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第13話「修行-3」

 コテージの中、リビングにて、ゼクスは宙に浮いていた。

 二階を超えて天上に着くまで浮かび上がった彼は必死に歯を食いしばっていた。


「集中しなさい、ゼクス。気を抜いたら落ちて大怪我よ」

「ぐっ……ぬぬぬ!」


 風魔法の修行でよく使われる浮遊鍛錬だ。最初は軽い物からはじめ、慣れてきたら自分の体を浮かして力をコントロールする。

 力が弱ければ浮かない。力が強すぎると浮きすぎてしまう。そして滞空するには常に集中と魔力を途切れさせない。


 まだ魔法を学び始めた獣人の少年にとっては高等技術だった。


「だ、駄目っだっ!!」


 息継ぎをするように大きく口を開き呼吸してしまう。周囲に漂う魔力が乱れる。気持ちの悪い浮遊感がゼクスを襲う。

 自由落下する。その最中、叫び声も上げずに唇を尖らせる。落ちる恐怖はない。怪我をしないよう対策されているからだ。


 ゼクスの背が床に接触するギリギリで、落下が止まる。


「……おしい。あと10秒で1分。合格だった」

「っか~。マジかよ」


 ツヴァイが魔力を消す。ゼクスがゆっくりと下がり、体が地面に着く。


「1分間滞空で初級合格なんだろ?」

「……ああ。弱い魔物となら充分戦える強さだろう」

「なるほどね。ていうか、あんた魔術師だったんだな。前は悪かったよ、顎殴っちゃって」


 胡坐をかく相手に対し頭を振った。


「……気にしてない。キミは強かった」

「素直に褒められると恥ずかしいな」

「……次は火の力を身に着けよう」

「えぇ~。俺さ、炎熱系嫌いだし苦手だから違うの覚えたいんだけど。水とか」

「……火の方がいい。魔法の種類も豊富で簡単なものが多い。それに、単純に強くなる。キミと相性がいいんだ」


 ゼクスがキョトンとする。


「相性って。全然そんな感じしないけど。一番苦手だし」

「……だからだ。風が得意なら絶対に助けになる。それと相性っていうのは、キミと魔法じゃなく、魔法同士の話だ。例えば火と水の魔法を使ったらどうなる?」

「そんなん、火が割食うだけだろ」

「……そう。けれど火と風は違う。どちらかが苦手でも相対的に威力が上がる」


 ツヴァイは手の平に小さな灯を生み出した。


「……単純な話だ。火は風で大きくなる」


 ふわりと風が吹いた瞬間。

 蛍火が増幅しその赤みを増す。ツヴァイの手の平には圧縮された太陽のような、紅蓮の球体が浮かんでいた。


「……少し風の魔法を混ぜれば、威力は倍増する。キミは今すぐ強い魔法が必要なんじゃないか?」


 ゼクスはチラとアンジェを見た。

 相手が頷くのが見えた。


「そうだよ。ウチの我儘なご令嬢が要求してる」

「……なら、答えないとな。教えよう」

「頼むぜ、ツヴァイ……先生はもういるしなぁ。じゃあ副担任か」

「……悪くないな」


 二人はその後も魔法の鍛錬を続けていた。


「アニキー!」


 コテージに入ってきたのは小さな男の子だった。手には大きなバッグを持っている。


「おお、サーム。よく一人で来れたな」

「えへへ。頼まれた物も持って来たよ」


 サームはバッグの中からガサガサと何かを出し、テーブルの上に並べる。


「はい! 狼さん!」

「……ありがとう」


 アンジェは優しく微笑み、差し出された物を受け取った。

 欲しかったものだ。復讐を遂げるために、この道具は欠かせない物であった。




ααααα─────────ααααα




「もう充分だろう。お嬢はずっと頑張ってる」


 修行をしてからすでに三ヵ月が経過していた。アンジェは変形魔法を使っても痛みすら感じなくなっていた。1秒とまではいかないが、数秒で変形することもできるようになった。


「腕力も充分。ハリボテじゃない獣人の腕を使えば、鎧甲冑の騎士と戦っても、お嬢の有利は揺るがねぇ」


 鎧を身に着け、木の枝を持ったビルが言った。


「単純に機動力が段違いだしな。なら有効的なのは」


 ビルが剣を掲げた。


「復習だ。手練れの騎士でもない限り、初手から掬い上げなんてやってこねぇ。基本的には上から下の斬撃か、横か、それとも突きか」

「あくまで予測だけど、下半身側が起点の攻撃はない。でしょ?」

「ああ。で、組みつける間合いで相手が剣を掲げた、または相手の剣を避けたら」


 アンジェは身を屈めてビルの下半身にタックルした。


「そこから両腿を抱えて」


 肥大化した右腕は、大の男の両足を取った。そのまま朽ち木倒しの要領で体重をかけ倒す。

 よほどの筋肉や体幹がない限り、ここで踏みとどまることはできない。ビルはあっさりと倒れた。


「これでマウントが取れる。重く、固い、甲冑を纏った騎士相手だ。お嬢なら何でもできるだろう」

「ありがとう、ビル。ただその「お嬢」っていうの、そろそろやめて欲しいわ」

「なんでよ。お嬢様だったんだろ? いいじゃん」

「なんていうか、悪の組織に所属してるみたいで嫌なの」

「悪の組織ねぇ。こうやって復讐の準備を着実に進めている時点で、充分悪だろ」


 カラカラとした笑い声が森に木霊した。


「アニキ!! 狼さん!」


 アンジェの肩が上がる。

 大声の方に目を向けると、サームが手に何かを持って走ってくるのが見えた。


「お、どうした?」

「こ……これ!」


 持っていたのは新聞だった。それも複数。

 どれもこれも同じ見出しをしていた。

 その文字を見た瞬間、ビルは顔を引きつらせた。


「……マジかよ」

「これ凄いよね! 王子様もう新しい女の人と結婚するんだって! 式場とか大きいんだって!!」


 サームが目を輝かせ、ビルを見上げた。溜息を吐き、興奮冷めやらぬ少年の頭をクシャクシャと撫でる。


「そう。ギルフォードとシルフィーが結婚するのね」


 新聞を取ったアンジェの声は、酷く冷え切っていた。


「電撃結婚って奴?」

「どうでもいいわ。実行に移す時ね。ビル、全員を集めて」


 アンジェは、獲物を仕留める直前の狼のような顔をビルに向けた。

 ギラギラとした光を放つ銀の牙は血を求めているようだった。




ααααα─────────ααααα




 揃った面子に目配せする。


「全員揃ったわね。それじゃあ伝えるわ。私の、復讐の計画を」


 アンジェが口を開く。言葉を紡ぐたび、ビルやゼクスの表情が変わっていった。不快感を抱いたように顔を歪める。

 全部伝え終わった後、真っ先に声を上げたのはゼクスだった。


「行けると思うけどさ、これ……やっちゃったら」

「終わりだな。お嬢。あんたは生きるために力をつけてたんじゃないのか」

「……忘れたの? 私が力をつけたのは復讐のためよ」


 アンジェは眼を細くした。


「……戦うための力を手に入れた。だから、手伝ってもらうわ。もし失敗しそうなら……お願いだから逃げてね」


 笑みを浮かべた。


「はい! りょーかいです!」


 力の無いその笑みを見て、サーム以外は口を閉ざすしかなかった。

 どうやってもこの復讐は、誰も幸せにならないからだ。

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