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第12話「修行-2」

 森に足を踏み入れた瞬間から、ビルは肌にピリピリとした熱を感じていた。


 これは殺気だ。

 10年傭兵をやっている彼はその強大なプレッシャーに息を呑んだ。


 森を進んでいると、誘うように気を放つ相手を見つけた。


 白銀の体毛を泥に染め、同じく泥まみれでボロボロになった薄手のワンピース。

 大木を背に、片膝を立てて座る人狼の目が、ジロリと向けられる。


 右目には十字架が浮かび上がっている。あの魔眼は間違いなくアンジェ・レイクアッドの瞳だ。


「……前に会ってから、ひと月経ったか? お嬢様」

「ええ。随分と遠い記憶に思えるわ」

「今日は魔眼を見せてくれるんだな」


 声も冷えきっていた。感情がないのではなく、感情を押し殺しているのだ。


「随分と雰囲気が変わったなぁ。えぇ? まるで殺し屋だぜ」

「傭兵のあなたにそこまで言わせるようになったのなら、私の修業も無駄じゃなかったわ」


 ゆっくり立ち上がる。雰囲気はもはや柔な令嬢ではなくなっていた。


「話を聞いてここに来たということは、やる気充分ってことよね」

「……その前にひとつ聞きたい」


 言いながら周囲を見回す。アンジェと大木を中心に、周囲から木々が消え失せていた。


「後ろの木、クリフォトだろ。周囲にたくさん木が生えてたと思うんだが、どうした」

「私が全部狩った」

「嘘吐け。100本近くあったんだぞ」

「128本よ。折るたびに全部数えてた」


 アンジェが右腕を変化させた。ビルが顔を強張らせ、大剣の柄を握る。


「殺しはなしだろ?」

「ええ。殺す気で行くけど」


 アンジェが駆け出した。瞬間、その姿を消す。


 背後からの殺気に、ビルは身を翻しながら剣を抜き、振り下ろした。


 甲高い音が鳴った。

 アンジェの5本の爪が、大剣を防いでいた。


「マジか」

「ぐっ!!」


 弾き返される。ビルが舌打ちした直後、アンジェは再び大地を蹴りその姿を消した。

 今度の殺気は頭上からだった。剣の腹を頭の上に乗せるように掲げる。

 金属音。アンジェの振り下ろしを防ぐ。


「クソ」


 着地したアンジェを観察する。

 両足が獣に変わっていた。強靭で、美しい毛並みをしていた。


「本当に様変わりしたんだな」

「どう、あなたから見て」

「ん? 何がだ」

「兵士と戦えそう?」


 ビルは閉口し、剣を納める。


「新人なら倒せそうだが、厳しいな。気配が殺せてない」

「気配」

「そう」


 首肯したと同時にビルは抜刀した。


 あまりの速度と不意を突かれ反応できなかったアンジェは身を固めてしまう。

 縦に振られた銀の一閃が、肩に触れる直前で止まる。


「わからなかっただろ。攻撃が来るなんて」

「……」

「あんたの戦い方は奇襲なのに殺気が出過ぎなんだよ。不意打ちなら気配を殺す技術を身に着けた方がいいな」

「私に教えて」

「ちょっと待てよ。アグレッシブなのはいいが理由を聞かせてくれよ」


 アンジェは鼻で笑った。


「生きるためよ」




ααααα─────────ααααα




「……で、連れてきちゃったと」

「よぉ、坊主」


 ゼクスは呑気に椅子に座って挨拶する男を見て溜息を吐く。


「どうすんだよ、家の場所もバラしてさ」

「構わないでしょ。殺す気ならここまで放置しないわ」

「まぁ確かに」

「よく考えてから口を開きなさい。毎日言ってるでしょ」

「うるせぇな。わかったよ。悪かったよ」

「随分と高圧的だなぁ。疲れない? こんな女の子と一緒にいて」


 ビルがクツクツと笑う。

 ゼクスは肩を竦めた。


「一緒にいると意外と楽しいよ。我儘な猫みたいで」

「なんですって?」

「怒るなよ! 褒めたんだよ!」

「どこが褒めてんのよ!!」

「ああもう、喧嘩すんなよ」


 アンジェは怒り顔をビルに向ける。


「話をつづけましょう。単刀直入に言うわ。私たちに協力して欲しい」

「協力ねぇ。復讐の? それは王子に対してか?」


 アンジェは、ゆっくりと首を横に振った。


「なるほどね。こっちは傭兵だ。今は仕事中だけど兼任だってする。ただ復讐の手伝い、ってなると危険が伴うからなぁ。まずは莫大な報酬を用意してほしい。あるか? 金にうるさい傭兵を唸らせる金銀財宝が」

「私」


 アンジェは自分の胸に手を置く。


「私をあげる。いや、瞳って言った方がいいかしら」

「魔眼か……。そら魅力的だ。けどいいのかい? そっちの坊主も」

「俺?」

「成り行きとはいえ、ひとつ屋根の下で過ごしてきた相手だろ」

 

 ゼクスはカラカラと笑った。


「止められるわけないじゃん。アンジェ先生頑固だし。それに、ただ死にに行こうとしてない、戦おうとしてるんだ。尊重しないと」

「……お前、そこら辺の大人より出来た考え方してんなぁ」

「そうでしょう。ゼクスは自慢の生徒よ」


 ビルは口角を上げ立ち上がった。


「明日だ。俺の仲間も連れてくる」

「油断させて、兵士とか連れてくんなよ」

「しないさ、そんな不細工なこと。羽振りのいい依頼人の顔に泥塗ってどうする」




ααααα─────────ααααα




「俺の戦い方だと、こう下からの攻撃が多いんだ」


 腕を振っていたゼクスが身を屈め、水平蹴りを放つ。

 足元がお留守だったアンジェは軽く足を払われ尻餅をつく。


「身長が低いしタッパのある奴としか闘ってこなかったから。でもアンジェ先生は下から~とかいうより、体格を活かしたガチ戦闘より不意打ちの方が向いてると思う」

「どうしてよ」


 不貞腐れるアンジェに手を差し伸べる。


「獣化が上手い。そんで獣人の動きをよく理解してる。縦横無尽に駆け、気配を殺し、急所を突く」

「アサシンだな」


 コテージ近くの広場だった。二人の鍛錬を見ていたビルが頷きながら言った。


「いいんじゃないか? 音もなく殺して退散だ。復讐としても充分だろ」

「駄目よ。私の考える復讐はそれじゃ駄目なの」


 協力関係になってから一日しか経っていないため、ビルはアンジェの復讐とやらの詳細を聞けずにいた。


「理想的な復讐の方法でも考えてるのか」

「ええ」

「詳しく聞いてもいいか?」

「それが実行可能になるくらいまで力をつけたら共有するわ。ゼクス。続きよ」


 再び鍛錬が再開した。

 金と地位を持っている我儘な性格の公爵令嬢なんて根性無しだろうとビルは思っていた。


「いっ────!!」

「あ、わりぃアンジェ!」


 蹴りを放ったゼクスが顔を引きつらせた。腹にいいのが入ってしまったのか。アンジェは蹲りながらも手の平を向ける。


「構わないわ。続けましょう」


 口許を拭って力強く言った。疲労は隠せてないが、その目は死んでない。

 認識を改めなければならない。今、獣人と拳を交わしている令嬢は大変な努力家だった。


 そうでなければクリフォトもあそこまで除去できないだろう。


「面白くなってきやがった。なぁ、ツヴァイ」

「……ああ」


 ビルの仲間であるエルフの男性は、その長い耳をピクリと動かした。



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