119.友を思う気持ち ―雨―
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雨が降る。
雨がずっと、降っている。
暗くて黒い空を見上げ、私は雨粒を頬に受け入れる。
……空も、泣いている。
空にも、悲しいことが、あったのかな。
空も、何かに、怒っているのかな。
私も、一緒に、泣いている。
私も、悲しいから、泣いている。
……でも、何が悲しくて、どこまでが悲しいのか、分からない。
殺したことが、悲しいの?
殺されたことが、悲しいの?
……それとも―――それとも……
殺しても、罪悪感も何も沸いてこないことが、悲しいの?
殺されても、もう関心が薄れてしまっていることが、悲しいの?
……ああ、分からない。なんで、どうして?
どうして私はここまで、死を重く見ながら。
死を軽く感じているのだろう?
……分かる。だって死んだら、みんなおんなじだ。
心が入っていない、ただの体。
そこに同情する、意味が分からない。
そこで悲しむ、私が分からない。
私は、私は、どうして悲しむ?
どうして、怒る?
どうして、憎む?
どうして、殺した?
どうして、私は、泣いている?
……分からない。
分からない、分からない………本当に?
―――ぽつりぽつり、雨が泣く―――
…………
………
……ああ、そうか。
そうか、分かった。
全部、分かった。
―――ぴちゃりぴちゃり、土が泣く―――
私がなぜ、泣いているのか。
私がなぜ、悲しんでいるのか。
―――ざあざあざあ、森が泣く―――
私の心が、なぜ傷ついたのか。
私の世界が、なぜ壊されたのか。
―――ごうごうごう、風が泣く―――
全部。
分かった。
―――ごろごろごろ、空が泣く―――
―――奪われたからだ。
大切なものを。
大切にしようとしていたものを。
奪われたからだ。
奪われた。
奪われた。
だけど、誰が悪い?
誰が、『悪い』? ―――そんなもの、関係ない。
奪われたのは、わたしの覚悟が足りなかったからだ。
奪われたのは、わたしが奪われるものを持ってしまったからだ。
そうだ。だからわたしは、真理に届いた。
―――あはは、あはは、誰かが笑う―――
そうだ。やっぱり、そうだ。
奪われる前に、殺せばいいんだ。
失う前に、奪えばいいんだ。
わたしはもう、他人に世界を汚させない。
わたしはもう、歯向かうやつを、生かさない。
―――あはは、あはは、誰かが泣く―――
わたしはもう、大切なものを作らない。
奪われて悲しい思いをするだけなら。
大切なものなんてもうこれ以上いらない。
今あるものだけ。
今大切にしているものだけ。
奪われないようにすればいい。
もう、わたしは幸せになれるだけのものを手に入れた。
だからもう―――
新しいものは。
新しいひとは。
全部、いらない。
わたしは、わたしの世界に手を出すやつを―――全員、殺す。
そうすればわたしは、もう、誰にも何も奪われないのだから……
「………あ、れ……?」
―――ふと、我に返る。
私には、大切な者がいたはずだ。
それならどうして、こんなところにいる?
そばにいなければ、大切なものを守れないのに。
そばにいなければ、奪われるかもしれないのに。
「……、…っ、…かえら、ないと―――」
私は、すぐに、帰らなければならない。
今行かなければ、また奪われてしまうかもしれない。
もしくは今まさに、奪われようとしているかもしれない。
「ミ、チ……さ―――っ」
―――頭が重い。身が凍る。
それでも私は、行かねばならない。
友であり、守るべき者のそばにいなければいけない。
奪われ―――死体になんて私がさせない。
絶対に……
絶対に……
命に、代えても……
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―――雨は今も、降り続いている。
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『豚頭の狂宴 事前阻止報告書』
【緊急通達】オーレイ支部より本部へ
此度、オーレイ東に位置する森にてオークロードの発現を確認。目撃者の情報から『豚頭の狂宴』(※別項に注釈有り)の行使間近であったことが判明。
しかし、行使より前に阻止の成功を確認。以下、時系列に則し概要を記する。
・9の月第1週
東の森にて通常認められていないオーク(D級)の生息を確認。Dランクの討伐依頼として発注。
・9の月第2週
オーク討伐に向かった冒険者の1割が負傷、人的損耗はなし。依然としてオークの目撃情報は絶えず、通常の依頼として継続発注。
・9の月第3週
オーク討伐に向かった冒険者の2割が負傷、1割が行方不明。損耗激化。負傷して戻ってきたものの目撃情報により、ジェネラルオーク(C級)の生息を確認。Cランクの緊急討伐依頼として発注。また、D級以下の冒険者に対し、東の森へ立ち入ることを禁じる触れを出す。
・9の月第4週の2日
ジェネラルオーク討伐に向かった冒険者の2割が負傷、1割が行方不明。C級以上で構成されたパーティのみであったにも関わらず損耗抑えられず。ここで当支部はオークロード(B級)発現の可能性を考慮し、依頼を討伐ではなく調査に切り替える。
・9の月第4週の4日
冒険者の手によりオークロードが討伐されたことを確認。
【※豚頭の狂宴について】
・およそ100年に1度の周期で起こる魔物災害。オークの中から突然変異で生まれる(諸説有り)オークロードが群れを率い、見境なく人間種の町村を襲うとされている(過去の被害状況については別添『狂宴の惨劇』を確認願う)
・普段であれば単独行動をとるオークが群れを作り、里を拓く。文明的な住居を建て、文化的な営みをすることからオークロードには人間種においての『加護』にあたるものが備わっており、庇護下のオークやジェネラルオーク達の知能や技術を発達させているのではないかと推測されている
・豚頭の狂頭は一度行使されてしまうとオークロードが死ぬまで続き、その間同族がどれだけ数を減らそうとも蹂躙の足は止まらない。オークロードはオークやジェネラルオークに守られている上、単独の強さもある為、実質の討伐難易度はA相当になるとされている
・上記注釈は当支部で調べられる文献によるものであり、その真偽については別途調査が必要であると思われる
【冒険者被害状況】
・B級:負傷4名 死亡2名
・C級:負傷10名 死亡6名
・D級:負傷13名 死亡4名
・E級:負傷2名
【討伐に際して】
※注意:本項目はオークに捕らえられていた者から聞き取れた情報をもとに記す。その真偽については別途調査が必要であることを予め記す。
・オークロードを討伐した冒険者は『1人』。捕らえられていた者の証言と、当支部職員が接触した者の人相が一致した為、下記詳細が当該人物だと思われる
・容貌は銀髪、白装束、真紅の瞳、整った顔立ちの少女とのこと。装備は杖であった為、魔術師であると推測(しかし捕らえられていた者の証言によると魔物を至近にて切り裂いていたとのこと。無手であったとの証言であったが恐らく、短剣に類する何かを持っていたのだと推測。よって暗殺者や戦士である可能性も有り)
・討伐状況はオークロード1、ジェネラルオーク12、オーク200以上とのこと。全てが一撃のもとに仕留められており、武器は鋭利な刃物だと推測(上述した短剣だと思われる)
・繰り返すが、上記討伐を『一人』で為したと証言があった
・上記の証言内容には不明瞭且つ不審な点が多い為、当支部では真偽の判断がつかず。また、上記情報をまとめられた時には既に当該人物は町を去っており、確認が取れず
・死亡した冒険者は全て檻の中に放置されており、腐敗が進んでいるものもあった
・討伐されたオークの死骸は全て放置され、討伐証明部位の欠損も確認できなかった(一体のみ地に埋められ、弔うように刀を突き立てられていたものが有るが、上記冒険者が討伐したものかどうかは不明)
【今後の動きについて】
・上記内容に該当する冒険者の捜索、及び接触して真偽の確認をしたく
・ただし、当該人物は既にクォーツ公国へ渡ったとの情報が有り、当支部単独では動けず
・至急、クォーツ公国の冒険者ギルドと連携を取るための許諾頂きたく、検討願う
―――キルヒ王国冒険者ギルド オーレイ支部 支部長




