第150話
強い魔導師とはどんな魔導師なのか。
こう問いかけた場合、各人で答えは異なるだろう。
『終わりなき凶星』ならば、
「どうだろうねー。とりあえずは諦めない人かな」
と答えるだろうし、『掃滅の破星』ならば、
「自分」
と返す。
各々に理想とする姿があり、そこに少しでも近づけるように研鑽を重ねる。
そういう意味で彼――高島圭吾は大きく出遅れていた。
彼のバトルスタイルは数ある物の中でもトリッキーなタイプであり、汎用的な使い方からはかけ離れている。
基本的に魔導師にとって武器とは不要なものだ。
結果的に武器で攻撃を行うものもいるが、それは攻撃力を期待して武器を用いているのではない。
大規模な魔導砲撃や魔力で嵩上げした身体能力然り、魔力を用いた結果としてのダメージを相手に与えるのだ。
魔導機という武器とは言うならばイメージ補助や戦い方の幅を広げるためのものに過ぎず、そこがある意味既存の武器とは大きくかけ離れた部分であろう。
ここで圭吾に関して振り返ってみる。
魔力を糸の形に編み上げて、それで攻撃を行う。
糸による結界攻撃、決して弱くはないのだ。
未熟な頃とはいえ万能系の健輔をして、1度嵌れば脱出困難だった攻防一体の攻撃フィールド。
発想、着眼点は悪くなく成し遂げるだけのセンスもあった。
しかし、ここである疑問が生まれる。
このバトルスタイルは最終的にどうなる、そんな疑問が湧いてくるのだ。
「さて、ここまでで俺の言いたいことはわかるか?」
「……」
学園の練習フィールド、和哉と圭吾、そして隆志の姿がそこにはあった。
講義と呼べるほどのものでもない簡単な振り返りだが、圭吾が抱える問題点についてズバリと切り込んでいる。
そう、高島圭吾のバトルスタイルは現時点で完成されてしまっているのだ。
これは良い意味ではない。
発展の余地がない、これ以上の劇的な変化は訪れない。
夏の辺りまでは互角だった健輔たちとここまで差がついてしまった理由の1つがそこにあった。
己の選択が己を追い詰めたのだと言われた圭吾の心境は如何ほどのものか、誰にもわからないだろう。
「……ここでオブラートに包んでも意味はないからはっきりと言っておく。まず、第1にお前のようなやつは珍しくない」
和哉の言葉を引き継いで隆志が圭吾にこの学園にある事実を突きつけた。
真由美を筆頭に学園を席巻している砲撃魔導師、もしくはその亜種。
これら砲撃型のバトルスタイルと創造系を組み合わせた近接型のバトルスタイル。
バックス系を除けば大別してバトルスタイルはこの2つに分けられる。
これ以外にも細々とした少数派――和哉や真希のバトルスタイル――があるが、これらを別とした時、上記のスタイルが選ばれているのは流行以外にもきちんとした理由があるのだ。
それは、
「当たり前だが先人が生み出した安定したスタイルであるというのはそれだけでブランド力がある。――お前のようにオリジナルスタイルで袋小路になったという噂があれば尚更な」
「……なるほど。今の状態については納得出来てます。今日は続きについて話してくれるとのことでしたが」
「なんだかんでお前も健輔の同類だな。目がギラついている」
「そう、ですかね?」
「類は友呼ぶか。話を戻そう。理屈は簡単だ。纏まっているから発展の余地がないならどこかを崩せばいい。無暗に破壊したら意味がないがな」
「破壊、ですか」
真由美たち首脳部は各人のバトルスタイルとその展望を聞いた時点で大体の予測は立てている。
去年の葵たちにも少ない経験からアドバイスをしていたのだ。
健輔のように前例が無さ過ぎてどうしようもない場合は臨機応変に対応するしかなかったが、優香と圭吾に関してはきちんと精査していた。
「いつ頃かはわからんが詰まるとは思っていたよ。お前が強くなるには基礎を高めるしかないが基礎では劇的に伸びないからな」
「ここまでもったのは逆にお前が優秀な証だろうよ」
和哉の賛辞に圭吾は照れ笑いを浮かべる。
実際、健輔が実戦経験を積んで劇的に伸びるまでは圭吾の方が強かったのだ。
堅実な能力という意味で圭吾は決して他の2人に劣っているわけではない。
「あ、ありがとうございます」
「桜香と戦うまでわからなかったんだからな。まあ、健輔たちのセット出場が多いから強敵と当たる機会が減ったのも原因だとは思うがな」
「それは別に気にしてないですけど」
「まあ、一面の事実ではある。こちらが申し訳なく思ってることだけは知っておいてくれ」
「勿論です。先輩たちには感謝していますよ」
ツクヨミ戦や先の桜香との戦いがそうだったが強敵にあっさりとやられるのは圭吾の未熟さが全面に出てしまうからだ。
これは真由美の方針、チームの都合による弊害だった。
どうしても強敵には健輔と優香を使わざるをえない。
葵を除くと前衛に突出した魔導師がいなかったのが『クォークオブフェイト』の弱点だったのだ。
そこを綺麗に補える2人はどうしても重宝することになる。
結果それらの皺寄せが圭吾にいき、彼の強敵との対戦経験が減ったというのは1つの事実ではあった。
圭吾は仮に立夏たちと戦ったとしても、そこまで伸びたわけではないとドライに考えていたため、気にしてはいない。
何より健輔程伸びたかと言われると恐らくありえないだろう。
圭吾ではどうやっても桜香に勝てない、その程度には割り切ってしまえるのが長所であり、短所であった。
「本筋に戻す。壊すと言ったがここでは距離についての話になる」
「距離、つまり前衛か後衛かってことですか?」
「ああ、どちらに崩すのか、それが本題だ」
現在の圭吾は中衛という限りなく中途半端なポジションに当たる。
便宜上そう分類しているだけで近接よりではあるのだが圭吾に近接を行えるほどの頑丈さなどはなかった。
桜香に容易く粉砕されたのも前衛を完全に捕まえれる、しかも桜香を捕まえれるなどという夢想に等しい思い込みが原因だ。
今の圭吾程度力量ならばエースクラスは十分に肉を切らせて骨を断つことが可能である。
夏付近の健輔でさえ後1歩までは詰めれたのだから、桜香や他のエースたちに出来ない道理はないだろう。
「お前の好みもあるがどっちがいいんだ?」
「……ちなみに先輩方はどちらで?」
「後衛だ。はっきり言おう。来年を考えると前衛にお前はいらん」
「……ですか」
「ああ、残念だがな」
来年、つまり真由美たちが抜けることで起こるのはポジションと固定メンバーの変動だ。
新入生がどうなるかはわからないがレギュラー、つまりは強豪との対戦においては確実に葵、健輔、優香が固定となる。
剛志は敵によっては出場することもあるだろう。
そう考えた際に圭吾が前衛に特化しても割り込む余地がないのがよくわかる。
「お前が弱いとか以前の話だな。仮に桜香クラスまで成長するならばともかく、いや、仮に成長しても健輔を外す理由がない。九条の方は言わずもがな、だ」
「……でしょうね。僕も先輩と同じ立場ならそうします」
補欠で良いと言うのならばともかく、より高みを目指すのならば強敵との戦いは必須だろう。
つまるところ、選択肢があるように見えても実質一択しかなかった。
「……いろいろと骨を折っていただきありがとうございました」
「気にするな。俺たちは先輩だしな」
「手の掛かるようでこっち方面は手のかからない奴が多かったからな。むしろ、新鮮で良い感じだよ」
「では――」
「ああ、始めようか」
今はまだ届かなくても必ず手を届かせる。
圭吾は今の己との決別を決意した。
それがどのように身を結ぶのか、未来形を想像して和哉はニヤリと笑みを作る。
「俺が育てた男がエースキラーにまで行けば……」
和哉には和哉なりの思いがあって圭吾を支援している。
彼が手を掛けるまでもなく駆け上った健輔も一時は教え子だったのだ。
彼が育てたと言っても嘘ではないだろう。
他愛もない企みを秘めて和哉は圭吾を鍛え上げるだった。
現代にあってどこか古臭い匂いを感じさせる煉瓦作りの建物。
一見すれば歴史的な建造物かと思えそうな建物だが、よく目を凝らしてみると真新しい建物であることがわかる。
意図的に古臭く、正確には中世あたりを意識して作られた建物。
中身は最新鋭の機器で固められた現代の騎士たち――否、戦乙女の住まいである。
欧州にその名を轟かすチーム『ヴァルキュリア』。
その本拠地こそがこの建物の正体だった。
欧州における魔導校は全体を統括して存在している。
正式名称『欧州魔導機構』――学園と研究機関が一体化しているのは天祥学園と同じだが規模はこちらの方が遥かに大きい。
そのドイツ分校を拠点にしているのが『ヴァルキュリア』であった。
イギリス、フランス、ドイツ、スペイン、イタリア後はロシアも含めて各国を代表するチームが存在していてそこが日本における強豪チームになっている。
無論、各国の強豪が1チームな訳がなく国内予選を経て欧州トーナメントに挑む彼らが日本のチームよりも強かったのはある意味で当然のことだった。
アメリカも規模が大きいが流石に国のメンツを背負って戦う彼らと比べればプレッシャーなどは軽い。
しかも因縁のある国同士であれば白熱度合もレベルが違う。
――激戦の欧州、その名は伊達ではない。
時期によってはランキング上位を全て欧州が独占したこともあったのだ。
今代の『女神』も含めて決して弱くはない。
「……クラウディアは元気みたいでよかったじゃない。あなたもライバルが日本で弱くなっているようでは興ざめでしょう?」
そんな『ヴァルキュリア』に所属する戦乙女の1人なのだろうか。
快活そうな印象を強く感じさせる少女が己とは正反対の物静かな少女に向かって手に持った手紙をひらひらとさせながら話し掛ける。
僅かに毛先が赤く変色しているのはそれだけ高い魔力変換資質を保持していることを示していた。
「初めから心配しておりませんわ。あの子は必ず私と戦う運命にありますもの」
対して話しかけられた少女の髪もまた常のものとは違った、
元は如何なる色だったのか、既に判別がつかない程に変化しているその髪色は――青。
優香が空の色をした蒼ならば彼女は海の色のような深い『蒼』だった。
目を閉じて何かを回想する憂いげな表情は戦闘を嗜んでいるようには見えない。
白魚のような手は美しく傷1つ存在しておらず、品ある所作から彼女が厳しく躾けられた人間であることを窺わせていた。
しかし、彼女の華奢な姿に騙されると痛い目を見ることになる。
変換系の使い手にして、かつて――日本に来る前のクラウディアが1勝どころかただの1度もダメージを与えられなかったのが彼女――イリーネ・アンゲラーだった。
「素直じゃないなー、せっかくリーダーが集めてくれたのにさ」
「フィーネ様には無用と申し上げました。――あなたがしつこく尋ねたのでしょう?」
「あ、御見通しなんだ。なーんだ、もうちょっと喜んでくれると思ったのにさ」
「どちらかと言えば副産物の方が私は興味深いですね」
無難と言えば無難に彼女らは勝利へと歩みを進めている。
そのチームの成り立ち、性格上『チーム全員が変換系』を持っている彼女たちは今までも強かったにも関わらずそれ以上の強さを得ていた。
歴代最強とも名高い戦乙女の軍勢。
それを率いるものこそ、欧州最高の女性魔導師に与えられる称号を持つ『女神』――フィーネ・アルムスターである。
世界ランキング3位を擁する彼女たちが弱いはずがなく、彼女たちも1年生にしてレギュラーを勝ちった傑物なのだ。
世界に歩みを進めるのが当然と言っても良いほどの風格を感じさせる。
「興味? 日本に何かあったのー? あ、あの桜香とかいうヤバイ人のこと」
「そちらは興味ではなく脅威です。私でも1対1では絶対に勝てません。あそこまでの魔導師は今後も現れるかはわかりませんね。いけ好かない『皇帝』に個人で抗える時点で尋常じゃありませんもの」
「去年のはやばかったよねー。まさか、我らが『女神』が負けるとは思わなかったし」
「ええ、時代は常に歩みを進めていますわ、私も負けないように修練を積み重ねるだけです」
「そうだねーって、誤魔化ないでよー。面白いことに気付いたなら私にも教えてよ!」
友人の子どものような物言いにイリーネは品良く笑みを作る。
別に誤魔化すつもりはなかったのだが、本音を語ることを避けているのを感じ取られたようだった。
相変わらず勘が鋭い。
「……『アマテラス』が1敗しているようです」
「えっ、『不滅の太陽』が負けたの? 誰、誰に!?」
この情報が届いた時、誰もが驚きを隠せなかった。
欧州が誇る『女神』を相性で有利だったとはいえ、文字通り瞬殺した魔導師が敗北したと聞いたのだから。
雪辱を誓っていたフィーネは誤報を疑った程だった。
「あの『凶星』のチーム所属の万能系が直接的には打倒したようですよ」
「万能系? あんなよわっちい系統が? 嘘だー、きっと何かの間違いだよ。リーネにしては珍しいね。そんなの信じちゃうだなんて」
「……あら、そう思うならこの辺りでやめましょうか。実際、細かいことはわからないですから、憶測で語るのは好みではありませんし」
「うん、ってそろそろ時間だね。練習にいこうよ!」
「ええ、少し準備があるから外で待っててください」
手元にあるティーカップを片づけながらイリーネは傍らに立つ少女――カルラにお願いをする。
友人の頼みを聞いた彼女は心良く受諾すると外に向かって駆け出して行った。
野生児染みた少女の行動の同い年にも関わらず慈母の如き笑みを浮かべて見送る。
友人でもあるが姉と妹のような関係で2人は接していた。
まるで彼女たちの属性のごとく、よく噛み合う。
「……あの子も直接会えば評価は変わるのかしら? 先入観というのは怖いわね」
カルラには告げなかった興味。
手元にある公式の資料を目を細めて見つめる。
桜香撃墜の僅か前に踊る文字――クラウディア撃墜。
これがあったからこそ彼女は彼に興味を持ったのだ。
「佐藤、健輔……」
万能系は欧州では弱い系統と認識されている。
全てが使えようともあまりにも地力が低すぎるためだ。
日本以上に火力全盛、パワータイプの魔導師が豊富な欧州では生き残れなかったのだ。
しかし、そんな万能系がクラウディアを撃破しているらしい。
それこそが彼女が興味を持った理由である。
大会前ということもあって、各国が情報封鎖を掛けているため詳細は伝わってこないがこの男を弱いと思ってはいけないと彼女の勘が囁いていた。
「いづれお会いすることもあるのでしょうか。……それとも――」
思いを秘めて少女はその場を立ち去る。
今はまだ相手を見定める時期ではなかった。
焦らずとも必ずぶつかるはずと己の勘を信じて少女は剣を磨きあげる。
いざぶつかった時、どんな戦いになるかと想像を膨らませて。
知らぬところで新しい強敵に狙いを定められた健輔。
名前は1人歩きを続ける。
もう彼は自分が思っているよりも遥かに注目される存在になっていた。
移り変わる時勢の中、人の繋がりが静かに唸りを上げ始めている。
それがどんな模様を描くのか。
まだ誰にもわからないことであった――。




