第153話
同じような起源で魔導師を目指しながらずれた存在となった健二と健輔。
そんな背景は知らずとも、両者がそれぞれ自分と関係があることはわかっている。
だからこそ、彼女はその戦いを静かに見守っていたのだ。
強化された感覚は他の観客と違い、2人の一挙、一動作を見逃すことすらない。
チームメイトを連れずに1人でそこに佇むのは一体どんな思惑があってのことなのか。
本人以外に知りようがないだろう。
彼女の思いはともかくとして試合は進んでいく。
「そのような姿だからこそ、突き放したのですが……。伝わらないものですね」
リーダーが指揮を顧みない人事不省状態に陥ってるため、チームが完全に混乱している。
サブリーダーが懸命に立て直そうとしているが真由美がそこを逃すはずがなく容赦の欠片もない暴力が降り注いでいた。
仲間がそのような状態なのに激情に駆られるリーダー、端的に言って酷い有様である。
「才能云々や実力ではなく心根が気に入らなかったのですが……。はっきりと言った方がよかったのですかね」
彼女とて好き嫌いは存在する。
しかし、それをオブラートに包む程度には普通に優しい人間だった。
いろいろとマズイものも表に出てきているが基本的に善良なのは変わらないままだ。
「人間欠けているものがあるのは当たり前なのに」
世の中には才能というものがあり、彼女はそれに恵まれている。
自覚があるからこそ、傲慢に振る舞うこともあるし、謙虚に振る舞うこともあるのだ。
相手に会わせて対応を変える。
処世術の基礎程度だが、彼女もある程度は心得ていた。
他者よりも深く、そして広い視野を持っているが人の分を超える領域ではない。
人間として超えてはいけない一線は弁えている。
「私は才能のあるなしで人を差別しません。……あなたが嫌いなのは自覚がないこと、ただその1点だったのですが……」
あそこまで苛烈に彼を罵ったのは自覚なき悪意を妹にぶつけたからだ。
やったらやり返される。
報復の原理は人間心理としては左程珍しくない。
そもそも、彼女もその妹も努力の全てを才能で片づけられることがあるのだ。
持つ者に持たない者の気持ちがわからないように、その逆もまた理解されないし、出来ないことだった。
「……自分は不幸だ。そんな風に女々しい男に女が惹かれることはありませんよ。ましてや同性を惹きつけるのも難しいでしょうね」
努力は十分認めているし、才能もあるのだ。
誰よりも健二がそれを認めていない。
勝手に作り上げた虚像の天才『九条桜香』を作り上げて1人相撲を続けている。
そこに同情はするが押し付けられたものに答えるような義理はなかった。
「……少し道がずれていれば――いえ、繰り言ですね。もしもには意味がないです」
彼女を破ったのは彼が相手をしている後輩魔導師であり、彼ではなかった。
それが事実で真実である。
もしもは起こらず『スサノオ』はここで敗退するのだ。
これは揺るがぬ結末であった。
しかし、それでも何かが起こるとしたらそれは彼が起こすのだろう。
「いい表情ですね。……少し羨ましいかな。お姉ちゃん失格かも」
楽しそうに空を舞う妹に僅かに羨望の眼差しを送ってから、女性は再度男性たちを見守る。
勝敗に興味はなく、実力もよく知っていた。
だからこそ、彼女が知りたいものは別のものである。
「良き試合を――」
続きの言葉は歓声に飲まれて聞こえない。
当然、戦場にいる男たちが届くこともないのだった。
「ウオオオオオッ!!」
「なんつう狂犬だよ!?」
ソリッドモードを自信満々に繰り出した後の1撃目がこれである。
締まらないことこの上ないが仕方のないことでもあった。
能力値的に今の2人はほぼ一致するように健輔が調整を掛けている。
それだけではない、健二の持つ魔導機と大体同じ大きさの刀形態を『陽炎』は選択していた。
傍から見ていればわかっただろう。
健輔の機動が少しずつ目の前の人物と同じ物になっていっていることが。
変化はそれに留まらない。
「てりゃあああッ!」
「ぐっ、な、なんだ!?」
健二の剛剣を同じような剛剣が迎え撃つようになり始めたのだ。
「ば、馬鹿な……」
「ふん、面白いだろ?」
我を忘れて怒りに飲まれた健二が呆然とするほどの事態。
ソリッドモード――魔力パターンなどシルエット、つまりは要素だけでなく全てを写し取った戦闘モード。
シルエットモードと違うのは細かい部分まで『再現』することに重点を置いていることだ。
健輔の非凡な戦闘センスもあり、見知った相手なら7割~8割は真似できる。
実力という意味ではなく、再現度という範疇で、だが。
ここでは挑発の意も兼ねて発動させたが、実はこのソリッドモードは戦闘用ではなかったりする。
本来の目的は他にあるのだが、今回それを発動させるのが目的ではなかった。
「あ……な、うあ……」
口をパクパクさせて何事かをつぶやく健二の様子に健輔はうまくいっていることを悟る。
戦闘はある意味で博打と同じようなものだ。
本来なら命をチップにやるものが安全になったぐらいで本質は左程ぶれていない。
よって心理的な駆け引きは有効なものとなっている。
本来格下が格上を怒らせても得になることは何もない。
怒りは一時的にせよ確かに力を引き出すのだから当たり前である。
しかし、何事も例外と言うのは存在するものだ。
「おーい、どうしたんだ? そんな幽霊に会ったみたいな顔して。――ああ、まさか、俺のスタイルに文句でもあるのか?」
そして、健輔はこの手の煽りが苦手ではない。
自分でもこれはひどいと思うニヤリとした笑みを健二に向けて、
「弱いオリジナルとか、ないだろ」
これ以上ないほどの挑発だった。
プチッ、と何かが切れる音が鳴ったのが――幻聴かもしれないが――聞こえる。
チームメイトですらわかっていないことだったがが今の今まで健二は本気でキレたことがない。
何故ならば、健二は沸点が低く怒りやすい。
逆に言えば、本当の意味で爆発することがほとんどないとも言えるからだ。
そしてキレた人間は大体2パターンに分かれる。
普通に爆発するか、もしくは――
「『クサナギ』」
『承知』
――1周回って冷静になるか。
健二は後者であり、この時にこそ真価が発揮される。
それこそチームメイトすら気づいていなかったことを引き出した男は迫りくる気配に剣を構え直す。
国内近接戦闘の雄、『スサノオ』リーダーの本気がついにベールを脱ぐ。
感じるプレッシャーに汗を浮かべるも笑みは崩さない。
引き金を引いたのは健輔なのだ。
始末も己で付けるのが道理であった。
「シルエットモード、Y」
『モード組み換え』
「『クサナギ』、鞘を」
『展開』
ソリッドモードで戦闘などしたら瞬殺される。
直感に従い健輔は通常通りの戦闘態勢に入り、健二を迎え撃つ。
左手に魔力の鞘を生み出した健二の行動が彼の絶頂期、つまりは2年の時に多用していた技だであることを思い出す。
戦闘データを集めている際に不思議に思っていたのだが、リーダーとエース就任後で戦い方が変化していたのだ。
今まではうまく使えなくなったのか、もしくはスタイルの変化かと思っていたのだが、
「……半信半疑だったけど、これはありえそうだな」
完全に据わった目で健輔に向かってくる健二を見つめ、確信を深める。
立場を得ることで実力が発揮できなくなる人間はいることにはいるが、目の前の人物は落差が激し過ぎであった。
「バレット展開!」
『ランダムシュート』
魔力球を形成、散弾として放つ。
誘導を放棄して慣性に従って魔力は周囲にばら撒かれる。
迫りくる魔力弾を前に冷めた視線の男は形成した鞘に魔力を流す。
魔導機に鞘は必要ない。
彼がわざわざ魔力でこれを形成したのは単純にイメージである。
刀は鞘とセット、そういうものだと彼は思っているのだ。
だから、これを持ったら自分は負けてはいけない。
自己暗示の類だが深く潜行するタイプの精神でこれをやるのは絶大な効果があった。
魔力弾が着弾する刹那に健二が鞘を突きだす。
魔力と魔力が接触し、爆発を起こすはずの場面で、
「っ、うまいな!」
『警告、来ます』
まるで弾幕をすり抜けるように直撃弾を受け流して、健輔に迫ってくるのだった。
健二がやったことは単純なものである。
魔力を魔力で受け流す。
行為としてはシンプルそのものであり、霧島武雄が流動系を用いてやっていたことに近い。
健輔を驚かせたのはそれを魔力で作った鞘でやったことだ。
魔力でなく別のものに置き換えれば出鱈目さが良くわかる。
銃弾を刀で弾いたようなものである。
少なくとも高校生レベル技量でやれるものではない。
「ちぃ!」
「遅い」
魔力弾の網を切り裂いて懐に入ってきた敵。
直感に従わずともわかる。
これと近接戦闘を行うのはまずい、と。
しかし――
「舐めるな!」
『シルエットモード『優香』』
「……変わった」
――プライドがそれをねじ伏せる。
即座に形成された双剣で健二の斬撃を防ぐ。
ダメージはなんとか防いだが、膠着した隙を隠すことは出来なかった。
魔力の塊である鞘と刀の形態となった魔導機を組み合わせて健二は先ほどまでとは別人のような連撃を放つ。
「この野郎……ッ」
「……」
無言で健輔に迫りくる健二。
不思議とは言えば、不思議だったのだ。
2年生までの健二と3年生の健二では戦い方が大きく異なっていた。
何かしらの強化の途中かと思って捨て置いたことだったが事実はもっと単純なものだったようだ。
「プレッシャー、いや、指揮をしないといけなかったからっ」
今まで戦った相手の中でも今の健二は単純な技量なら最高位に近い。
健輔を持ってして、斬撃の変幻自在さに目がついていかなかった。
キレるまでの健二が正統派な剣士だとすれば、今の健二は正真正銘の魔導師である。
片手で刀を振るうという状態がそれを示していた。
突きが来たかと思えばそのまま魔導機を投げつけてくる。
それを見て懐に飛び込めば鞘で殴られる、と怒りに任せて斬撃を振るったものとは思えない攻撃になっていた。
キレたことで余計な雑音が消えて本来の実力を発揮出来るようになったのだろう。
「致命的なまでにリーダーに向いてなかったんだな」
人間にはいろいろなタイプがいる。
魔導競技で言うならば健二はエースになれてもリーダーに成れるような器ではなかったのだ。
そんな人物にリーダーを押しつけてしまったからこそ、本来の実力が殺がれてしまった。
『スサノオ』の代々低迷してきた理由がわかったような気がする。
近接戦闘には高い集中力を必要とする状況が多い。
必然として集中力は高まり、容易く埋没できるようになる。
エースとして、敵を落とすことだけ考えるのならば悪くない選択肢だった。
かつての健二も心置きなく力を発揮したことだろう。
悲劇と言えば悲劇である。
何もリーダーとエースが一致している必要はない。
そこを無理に一致させようとしたからこそ、歪みが生まれたのである。
「勿体ない話だな……」
見事な体捌きに対抗しながら健輔は相手を見つめる。
同情、など言うのは彼の好みではないがそれが1番当てはまる言葉だろう。
チームの体質、実力主義が悪い形で表面化してしまったのだ。
健二個人ではどうしようも出来ないことを押し付けられてしまったのだから、そのストレスは相当なものだっただろう。
健輔ならばチームをすぐさま離れていたことは想像に難くない。
ここまで引っ張ってきた時点で責任感と平時のカリスマはきちんと発揮されていたことがわかる。
故に惜しかった。
真由美のように新設のチームはリーダーとエースが兼任していることが多い。
『明星のかけら』しかり、『シューティングスターズ』もそうだ。
バイタリティに溢れているからこそのチーム設立なため、当然と言えば当然なのだが周りはそんなことを勘案しない。
それらを比べられるプレッシャー、そして劣ることを認める劣等感。
チーム内で理解してくれるものもいない、と3重苦が積み重なっている。
だからこそ、健輔は1人の魔導師としてここで潰すことを決めた。
偉大なエース、健輔よりも先に行っていたものに対する礼はそれしかない。
「……行くぞッ! 先輩!」
「ああ……来い、後輩!」
健輔の戦気に呼応して健二も魔力を放つ。
彼の瞳に怒りはなく、あるのは不敵な笑みであった。
健輔も同じような笑みを返す。
――やるじゃないか。
――そちらこそ。
言葉の代わりに剣が、刀が繰り出されながら2人の激突は激しくなる。
周囲の様子を無視して、男2人が技と技をぶつけ合う。
それは多くの魔導師が羨望する光景であった。
「健二……」
驚きを隠せなかったのは『スサノオ』のチームメイトだろう。
不調だったエースがかつての全力を、いやもしかしたらそれ以上のポテンシャルを発揮して戦っている。
僅かずつだが相手の1年生が押され出しているのを確認した彼らはリーダーを援護するために前へと出ようした。
「ダメよ」
強い女性の声で静止されるまでは、だったが。
「っ……『掃滅の破星』ッ!」
「藤田葵って呼びなさいよ。めんどくさいわね」
気だるげに話しているが目は笑っていない。
一切体に力が入っていない自然体で気付けば彼らの間合いに入っていた。
「ロマンがないわね。だから、スサノオはそんなに落ちぶれたのよ」
「っ、訂正しろ! そんな風に――」
「言われる筋合いはない? あんたら本当に詰まらないわね。男だったらあそこの2人みたいに拳で語りなさいッ!」
徐々にテンションアップした葵は言葉の勢いのまま攻撃を放つ。
葵がどれだけ強かろうとも武器の方が間合いは広いし、長い。
ましてや相手はスサノオ、近接戦闘は専門なのだ。
虚をつく攻撃にも難なく対応して態勢を立て直す。
本来なら援護にいくべき戦況だったが敵はそれを許さない。
『大辻選手、杉山選手、撃墜です!』
『え~と、飯島選手も撃墜されましたが復活権で戦場に直ぐに戻ります~』
「……クソッ!」
「ほらほら、余所見しない」
葵を相手取るスサノオのメンバーも全体の戦局を悟る。
どこかしこも、拮抗状態――否、押されていた。
真由美の本陣には近寄ることも出来ず、前衛の壁を破ることも出来ていない。
辛うじて優勢なのは健二と、圭吾が戦っている倖月玲雄ぐらいだった。
後はどこも押され気味もしくは拮抗で状態が固定されている。
「クソォォォォ!!」
「はいはい、それでいいわよ」
戦いの局面は次のステップへ進む。
絶望的な交戦を続ける『スサノオ』に勝機はあるのだろうか。




