9-17.熱狂の向こう側
視界からスキルチャージのアイコンが消える。
突然支えが外れたような感覚に陥り、がくりと膝が崩れた。
「ロイド!」
彼が走り寄る。
だめだ。まだ。
スキルのチャージが発動しない。どうして。
視界がゆがむ。
彼の奥で、体をふらつかせていたあいつが立ち直り――――その隣に、彼の人の相方が復活した。
『ぐっっっっっっどげええええええむ!うぇる!ぷれええええええええいど!!!!!!!!!』
『きゅーどす!とぅざ!ぷれいやあああああああああず!!!!!!』
『し、勝者!リーダー&ロイドペア!』
解説の声がフィールドに広がり、観客席からの大歓声が響き、世界に音が帰ってきた。
「え…………あ、え、どう、して」
「タイムアップだよ!30分!女神のバフ切れ!!」
「――――ぁ」
勝った、のか。
ずっと張り詰めていた何かがふつりと切れて、世界が揺れた。
「ログアウトしろ、ロイド。1時間経ったら連絡するから少しでいいから寝てろ」
「終わり、挨拶、くらいは、するよ」
差し出されたリーダーの手を取って歩き出す。
視界の半分以上を埋めていたスキルアイコンがなくなって、世界がなんだか安定しない。
あいつはそんな俺をちらりと見やって、頭をガシガシとかき乱す。
ボンレスハムがそんなあいつの肩をトントンと叩くと、
「――――GG」
それだけ言って、退場していった。
「すみません、うちの英雄殿はああいうとこがあって」
「まあ、前のときは挨拶すらなかったし。――今の挨拶で良いんだよね?」
「挨拶だと思います。グッドゲーム、いい試合でした」
ボンレスハムが差し出した手を握り返す。
「本当に、心からグッドゲーム」
「グッドゲーム。正直かなり辛かった」
「そう言っていただけると、一週間コレだった甲斐があります」
「本気でとんでもない覚悟だよね……」
「彼を支えるのが、私の役目ですから」
ボンレスハムはいつものふわりとした超然的なほほえみを浮かべる。
「……ボンレスハムは、やはりうちには来ないか?」
「行きませんよ。彼が強く求めない限りは」
「そりゃ無理だな」
「そうだな……改めて、グッドゲーム。本当に辛い一戦だった」
「次の彼は、その膝を完全に突くくらいはさせますよ」
「勘弁してくれ」
「――それでは、また」
柔和な、掴みどころのない笑みを残して、ボンレスハムが退場した。
「すまない、本当に落ちる」
「ああ、試合の15分前で電話する」
「さすがにそれより前には復活すると思うが、一応頼む」
フィールド退出から即ログアウトを選択し、現実の世界に帰って来る。
入ってくる情報を減らすためにとにかく目を瞑ろうと思って――――次の瞬間には30分が経過していた。
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『ほんっっっとにすみません!最後五分くらい解説無音だったと思いますけど!バグとかではないです!呼吸忘れてましたほんっとすみません!!』
『あの状態で喋れなかった!本当にごめんなさい!』
『同時に観客席も無音でしたが特にエラー等は検出されておりません。システムは正常に稼働しております。単純に飲まれてしまっていました。誠に申し訳有りませんでした』
解説の三人の謝罪が流れ、息継ぎもさせない怒涛の解説が続く。
「…………とんでもない、試合でしたね」
「これの、後に、試合ですか……」
アネシアが言葉を出して、ようやく控室に音が帰ってきた。
それと同時に運営からの問い合わせメッセージが届く。
「ああ、試合時間が31分だったので、繰り下げるかどうか、ってことですね」
「繰り下げたいです」
「じゃあソレで行きますか」
『準決勝第二試合ですが、選手が繰り下げを希望しましたため、試合時間が10分繰り下がります。開始は13:55からになります!』
『正直ちょっと熱冷ます時間欲しかったからめっちゃ助かる』
『俺一瞬ログアウトしてきます……リアル顔洗ってくる』
『おう、夢から覚めてこい』
即座に解説席から時刻の繰り下げが発表され、公式つぶやいたーが動いた。
「この熱狂の中フィールド行くのは、結構勇気いりますもんね……」
「――――そうですね」
ロイドさんはもちろんだけど、リーダーさんも本当につらそうだったから、少しでも休めますように。
熱狂冷めやらぬ解説席の会話を背後に、そう願った。




