第154話
身の丈を超えた重荷を捨てて健二が身軽となった。
それにより、真価を発揮するようになった彼は健輔と激戦を繰り広げる。
1場面として見ればそれは逆転の始まりだったのだが、試合全体の劣勢を覆すほどの力はなかった。
確かに1対1で健二は健輔を押しているし、このまま進めば撃墜も可能だろう。
しかし、時間をかけ過ぎである。
健輔1人に20分近くも掛けている間にドンドンと味方は落ちていき、全体での劣勢は固まってしまう。
それでも味方が彼に何も言わなかったのはチーム全体で甘えがあったと認めたからだ。
「飯島さん、なんとか右翼からなら行けます」
「よし、健二とあの1年を盾にするように敵陣に進行して、相手と組み合いながら本陣に突入しろ」
「了解ですッ!」
全体の指揮をサブリーダーたる飯島克樹が取る。
リーダーが指揮を執れないのだから当然の処置なのだが『スサノオ』にとっては結成から初めてに近い珍事であった。
実力主義と年功などが重なり、指揮もリーダーの仕事になってしまっていたのだ。
そしてリーダーは基本的にチームで1番強い。
だからこそ、撃墜されるのも最後に近くなる。
結果としてサブリーダーが責任を負うことはほとんどなくなっていた。
「1人に押しつけてこの様か……」
自嘲を含んだ響きだった。
よくよく考えてみれば『スサノオ』が有力選手を抱えながらもその力を発揮出来ないようになってきた理由がわかる。
今回は健輔が健二を激発させて証明したが、早い話指揮に向いている人材がリーダーではなかったのだ。
魔導競技も10年前と今ならば当たり前のことだが今の方が進歩している。
スポーツの定石が洗練されるように魔導競技も洗練されて既存の方法が通用しなくなっていく。
個人単位では十分に強力だったため『スサノオ』は気付かずにここまで来てしまったのだ。
気付いてしまえば、負け続けた原因は簡単なものだった。
「克樹」
「玲雄か?」
「卒業間近にどんでもない爆弾を見つけてくれたな」
「ああ、もうやることもなく先輩たちに怒られるだけかと思っていたが……なんだ、案外と課題は残っているものだな」
分業が出来ていない。
それが結論であった。
現在主流である砲撃魔導師がいないことは別に構わないのだ。
しかし、居ないなら居ないで対策はしないといけないだろう。
それは個人技という形でも構わないし、策という形でも良かった。
どちらでも結果が出れば同じだったのだが、何を思ったのかどちらも中途半端な状態だったからこそ、『スサノオ』は負け続けたのだ。
指揮が今のように分割されていれば、エースと独立させて連動させることで砲撃もなんとか出来たかもしれない。
「全部遅いかもしれないが」
「やらないよりはいいだろうよ」
数々の『もしも』が浮かぶがそれには意味がないと3年生の2人は首を振る。
自分たちは今年で終わりだが、まだまだ後輩たちは戦い続けるのだ。
彼らのためにも敗北を糧にする必要があった。
「やることがあるのは良い事だよ」
「違いないな」
楽しそうに戦うエースを一目だけ見て、2人も突撃を仕掛ける。
『終わりなき凶星』――近藤真由美。
彼女の砲撃でなければ荒い作戦でもなんとかなったかもしれないが今代で1、2を争う後衛魔導師相手にそれは期待出来なかった。
「『スサノオ』の意地を見せてやろう」
「ああ、時代遅れの強さ、見せ付けてやるさ」
「流石に『スサノオ』。やると決めたら動きがよくなるね」
本陣から見えるのは一糸乱れぬ編隊飛行を行う魔導師たちの姿だ。
敵を過小評価することはない真由美だが、正直なところ今回の『スサノオ』戦は最大でも苦戦、というレベルに留まると予測していた。
そもそもチームとしての相性が『クォークオブフェイト』の方が優勢なのだ。
個々の要素、特に近接戦闘に限れば負ける部分もあるが近づけさせなければ相手は何も出来ない。
言うならば戦略レベルでの決着は既に付いている。
そして、戦術にしても『スサノオ』は正面突破を繰り返すことで有名だった。
並みの砲撃ならばなんとか肉薄することも可能だったがそれでも2~3人は落ちるのである。
真由美ならば全滅させる自信があった。
「さなえん」
『位置の予測は行っているが……、小癪にもジャミングを仕掛けてきてるな』
「そっか。じゃあ、予測に切り替えよう。大丈夫、いつも通りだよ」
『了解した。尋常じゃない覚悟だぞ。気合を入れておけ』
「ありがと」
戦闘という最少単位以外では赤点に近かった『スサノオ』。
そんなチームがまるで往年の輝きを取り戻すかの如く、こちらに迫ってきていた。
真由美は苦笑する。
健輔と健二の戦いが何かしらの影響を与えたのはわかるが、健輔はここまで狙ったのだろうか。
歯応えが無さ過ぎた3貴子がようやくその名に相応しい動きを見せている。
幾分抜けていた気合も入ろうというものだ。
「……背負った歴史に対する礼儀だよ。そちらがきちんとやるのならこちらも加減はしない。吠えなさい、『羅睺』」
『バレル展開、連続砲撃形態に移行します』
右翼には優香と妃里、そして剛志が居るが一切の遠慮なく彼女は陣ごと薙ぎ払うべく魔力を収束させる。
ここまで出していなかった全力の砲撃態勢――『終わりなき凶星』の由来たる真紅の光が唸りを上げていた。
「いくよッ!」
『発射』
念話で右翼に最小限の勧告を行い、間髪入れずに砲撃は放たれる。
親友の抗議の声を無視して真由美は笑う。
「試合はやっぱりこうじゃないと!」
全力を尽くして猶、届かない。
真由美にも経験はある。
同時に届かないと思った事に手が届いた時の歓喜も彼女は良く知っていた。
「腑抜けた侍はいない。だったら、それに相応しく葬ってあげる」
唸る凶星は進路に何も残さない。
誤射も恐れぬ真由美の強行策だった。
「あのアホッ!」
「『雪風』、フェイクを起動。そのまま仕掛けます」
『了解』
「ちょ、ゆ、優香ちゃんって、ああ、もうっ!」
そして真紅の砲撃が迫る中を気にせず飛び込む蒼の乙女。
勇ましいのは間違いないが同時にそれは無謀だろう。
真由美の砲撃に巻き込まれたら彼女も一巻の終わりなのだ。
「っ、『蒼の閃光』!」
敵の驚きの声を無視して少女は翔ける。
展開された双剣を翼の如く広げて彼女は厳かに宣誓した。
「発動」
『了解しました』
言葉に合わせて一気に増える彼女の姿。
事前知識で知っていようともいざ目の前で起これば驚くものだ。
しかし、彼らは『スサノオ』。
近接戦闘のエキスパートだった。
驚いても動きだけは鈍らない。
「行くぞ!」
『了解ッ!』
敵は回避機動を取ったまま優香との交戦を開始しようとする。
判断としては間違っていないし、正しい行為だったのだが忘れてはいけないことを忘れていた。
『大沼、避けろッ!!』
「え? 飯島さ――」
最後まで言い切ることなく真紅の光が指揮を執っていたものを飲み込む。
巻き込まれて優香のフェイクも何体か消滅しているが、そもそも幻影なので問題はない。
敵味方関係ない狂気の砲撃は『スサノオ』の下級生を怯ませるだけの威力があった。
「くっ、粒が揃ってる」
「俺が『閃光』を牽制する」
「わかった」
後ろから合流した生き残りの2人が必死に立て直しを図るが砲撃は止まらないし、止められない。
無理やりにでも突破しなければならないのは理屈として理解出来ているが優香の攻勢に対処しないわけにもいかない。
現に砲撃に集中しすぎると、
「クソっ、浦林、下だ」
「へっ」
「いただきますッ!」
通り過ぎ様の6連撃、鮮やかな連続攻撃で優香は1人を仕留める。
突入を開始して3分もしない内に半壊しそうな勢いだった。
「っ、またか!?」
止まらない真紅の暴力は敵が全滅するまで一切の手抜きが存在しない。
『スサノオ』は本当の制圧砲撃というものの威力を過小に評価しすぎだった。
見事な戦闘機動なのは間違いないが、遠距離攻撃に対する対策が回避だけなのは些か時代遅れに過ぎる。
個々の戦闘能力は流石の3貴子だったが、戦術は覚悟を決めたからと言って一気に改善されるものでもなかった。
ノウハウが足りない。
チーム内での練習は戦闘機動に集約されてしまうため、魔導師戦闘では強いがそれ以外では真価を発揮出来ていなかった。
「はっ、課題はドンドン浮かぶな」
飯島が軽口を叩くも余裕はない。
サブリーダーとして追い詰められる敗北のプレッシャー。
その時だった、全体アナウンスで
『大沼選手、浦林選手、撃墜! そして佐藤選手も撃墜判定! 残りライフ40%ですが望月選手が勝利しました!』
『熾烈な殴り合いですね~』
そんな言葉が聞こえた。
「なっ、健二」
『そういう事だ。今から向かう。――それまで頼んだ』
「……ああ、待っている」
彼の脳裏にいろいろな言葉が過ったが、出てきたのはありきたりなものだった。
エースの降臨に心は一気に軽くなる。
やれるだけの事をやるしかない。
改めて、克樹は前を見据える。
「健二が来るまでになんとしても本陣にいくぞ!」
『了解ッ!』
スサノオ残存メンバーが決死の攻勢に移る。
それはそのまま最後の攻勢であり、エースを信じた突貫であった。
だからこそ、彼らを決定的に仕留めるにはエースを潰すしかない。
健輔が落とされた今、その役目を果たすのは1人しかいないだろう。
乱戦の中を密かに駆け抜けた少女はこちらに向かっていた敵エースと対峙していた。
奇しくも構図は鬼ごっこと同じ。
違うのは双方の心境だけであった。
「……九条優香か」
「そちらは望月健二さんでよろしいですか?」
「ああ、相違ないよ。なるほどな……。俺の敗北であいつらの心は折れる、その上で相手がお前では心理的に逃げる事も出来ない。『凶星』は俺よりも余程優秀だな」
「ご想像にお任せします。元より、仲良く話す間柄でもないですから」
優香は自然に双剣を構え直す。
健二も刀を構え直し、鞘を脇に展開した。
前回戦った時は終始健二が押していたが、今回は優香も消耗を気にすることのない本気モードである。
どちらが有利かなど、それこそやってみないとわからないことだった。
「はああああああッ!」
「行きますッ!」
双方共に近接戦闘の巧者である。
戦いは順当な始まりを見せていた。
優香が攻めて、健二が流す。
機動力の差によって生まれた攻防の形である。
激情家のイメージのせいか、健二は攻勢の人と認識されているは本来の型はこちらのものだ。
「っ、早いな……」
「そこッ!」
「斬撃かっ!?」
魔力光が一気に膨れ上がると刀身に集まっていく。
魔導斬撃が防御ごと健二を粉砕しようと襲い掛かる。
しかし、冷静になった健二には通用しなかった。
優香程の収束能力は存在しないが彼も収束系だ。
ありったけの魔力を絞り出すように刀身に力を込めて放つ。
「まだまだッ!」
「っ、『雪風』!」
『プリズムモード、限定展開』
辛うじて相殺は出来たが優香の攻撃はまだ終わっていない。
もう1人の優香が姿を現して、健二に攻撃を仕掛けてくる。
事前の予測でも根本的な対処の方法が見つからなかった分身術式――プリズムモード。
消耗している健二は焦りを顔に出さないようにして、必死に思案を続けた。
撤退に移る。
却下――そもそも、健二は体力的に大きく消耗している。
ほぼ全開に近い優香を振り切れるわけがない。
まして、相手は高機動型なのだ。
「強い、な」
ここで優香を打倒する。
保留――もっとも確実な方法だがその後に『凶星』『破星』が待っていることを考えると余裕はない。出来れば選びたくない選択肢だった。
健二の頭脳は回転を続けるが優香の猛烈な攻勢に余裕は剥ぎ取られていく。
そもそもの前提として彼は健輔相手に消耗し過ぎたのだ。
そこが最大の過ちであり、同時にどうしようもないことだった。
健輔が意図的に健二を挑発しなければいつも通り負けていただろう。
つまりは負け方が変わるだけで結果は同じなのだ。
個々の戦闘ではなくもっと大きな部分で決着が付いてしまっていた。
「それでもっ」
健二は満身創痍の体に力を入れて前に出る。
敵対する少女の表情に驚きはなかった。
その涼しい顔を見ていると吹っ切ったはずの怒りがまた湧いて出そうになる。
しかし、それを根性で抑えて健二は賭けに出た。
「俺にも意地があるッ!!」
「なっ、どうしてっ」
迷わず本体の優香を掴むように左腕を伸ばす。
相手の表情にようやく変化を齎したことに笑みをこぼして彼はネタばらしを行った。
「いい術式だ。ダメージの再現率といい完璧に近い。だがな、理屈じゃなく魔力はなんとなくわかるのが俺たち『スサノオ』だ!」
「なっ」
「あっちのお前は魔力臭い、それが理由だ」
勘と大差ないことだが近接戦闘に3年を捧げた彼ら『スサノオ』のメンバーはなんとなくだが魔力の濃い、薄いが知覚できるようになる。
そこまで意味がある技ではないのだが遠距離からの魔導砲撃を防ぐ際や今のように目晦ましなどの対策にはなるものだった。
どれほど精巧に出来ていようが魔力である以上、彼らにはなんとなくだが判別が付く。
プリズムモードの思わぬ欠点だが、弱点と呼べるほどのものではないだろう。
これは3年間を近接戦闘に捧げた彼だからこそ出来る攻略法だった。
もっとも、本体を割り出したところで根本的な解決にはならない。
変わらず九条優香は2人いるのだ。
ボロボロの健二でどうにか出来る相手ではない。
だが、ここで虚を突けたこと自体は無意味ではなかった。
「『雪風』ッ!」
『『蒼い閃光』――発動します』
「ふっ――甘いな!」
「あっ」
急変する事態に優香が『蒼い閃光』の発動を選んでしまう。
どれほど高いポテンシャルでも1年生である以上ミスはある。
今回のことはそうなるように健二が誘導したこともあるので仕方はない。
この局面での一手のミスは重かった。
「相殺能力ッ!?」
「ダメージは負うが撃墜はない」
『蒼い閃光』は優香の最大火力である。
健二の魔力量で全てを相殺することは出来ないがチャージしておいた障壁と組み合わせれば即死から重傷1歩手前までは軽減することが可能だった。
後は魔力を放出して、弱り切った優香に――
「はああああッ!!」
「きゃあああああっ!!」
――容赦のない連撃を叩き込む。
魔力が切れた後の無防備な状態。
そこに全ての攻撃が直撃である。
健二の火力が高くない方とはいえ、優香に耐えきれるものではなかった。
『九条選手、撃墜。望月選手、ライフ20%!! これは……』
『ああ~』
優香を倒すことには成功した。
しかし――
「まあ、これでチェックメイト、ってことよね」
「はぁ、はぁ……」
――優香を倒せても葵が残っている。
健二に既に余力はなく、勝敗はわかり切っていた。
こうなる確率が高いとわかっていて彼は優香を倒したのだ。
悔いはなかった。
「それでも、俺は、『スサノオ』のエースだ」
「そうね。認めてあげるわよ。――でも、ここで落ちなさいな。世界には私たちが行く」
「抜かせ……」
言葉はそこで終わり、拳を構えた葵が一気に距離を詰めて健二は進路に刃を向ける。
交錯は一瞬だった。
葵の拳が魔導機を弾き飛ばし、無防備になった腹に渾身の1発をお見舞いする。
試合はそこで実質的に終わりを迎える。
『望月選手、撃墜!』
『お疲れ様です~』
その一報と共に踏ん張っていた『スサノオ』が崩れ、試合は『クォークオブフェイト』の勝利で幕を閉じるのだった。




