閑話 ふたりのタンク
直前試合が20秒で決着したので、まるっと空いた30分間。
調整を兼ねてグライドとPvP練習をしていた。盾の大きさが前試合と大分変わるので、感覚を少し掴みたかった。
ジャストガードもだいぶこなれて、もう大丈夫だろうと休憩を入れる。
「っぱ、あんた頭おかしいわ。それで純タンクじゃないとか」
「グライドには言われたくないんだけどね」
「なあ、ずっと聞きたかったんだけど、聞いていいか?」
「答えられることならどーぞ」
「なんで、プロにならないんだ?」
プロゲーマーというのは、公認大会で成績出して、固定のスポンサーの名前を背負って、懸賞のある大会に出てと、まあそういうやつだ。
これ色んな人からちょいちょい聞かれるんだよな……。
「一つは収入的に旨味が少ない。まあ金に困ってるわけではないんだけど、わざわざスポンサリング依頼して、スポンサー露出方向に調整して、懸賞ゲームの研究してってする手間に対して、結構勝つ前提でも増える収入があんまり美味しくない」
「あー……サザンクロスはまあまあ案件も受けてるしな」
「あれでも結構選んでるんだけどね。ロイドの顔がいいからな」
明らかに親友の顔頼みで来ている仕事の半分は断っていると知ったら、おるあたりには特大の雷を落とされそうではある。
「後俺、ゲーム楽しみたい派だから絶対に勝たなきゃいけないのちょっと嫌」
「でも大会はガチすよね?」
「勝ったほうが楽しいからな。ただ負けたら、俺はともかくとして、チームメンバーの生活がかかるっていう状況では正直ゲームしたくない」
グライドがあー……とちょっと微妙な声を上げる。
絶対に勝ちたい、と、勝たなきゃいけない、との間は一見狭いが、底が見えないほどの深い深い溝がある。
「あとはそのチームの方もな。俺とロイドは二人一組で完結してて、ぶっちゃけ他のメンバーが入っても強くなるとは限らないし。一般的な懸賞のある大会だと、まあ5人かな、最低それくらいはメインメンバーが必要になるんだけど」
「まあ、そうっすね」
「そのメンバーと連携の研究すんのも、正直だるい。ロイドだったら一言二言で済む話を2時間かけてする羽目になる」
「それ、もしかしてサザンクロスでも思ってる?」
「実は結構思ってる……大規模ボス討伐の打ち合わせが数ある運営業務の中で一番苦手……」
グライドが苦笑する。
ぶっちゃけすぎたか。まあでも多分こいつには気づかれているだろう。
「あとはまあ、お前、俺のことどれくらい知ってる?」
「実家のことなら大体」
「ほんと、検索魔だな」
「まー自覚はあるんだけど、こればっかりはどうも」
「未だにBBSエゴサできるとか神経の太さもすげえよな」
「ニンカはだめだったな」
いや普通無理だと思う。俺同じ立場になったら多分検索できない。
「まあそれで、実家からのいろんなアレソレがな……下手にプロになってウチがスポンサーに名乗り出ちゃったら、困る」
「そんなにか」
「そんなになんだ、まじでやりかねない」
「助っ人さん」
「頭抱えてる問題の一つだからそれ以上言わないで」
「了解」
ラフェル討伐時俺かロイドがもうほんの少しでも冷静だったら、あるいはスタッフに一瞬でも相談していれば、もしくは編集担当が有給とっていなければ……。
かみ合わせの悪かった部分のことは色々考えたのだけれど、でも結局俺はあの動画は公開したんだろうな、という結論になる。どうあってもこれは避けられなかっただろう。
セリスに後から聞いたけれど、普通に動画公開するものだと思っていたと言っていたから、権利関係で止める人は一人もいないわけだし。
それはそれとして、自分の背後に居る嫌な話のことは避けられなくて、正直なところ結構気が重い。
「…………すまん、決勝前に聞くことじゃなかったな」
「いやいいよ。ただお前だから話してるけど、みんなの前では言わないで」
「そりゃもちろん」
グライドはこういうことをペラペラ喋るやつではないと信じているけど、ちょっと喋りすぎたかもな。
「実際、彼女の加入はいつになりそうなんすか?」
「来るかはわからん」
「建前はいいんで」
「……まあ、大会終了後だろうな。うちは断らない、というか、断れない」
「それは分かってる」
「ただ向こう未成年だから、すぐって訳にいかない。契約周りに親のサインがいる」
「じゃあ2週間ってとこか?」
「そうだね。そのつもりでいて」
「分かった。まあ、俺が準備することは特にないとは思うけど」
「いや、ヘイト周り教えられるようにしておいてくれ。本格的に避けタンクになってもらう」
「――――俺じゃ不足か?」
グライドの声がほんの少し低くなる。
いやそういうんじゃないって。なんで俺がそこ言わないとなんだよ。
「就活卒研社会人ってなる予定のやつが何言ってんだ」
「…………え?ああ、なるほど?お手数おかけします」
まぁセリスも大学受験があるはずだから忙しさは向こうも要確認だけど、バッファは欲しい。
ってかこの時期に未準備なのか?こいつ就活大丈夫かな?という一抹の不安を覚えつつ、戦闘フィールドを解除する。
「一旦ログアウトして、もう控室入るわ。ありがとな」
「いえいえ、決勝頑張ってください。会議室から応援してます」
一瞬でいつもどおりの顔になる。
こいつのメンタルが本当に強靭すぎて意味わからない。本当に21歳なんだろうか。
「何を話していたんだ?」
「ん?」
「グライドと、調整終わった後もなにか話し込んでいたから」
控室ですでに待っていたロイドが聞いてきた。
「ああ。プロになんねえの?って聞かれた」
「プロか……」
「ロイドはなりたいか?」
「お前がなりたいならなる。そうでないならならない」
ゲーム実況をしているとプロプレイヤーと会談する機会もそれなりにあるけど、ぶっちゃけ俺よりも、ロイドのほうがプロへの引き合いは圧倒的に強い。訓練でなんとかなるラインギリギリ内側にいる俺に対して、こいつのとんでもマルチタスクは替えが利かない。
「俺は配信で面白おかしくやってるほうがいい」
「じゃあ、それでいい」
親友の世界がここまで閉じていていいのか、少し不安になる。
だけど今はその悩みに蓋をして。
決勝の時間が、近づいてきた。
※PvPを決着まで行わず中断すると、戦績カウントに入らなくなります。




