健輔たちも着替えようと部屋を出たところで珍しい人影を見つけることになる。
「……望月先輩、で良いんですか?」
「ああ。そちらは佐藤健輔でいいんだな?」
先ほどまで戦っていたチームのリーダー『サムライ』望月健二が居たのだ。
基本的に試合直後の両チームの選手は合わないようにと通達出ている。
負けた方は気が立っているし、勝った方も興奮しているため、そんな通達が来ているのだが彼はそれを無視して待っていたようだった。
「何か御用ですか?」
「……少し話がしたい。付き合ってくれないか」
意外と言えば意外な申し出に少しだけ考えて、
「いいですよ」
とあっさりと許可を出すのだった。
「急な事で済まないな」
「いえ、試合前半のまま来てたら回れ右しましたけど、今なら話くらいなら構わないですよ」
「ふっ、手厳しいな」
美咲と圭吾を先に帰し、健輔と優香そして健二の3人が話をするため移動することになった。
汗臭いため、軽く着替えをしてからの再集合となったため、試合が終わってから1時間程経っていた。
「それでお話とは?」
「ああ、その前にまずは謝罪させてほしい。――九条優香さん、以前は大変失礼なことを言った。自分が言われたら相手のことを軽蔑するだろう。あのようなことを言ってしまい申し訳ない」
「お受けします。ご丁寧な謝罪ありがとうございます」
2人が頭を下げあうのを蚊帳の外になった健輔が見守る。
肩の力が抜けたというか、どちらかと言えばこちらが素なのだろう。
普通に良い先輩となっていた。
この先輩が焦りとプレッシャーでああまで変貌するのだから、精神的な重圧は怖ろしいというべきだろうか。
「終わりましたか?」
「ああ、時間を取ってすまなかった」
「いえ、まだ何かあるってことは謝罪は本題ではないってことですか?」
「……その通りだ。誤解無きように言っておくが謝罪の気持ちは本当だ」
「わかってますよ。では、何用ですか? 先輩とはぶっちゃけ戦った記憶しかないんだが」
「……君はわかっていて俺を挑発したのか。それが聞きたかった」
「あー……」
真由美にも言ったが健輔も半分ぐらいしか狙っていない。
『賢者連合』ならば武雄を『スサノオ』ならば目の前の健二を、そして『暗黒の盟約』ならば宗則を、そう言った具合に注目すべき選手の傾向を健輔は調べ尽くしている。
前半もクラウディアを筆頭に警戒すべき人物たちに狙いを定めてはいたのだ。
そんな中で健二は微妙に毛色が違う人物だった。
多くのスタイルを模倣する健輔だからこそ違和感を感じたのだ。
確かに3年生になってから指揮が増えて突貫することは減ったがここまでバトルスタイルが変わるのか、と。
健二が無自覚だったのも仕方がないと言えばその通りではある。
環境の変化による集中力の低下がバトルスタイルに微妙に変化を齎していたのだ。
その上周囲がそれを指摘出来ない空気を持っていたことが事態をややこしくした。
運が悪い、間が悪い、どちらでも良いが本人だけではどうしようも出来ないことを相談すら出来なかったのが『スサノオ』を悪い方向に導いたと言える。
「その質問に対してなら半分はノーですね」
「……そうか。ならば、その意図はどこに?」
「勿体ないでしょう? あなたはあれほど強いのに。それと戦わないなんて」
シンプルな答えに健二が逆に詰まってしまう。
複雑に生きているように見えてシンプルな論理なのが健輔の特徴である。
単純、稚拙な理屈であるため穴がない。
良い意味でも悪い意味でも健輔はそんな人間だった。
「は、ははははは!! な、なるほど、それはそうだな」
「何か他にあるとか思ってたんですか? 言うほど世間はあなたに興味ないと思いますよ」
「俺も自意識が過剰だった、とそう言いたいのか」
「だって、失敗して弱さを見せて誰に対しての恥なんですか。仲間にそれを見せるのが恥ならどこに見せても同じですよ」
「っ……。そう、だな。……なんだ、答えがわかると単純なものだな」
「世の中、そんなものでしょう」
「……ああ、そうだな。そうに違いない」
既にこれで3敗目となる『スサノオ』は事実上、世界戦への挑戦権を失っている。
健輔はそのことを勿体なく思ったが、口には出さなかった。
上から目線の慰めなど相手に失礼だろう。
どのチームもその時に出せる全力で持って戦いに挑んでいるのだ。
不幸な面もあったが偶々、戦いの結果がそうなってしまっただけのことだった。
「ありがとう。俺は良い相手だったかな?」
「ええ、俺、あなたを倒すつもりでしたから。……あれだけカッコ良く挑発して負けてるんですから、あなたは強かったですよ」
「『不滅』よりも?」
「さあ、それはどうでしょうね。そもそも俺にとっては大半が格上ですから」
そこははぐらかしておく。
健輔もあの女性に思っている事は10や、20では足りないのだ。
健二の気持ちも理解できるがそこまで思いやるような仲でもなかった。
予想通りだったのか、素気無く断られたというのに健二は穏やかな空気のままで答えを受け取る。
「そうか……。……ありがとう、時間を取らせてすまなかった」
「いえ、またいつか」
「……ああ、また。君たちの勝利を祈っているよ」
健二はその言葉を最後に立ち去っていく。
後には優香と健輔の2人が残る。
「……あの方は何が聞きたかったんでしょうか」
「別に何でもよかったんじゃないか?」
「なんでも?」
「そ、きっと区切りを付けたかったんだよ」
節目や区切りをつけて、心に納得が欲しかったのだろう。
健輔にも覚えはあるし優香にも似たような事はあったはずだ。
どちらにも桜香が関わっている辺り、彼女の存在感を感じさせる。
「うんじゃあ、学校に戻りますか」
「まだ授業があるんですか?」
「いんや、ないよ。ただ、調べ物をしたくてな。図書館行こうと思うけど、どうよ?」
「あ、はい。お供しますね」
「帰りは一緒にメシでも食って帰ろうぜ」
「はいっ!」
飼い主の後を追う犬のように嬉しそうな優香は健輔に付いていく。
最後まで健二がチームメイトと持てなかった関係はお互いにお互いを補完する相棒のような存在だったのかもしれない。
出会いという偶然で起源が似ていた2人は大きく道を違えた。
それは悲しいことだったが意味はあったのだ。
彼が努力した3年間は確かにそこにあったのだから。
「案の定っていうか。予想通り?」
「そうね。ま、私たちは気軽と言えば気軽だけど、きついチームだわ」
妙に暗い部室で数人の男女が会議を開いている。
議題は次に戦う敵チームについて――早い話が対策会議であった。
しかし、彼らは細かい戦術案について話す様子を見せない。
飛び交う言葉はもっぱら誰がどんな能力を持っているのか、それだけであった。
同じ魔導師であるのにまるで基準点が大きくずれている様に感じる。
勝利ではなく、別の何かに焦点を絞っているような、そんな印象を与える集団であった。
「さて、予想通りの展開となったが皆はどうしたい? 俺の希望は以前伝えたと思うが」
「リーダーの好きにしてくれて構わない。いや、俺もあなたの風に導かれたものだ。――賛意を示すよ」
「ありがとう」
「我が破壊の牙も同類を喰らいたくて仕方がないようだ。彼との決闘を所望しておくよ」
「ああ、勿論だ。他のみんなも希望があるなら言ってくれよ」
彼らこそ、チーム『暗黒の盟約』。
学園でも有数の強豪チームであり、『魔導戦隊』と並んで変人の巣窟とされる。
ある意味で魔導を正しく扱う集団であった。
好きこそものの上手なれ、とは言うがそれを突き詰めた集団が彼らである。
己が理想とする能力を生み出すために全力を賭しているのだ。
言うは易く、行うは難し。
貫き通せば本物だろう。
実際に彼らは結果を残している。
彼らこそが去年、世界戦に進んだ3チームの内1つなのだ。
弱いはずがないのである。
「私わぁ、えーと、ね。あの蒼い子がいいなぁ~」
のんびりとした物言いの独特のテンポで話す女子は空間に投影された画像から優香を指さす。
少女の言に宗則は重々しく傾いた。
「頼んだぞ、瑠々歌」
「大丈夫だよぉ、任せてぇ~」
ふわふわとした髪型に恥じない、甘い声で決意を示す。
ガッツポーズなども取っているが死ぬほど似合っていなかった。
荒事に向いているとは誰が見ても思わないだろう。
それでもチーム内の人間は誰も否定をしない。
信頼感、形は違えど彼らには確かな絆が存在していた。
現在、国内に限った魔導師で格付けを行うのなら桜香が1番で真由美が2番とその辺りの番付は左程変わらないだろう。
しかし、既に40戦を超えているチームもある現在の状況でチームの総合力を評価した場合は大会前とは大きく変わることになる。
トップが『クォークオブフェイト』なのは言うまでもないがナンバー2がどこなのか、ということだ。
国内で唯一と言っても過言ではないかもしれない。
チームとして過不足なしに『クォークオブフェイト』と戦えるのが『暗黒の盟約』である。
彼らに必勝の策も、悲壮な決意も存在しない。
自分たちの全てを受け止めてくれるチームとの戦いを彼らは心待ちにしているのだ。
数少ない1年生レギュラーを抱えるチームとしてもその激突は最大規模のものとなるだろう。
最後の戦いの幕が開こうとしている。
『クォークオブフェイト』が確実に世界に行くために避けられない最後の壁。
個人での頂点を打ち破った健輔たちはもっとも魔導師らしいチームに勝利出来るのか。
そして、その先にいけるのか。
11月の終わり、12月に入る前の最後の週に決着は付く。
国内大会での頂点が決まる試合は直ぐ傍にまで迫っていた。




