第11話「修行-1」
3日が経った。
アンジェは右腕に力を込める。筋肉の動きを感じると共に腕が変化し始める。
音を立てながら一気に獣と化した巨大な腕。剣のような爪を、目の前の大木に突き立てる。
「……っ!!」
痛みはあったが初日と比べると耐えられるものだった。
爪を振る。大木が抉れた。木々が周囲に散らばる。
が、すぐに再生する。抉れた部分が”泡立ち”散らばった木屑は全て”蒸発”した。
この大木は「クリフォト」と呼ばれる魔樹だ。魔物に分類される生き物でありながら、危険度は皆無という大きな特徴を持っている。
人を襲うこともなく、生態系を崩すこともない。
ただ異常なまでの魔力を保持し、成長速度と自己再生能力を併せ持つため魔物に認定されている。
放置していても問題ない、思う存分殴れる魔物。
つまり絶好のサンドバッグというわけだ。
「痛っ」
明確な痛みを感じたため返信を解く。3日経って変化時間は11秒が限界。
「まぁ、悪くないかな」
アンジェは大木から離れ周囲の木々を視察する。
クリフォトにはもうひとつ特徴がある。それは自身の周囲に自分の子供とも呼べる木々を生やすことだ。その数は100近く。ある意味自然を汚しているのだが、毒を吐くわけでもないため基本的には放置だ。魔法による焼却が行われることもあることにはあるが。
「とりあえずは小さい木一本崩すところからね。そうじゃないとお話にならないわ」
人の形に戻った右腕を摩りながらアンジェは心に誓った。
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「ん~?」
犬でもわかる魔導初級本、という参考書を見つめながらゼクスは片眉を上げた。
「なぁなぁアンジェ先生ー」
「……」
「なぁって!」
「うるさいわね! 今こっちは窓拭きしてるでしょうが!」
バケツと雑巾を持ったアンジェが怒号を挙げた。
コテージのあまりの汚さに堪忍袋の緒が切れたアンジェは、修行を行いながらも掃除を行っていた。
無論、ゼクスも手伝ってはいるがすぐにサボっているのが現状だ。
「はやく暖炉部屋綺麗にするわよ。それで埃とか全部無くなるんだから」
「いや本当に綺麗になってるよ。ありがとうアンジェ」
「まぁ? 掃除とか料理くらい、使用人がいなくてもできるくらいにならないと、いざという時馬鹿にされるからね。令嬢といえど」
それで、とアンジェは視線を向けた。
「何が聞きたいの?」
「ああ。また変なワードが出て来た。魔力量を多く持つ人間はある特徴を持っているって書いてあるんだけどさ」
「魔眼のことね」
ゼクスは頷いた。
「人間も魔物も、魔力が湧き出る源は目許、っていうのは知ってるわよね?」
「うん。目から全身に流れる感じだろ」
「ならわかるでしょう。途轍もない魔力量を持つ者は目に特徴が出るの。それが魔眼って呼ばれる所以」
「けどさ、そう言われてもどんなのが魔眼なのかわからないんだ。参考書に書いてないし。アンジェなら実際に見たことあるかなって思って」
「あるわよ」
「マジで!? どんな感じ!?」
アンジェは自分の右目の下に、人差し指を置いた。
「……え」
「見てみる?」
ゼクスに近づきながら右目に魔力を流す。
顔を近づけ、狼の鼻先が触れそうな距離になると瞳が発光した。
ゼクスが目を丸くする。瞳には、白い十字架が浮かんでいた。白めだった部分は黒くなり、ところどころ白く輝いている。
まるで、夜空に巨大な十字架が浮かんでいるようだった。
「この形状から、魔眼って呼ばれているわ」
「あんたが、特別な魔術師のひとりってことか」
「そう。だから私は学園でも優秀だったの」
ゼクスはニッと笑った。
「すっげぇや」
「……褒めても何も出ないわよ」
「いや、魔術の知識を出してよ」
アンジェは嘆息すると手の平を上に向ける。
その上に、炎が突如出現した。
「うおっ!」
「魔法の原則は地水火風に乗っとるわ。火を生み出し、水で包み込み」
火が消えると手首から先が水球に包まれる。
「風で払い」
緑色の風が肘から先に渦巻く。水は形を乱し、霧散した。
「地に返す」
手の平の中央に風が集まり拳を握る。再び開くと、そこには砂の山ができていた。
「地は魔法を殺す。無から有を生み出し地に返すことができれば様々な魔法を覚えられるわ。今の動作を行い続けなさい。1日3回」
「ま、待ってよ。火すら出せないんだけど」
「出すように唱え続けなさい。枯渇寸前になるまで唱え続けて捻りだしなさい」
冗談ではなく真剣な表情で言った。
ゼクスは一度面食らったが
「わかった、先生」
真剣な表情で頷いた。アンジェの魔法に対する態度は、真剣そのものだったからだ。
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1週間が経った。
朝、痛みと共に起きるのも慣れたものだ。
アンジェは上体を起こし両手を見る。どちらも変形を維持している。
初日は痛みのせいで寝れなかったが、今では痛みを堪えながら眠りにつくことだってできるようになった。
食事をとり、みすぼらしい服に身を包み、大木へ。
その周囲にある木に爪を振るい続ける。木屑が散らばる。破片が散らばる。
最早爪を当てるくらいなら痛みなど感じなかった。
アンジェは叫びながら一心不乱に爪を振り続け、遂には切断に至った。
これで安心してはいけない。相手はここからでも急速に成長する。
殺すには。
「ふっ!!」
アンジェは根元に右の爪を突き立てた。太い根っこが触れる。
それを掴み、思いっきり引っ張る。
地中深くまで根を張っていた木が、大地の上に引っこ抜かれた。
これで完全に死亡した。根っこが地に触れていなければ再生できないのだ。
なら最初から根っこを抜けばいいと思うが、そう簡単にはいかない。根の周囲もまた再生速度が高い。それも尋常ではない速度で。
そのため最初は幹部分(体力)を削り、そちらの再生に時間を割いている間に根を抜く。これが基本的な除去方法だ。
「よし!」
上手く行ったアンジェは素直に喜びの声を口にした。
あとは。
「……頑張らないとね」
大木を見上げながら言った。
家に戻るとゼクスが料理をしていた。
椅子に座りながら。
キッチンではひとりでに鍋や包丁が動いている。
「お! 先生お帰り!」
「また風魔法の練習?」
「うん。なんか一番相性がいいのかな? すっごい使いやすい」
指を鳴らすと宙に浮かんだ鍋の底に火が灯った。
「空間出現も火だけはできるようになったよ! これ凄くね? まだ1週間だよ!」
「普通なら3日目でできるわ」
「……ふーん。そういう萎えること言うんだ。へ~」
「偉いわ、ゼクス」
「今更おせぇよ」
「今度凄いカッコいい風魔法教えてあげようか? 学園の男子が一番興奮してたの」
「ん……いいの?」
あまりにも単純なゼクスに、破顔した。
アンジェの楽しそうな姿を見て、ゼクスは恥ずかしそうに顔を背けた。
「いつもそうやって笑ってればいいのに」
「え?」
「なんでもねぇよ!」
ゼクスは顔を背けた。
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酒場にいたビルは顔をしかめた。
「……どうした?」
隣で酒を飲むツヴァイが聞いた。無視して耳に手を当てる。
「よぉ。電話が来るかなぁと思ってたよ、お嬢様。で? もう辛くて死ぬ気にでもなったか?」
『……お願いがあるの』
「なんなりと」
相手が息を吸い込んだ。
『私と戦って。武器有りで』
「……あ!?」
ビルは思わず立ち上がった。
その際、揺れでテーブルの上に置いたグラスが倒れた。
中の麦酒が床にまで零れ、ビルの靴を濡らした。
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