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総合魔導学習指導要領マギノ・ゲーム  作者: 天川守
第3章 秋 ~戦いの季節~
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第109話

 朝の日課となった鍛錬。

 今は本格的な空戦こそしないが用いられる戦闘技術の向上により、密度は飛躍的に高まっている。

 クラウディアと優香という1級の魔導師が参加していることも大きいだろう。

 健輔という世界でも希少な系統を持つ存在も外せない要素だ。

 3人が切磋琢磨し、さらなる高みを目指す。

 密度の濃い練習は飛躍的に彼らの能力を引き出していた。

 そんな日課に大きな転機が訪れたのが昨日の話である。


「ッ、『陽炎』!」

『ダメです。間に合いません』

「良い判断ですね。花丸を上げましょう」


 九条桜香。

 『アマテラス』戦において、辛くも勝利を収めることの出来た国内最強魔導師。

 葵と優香、健輔の3人掛かりで勝利した最強はたった1敗でかつて大きく上回る領域へ至っていた。

 無意識にでも存在した心の隙間すら僅か2日程度で潰しており、動作の精密さも以前の比ではない。

 大筋の戦い方は同じだ。

 相手の攻撃を上手く捌き、1撃を加える。

 基本はそのカウンター戦法を取っているがこの間の試合とはいくつか違う点があった。

 まずは自ら主導権を保持するために攻勢に出ることが増えたこと、そしてもう1つは固有能力を意図的に封印していることだ。

 誰を意識してそんなことをしているのか、言うまでもないだろう。

 系統融合のより能動的な使い方を模索しているのである。

 それは桜香が成長を始めているということだった。

 かつての状態でも強すぎだったのにあっさりとそれを超えている。

 健輔が勝利した桜香とは別人の如きこの変貌は僅かな数日で行われたのだ。

 精神性の変化だけでこれだけ強くなられてしまえば努力の存在意義を疑わずにはおれないだろう。

 

「遅い、前はこれくらい対処できましたよね?」

「こ、この野郎!」

「むっ、野郎じゃないですよ!」


 変幻自在、融通無碍、健輔のバトルスタイルに決まった形は存在しない。

 言葉遊びをするならば、形を定めないというバトルスタイルだと言うべきだろうか。

 新たなる『陽炎』は主の意を汲み、何を言われるまでもなく最適な系統を選択する。

 あらゆるバトルスタイル馴染ませる苦労はあったが、ようやく形になり始めていた。

 実際、1度とはいえ桜香を破った要因に健輔の戦い方があったのは間違いない。


『魔力反応大』

「わかってる!」

「貰いましたッ!」


 胴に桜香の一撃が綺麗に決まり、健輔は敗北する。

 新しい朝の一幕、遊びに来るようになった最強に蹂躙される1年生たちの姿がそこにはあった。


「良い動きでしたよ」

『ありがとうございます。しかし、オウカ、あなたから言われると嫌味のように聞こえます。マスターは繊細ですので気を付けてください』

「……ごめんなさいね。そんなつもりはないんだけど」

『私ではなくマスターへ。私はマスターの杖に過ぎません』

「ごめんね、健輔君。嫌味とか、その揶揄するつもりとかはないの」

「……はぁ、はぁ……。気に、してないんで……」


 健輔は試合が終わって直ぐに地面に座りこむ。

 桜香との正面戦闘、時間にして僅か3分ほどの対決はかなりの体力を健輔から奪い取っていた。

 この間の試合でもここまで疲弊していない。

 桜香の戦い方の変化、割と剛一辺倒――力押しが多かったものが柔――技術のスタイルをアレンジして取り入れ始めたことによる予想外の動きがここまで健輔を疲弊させたのだ。

 元々、健輔は事前に映像やイメージトレーニングで体に相手を焼き付けて戦っている。

 その上で試合中に得た感触を反映してズレを修正し、相手を万能系の特性で惑わすことで手玉に取るのだ。

 

「やはり筋はいいですよ。クラウと優香よりも単純な戦闘センスだけなら上です」

「……ありがとうございます」


 桜香に1度勝利出来たのは追い込まれるという慣れぬ状況と初めて戦う戦闘スタイルだったことが大きい。

 本人すらも戦い方を知らないような相手では流石の桜香も先読みは出来ないからだ。

 しかし、今の桜香はそれらの齟齬を修正している。

 たとえ、1度地に落ちようとも最強は最強なのだ。

 相対的に弱体化させたからこそ、健輔は勝利することが出来た。

 今度はそういった小細工が通用するのかは怪しい。


「じゃあ、もう1本始めますか?」

「ふー。はい、お願いします」


 息を整えて桜香に受けて立つことを伝える。

 初めてまだ2日だが、最強からの薫陶は健輔たちを大きく成長させるだろう。


「良い目です。では――」

「――いきますッ!」


 わざわざ敵を育てるような真似を桜香がしている理由は単純だった。

 貴重な、1回だけなら勝てる可能性を国内戦で消費したことに対する礼である。

 自分を更なる高みへと導いてくれた敗北と全力全霊で試合に挑んでいる敬意がそこにはあった。

 だからこそ、彼女は育て上げるのだ。

 己をも打破しかねない可能性たちを。

 それこそが相手に報いることが出来るたった1つの方法だと信じているから。






「また朝からやってたの? 本当に好きね、あなたたち」

「人を戦闘狂のように言うな」

「充実した時間でした」


 圭吾が所用により席を外しているため今は3人のテーブル。

 美咲は正面にいる2人に溜息を吐く。

 彼ら2人の友人として1番近くにいるという自負がある彼女には最近、憂慮していることがあった。

 どんどんと親友が悪友に似てきているのだ。


「どうしたんだ? 美咲」

「どうかしましたか? 美咲」


 2人で同じような事を似たような動作で聞いてくる。

 健輔は出会ったころと左程変わっていないため、この問題の大本がどちらが原因なのかはわかっていた。

 依存ではないが、好きな男の趣味に合わせるとでも言うのか。

 九条優香の真面目ぶりはこんなところでも発揮されていたのである。

 悪いことではないが傍から見ているとすごく気になる。

 努力の方向性を間違えていると言えばいいのか。

 美咲としてはそこは真似しなくてもいいだろうと思っていた。

 

「はぁ……。どうしよう」

「本当にどうしたんだよ? 悩みがあるなら聞くぞ」

「頼りになるかはわかりませんが精いっぱい努めますけど……」


 2人が心配そうにこちらを見つめている。

 原因はあなたですよ、と優香に対して言えたら楽だがそんなことは言えるはずもなく。


「大丈夫だよー。ちょっと、疲れてるだけ」

「……お前がそう言うならいいけどさ」

「言えるようになったらいつでも言ってくださいね」


 飲み込んでくれた友人たちに苦笑を返す。

 そう、優香が健輔に微妙に似るのは悪いことではない、悪いことではないがあまり良いことでもなかった。

 美咲の親友――少なくとも美咲はそう思っている九条優香は完璧超人である。

 姉が凄すぎるせいで相対的に目立っていないだけで優香本人のスペックも常人を軽く逸脱していた。

 品行方正、容姿端麗、勤勉で努力家。

 最近は人当たりも良い。

 桜香が根本の部分に天才特有の尊大さを実は持っていたのに対して優香は根本まで素直に出来ている。

 桜香が彼方にいる人間ならば、優香は親しみやすいと言うべきだろうか。

 人付き合いに不器用な面があるのもポイントが高い。

 ほとんど完璧な癖に妙に粗も目立つのだ。

 美咲からすれば可愛らしいことこの上ない。


「反則だよね……」


 健輔と楽しそうに話している優香を横目に見つつ親友のポテンシャルに羨望を抱く。

 嫉妬という段階は既に踏み越えてしまっているが、同じ女としてあれは反則だと思っている。

 直ぐ傍にいる健輔はよく襲わないでいられるな、と感心していた。

 仮に美咲が男だったら舞い上がってしまうこと間違いなしである。


「そこが気にいったのかな?」


 誰が相手でも常に自然体の健輔は当然の如く優香を相手にしてもそれは変わらない。

 クラスメイトの男子など優香と話すのだけすら舞い上がっているというのに。

 そして、美咲はその時の優香の対応が若干冷たいことに気付いていた。

 健輔と話す時は朗らかにころころ表情が変わる。

 それに対してクラスにいるときは事務的な感じがするのだ。

 固い、というか壁がある。

 

「文化祭もね……」


 文化祭の出し物もまったく興味を示していなかった。

 微妙にやる気を出したのは健輔に見せるためだろう。

 半年に渡って優香と付き合ってきた美咲は九条優香という人間についてなんとなくわかってきていた。

 早い話、子どもっぽいのだ。

 好き嫌いがはっきりしており、感情に従って生きている。

 社会のルールを破るわけではないので問題などは起こしていないし、起こさないが傍から見ていて冷や冷やさせられるのだ。

 

「目が離せないわね」


 危なっかしい友人2人のためにも自分だけでもしっかりしておこう。

 戦闘談義というとても高校生とは思えない話題で盛り上がっている友人たちを見ながら改めてそう思う美咲だった。




 夜、日は沈み人の気配がなくなった校舎を静かに移動する影があった。

 魔導の能力を余すことなく使用して彼らは静かに、そして確実に潜行する。

 外部から光が捉えられないように結界で遮断されたそこそこ大きな会議室。

 扉の前にたどり着いた影は魔導機を取り出し、結界にアクセスを開始した。

 

『コードをお願いします。マスター』

「パスは『生き残りたい』だ」

『認証……。結界が解除されます』


 簡易的だが強力な結界が解除されたことで扉から僅かに光が漏れだす。

 扉をノックして反応を確かめる影。


「どうぞ」


 影――健輔がその声に従い、扉を開ける。


「よく来てくれた」


 突然の招集命令。

 それも隆志からという、いつもと違う感じに戸惑いながらもここまでやって来た。

 用件などは何も記されていなかったは健輔にはこの時期に隆志が行動を起こす理由に心当たりがある。

 パスワードからうすうす察していたが、集まっている面々を見ることでその思いは確信に変わったのであった。


「さて、これで全員が揃ったみたいだ。今回の発起人として会議を進行させてもらう北原仁だ。よろしくお願いするよ」

「発起人その2、近藤隆志だ。よろしく」


 チームの垣根を越えて集まった男性陣たち。

 各々、覚悟を決めた表情をしている。

 

「それでは体育祭企画『鬼ごっこ』別名『男子皆殺し祭り』対策会議を始めよう」


 『アマテラス』リーダー北原仁は厳かに会議の開幕を宣言するのだった。

 誰ともなしに始めた拍手が部屋を埋め尽くす。

 仁は片手でそれを制すると本題について話し出した。


「今日は忙しい中、集まってくれたことに礼を言いたい。ありがとう」

「大会中は各々の事情もあり、敵同士でもあるがこの企画では俺たちの心は1つだと思う。どうか力を貸してくれ」

「気にするな。ここにいるのは女に抵抗すら出来ずにやられるのは嫌だと言うような気骨のあるものばかりだ」


 『明星のかけら』のエースの1人、禿げ頭の巨漢、源田貴之は男臭い笑みを浮かべて仁と隆志を盛り立てる。


「ま、俺も無抵抗はごめんだね。ただでさえ、草食とか言われてるんだ。本当は雑食だと言うところでも見せておきたいものだしな」

 

 同じく『明星のかけら』のエースの1人、平良元信も同意を示す。

 事前の校内オッズですら女子有利という状況を何とかしたいと彼もこの状況を憂いている。

 いくらなんでも酷すぎる。

 男性優位とまではいかないが女に負けるの前提でニコニコしているのもまた何か間違っていると言うべきだろう。

 ここに集ったものたちはただで敗れるつもりなど、欠片もなかった。


「長い前置きなどいらぬ。早く進めよ。我らも暇ではないだろう?」


 暗黒の盟約が誇る2つ名持ち、『滅殺者』宮島(みやじま)宗則(むねのり)が続きを促す。

 ここに集った漢たちの思いは1つだ。

 ただ踏み潰されてたまるか、それを合言葉に女性陣に感づかれないように有力な男性選手を集めて対策を会議を進めてきていた。

 健輔は今回が初参加だが1年生である彼が参加を許されたことが異例の事態と言える。


「そうだね、さっそく作戦会議を始めよう。隆志、頼むよ」

「ああ。各チームが持ち寄った情報により、女性陣の脅威度判定は既に終わっている」


 隆志の言葉に従い、手元の資料に視線を落とす。

 鬼ごっこはカウント用の術式、もしくはブレスレットをした状態で始まる。

 学園統括システムが追跡を行い、登録者が0になるか制限時間を超えると終了となるのがルールだ。

 侵入禁止エリアや逃亡禁止エリアなどが定められており、これらのエリアは時間経過と共に増えていき、最終的にはスタジアムで最後の30分を過ごすことになる。


「基礎認識は統一できたね? では、結論からいこうか。最後のスタジアムに入るまでに絶対に落としておかないといけない3人だ」

「資料の22ページを開いてくれ」


 どれだけガチで作ったのかと戦慄するほどの資料に見覚えのある名前がバッチリ乗っていた。

 九条桜香、近藤真由美、赤木香奈子、全員健輔の知り合いでもあったし、能力をよく知っている。

 ここに乗っていることには違和感はなかった。


「桜香君は言うまでもなく。残りの2人、真由美くん、香奈子くんは遮蔽物のない場所で交戦したら1分もしないうちに僕たちは全滅だ」

「この3人だけはなんとかエリアで逃亡しているうちに仕留める。他にも要注意人物たちは多い。情報は頭に叩きこんでおけ」

「ちなみに真由美くんの提案で女子側も『鬼ごっこ』対策本部を作っているらしい。僕たちほど本気ではないだろうけどね」

「作戦日まで残り少ない、感づかれないように気をつけてくれ」


 女子側はどうやって男子を全員捕まえるか、程度のものであり、そこまで念を入れているわけではない。

 どちらかというとそれが普通で、男子側が異常なのだが大人しく消し飛ばされる訳にいかない彼らは大真面目だった。

 傍から見れば男子側も存分に楽しみながら準備を進めていると言えるこの光景。

 祭りの空気はどこか日常を浮ついたものへと変化させながら粛々と進んでいく。

 魔導の教えも祭りの空気の前では形無しだった。


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